生物コーナー

天敵の育種飛ばないテントウムシ

Tomokazu Seko

世古 智一

国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構近畿中国四国農業研究センター水田作研究領域病虫害研究グループ ◇ 〒721-8514 広島県福山市西深津町六丁目12番1号

Plant Protection Group, Lowland Crops Research Division, Western Region Agricultural Research Center, National Agriculture and Food Research Organization (NARO), Japan ◇ 6-12-1 Nishi-Fukatsu-cho, Fukuyama-shi, Hiroshima 721-8514, Japan

Published: 2015-07-20

はじめに

わが国では,農業害虫の防除はおもに化学農薬が使われている.一方,農産物の安全・安心に対する消費者の関心が高まっていること,化学農薬の散布が生産者にとって負担であること,重要害虫において化学農薬に対する抵抗性の発達が深刻化していることなどから,化学農薬に代わる防除手法の開発が求められている.天敵など,生物の機能を利用して害虫を防除する方法,すなわち生物的防除法はその一つであり,有望な天敵種の探索とその実用化のための研究開発は急務である.しかし,生物が厳しい自然環境で生き残るために重要な特性が,農業現場で天敵として利用するうえでは思わぬ足かせになることがある.たとえば多くの昆虫で見られる休眠は,野外での活動に適さない時期を乗り切るための役割を果たしているが,冬期のビニールハウスでは低温・短日条件により天敵が休眠しやすく,防除効果が低下する原因になる.一方,天敵の機能にかかわる特性に遺伝的変異(集団中に個体差があって,それが遺伝的要因により生じていること)が維持されていれば,人為選抜によってその特性を改良し,上記の問題を解決できる.このような「天敵の育種」という考え方は,作物や家畜の品種改良に比べて目新しいように聞こえるが,昆虫学者は100年も前から天敵の育種の有効性について議論してきた(1~3)1) 野田隆志:植物防疫,57,524(2003).2) 矢野栄二:“天敵 生態と利用技術”,養賢堂,2003, p. 296.3) 世古智一,三浦一芸:応動昆,57,219(2013)..本稿では,近年になって研究が活発化している飛ばないテントウムシの育成事例について紹介する.

テントウムシの飛翔能力と遺伝的変異

テントウムシはアブラムシを食べる天敵として以前から利用されてきたが,成虫は飛翔による分散能力が高いため,作物に放してもすぐに飛んで逃げられてしまう問題があった(4,5)4) C. M. Ignoffo, C. Garcia, W. A. Dickerson, G. T. Schmidt & K. D. Biever: J. Econ. Entomol., 70, 292 (1977).5) B. D. Frazer: “Aphids: Their Biology, Natural Enemies and Control Volume 2B,” eds. by A. K. Minks & P. Harrewijn, Elsevier, 1988, pp. 231–247..害虫が増えてから天敵を放しても手遅れになるため,テントウムシにおいてもアブラムシが増える前に放されることが多い.しかし,それはテントウムシにとって餌が少ない状況であり,そのような条件ではアブラムシの多い場所を求めて移動するため飛翔行動が誘発されやすい.テントウムシの活発な飛翔行動は,広大かつ変動的な野外において生存,繁殖していくには重要な特性であると考えられているが(6~8)6) I. Hodek, G. Iperti & M. Hodková: Eur. J. Entomol., 90, 403 (1993).7) E. W. Evans: Eur. J. Entomol., 100, 1 (2003).8) P. M. J. Brown, C. E. Thomas, E. Lombaert, D. L. Jeffries, A. Estoup & L. L. Handley: BioControl, 56, 623 (2011).,農業現場ではその高すぎる飛翔能力ゆえに作物上にうまく定着せず,防除に失敗するケースが多発している.

テントウムシの飛翔分散を抑制することによって,天敵としての有効性が向上できる可能性は以前より指摘されていた(4,5)4) C. M. Ignoffo, C. Garcia, W. A. Dickerson, G. T. Schmidt & K. D. Biever: J. Econ. Entomol., 70, 292 (1977).5) B. D. Frazer: “Aphids: Their Biology, Natural Enemies and Control Volume 2B,” eds. by A. K. Minks & P. Harrewijn, Elsevier, 1988, pp. 231–247..Ignoffoら(4)4) C. M. Ignoffo, C. Garcia, W. A. Dickerson, G. T. Schmidt & K. D. Biever: J. Econ. Entomol., 70, 292 (1977).は,遺伝的に飛翔能力を欠く系統を育成することにより,テントウムシの定着率を改善できると提案した.目的とする系統を育成するには,改良したい特性に遺伝的変異があることが必要であるが,テントウムシでは飛翔能力にかかわるさまざまな特性において遺伝的変異が確認されている.たとえば,Rhyzobius lituraでは翅多型(同一種内において翅の長さにはっきりした多型が生じる現象で,バッタやウンカなど多くの昆虫で観察される)(9)9) P. M. Hammond: Biol. J. Linn. Soc., 24, 15 (1985).,フタモンテントウAdalia bipunctataでは鞘翅および後翅が欠失した個体(10)10) N. M. Marples, P. W. de Jong, M. M. Ottenheim, M. D. Verhoog & P. M. Brakefield: Entomol. Exp. Appl., 69, 69 (1993).が観察されている.ナミテントウHarmonia axyridisにおいては,1982年に中国からフランスに導入され,実験室内で維持されている系統において,飛翔不能の個体が15%ほどいることが観察されている(11)11) R. Tourniaire, A. Ferran, L. Giuge, C. Piotte & J. Gambier: Entomol. Exp. Appl., 96, 33 (2000)..飛翔は昆虫において非常に重要な行動特性であるにもかかわらず,飛翔能力を欠く特性が集団内に維持されているのは興味深い.一般に野外での適応に重要な特性には強い自然選択がかかるため,遺伝的変異は小さくなると思われるが,実際には適応に関連する多くの特性にかなりの遺伝的変異が観察されている.その理由としては,突然変異や拮抗的多面発現(ある遺伝子がある形質を通じて生物のパフォーマンスに正の効果をもたらす一方,別の形質を通じて負の効果をもたらすこと)など,さまざまな要因が提唱されている(12)12) D. A. Roff: “Evolutionary Quantitative Genetics,” Chapman and Hall, 1997, p. 493.

飛ばないテントウムシの育成

ヨーロッパでは,1990年代の後半から遺伝的に飛翔能力を欠くテントウムシ系統を育成し,生物的防除に利用するための研究が進められている(13,14)13) A. Ferran, L. Giuge, R. Tourniaire, J. Gambier & D. Fournier: BioControl, 43, 53 (1998).14) S. T. E. Lommen, T. C. Holness, A. J. van Kuik, P. W. de Jong & P. M. Brakefield: BioControl, 58, 195 (2013)..わが国においても,農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)において遺伝的に飛翔能力を欠くナミテントウ系統(飛ばないナミテントウ)の育成が試みられた.系統を育成するためには,多数の個体の中から飛翔能力の低い個体を検出する必要がある.しかし野外から採集されたナミテントウ成虫はほぼすべての個体が飛翔できるため,「飛ぶ個体」と「飛べない個体」を定性的に分離することはできなかった.そこで昆虫の飛翔能力の測定に使用されるフライトミル(図1図1■ナミテントウの飛翔能力を測定する装置(フライトミル)の概要)という装置を用いて,各個体の飛翔能力を定量的に測定することにより飛翔能力の個体差を検出し,その中から飛翔能力の低い個体を選抜し,交配させて次世代を得るという操作を世代ごとに行った.世代が更新されるにつれて系統内の飛翔能力は低下したが,飛翔能力が前の世代に比べて回復することもあった.原因は不明だが,本来は高い飛翔能力をもっていながら測定時にたまたま飛ばなかった,あるいは発育上何らかの異常で飛翔能力が失われた個体が混ざることなどが起きたと考えられる.選抜を開始して30~35世代経過した後には,系統内のほぼすべての個体が飛翔不能になっている系統が育成された(15)15) S. Nakayama, T. Seko, J. Takatsuki, K. Miura & T. Miyatake: J. Econ. Entomol., 103, 1564 (2010)..この成虫の外部形態は飛翔能力をもつナミテントウのものと変わらないが(図2図2■飛ばないナミテントウ成虫),後翅をはばたかせることができなくなっていることで飛翔不能になっている.系統が育成された後は「品質」,すなわち育種によって付与された「飛ばない」特性をはじめ,生存率や産卵数などの天敵としての機能にかかわる諸特性をいかに安定的に維持するかが課題となった.飛ばないナミテントウは複数の系統が育成されたが,そのうちのいくつかは近親交配の進行によって生存率や産卵数が低下していた.これらのパフォーマンスの低下は,大量増殖の際のコスト増加だけにとどまらず,アブラムシ防除効果の低下にもつながる恐れがあった(16)16) T. Seko & K. Miura: Appl. Entomol. Zool., 44, 587 (2009)..また人為選抜を中止すると,世代の更新とともに系統内の飛翔能力が回復し,せっかく付与した「飛ばない」特性が消失する現象が観察された(3)3) 世古智一,三浦一芸:応動昆,57,219(2013)..そこで生存率や産卵数を高いレベルで維持するために,雑種強勢効果を活用した系統間交雑による品質管理法を開発した(17)17) T. Seko, T. Miyatake & K. Miura: BioControl, 57, 85 (2012)..また「飛ばない」特性が失われるのを防止するため,容器の中に入れておくだけで「飛翔できる個体」と「飛翔できない個体」を選別できる簡易選抜法を開発した.これは,円筒形の容器の内側にワセリンやテフロンなどナミテントウの歩行を妨げる物質を塗布しておくと,ナミテントウは容器の底に立てた棒を登り,頂上から飛翔を試み,飛翔できる個体は容器の外に出て行き,飛翔できない個体は落下して回収されるという仕組みである(18)18) 世古智一:飛ばないナミテントウ利用技術マニュアル(研究成果集付き),農研機構近畿中国四国農業研究センター, http://www.fao.org/fileadmin/user_upload/esag/docs/AT2050_revision_summary.pdf.(2014).

図1■ナミテントウの飛翔能力を測定する装置(フライトミル)の概要

ナミテントウ成虫をフライトミルのローターに接着剤で貼り付けて宙づり状態にすると,翅をはばたかせて飛翔を開始する.その推進力でローターが回転すると,センサーがローターの回転を感知し,回転数を記録する.1時間あたりの回転数が少ない個体を飛翔能力の低い個体として選抜.

図2■飛ばないナミテントウ成虫

周りにある緑色の粒はすべてアブラムシ.

飛ばないナミテントウの有効性を確認するため,はじめに飛翔不能化することによってどの程度作物上での定着率が向上したのかを調査した.開放系である露地ナス栽培圃場において飛ばないナミテントウ成虫と飛翔能力をもつナミテントウ成虫を60頭ずつ放して定着率を調べたところ,飛翔能力をもつナミテントウは翌日にはほとんどいなくなったのに対し,飛ばないナミテントウ成虫は長く圃場内に滞在し,アブラムシの増殖を抑制する効果が確認された(19)19) T. Seko, K. Yamashita & K. Miura: Biol. Control, 47, 194 (2008).図3図3■露地ナス圃場における飛ばないナミテントウの定着性とアブラムシ防除効果).飛ばないナミテントウは遺伝的に飛翔不能になっているため,1頭あたりの生産コストが低い幼虫の段階で生物農薬として製剤化することができる.幼虫は,発育して成虫になった後も定着するので(図4図4■飛ばないナミテントウ製剤の利用イメージ),成虫を放すよりも防除効果が持続する(20)20) T. Seko, A. Sumi, A. Nakano, M. Kameshiro, T. Kaneda & K. Miura: J. Appl. Entomol., 138, 326 (2014)..また,その子孫も飛翔能力がないので,次世代以降も防除効果が期待できる.

図3■露地ナス圃場における飛ばないナミテントウの定着性とアブラムシ防除効果

飛ばないナミテントウと飛翔能力をもつナミテントウ(飛ぶナミテントウ)の定着数(a),および葉あたりワタアブラムシ数(b)の推移.文献19を改変.

図4■飛ばないナミテントウ製剤の利用イメージ

放した幼虫がアブラムシを捕食し,羽化した飛ばないナミテントウ成虫が作物上に定着することで防除効果が持続する.

次に,農研機構,大学,民間企業,近畿中国四国地域の農業試験研究機関の産学官連携による共同研究プロジェクト「多種多様な栽培形態で有効な飛ばないナミテントウ利用技術の開発」が実施され,生物農薬として実用化するための研究開発が行われた(3,21)3) 世古智一,三浦一芸:応動昆,57,219(2013).21) 世古智一:植物防疫,65, 705(2011)..本プロジェクトの成果により,飛ばないナミテントウは2013年9月に施設野菜類用の天敵製剤として登録され,翌年6月から販売されている(2齢幼虫200頭入り).また本製剤の販売に合わせて,施設栽培のコマツナ,イチゴ,ナスを対象に飛ばないナミテントウ製剤の効果的な利用法をまとめた技術マニュアルを発行した(18)18) 世古智一:飛ばないナミテントウ利用技術マニュアル(研究成果集付き),農研機構近畿中国四国農業研究センター, http://www.fao.org/fileadmin/user_upload/esag/docs/AT2050_revision_summary.pdf.(2014)..2015年時点では,本製剤は施設野菜類での利用に限られているが,筆者らは露地野菜類でも使えるようにするための取り組みを進めている.わが国において,これまでに農薬登録されている天敵製剤のほとんどは施設栽培用のものに限られており,露地野菜で使用できる天敵製剤は非常に少ない.海外では天敵の放飼増強法(天敵を人為的に放すことにより害虫密度を減らす方法)はさまざまな露地作物を対象に行われているが,栽培面積が狭いわが国においては,放虫後の天敵の定着率が低い問題はより顕著に生じやすく,露地での天敵製剤の実用化における大きな制約となっている.飛ばないナミテントウは露地においても有効性が確認されているので,露地栽培で実用化できれば,これまで化学農薬に頼らざるをえなかった多くの栽培環境での利用が期待される(22)22) 世古智一:植物防疫,63, 297(2009).

行動特性に注目した天敵の育種を目指して

天敵の育種は,これまで化学農薬との併用を可能にする薬剤抵抗性系統や短日条件でも休眠しにくい系統などの育成事例を除いて実用化に至ったケースが少なく,長い間天敵の育種が生物的防除の成功に貢献するのかどうかが不明であった(3)3) 世古智一,三浦一芸:応動昆,57,219(2013)..一方,ヨーロッパや日本で行われた飛ばないテントウムシの研究開発では,飛翔不能化によってテントウムシの定着性が向上することが確認され,実用レベルの段階に到達している.飛ばないテントウムシの研究開発が成功した大きな要因は,定着に失敗する原因がテントウムシの高い飛翔分散性にあることが,翅の切除や接着剤での固定などによる操作実験によって明らかにされていたことが大きい(3)3) 世古智一,三浦一芸:応動昆,57,219(2013)..天敵育種を成功させるには,天敵のどのような特性が生物的防除の失敗につながるのか,そして対象となる特性を改良することでどの程度天敵の働きが向上するのかを,あらかじめ検証しておくことが重要である(3)3) 世古智一,三浦一芸:応動昆,57,219(2013)..また,フライトミルなどを応用して飛翔能力の低い個体を検出できる技術が確立されたことも成功の要因として挙げられる.節足動物において,多くの特性にはある程度の遺伝的変異が維持されているので(23)23) S. K. Beckendorf & M. A. Hoy: “Biological Control in Agricultural IPM Systems,” eds. by M. A. Hoy & D. C. Herzog, Academic Press, 1985, pp. 167–187.,系統を育成できるかどうかは多数の個体の中から目当ての特性をもつ個体を拾い上げることができるかどうかにかかっている.

これまでは,テントウムシ類の飛翔不能化のように,行動特性の改良を目的とする育種はほとんど試みられてこなかった.近年ではビデオカメラで撮影された昆虫の行動を追跡して歩行距離などを測定できるソフトウェアや,数十個体分の昆虫の歩行活動量を一度に測定できる機器など,天敵の行動を解析するためのツールが発達してきている(3)3) 世古智一,三浦一芸:応動昆,57,219(2013)..そのような技術を活用すれば,天敵の働きを高めるのに有効な行動特性を解明し,系統育成に必要な選抜法を確立することが可能になるであろう.飛ばないテントウムシに関する一連の研究は「飛翔能力の喪失」という一見,非適応的に思える特性が集団内に低頻度ながら存在しており,それを活用することで天敵の働きを向上させることができることを示している.今後,集団中に維持されている意外な行動特性に着目することによって,新たに行動特性を改良した天敵の育種ができるかもしれない.

Reference

1) 野田隆志:植物防疫,57,524(2003).

2) 矢野栄二:“天敵 生態と利用技術”,養賢堂,2003, p. 296.

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14) S. T. E. Lommen, T. C. Holness, A. J. van Kuik, P. W. de Jong & P. M. Brakefield: BioControl, 58, 195 (2013).

15) S. Nakayama, T. Seko, J. Takatsuki, K. Miura & T. Miyatake: J. Econ. Entomol., 103, 1564 (2010).

16) T. Seko & K. Miura: Appl. Entomol. Zool., 44, 587 (2009).

17) T. Seko, T. Miyatake & K. Miura: BioControl, 57, 85 (2012).

18) 世古智一:飛ばないナミテントウ利用技術マニュアル(研究成果集付き),農研機構近畿中国四国農業研究センター, http://www.fao.org/fileadmin/user_upload/esag/docs/AT2050_revision_summary.pdf.(2014).

19) T. Seko, K. Yamashita & K. Miura: Biol. Control, 47, 194 (2008).

20) T. Seko, A. Sumi, A. Nakano, M. Kameshiro, T. Kaneda & K. Miura: J. Appl. Entomol., 138, 326 (2014).

21) 世古智一:植物防疫,65, 705(2011).

22) 世古智一:植物防疫,63, 297(2009).

23) S. K. Beckendorf & M. A. Hoy: “Biological Control in Agricultural IPM Systems,” eds. by M. A. Hoy & D. C. Herzog, Academic Press, 1985, pp. 167–187.