テクノロジーイノベーション

ジペプチド発酵技術の開発と工業化

Kazuhiko Tabata

田畑 和彦

協和発酵バイオ株式会社バイオプロセス開発センター ◇ 〒305-0841 茨城県つくば市御幸が丘2番地

Bioprocess Development Center, Kyowa Hakko Bio Co., Ltd. ◇ 2 Miyukigaoka, Tsukuba-shi, Ibaraki 305-0841, Japan

Published: 2015-07-20

1. はじめに

弊社の前身(協和発酵工業)には珍しい「発酵工業」という文言が入っていた.これは化学合成法を基盤とした化学工業と等しく,「発酵」を物質の変換・製造方法の基盤とする,当時では斬新な創業を意図したものであった.その意志は受け継がれ,その後に急速に発展した分子生物学の助けもあり現在では発酵法を基盤とした製造業のカテゴリーが認知されるようになった.しかし旧来の「発酵」とは,糖質から微生物の生命現象を介してエタノールのようなアルコールまたは酢酸,乳酸のような有機酸という限られた単純な化合物へ変換する術であり,太古より人類が経験して伝えられる食品加工の方法である.これが単一化合物の合成を目的とした製造法になりえたのは,大規模で微生物の純粋培養を可能にした装置の技術革新が前提にあったのは当然だが,それに加えてアミノ酸生産微生物の発見(1)1) S. Udaka: J. Bacteriol., 79, 754 (1960).とそれに起因したアミノ酸発酵技術の確立によるところが大きい.

アミノ酸は細胞を構成する主要な代謝産物であり,それまでの常識では微生物が増殖中に過剰に生成・分泌するとは考えられなかった.しかしながら当時先端の実験手法を駆使して自然界より探索してみるとアミノ酸の一種(グルタミン酸)を分泌生産する微生物(コリネ属細菌:Corynebacterium glutamicum)が見いだされた.またこの現象は限られた生育条件でしか見られず,そのメカニズムの解明を契機にして「代謝制御発酵」という概念が醸成した.これは微生物の代謝を,遺伝的・生化学的な手法で人為的に改変・制御することにより目的とするさまざまな発酵生産物を大量に蓄積させるという考え方である.この頃には細胞内で起きる多様な酵素反応からなる,まさに地図のような代謝経路の概要を把握できる状況にあり,分子生物学の進展による遺伝子工学技術の充実と相まって,急速に発酵生産菌の育種研究とその能力開発が進展することとなった.それまでの生産対象は,アミノ酸のような主要な細胞構成成分(一次代謝産物)と,属種によるが元来微生物が生産する抗生物質などの二次代謝産物が中心であったが,最近の急速な遺伝子解析技術の発展によりヒトゲノムが全解明されるまでになり,原核,真核生物問わず膨大な遺伝子情報が蓄積され,またこれまでの学術研究の成果からの機能情報も上書きされて,それらの情報は代謝改変の視野を大きく広げる重要な要素として役立つことになった.

その結果,現在の発酵製法開発のトレンドは,微生物が生合成できる化合物をより安く大量に作るという方向から,化学合成法で効率化が難しい複雑な構造のものや,(動・植物からの)抽出により微量でしか得られない希少な化合物へ対象が移ってきている.それらは同時に既知の酵素反応の組み合わせでは到底生合成が成立しない,つまりは常識的には考えられない課題になる場合もある.これら難題の解決に際して,過去からの学術情報を網羅して現状を把握することはもちろん重要なことだが,半面それまでに形成された常識に捕らわれない新しい発想を生み出せることがより必要になってきている.私を含め発酵技術の研究者の多くは農芸化学を学んだ者が多い.目的達成への手法・手段へのこだわりが少ない,逆にいえば何でも技術を取り入れようとする貪欲な「農芸化学」の学問気質を学んだからこそ,また特に私は良くも悪くも学術的常識が希薄であったからこそ,この話題をお伝えできるのかもしれない.また現在の発酵工業が成立する礎となったアミノ酸発酵技術の革新も,当時の異端的発想でありながらも,的確な科学的解析が進められたからこそ導くことができた偉大な先例であるといえよう.

ジペプチドとは

今回の対象とするジペプチドとは,細胞を構成する天然型L-アミノ酸(図1A図1■アミノ酸の鏡像異性体α-ジペプチドと各種ジペプチドの構造およびジペプチドの従来の製法(化学合成法)と理想の酵素反応(破線部分))同士が,α-位でペプチド結合(アミノ基:–NH2とカルボキシル基:–COOHが脱水縮合を経て形成する結合のこと)を形成したものをいう(図1B図1■アミノ酸の鏡像異性体α-ジペプチドと各種ジペプチドの構造およびジペプチドの従来の製法(化学合成法)と理想の酵素反応(破線部分)).

図1■アミノ酸の鏡像異性体α-ジペプチドと各種ジペプチドの構造およびジペプチドの従来の製法(化学合成法)と理想の酵素反応(破線部分)

これが数十,数百と連なったものがペプチド,タンパク質であり細胞内構造体を形成している.最近ジペプチドという化合物を対象とした研究の中で,新たな物性や生理活性を発現するという例が報告されている(2)2) M. Yagasaki & S. Hashimoto: Appl. Microbiol. Biotechnol., 81, 13 (2008)..それらをまとめると主に以下の2種類に大別できる.1)構成するアミノ酸の物理化学的性質を改善できること,2)特定のジペプチド構造が,構成するアミノ酸の機能を超えた新たな活性を発揮すること.1)については,アミノ酸の溶解度や安定性を向上させることであり,たとえばグルタミンというアミノ酸は水に対する溶解度が低いうえに,水に溶けても不安定(熱を加えるとで速やかに分解する)なことから溶液としての製品化が不可能であり用途が制限される特殊なアミノ酸である.しかしアラニンというアミノ酸と連結したアラニルグルタミン(AlaGln)というジペプチドにすることでその両方の欠点は改善されることがわかっている.また同じく水に対する溶解度がアミノ酸の中で最も低いため扱いにくかったチロシンでも同様の効果が確認されている(ジペプチドはアラニルチロシン(AlaTyr))(図1B図1■アミノ酸の鏡像異性体α-ジペプチドと各種ジペプチドの構造およびジペプチドの従来の製法(化学合成法)と理想の酵素反応(破線部分), 表1表1■ジペプチドによるグルタミンおよびチロシンの物性改善効果).2)の代表例は,すでに商品化されている人工甘味料「アスパルテーム」である.これはアスパラギン酸とフェニルアラニンが結合したジペプチドの誘導体(フェニルアラニンのカルボキシル基のメチルエステル体)であり(図1B図1■アミノ酸の鏡像異性体α-ジペプチドと各種ジペプチドの構造およびジペプチドの従来の製法(化学合成法)と理想の酵素反応(破線部分)),これを構成するアスパラギン酸やフェニルアラニン自体に甘みは呈さないが,この特定ジペプチド(の誘導体)の構造をなすことで砂糖の数百倍の甘みを発揮することが知られている.

表1■ジペプチドによるグルタミンおよびチロシンの物性改善効果
アミノ酸ジペプチド溶解性(g/L)(水,25°C)溶液状態の熱安定性
グルタミンGln53.7不安定
アラニルグルタミンAlaGln550安定
チロシンTy0.62安定
アラニルチロシンAlaTyr17.8安定
自社データ.

このようにジペプチドの中には優れた機能の報告があるものの,商品化されたものは唯一「アスパルテーム」であると言ってよいほど少ない.その主な原因は一般的にジペプチドを製造するコストが高いことであった.従来の製法は化学合成法であり,原料のアミノ酸自体は安価だがペプチド結合を作るような官能基(アミノ基,カルボキシル基)を最低一つずつはもつため,特定の配列(順番)でα-位のペプチド結合を形成させるには,反応しては困る部分にあらかじめ保護基を導入して反応するのを阻止させるという各構成するアミノ酸に適した複雑な修飾工程が必要となる.つづいて目的の部位(保護基の修飾のないアミノ基とカルボキシル基の間で)での縮合によるペプチド結合を形成させ,最後に保護基を外すという複数の工程からなる煩雑さが高コストの主要因である.そこで従来の化学合成法の課題を解決するために誰もが容易に考えつくのは,アミノ酸を酵素の働きで修飾することなく目的の配列のみで結合させることである(酵素の基質特異性で特定構造を優先的に結合する)(図1C図1■アミノ酸の鏡像異性体α-ジペプチドと各種ジペプチドの構造およびジペプチドの従来の製法(化学合成法)と理想の酵素反応(破線部分)).しかしこのような活性の報告は今までになく,それゆえ新たにその活性を探し出すか,既知酵素から作り出す(酵素のアミノ酸配列を変えることで性質を改変すること)必要があった.そこで今回は物性改善の要望が強いアミノ酸のグルタミンとチロシンに準ずるジペプチドであるAlaGlnとAlaTyrを具体的な目標とし,革新的な新製法開発の第一歩として未知なるジペプチド合成酵素を探索することにした.

新規ジペプチド合成酵素の探索と単離(3)3) K. Tabata, H. Ikeda & S. Hashimoto: J. Bacteriol., 187, 5195 (2005).

ジペプチドは,生化学的な解釈では細胞内に元々存在するものと言われる.その合成メカニズムは,2つのアミノ酸が連結して作られるのではない.生命現象を維持するために細胞内では頻繁にさまざまなタンパク質の合成とその分解(プロテオリシス,proteolysis)が繰り返されている.ジペプチドは,そのアミノ酸への分解過程の中間体であり,それ自体に特定の生理機能はないものと考えられてきた.ここでわれわれの最初の課題は,このような常識を覆してジペプチドさらにはAlaGlnおよびAlaTyrの構造を優先的に合成する酵素活性を探し出すということになった.ここで注意すべきは微生物を含めたすべての細胞には,プロテオリシスの正体である強いペプチド結合分解活性つまりジペプチドも容易に分解する生物共通の特性が存在していることである.

通常新たな酵素活性を探索する場合,自然界からさまざまな生物種(細菌,酵母,カビなど)を単離し,簡単に準備できるそれら細胞の抽出液を酵素源として新たな活性評価が行われる.しかし今回の対象であるジペプチドにこの方法は適さないことは容易に想像できた.それは仮に目的活性があり微量のジペプチドが合成されたとしても,細胞由来の分解活性により速やかに分解・相殺され感度良く検出することはできないからだ.そこでこの問題点を解決する方法として,あらかじめ大腸菌を利用して組換え型酵素を作らせ精製した酵素標品を用いて活性評価することを考えた.このひと手間で細胞成分由来の分解活性を排除した状態で評価することが可能になる.しかしこの煩雑になった評価方法を効率的に進めるための必要条件として,評価候補となる酵素群について発見できるだけの十分な質と量の遺伝子配列情報が必要となる(組換え型酵素を作製するのに必須の情報).幸い膨大に解析が進む遺伝子配列情報は共有化され,またクエリー(手持ちのアミノ酸配列)があればプログラムに従いそれに対する相同性(共通の先祖や機能を有する度合い)の序列を公開されるデータから机上で簡単に網羅的に解析できる.

しかし今回は活性の存在の確証すらない未知の酵素活性であることから,検索の鍵となるクエリーがない状態でのスタートとなった.そこでまず,これまで報告されるペプチド結合形成酵素について整理したところ,すべてに共通する性質としてATPに依存した酵素反応であることがわかった.ゆえに未知なるジペプチド合成酵素の反応も同じ性質であるという仮説を立て,また既知酵素の中で最も似た反応をする酵素としてD-アラニン-D-アラニンリガーゼ(Ddl)(細菌由来の細胞壁構成成分であるD-アラニン同士からなるα-ジペプチドの合成酵素,図2A図2■D-アラニン-D-アラニンリガーゼの酵素反応,枯草菌のバシリシン生合成クラスターと推定合成反応,および実際のL-アミノ酸α-リガーゼの酵素反応)に着目した.ここで実在する酵素の配列情報が得られたわけだが,これをクエリー配列として相同性解析を行っても既知のさまざまな細菌由来の機能が推定されるDdlに占められるだけの結果で意味がなかった.そこでDdlも有するATP依存反応で共通して保存される酵素の一部を構成する特徴的構造;ATP-graspドメイン(4)4) L. M. Iyer, S. Abhiman, A. Maxwell Burroughs & L. Aravind: Mol. Biosyst., 5, 1636 (2009).に注目することにした.そして実際の候補酵素遺伝子の机上での選抜は,まずゲノムデータベースを使ってATP-graspドメインに対する相同性解析の序列化データ得て,その上位のものからDdlに対する相同性と同時に対象が未だ報告のない新たな活性であることから機能が未特定と登録される遺伝子に絞って手作業で選別を行った.

図2■D-アラニン-D-アラニンリガーゼの酵素反応,枯草菌のバシリシン生合成クラスターと推定合成反応,および実際のL-アミノ酸α-リガーゼの酵素反応

その結果,全ゲノム情報が解明された枯草菌のYwfEという遺伝子がその最上位の候補に該当することがわかった.この遺伝子は,ジペプチド類似構造の抗生物質であるバシリシンの生合成にかかわるという報告(5)5) T. Inaoka, K. Takahashi, M. Ohnishi-Kameyama, M. Yoshida & K. Ochi: J. Biol. Chem., 278, 2169 (2003).があったが,この遺伝子産物自体の役割は不明であった(図2B, C図2■D-アラニン-D-アラニンリガーゼの酵素反応,枯草菌のバシリシン生合成クラスターと推定合成反応,および実際のL-アミノ酸α-リガーゼの酵素反応).そこで計画どおりに大腸菌にて組換え型酵素を発現させ,精製した酵素を取得した.本来ならばバシリシンを構成するアラニンとアンチカプシンという特殊な化合物を用いて反応を評価すべきであるが,後者が入手できなかったので,われわれの目的とするAlaGlnの生合成で評価することとした.アラニン,グルタミンおよびATPを加えて反応させたところ,幸いにしてAlaGlnの生成が確認できた(図2C, D図2■D-アラニン-D-アラニンリガーゼの酵素反応,枯草菌のバシリシン生合成クラスターと推定合成反応,および実際のL-アミノ酸α-リガーゼの酵素反応).これはアンチカプシンがグルタミンの阻害剤(グルタミンと構造が似ていて,誤って酵素が利用することによる活性発現の阻止物質)としての機能で抗菌活性を示すこと(6)6) H. Chmara: J. Gen. Microbiol., 131, 265 (1985).からも納得できる結果であった.つづいて20種類ある天然型アミノ酸を組み合わせて網羅的にジペプチドの生成を評価したところ,さまざまな配列のジペプチドができることがわかった(表2表2■YwfEが合成可能なジペプチド).この結果は,一般的な酵素の基質特異性の常識からすれば想定外であった.また幸いにして対象とするAlaGlnおよびAlaTyrに対する反応性は比較して高いものであった.

表2■YwfEが合成可能なジペプチド
C末側L-アミノ酸
GlyAlaSerCysThrValLeuIleMetPheTyrTrpGlnAsnHis
N末側L-アミノ酸Gly
Ala
Ser
Thr
Met
Cys
縦:生成するジペプチドのN末端側になりえるアミノ酸,横:生成するジペプチドのC末端側になりえるアミノ酸,●で示すジペプチドの生成が確認された.

性質をまとめると,L-体のアミノ酸しか反応しない,ジペプチドより長いペプチドは合成しない,N末端側のアミノ酸は側鎖の小さなアミノ酸(グリシン,アラニン,セリンなど),C末端側のアミノ酸は極性がなくかさ張る側鎖のアミノ酸(芳香族,分岐鎖,メチオニン,グルタミンなど)の特異性が高いことがわかった.この全く新しい活性を有する酵素のことを「L-アミノ酸α-リガーゼ(L-amino acid α-ligase; Lal)酵素番号[EC 6.3.2.28]」と名づけることにした(図2D図2■D-アラニン-D-アラニンリガーゼの酵素反応,枯草菌のバシリシン生合成クラスターと推定合成反応,および実際のL-アミノ酸α-リガーゼの酵素反応).そしてこの酵素は後に結晶構造解析が行われ,その詳細な反応機構も解明されてきている(7)7) Y. Shomura, E. Hinokuchi, H. Ikeda, A. Senoo, Y. Takahashi, J. Saito, H. Komori, N. Shibata, Y. Yonetani & Y. Higuchi: Protein Sci., 21, 707 (2012).,またYwfEの発見によりその相同性解析から同様の活性を示す酵素が同定され一群のグループを形成することがわかってきている(8,9)8) Y. Hamano, T. Arai, M. Ashiuchi & K. Kino: Nat. Prod. Rep., 30, 1087 (2013).9) 木野邦器:YAKUGAKU ZASSHI, 130, 1463 (2010)..それらのアミノ酸に対する基質特異性にも多様性が認められ,Lalにより合成できるジペプチドの種類も拡大することになった.

ジペプチド発酵技術の開発と工業化(10)10) K. Tabata & S. Hashimoto: Appl. Environ. Microbiol., 73, 6378 (2007).

最初の検討課題であったアミノ酸からジペプチドを直接結合する酵素は単離・同定できた.この酵素活性を最も効果的に活かせる生産プロセスとして「発酵法」を選んだ.発酵法は糖質を主な原料として生産菌株を培養することで糖質を消費し,細胞が増殖する間に目的産物を過剰に生合成しその多くを細胞外(培地中)へ蓄積させることであり,化学合成法で問題となる産物の合成工程を細胞内の酵素反応で完結できることから極めて簡便にできる製法であると言える.Lalの活性発現には基質として構成するアミノ酸およびATPを与え続けることができればジペプチドを継続して効率的に生産できると考えられる.そこで,これまで培ってきた「アミノ酸発酵」の知見(細胞はアミノ酸を自前で糖を原料に生合成できることと同時に,生育中にATPも生成すること)に従い,生きた微生物細胞においてLal活性を組み合わせることができればジペプチドの発酵生産が容易にできると考えられた.そこで大腸菌野生株でプラスミドを用いてLalの発現強化した株を作製し培養してみたが,予想を反してジペプチドの生成は確認できなかった.

そこでジペプチドを発酵生産できる条件検討を行った.その結果,以下に示す3つの必要条件(図3図3■ジペプチド発酵製法の概要)を解明した.[1]Lalを適度な強さで安定に発現させること(過剰な場合は生育を阻害し不足の場合は生合成しなくなるので),[2]宿主細胞のもつジペプチド分解活性を弱化させること(大腸菌の場合は分解にかかわるペプチダーゼ遺伝子群が特定でき,染色体上の遺伝子破壊を施した),[3]目的となるジペプチドを構成するアミノ酸の供給能力を強める(従来のアミノ酸発酵における生産菌株育種の知見を利用する,AlaGlnの場合はアラニンとグルタミン(11)11) M. Hayashi & K. Tabata: Appl. Environ. Microbiol., 79, 3033 (2013).).

図3■ジペプチド発酵製法の概要

そして実験室におけるジペプチド発酵製法のプロトタイプを確立できたので,つづいて工場にある実設備での操業を目標とするスケールアップ検討に移ることになった.その際に,目的ジペプチドと配列の異なる副生ジペプチドが著量蓄積するというこれまでなかった課題が認められた.この副生ジペプチドは目的産物と極めて近似した物性を示すため,発酵後の単離・晶析工程での分離除去は困難であることがわかった.そこで発酵中における副生ジペプチドの生成低減検討を取り組んだ.前述のLalの性質から元々さまざまなアミノ酸の組み合わせからいろいろなジペプチドを合成できることがわかっている.このことは多種類のジペプチドの合成へ利用できる可能性を示す半面,単一種のみを生産する場合にはデメリットになる性質であると言える.生産菌の細胞内では,育種によって特定アミノ酸の生合成を強化して細胞内の濃度を高めているものの,それ以外のアミノ酸についても(育種をしなくても)多少の量は存在しており,また培養条件が変わればその代謝の変動も予想される.そして今回はスケールアップにより結果的に副生ジペプチドを構成するアミノ酸の細胞内濃度の増加を招いたことが原因であると考えられた.そこで問題となるアミノ酸の生合成に関して,遺伝子組換え技術で弱化させる育種を施したところ副生低減効果を確認することができた.またほかの考え方として,目的ジペプチドを選択的に細胞外へ排出することができれば,生産性と同時に産物純度も向上できると考えられた.そこで大腸菌の内在性薬剤排出タンパク質(膜結合型タンパク質で,各種薬剤,抗生物質,毒物を能動的に排出して細胞に耐性能力を与えるもの)とされるものを中心に評価し,対象のAlaGlnに特性を示す排出タンパク質を同定できた(12)12) M. Hayashi, K. Tabata, M. Yagasaki & Y. Yonetani: FEMS Microbiol. Lett., 304, 12 (2010)..最終的な株はこの2通りの育種を組み合わせることで,工業スケールにおいても高効率で,しかも高純度でジペプチドを生産できる発酵プロセスに完成させることができた(図3図3■ジペプチド発酵製法の概要).つづく培養液からのジペプチドの単離・晶析工程については,従来のアミノ酸発酵におけるその技術を踏襲し最適化することで,新たに特別な操作・装置を用いることなく低コストで高収率に製品化が可能なことが確認された.現在,このプロセスは国内工場(弊社・山口事業所)で実施している.

おわりに

これまでにジペプチドという化合物において有用な機能が報告され,新素材候補として大きな可能性が示されてきている.しかしながら一般的にその製造コストが高いことから,一部の例外を除き製品化はおろか機能評価も不十分な状態にあった.今回われわれは従来製法の問題点を根本的に解決すべく,それまでの酵素学的常識に反した発想から新たな活性を探索し,それを見つけ出して同定し,その新規活性を最大限に活かすべく発酵製法へ組み込んで全く新しい効率的なプロセスにすることができた.このことを過去のアミノ酸における製法革新とそれに伴う市場の変遷に重ねて見てみたい.その昔アミノ酸は希少品で用途も制限されていたが,革新的な「発酵法」の確立により生産効率の飛躍的向上と同時に製造コストが低減され,さまざまな需要が喚起され今では身近な製品に用いられる汎用素材として巨大な市場を形成している.それに呼応して現在ではほとんどの種類のアミノ酸の製造方法が発酵法に切り替わっている.このジペプチド発酵製法も,ジペプチドという素材の需要を喚起させる起爆剤になることを期待している.その先例として今回はAlaGlnおよびAlaTyrを従来製法の製造コストの1/10以下で供給できることを示せた.前者は医療用輸液への添加や,米国においては健康食品素材として,また後者も含めバイオ医薬品製造で重要な動物細胞培養における培地成分として開発を進めている.アミノ酸は20種類に限られるが,ジペプチドはその配列(組合せ)により400種類もの多種類にわたる製品群を形成する.それゆえ未開拓のものは多く,今回の製法を利用することで評価用の標品取得や商業生産などで役立つことと,付随する機能研究の効率化によりジペプチドが過去のアミノ酸の経緯を再現するような大きな市場へ発展することを期待している.

Reference

1) S. Udaka: J. Bacteriol., 79, 754 (1960).

2) M. Yagasaki & S. Hashimoto: Appl. Microbiol. Biotechnol., 81, 13 (2008).

3) K. Tabata, H. Ikeda & S. Hashimoto: J. Bacteriol., 187, 5195 (2005).

4) L. M. Iyer, S. Abhiman, A. Maxwell Burroughs & L. Aravind: Mol. Biosyst., 5, 1636 (2009).

5) T. Inaoka, K. Takahashi, M. Ohnishi-Kameyama, M. Yoshida & K. Ochi: J. Biol. Chem., 278, 2169 (2003).

6) H. Chmara: J. Gen. Microbiol., 131, 265 (1985).

7) Y. Shomura, E. Hinokuchi, H. Ikeda, A. Senoo, Y. Takahashi, J. Saito, H. Komori, N. Shibata, Y. Yonetani & Y. Higuchi: Protein Sci., 21, 707 (2012).

8) Y. Hamano, T. Arai, M. Ashiuchi & K. Kino: Nat. Prod. Rep., 30, 1087 (2013).

9) 木野邦器:YAKUGAKU ZASSHI, 130, 1463 (2010).

10) K. Tabata & S. Hashimoto: Appl. Environ. Microbiol., 73, 6378 (2007).

11) M. Hayashi & K. Tabata: Appl. Environ. Microbiol., 79, 3033 (2013).

12) M. Hayashi, K. Tabata, M. Yagasaki & Y. Yonetani: FEMS Microbiol. Lett., 304, 12 (2010).