プロダクトイノベーション

スイゼンジノリ由来新規多糖類“サクラン”の材料化と今後の応用

Maiko Okajima

岡島 麻衣子

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Published: 2015-07-20

筆者は2007年にAphanothece sacrum(日本名:スイゼンジノリ)という日本固有ラン藻(図1図1■Aphanothece sacrum(スイゼンジノリ)の外観)から「サクラン」という新規の硫酸化多糖類の抽出に成功した.スイゼンジノリは九州の熊本県と福岡県にて食用として養殖されており,2,000種以上同定されているラン藻のなか,可食性,養殖・人工培養可能,かつ大量に糖の抽出の可能なラン藻は世界でたった一つこのスイゼンジノリのみである.またスイゼンジノリは非常に綺麗な地下水・湧水でのみ育つため日本の水資源から生まれる貴重なバイオマス(財産)であると考える.

図1■Aphanothece sacrum(スイゼンジノリ)の外観

筆者がこのスイゼンジノリに出会うきっかけとなったのは,バイオ資源からプラスチックを作るというプロジェクトのなか,そのモノマーとなる反応性化合物「ポリフェノール」を微生物の代謝物から選択しているときであった.光合成を行う微生物であるラン藻の生産物質を用いることができれば,低炭素材料であるバイオプラスチック(1)1) T. Kaneko, H. T. Tran, D. J. Shi & M. Akashi: Nat. Mater., 5, 966 (2006).の原料として利用できると考えたのである.そこで数々のラン藻から芳香環をもったポリフェノールを探索していくなか,途中の抽出工程中で廃棄物として水層に大量に「ゲル状物質」が含まれることに気づき,興味をそそられたためそれをビーカーに集めた.この「ゲル状物質」は非常に粘性が高く粘着質であったため,翌日にビーカーを洗いやすいようにと大量の水を注いでおいたところ,「ゲル状物質」はその水を吸って大きく膨潤しビーカーからあふれ出ようとしていた.その様子は非常に印象的なものであり「これは何か有用な新素材になるのではないか?」と予感させるものであった.もし,このときにこの物質に興味を抱くこともなく単に邪魔な副産物として取り扱っていればこの世にサクランは誕生しなかったのではないかと考える.すなわち偶然の産物とはまさしくこのことを言うのではないか.一方でこの時点では「ゲル状物質」が高分子であることはわかったもののそれ以上の情報はなく,その回収方法を考えた.一般的に生体高分子はアルコールに沈殿させ回収させることをヒントに,この「ゲル状物質」も同様の試みを行ったところ,アルコール中に白い繊維状物質となってその姿を現した.それが本テーマで扱う「サクラン」誕生の瞬間であった.アルコール沈殿によって回収された物質はまるでセルロースのような強い繊維状であった(図2図2■抽出後アルコール沈殿により得られた綿状のサクラン乾燥物の写真)ことから,おそらくこの正体は細胞外多糖類であろうと推測された.これまでにラン藻の細胞外多糖類の物性評価や構造解析の研究に関しては多くの報告例があるが,これを機能性材料へと展開する取り組みはほとんどなされていない.それは糖の回収量と培養・養殖手法にさまざま課題があるからと考えられる.一方,スイゼンジノリは養殖方法が確立され,かつスイゼンジノリから後述の抽出方法によりサクランが乾燥重量あたり50~70%近くの高収率で抽出可能であり(グラムオーダー),新しいバイオマスとしての可能性が大いにあると考えられた.そこで,本稿ではサクランの抽出から物質同定までの道のり,その後の機能性評価実験および応用展開などへの試みを中心に,さまざまな分野への可能性を秘めたスイゼンジノリ由来多糖類「サクラン」の魅力と製品化について解説したい.