プロダクトイノベーション

スイゼンジノリ由来新規多糖類“サクラン”の材料化と今後の応用

Maiko Okajima

岡島 麻衣子

北陸先端科学技術大学院大学マテリアルサイエンス研究科 ◇ 〒923-1292 石川県能美市旭台一丁目1番地

School of Materials Science, Japan Advanced Institute of Science and Technology (JAIST) ◇ 1-1 Asahidai, Nomi-shi, Ishikawa 923-1292, Japan

Nlandu Roger Ngatu

高知県立大学看護学部看護学科 ◇ 〒781-8515 高知県高知市池2751番地1

Department of Nursing, Faculty of Nursing, University of Kochi ◇ 2751-1 Ike, Kochi-shi, Kochi 781-8515, Japan

Published: 2015-07-20

筆者は2007年にAphanothece sacrum(日本名:スイゼンジノリ)という日本固有ラン藻(図1図1■Aphanothece sacrum(スイゼンジノリ)の外観)から「サクラン」という新規の硫酸化多糖類の抽出に成功した.スイゼンジノリは九州の熊本県と福岡県にて食用として養殖されており,2,000種以上同定されているラン藻のなか,可食性,養殖・人工培養可能,かつ大量に糖の抽出の可能なラン藻は世界でたった一つこのスイゼンジノリのみである.またスイゼンジノリは非常に綺麗な地下水・湧水でのみ育つため日本の水資源から生まれる貴重なバイオマス(財産)であると考える.

図1■Aphanothece sacrum(スイゼンジノリ)の外観

筆者がこのスイゼンジノリに出会うきっかけとなったのは,バイオ資源からプラスチックを作るというプロジェクトのなか,そのモノマーとなる反応性化合物「ポリフェノール」を微生物の代謝物から選択しているときであった.光合成を行う微生物であるラン藻の生産物質を用いることができれば,低炭素材料であるバイオプラスチック(1)1) T. Kaneko, H. T. Tran, D. J. Shi & M. Akashi: Nat. Mater., 5, 966 (2006).の原料として利用できると考えたのである.そこで数々のラン藻から芳香環をもったポリフェノールを探索していくなか,途中の抽出工程中で廃棄物として水層に大量に「ゲル状物質」が含まれることに気づき,興味をそそられたためそれをビーカーに集めた.この「ゲル状物質」は非常に粘性が高く粘着質であったため,翌日にビーカーを洗いやすいようにと大量の水を注いでおいたところ,「ゲル状物質」はその水を吸って大きく膨潤しビーカーからあふれ出ようとしていた.その様子は非常に印象的なものであり「これは何か有用な新素材になるのではないか?」と予感させるものであった.もし,このときにこの物質に興味を抱くこともなく単に邪魔な副産物として取り扱っていればこの世にサクランは誕生しなかったのではないかと考える.すなわち偶然の産物とはまさしくこのことを言うのではないか.一方でこの時点では「ゲル状物質」が高分子であることはわかったもののそれ以上の情報はなく,その回収方法を考えた.一般的に生体高分子はアルコールに沈殿させ回収させることをヒントに,この「ゲル状物質」も同様の試みを行ったところ,アルコール中に白い繊維状物質となってその姿を現した.それが本テーマで扱う「サクラン」誕生の瞬間であった.アルコール沈殿によって回収された物質はまるでセルロースのような強い繊維状であった(図2図2■抽出後アルコール沈殿により得られた綿状のサクラン乾燥物の写真)ことから,おそらくこの正体は細胞外多糖類であろうと推測された.これまでにラン藻の細胞外多糖類の物性評価や構造解析の研究に関しては多くの報告例があるが,これを機能性材料へと展開する取り組みはほとんどなされていない.それは糖の回収量と培養・養殖手法にさまざま課題があるからと考えられる.一方,スイゼンジノリは養殖方法が確立され,かつスイゼンジノリから後述の抽出方法によりサクランが乾燥重量あたり50~70%近くの高収率で抽出可能であり(グラムオーダー),新しいバイオマスとしての可能性が大いにあると考えられた.そこで,本稿ではサクランの抽出から物質同定までの道のり,その後の機能性評価実験および応用展開などへの試みを中心に,さまざまな分野への可能性を秘めたスイゼンジノリ由来多糖類「サクラン」の魅力と製品化について解説したい.

図2■抽出後アルコール沈殿により得られた綿状のサクラン乾燥物の写真

サクランの抽出と構造的特徴

サクランはゲル状のスイゼンジノリ原種から水溶性の色素と脂溶性の色素を抜いた後,撹拌作業とともに熱アルカリ水で溶解し,濾過・中和後,アルコールに沈殿させることで回収できる.筆者はこのときまで多糖類は試薬として販売されているものしか使用したことがなく,自ら抽出した経験はなかった.スイゼンジノリをアルシアンブルーで染色したところ,綺麗な青色へと染色されたため,スイゼンジノリの細胞外多糖類はアニオン性であると予想され,アルカリ水を用いての抽出を試みたがこれは直ぐに成功し,多糖類が完全にアルカリ水中に綺麗に溶出した.多糖類水溶液を塩酸で中和し,その後水とアルコールの混合比率を調整した混合溶媒にこの水溶液を潜らせると,非常に純度の高い多糖類が抽出されることもわかった.つまりこの作業で抽出と精製が同時に可能であることも見いだした.

次に,この抽出された多糖類の正体をつかむために,赤外分光法で官能基を調べた結果,メチン基,水酸基の明確なピークが見られ,それだけでなく,硫酸基,カルボキシル基などと推測できる鋭いピークも確認された.その後,X線光電子分光法(XPS),元素分析や種々の定性分析を組み合わせ,上記の官能基の量を定量した.その結果ごく僅かなアミド基,硫酸基(11 mol%対糖残基),カルボキシル基(22 mol%対糖残基)が存在することが判明した.これにより,抽出された多糖類は硫酸化多糖類であることがわかった.そしてこの多糖類は後に示すように新規物質であったため,スイゼンジノリの種名sacrumの語尾を多糖類という意味の接尾語である-anに置き換えることでsacran(サクラン)と名づけた.さらなるサクランの構造の情報を得るために,核磁気共鳴(NMR)測定も試行したが0.1%DMSO-d6溶液の粘性が高すぎるために,サンプリング・脱泡に一苦労した挙げ句,溶媒のシグナル以外はブロードで何も見えない状況であった.サクランの一次構造解明のためには,どうしてもNMRによる構造解析は不可欠であるため,サクランを分解・分画し,フラクションごとの構造を調べるべく,まずサクランの分解を試みた.通常糖の分解には酸による加水分解を行うがサクランにそれを適用した場合,条件によっては分解がほとんど進まなかったり,あるいは糖誘導体にまで分解が進んだりと条件を見いだすのに非常に苦労した.そこで次は酵素を用いたサクランの分解を試みたが,これもサクランの粘性が非常に高いことと,ありとあらゆる既存の酵素では全く反応が進まず,2年近い月日を費やしたにもかかわらず結局有効な方法を見いだすに至らなかった.次に取り組んだのが亜臨界水分解法である.これは真空容器のなか,亜臨界状態でサクランの加水分解を行う方法だが,これは割と上手く進み,いくつかのサクランの分解フラクションを得ることができた.ところがこのフラクションを分子量毎に分画する作業にも非常に時間と労力を有し,その結果NMR測定に至るほどのサンプル量のフラクションを得ることができずまた構造解析は暗礁に乗り上げてしまった.そこで次は得られたフラクションを用いFT-MSで構造の情報を得る試みを行った.その結果,サクランの一部の構造決定に至ることはできた.しかしこの結果のみでは完全にサクランの一次構造解明には不十分で,今後さまざまな測定をさらに組み合わせサクランの一次構造解明が待たれる.

次に,サクランの分子量をサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)法で調べた.その結果,単峰性の無構造なSECピークが一つのみ認められ,このピークが示す重量平均分子量は常に1,200万から2,000万の間にあり,サクランは超高分子量体であると推測された.しかし,外部標準に用いることのできるプルランは235万までしか入手できず,上記の分子量はあくまでも外挿値でしかなかった.そこで,絶対分子量を求めることのできる多角度静的光散乱測定を行った.しかし,粘度の高い水溶液試料を高い信頼性のもとで測定するのは非常に困難であり,初期の6カ月間はまともなデータを得られなかった.そこで粘り強く種々検討した結果,測定直前に孔径5 µmのシリンジフィルターで三度ろ過することで,再現性の高いデータが得られることがわかった.結果として,1.4%の小さい誤差値の美しいジムベリープロットが得られ,サクランの絶対平均分子量はやはり2,000万以上もの大きな値となった.同時に回転半径も402 nmという非常に大きな値となり,上記の超巨大分子であることが当該測定からも明らかとなった.この美しい格子状プロットを得た瞬間は感極まると同時に,その大きい分子量値に驚きを隠せなかった.従来多糖類は分子量が大きいものであるが,それらと桁の異なるサクランは何か新しい物性と機能をもつことを予測させるものであった.また,この多糖類の糖残基の分析を,GC-MS(ガスクロマトグラフ質量分析)法およびFT-ICR-MS(フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析)法で行い,2種のウロン酸(未同定糖)と7種の中性糖(メインはグルコース,ガラクトース,マンノース)が含まれ,さらに硫酸化ムラミン酸という新規糖も含まれることが判明した.この新規糖は実に一つの単糖に水酸基だけでなく,カルボン酸,硫酸,アミンの合計4つの官能基をもつ非常に珍しい構造のものである.以上の構造解析から,サクランは1分子鎖には10万個ものマイナス電荷が存在するアニオン性多糖類であり,グリコサミノグリカン様構造をもつ多糖類であると推測された.

興味深いサクランの特徴の数々

1. 高い溶液粘性

サクランは分子量が非常に高いために均一な水溶液を作製するためには80度以上の加熱と撹拌の作業が数時間必要である.一方でこれほど分子量の高い物質でありながら水に均一に溶解するのも不思議であると感じる.そのようにして調整したサクラン水溶液(1重量%)のゼロせん断粘度を回転粘度系で調べたところ,その値は非常に高く83,000 cpsの値を示した.また,生理食塩水中では153,000 cpsもの驚異的な数値となった.これはヒアルロン酸の生理食塩水中における値(4,400 cps)の38倍もの数値であった.サクランは純水1%濃度ではキサンタンガムの4倍,ヒアルロン酸の80倍,0.05%濃度でヒアルロン酸1%と同程度の粘性を示すこともわかった.さらにサクランはせん断を掛けるとその粘性が劇的に減少するシュードプラスチック性を有しており,この性質はキサンタンガムの2倍にものぼる.また一方で低せん断側では一瞬粘性が上昇するという面白い性質も示し,したがってサクランは化粧品などに配合された場合は独特のつけ感と伸び感を与える物質であると期待された.さらに,原子間力顕微鏡(図3図3■サクランをマイカ上にスピンコートして得た膜の原子間力顕微鏡像)と透過型電子顕微鏡観察の結果からサクランは塩の存在下で二重らせんを形成することが判明した.多くの高分子鎖はヒアルロン酸のように塩を加えると収縮した立体構造となるので粘性は下がるが,サクランに関しては,キサンタンガムと同様に塩を加えることで二重らせん形成などの会合が促進されて,見かけの分子量が増大したことで塩添加による増粘現象が見られたと考えられる.また,サクランの直交偏光子を用いた観察から,0.5重量%以上のサクラン水溶液はネマチック液晶相を示すことがわかった(2)2) M. K. Okajima, D. Kaneko, T. Mitsumata, T. Kaneko & J. Watanabe: Macromolecules, 42, 3057 (2009)..この濃度はほかのリオトロピック系と比較して桁違いに低い.たとえば,三重らせん構造を形成することで有名なシゾフィランの臨界液晶濃度は13重量%であり(3)3) K. Van, T. Norisuye & A. Teramoto: Mol. Cryst. Liq. Cryst., 78, 123 (1981).,低濃度で液晶を示すと言われているキサンタンガムや硫酸化セルロース結晶子の臨界液晶濃度はそれぞれ6重量%,5重量%と報告されている.そこで,フローリーの格子理論(4)4) P. J. Flory: Adv. Polym. Sci., 59, 1 (1984).からサクランの液晶性官能基として働く部位の軸比を求めると1,600という驚くべき数値を示した.ここから液晶性部位の持続長を計算すると32 µmという髪の毛の太さほどの長さに達した.サクランは最も長い液晶分子とも言える.以上の結果をまとめるとサクランはある濃度以上で分子鎖同士の会合が促進され,さらに会合鎖が何らかのヘリックス形成も引き起こし,分子はさらに剛直性を増した構造を取ると考えられる.まさしくサクランはこれまでにない剛直で巨大な分子であると言える.

図3■サクランをマイカ上にスピンコートして得た膜の原子間力顕微鏡像

2. サクランの金属イオン吸着特性

構造解析の結果から,サクランはアニオン性のウロン酸の連続構造をもっており,かつ硫酸基も有していることから金属イオンを効率よく吸着できると考えられる.そこで,0.5重量%のサクラン水溶液をネオジムの水溶液(0.01 M)中に滴下した.すると,一瞬で液滴が固まりゲルビーズが形成された.また,ゲルビーズ中ではサクランは配向していることがわかった.この現象は,アルギン酸水溶液をカルシウム水溶液中に滴下したときに起こるゲルビーズ化と類似しており,明らかに金属イオンが多糖鎖に吸着したときに生じる現象である.サクランに関しては,ネオジムがない状態や水溶液が液晶相を示さないときにはゲルビーズは形成されなかった.したがって,サクラン液晶構造の特定部位に金属が入り込む形で,液滴の表面が架橋されゲルビーズが形成されたと考えられる(5)5) M. K. Okajima, S. Miyazato & T. Kaneko: Langmuir, 25, 8526 (2009)..次に,サクランとさまざまな金属イオン吸着特性を調べた.1価イオンを吸着した場合サクランはスライム状となり2価イオンの場合,緩いゲル状態,三価の金属イオンにおいては強固なゲルを形成した.ここでサクランは価数の大きな金属イオンに対し非常に効率的な吸着特性を有することが確認された.たとえば,300 ppm以下の金属イオンを含む廃液中ではアルギン酸は第三族の金属イオンを吸着できなかった.一方,サクランはこの条件でも容易に回収可能なゲルビーズを形成した.第三族には希土類が含まれるので,この特徴は非常に重要である.さらに,より希薄な30 ppmの濃度でも金属吸着は起こり,すべての希土類において繊維状の沈殿物が得られた.一方,この繊維状沈殿物の回収は若干難しかったため,どのような吸着金属も回収できるように,サクランの化学架橋ゲルの利用を検討した.

サクランはL-リジンなどのジアミンやジビニルスルフォイド(DVS)などと容易に反応し,ハイドロゲルを作製することが可能である.得られたハイドロゲルはほぼ透明であり,その膨潤度は400~1,000程度であった.サクランに架橋構造を作り固定しこのハイドロゲル中に金属イオンを浸透させることでさらに金属イオンを効率的にサクランに吸着できると考えた.実際ハイドロゲルを希土類(ガドリニウム)金属イオン水溶液に浸して吸着する様子を観察した.その結果ハイドロゲルは次第に収縮し,かつ白濁した.この現象はハイドロゲルが脱水していることを示している.つまり,三価金属イオンである希土類イオンがサクラン編み目に吸着しゲルの架橋密度が上昇したと考えられる.そこで,上澄みの金属イオン濃度をICP発光法により調べた結果,サクランゲルは理想的な収着率(0.333)よりも多くの金属イオンを収着することがわかった.これは以下の理由によると考えられる.サクランはカルボキシル基と硫酸基を具有する非常に大きい負電荷数をもつ鎖であるので,非常に強力に金属イオンを吸収する.かつ,希土類イオンはカルボン酸にトラップされるので,吸着後も残った硫酸基の効果によりゲル内に金属イオンが吸収される.以上の吸着と吸収の両方の特徴から過剰収着現象が示されたと考えられる.このようにサクランは価数の大きな金属イオンを特異的に吸着するという性質をもっていることが明らかとなった.

3. サクランの超保水特性

現在化粧品の保湿剤の代表となっているヒアルロン酸もまた分子量が大きく保水力が優れている.そこで,超巨大分子であるサクランの保水力に関しても評価を行った.一般的にヒアルロン酸の保水力は自重のおよそ1,200倍と言われており,一方,サクランは6,100倍という期待どおりのすごい値となった.実は,サクランの保水力に関してさらに優れている点は,生理食塩水またイオン水に対する保水力の高さであった.化粧品製品,ならびに紙おむつなど保水力を応用する際には必ず塩(さまざまなイオン)の存在を考えなければならない.たとえば,ヒアルロン酸の生理食塩水に対する保水は240倍程度,おしめの中の高分子吸収体も50倍程度である.一方,サクランは生理食塩水を2,400倍も保水し,実にヒアルロン酸の10倍もの値を示すことがわかった.さらに人工尿に対するサクランの保持力を調べたところ2,600倍となり,現在使用されている高分子吸収体が示す値が50倍程度であることを考えると驚異的な数値であることがわかる.

4. サクランの抗炎症特性

サクランには抗炎症効果,特にドライスキンの改善に効果があることが見いだされた.これまでにアレルギー発症マウスを用いた実験において,ハイドロコルチゾンと同等の治癒効果も報告されている.特にサクランは痒みを軽減する働きも見られ血中IgE濃度も低下することから何らかの抗アレルギー効果を発揮することが示唆された.また,ヒアルロン酸とサクラン水溶液(それぞれ0.2%)を用いて乾燥肌の女性(45~60歳)の前肢に塗布し,水分の減少を示す経表皮水分損失測定を行った結果,サクラン水溶液を皮膚塗布後,4時間後にはヒアルロン酸よりも3倍以上水分の損失を防ぐ結果となった.このサクランの皮膚疾患治癒効果については別途熊本大学薬学部にても研究が進められておりそのメカニズムの解明が待たれる.

5. 新素材としてのサクラン(サクランゲルシートからサクラン–コラーゲン複合体ゲルシートまで)

もともとサクランはスイゼンジノリの細胞体を保護する細胞外マトリックスとして生物によって作られている物質である.上記のようにわれわれ人の役に立つ性質をもち,かつさまざま応用の可能性が広がる一方,生物が自身のために戦略的にある目的をもって作ったに違いない.この目的とは何か? それを見いだし,向き合い,生物の目的に沿った性質を利用した材料作りができれば,サクランはもっとわれわれの役に立つ材料へと展開されるかもしれない.筆者はずっとそれを考え続けてきた.サクランはスイゼンジノリの中でゲルとして存在し,細胞分裂の足場となっている.この性質が基本であり,サクランの役割そのものではないか? そう考えたときに,やはり一番サクランの物性を活かし機能を発揮できるのはサクランをゲル状態で扱う素材,細胞培養足場にもなるゲルシートではないかと考えた.上述のようにサクランに化学架橋を導入しハイドロゲルの作製は可能であるが,一方で架橋剤を用いることは生体材料としては望ましくない.そこで考えついたのが,サクランをキャストフィルムにし,加熱処理を加えることでサクラン分子鎖間に物理的な架橋構造を作り,ゲル化させる方法であった.これから実は思いも寄らぬ面白い結果が得られた.フィルム状になったサクランに70~140°Cの範囲で加熱処理を行うと処理温度に依存して膨潤度が異なるゲルシートを作製できた.しかもこのゲルシートは横方向にはほとんど膨潤せず,縦方向にのみ膨潤する異方性をもったゲルシートであった.サクランの分子量を落としたサンプルから作製したフィルムや,ほかの多糖類フィルムの加熱処理によってもこのような異方性をもったゲルは作製できないことから,サクランの「巨大さ」と「剛直さ」の特徴がこのような面白いゲルシートの作製を可能にしたと考えられた.このゲルシートは創傷部位の保護に使用したり面白いパックシート剤になる可能性がある.また一方でこのまま細胞培養の足場へと使用ができれば良いのだが,残念ながらこのゲルシートへの細胞接着性は期待できない.そこで現在足場材料のメインとなっているコラーゲンとサクランの複合体シートゲルの作製を試みた.アニオン性のサクランとカチオン性のコラーゲンを塩存在下ある比率で混合するとゲル化し,それを乾燥させるとサクランとコラーゲンの強いフィルムが作製された.これをアルコールで滅菌し,この滅菌フィルムを10%ウシ胎児血清含有ダルベッコ培地(DMEM)に24時間浸漬,膨潤後15 mmϕに打ち抜き,24 well培養プレートに移した.そこにヒト間葉系幹細胞(hMSC)を50,000個播種し,培地1-mLを加え24時間培養後,Calcein AMで生細胞を染色し,蛍光顕微鏡で観察した.その結果細胞が進展し増殖することが確認された.今後さまざまな細胞を用いた培養実験を重ねコラーゲンの欠点を補いサクランがより良い足場材料となるよう展開を図る.

サクランは新しい化粧品素材として活躍中

多糖類はヒアルロン酸に代表されるように化粧品の保湿剤・トロミ感を出す増粘剤として利用されている.サクランも前述のとおり超高保水性を有し,巨大な分子の編み目構造により被膜形成が期待される.たとえば,サクラン水溶液を平坦な基板の上で塗り広げて乾燥し,その上でどのような構造となっているかを顕微鏡で観察した結果,サクランはよく伸びており基板の上を均一に張り巡らしていることがわかる.サクランの棒状分子が皮膚の上で薄い膜を形成することになるので,皮膚に心地よい被膜感を与えると考えられる.しかも,サクランの塩耐性の保湿能は皮膚上での長時間の保湿を可能とし化粧品の新素材として優れている.こうした性質を利用し,さまざまな化粧品メーカーからサクランを用いた化粧品が開発・販売されている.化粧品メーカーの(株)アルビオンからはサクランのコーティング能力を活かした美容液やファンデーション(ジェルマスクファンデーション・2014年8月発売)が誕生し,美容液は肌に独特なハリを与え,ジェルファンデーションは下地の要らない薄付きのファンデーションとしてたいへん好評である.また,サクランの高保湿・皮膜形成能を活かした「ダーマボーテ」(久光製薬(株),2014年10月)が発売され,今までにない独特の使用感と保湿感を与える製品として高い評価を得ている.さらに,サクランの保湿・皮膜形成・抗炎症機能を最大限に引き出すことを目標とし,製品中の他成分によるこれらの機能の阻害作用を軽減させることに成功した「maiko couture」の開発も進み,商品化された.まだ発売から僅かではあるが,サクランの生理機能を利用した製品とその確かな効果に,「肌質が変わった」「今までとは全く違う化粧品であると実感される」「即効性のある化粧品」と数々の嬉しい声をいただいている.サクランの利用は化粧品だけでなく,ヘアカラートリートメント剤(サクラントリートメントカラー・(株)グラシア)にも広がりを見せている.これは,サクランの保湿・皮膜形成作用によって髪に艶とコシを与えるだけでなく,地肌の痛みを抑えながらカラーリングできるよう工夫して開発された点が特徴と言える.今後も,サクランの多様な機能を活用することによってさまざまな企業での新製品の開発が進められることを期待したい.

Reference

1) T. Kaneko, H. T. Tran, D. J. Shi & M. Akashi: Nat. Mater., 5, 966 (2006).

2) M. K. Okajima, D. Kaneko, T. Mitsumata, T. Kaneko & J. Watanabe: Macromolecules, 42, 3057 (2009).

3) K. Van, T. Norisuye & A. Teramoto: Mol. Cryst. Liq. Cryst., 78, 123 (1981).

4) P. J. Flory: Adv. Polym. Sci., 59, 1 (1984).

5) M. K. Okajima, S. Miyazato & T. Kaneko: Langmuir, 25, 8526 (2009).