Kagaku to Seibutsu 53(8): 562-565 (2015)
農芸化学@High School
徹底追及!ホウ酸の濃度―中和滴定によるホウ酸の濃度決定と反応機構,および身近な物質のホウ酸濃度に関する研究
Published: 2015-07-20
本研究は,日本農芸化学会2014年度大会(開催地:明治大学)での「ジュニア農芸化学会」において発表された.東日本大震災による原発事故で発生した放射能を吸収するためにホウ酸水溶液が注入されたという報道から,発表者らはホウ酸の働きに興味をもった.ホウ酸は中和滴定ができないが糖類を加えると滴定ができることを知った発表者らは,その反応機構や最適な中和滴定条件を追究し,中和滴定による身近な商品のホウ酸定量を試みた.得られた結果はたいへん興味深いものとなっている.
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
ホウ酸は1価の弱酸であり,中和滴定では明確な中和点が確認できない.そこで,各種酸とホウ酸の中和滴定結果を比較しホウ酸が中和滴定できない理由を理解すること,次にホウ酸に加えるポリオールの種類と量を変え滴定曲線の変化を比較し反応機構を考察するとともに中和滴定に適する条件を確立すること,さらに確立した中和滴定法を用いてホウ酸団子やスライムなどに含まれるホウ酸量を測定することを目的とした.本研究を進めるにあたり,文献1~3を参考にした(1~3)1) 戸田建設株式会社:土壌中の重金属等簡易・迅速分析法標準作業手順書.2) 公害防止の技術法規編集委員会:新・公害防止の技術と法規〈水質編〉,2015.3) Y. Egawa, T. Seki, S. Takahashi & J.-Anzai: Mater. Sci. Eng. C, 31, 1257 (2011)..
0.1 mol/Lの酸20 mLに指示薬のフェノールフタレインを加え,pHメーターでpHを測定しながら0.1 mol/LのNaOH aq.で滴定して中和滴定曲線を作成した.
0.1 mol/Lのホウ酸水溶液20 mLに,各種ポリオールをそれぞれ0.5~2.0 g添加後,実験1と同様の方法で中和滴定曲線を作成した.
ホウ酸団子1個に100 mLの水を加えて加熱しソルビトール(Sor)を5~25 g加え,実験1と同様の方法で中和滴定曲線を作成した.得られたホウ酸濃度からホウ酸団子1.0 g当たりのホウ酸含有量(測定10回の平均値)を求めた.
0.05 mol/LのNa2B4O7 aq. 20 mLにSor 2.0 gを加えて溶解後,実験1と同様の方法で中和滴定曲線を作成した.
Na2B4O7の飽和水溶液と75%ポリビニルアルコール(PVA)水溶液を体積比3 : 1で混合して作成したスライム100 gを1.0 Lの水中に投入,放置し,経時的に水を10 mL採取した.Sorを2.0 g加えて溶解後,実験1と同様の方法で中和滴定し,ホウ酸濃度(mol/L)を算出し,ホウ素濃度(mg/mL)に換算した.
塩酸,酢酸とは異なり,ホウ酸の場合少量のNaOH aq.の添加でpHが上昇し,当量点におけるpHジャンプが明確でなくフェノールフタレインで終点決定ができなかった(図1図1■ホウ酸,塩酸および酢酸と水酸化ナトリウム水溶液の中和滴定曲線).ホウ酸は,水分子から水酸化物イオンを引く抜くことによって生じる水素イオンが酸性の要因となる「ルイス酸」で1価の弱酸と考えられるが,電離平衡のpKa(9.24)より算出した水溶液のpH(約6.1)が,実測値(約6.2)とほぼ同じ結果となったことから,ホウ酸が1価の弱酸として働くことが確認できた.
「隣接ジオール構造」をもつ化合物とホウ酸陰イオンが錯体を作ることでpHが下がると報告されている.この構造をもち,炭素の数や分子構造を比較しやすいポリオール9種を選んで滴定曲線を作った.炭素数3のグリセリン添加ではpHの低下が見られず,炭素数4のエリスリトールから炭素数の増加とともに徐々にpHが下がり始めた.フルクトース(Fru),Sor(図2図2■フルクトース,ソルビトールを添加(0.5 g, 2.0 g)したときのホウ酸と水酸化ナトリウム水溶液の中和滴定曲線),マンニトールは添加量を増やすに従ってpHが徐々に下がり,pHジャンプも確認できるようになったが,グルコース(Glu)やPVAではほとんどpHの変動は観測されなかった.
この結果から,FruがGluに比べてよりホウ酸陰イオンとの錯体を作りやすいことが示唆された.水溶液中ではGluはホウ酸陰イオンと錯体を作りやすいと予想される「シス形隣接ジオール構造」をもつα-D-glucopyranoseが40%程度であるのに対して,Fruの場合はβ-D-fructopyranoseの約68%に加えてα-D-fructopyranose, β-D-fructofuranoseも寄与しており合わせて90%以上になるため,同数の水酸基をもつにもかかわらずホウ酸陰イオンとの錯体形成における反応性に差が生じたのではないかと考えた(図3a図3■シス形隣接ジオール構造もしくはトランス形隣接ジオール構造を有する各種単糖の六員環構造).
水酸基の配向の相違がpHを下げる効果に与える影響を確かめるため,α-methyl-D-mannopyranosideとα-methyl-D-glucopyranoside(図3b図3■シス形隣接ジオール構造もしくはトランス形隣接ジオール構造を有する各種単糖の六員環構造)をホウ酸に加えたときの滴定結果を比較したところ,α-methyl-D-mannopyranosideを加えたときのほうが中和点に達するまでのpHが平均して0.5低く,シス形隣接ジオール構造がトランス形より錯体を形成しやすいことが明らかとなった.さらに「ホウ素NMR」測定を行い,実際に錯体が形成されていることを確認した.
ホウ素を含む各種商品のホウ酸含有量を,Sorを加えた中和滴定で測定した.目薬や肥料ではどんなに工夫しても明確なpHジャンプは得られず,その原因に共存する「pH調整剤」やリン酸などの影響が考えられた.ホウ酸団子の場合はデンプンなどが含まれておりろ過操作を行った後に滴定したが,メーカー表示値よりも少ない結果しか出なかった.種々改善策を検討し,ろ過操作を行わず直接懸濁液にSorを添加すると良好な結果が得られた.ホウ酸濃度から団子1.0 g当たりのホウ酸含有量を算出した結果0.14~0.46 gの範囲に分布し,ほとんどの商品で表示値に近い値が得られた.
本実験の結果からSorを添加した中和滴定法は,最適条件を検討する必要はあるものの,身近な物質中のホウ酸の定量に使用できることがわかった.
スライムはNa2B4O7とPVAから合成され,PVAの水酸基をホウ酸陰イオンが結びつけた構造をもつ.Na2B4O7は水溶液中ではホウ酸とホウ酸陰イオンを生じる(Na2B4O7·10H2O→2Na++2B(OH)3+2B(OH)4−+3H2O)ので,ホウ酸の酸解離定数を大きくする化合物を加えて中和滴定をすると,水溶液のホウ酸濃度が測定できると考えた.0.05 mol/LのNa2B4O7 aq.のpHは約9.0であるが,Sorを加えるとpHが約4.0まで下がり,中和点の確認ができた(図4図4■四ホウ酸ナトリウム水溶液と水酸化ナトリウム水溶液の中和滴定曲線).使用したNaOH aq.は9.6 mLで,ホウ酸濃度は0.096 mol/Lとなった.Na2B4O7から2倍量のホウ酸が生じるはずであるから,この滴定結果は妥当であると考えられる.
スライムを水に溶かしたときに溶け出すホウ酸濃度の測定に挑戦した.1時間後にはホウ素濃度に換算して88 mg/Lとなり,6時間後には341 mg/Lとなって完全にスライムが溶けてなくなった.廃液としてのホウ素濃度の環境基準上限は10 mg/mLである.この実験条件(30°C)では1時間後にはホウ素濃度が環境基準を超え,すべて溶けたときのホウ素濃度は300 mg/Lを超えることになる.簡単に作れるスライムも,安易に水に流してはいけないことがわかった.
前述したようにPVAはホウ酸の酸解離定数を大きくする効果がほとんどないので,ホウ酸陰イオンとは安定な錯体を作らないと考えられる.100 gのスライムが溶けた溶液中のホウ素の物質量を元のスライムに含まれていたホウ酸陰イオンの物質量と同じと考え換算すると,約2.5 g(0.341×(79/11)≒2.50; 0.341:スライムが完全に溶けたとき(6時間後)のホウ素濃度(mg/L),79/11:ホウ酸陰イオンとホウ素の質量比)となる.したがって,スライム100 g中にはPVAが97.5 g(=100−2.5)含有されており,ビニルアルコール基本単位(CH2–CHOH, VA unit;式量43)が2.3(≒97.5/43)モル含まれている計算となる.一方,pH=9ではホウ酸とホウ酸陰イオンが同数存在していると仮定すると架橋にかかわるホウ酸陰イオンは0.016(≒(2.5/2)/79)モルと見積もることができる.したがって,ホウ酸イオン1個当たりのVA unit数は144(≒2.3/0.016)個となる.ホウ酸陰イオンがすべてのVA unitと結びつくと仮定すると,1個のホウ酸陰イオンに4個のVA unitがつくので,すべて結びついた場合に対する実際に結びついているホウ酸陰イオンの割合は,2.8(≒(4/144)×100)%となる.実際はPVAとホウ酸陰イオンの錯形成定数や違う形の錯体の存在,スライムに含まれる正確な水の質量などを考慮する必要があるので,このような単純計算では不十分であるが,PVAとホウ酸陰イオンの錯体がこの程度の割合であると推測できる.スライムの特徴的な柔らかさの原因は,PVAとホウ酸陰イオンの極めて緩い結びつきにあると考えた.
発表者らは,本研究を通じて,錯体が中和滴定に役立つことを知り溶液中の錯体の構造も理解することができた.また,授業ではまだ学習していない糖類の分子構造や平衡に関する理論などの理解にも大いに役立つことを実感している.期待していた目薬や肥料では阻害物質のために中和滴定ができなかったが,あきらめずに試行錯誤の末,ホウ酸団子で研究が進むことを見つけた.根気強く研究を続けることがいかに重要であるかを知る貴重な体験であったといえる.また,スライムの性質の要因がその構造にあることや,廃棄に関して注意を要する意味を学ぶことができ,発表者らはこれらの経験を礎に今後も人が見逃しがちなことを進んで解明する研究を続けていきたいという強い意欲をみせている.今後のますますの発展を期待したい.
(文責「化学と生物」編集委員)
Reference
1) 戸田建設株式会社:土壌中の重金属等簡易・迅速分析法標準作業手順書.
2) 公害防止の技術法規編集委員会:新・公害防止の技術と法規〈水質編〉,2015.
3) Y. Egawa, T. Seki, S. Takahashi & J.-Anzai: Mater. Sci. Eng. C, 31, 1257 (2011).