Kagaku to Seibutsu 53(9): 567 (2015)
巻頭言
融合・統合の可能性
Published: 2015-08-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
今世紀に入って間もない頃,大学のグローバル化の必要性が叫ばれるなかで,筆者が在職した大学でも,このことを意識した新たな大学院研究科を開設することになり,これに深くかかわりました.本稿の執筆依頼を頂戴したこの機会に,このことについて,つねづね感じていたことを述べてみたいと思います.
この大学院は,学部に基礎を置かない5年一貫制博士課程の大学院で,そのため,研究機構を立ち上げて,この研究機関に教育組織を置く,いわゆる学府として設置するものでした.特定の分野の専門性を活かしながら他分野と連携し,人文科学,社会科学,自然科学といった従来の学問体系の枠を越えて,新たな領域を構築する,融合・統合を目指すものでした.しかし,この大学院は,諸事情から10年目の今春廃止され,今はないのですが,もう少し辛抱強さが必要であったように思われました.
廃止の直接的な理由ではありませんが,学問分野の融合・統合の難しさを強く感じておりました.それは,専門分野にとどまって,そこから思い切って踏み出せない自身を見たからでもありました.
学問分野の融合・統合を意味のあるものにするためには,たとえば,2つの分野が融合されることにより,それらを足し合わせたものよりも,当然,広範で体系的な学問分野(研究領域)を構築することが求められます.しかし,どのような分野を,どのような方法で融合させることができるか,融合された分野がどの程度意味のある分野になりうるかは事前に評価することは極めて難しく,長期的な試行錯誤が必要になります.
このような不確実性を伴う試みは,研究面においては許されても,大学院教育という観点からは多くの問題が生じます.
融合・統合を前提とした教育においては,既存学問の知識や応用力の涵養と,それに基づいた他分野との連携を考慮した教育のシステムの構築が必須の条件であると痛感した次第です.
一方で,「化学と生物」に代表されるように,広領域の学問を包含する農芸化学は,分化しながら,ますますその範囲を広げています.
たとえば,筆者が在職した学部には,農芸化学領域の,生命化学科(旧農芸化学科)と食品生命学科と応用生物科学科の3学科があります.応用生物科学科は,バイオサイエンスの著しい発展に連動した社会的ニーズに応えるとして,昭和年代末期に,農芸化学科から発展的分裂をしてつくられました.
ことほどさように,学科レベルのみならず細分化が進み続けると,農芸化学領域の枠を越えた,従来の枠組みでは収まらないものが出てくるはずであります.やがて,このことに直面する特に若手の研究者たちは,農芸化学からほかの分野の学会などへ転進することが予想されます.このことは,すでに始まっているかもしれません.これらを無理に収めようとすると,分野の外に“Miscellaneous”としてひとまとめにされるような状況が生まれてきます.
実は,このMiscellaneous枠の課題こそが,農芸化学領域と他領域との接点として,また,境界領域としての融合・統合領域が生まれる起点として,さらなる発展が期待されると思っています.これらを受けとめる農芸化学の寛容な包容力をこれまで以上に期待している次第です.
「農芸化学とは?」と,お尋ねをして,「君が,今やっていることが農芸化学です」と,故・丸尾文治先生がお元気な頃のお言葉が思い出されます.