Kagaku to Seibutsu 53(9): 571-573 (2015)
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糖鎖依存的構造異常タンパク質分解に必須な糖鎖刈り込み機構を解明―革新的ゲノム編集技術によって従来のモデルを一新
Published: 2015-08-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
小胞体は,全タンパク質の約1/3を占める分泌タンパク質および膜タンパク質が合成され成熟する場である.新規合成されたタンパク質は,ジスルフィド結合や,3つのグルコース,9つのマンノース,2つのN-アセチルグルコサミンからなるN型糖鎖付加(図1図1■N型糖鎖模式図)などの翻訳後修飾を受け,小胞体シャペロンなどの助けを借りて高次構造を形成し,正しい立体構造を獲得したタンパク質のみがゴルジ体以降の分泌経路へと進む.一方,どうしても正しい立体構造を獲得できないタンパク質は,小胞体関連分解と呼ばれる機構により小胞体から細胞質に逆行輸送され,ユビキチン・プロテアソーム系によって分解される.このように小胞体にはタンパク質の品質管理機構が備わっている(1)1) K. Mori: Cell, 101, 451 (2000).
小胞体関連分解にはさまざまな経路が存在することが示唆されているが,小胞体で合成されるタンパク質の大部分にはN型糖鎖が付加されることから,糖鎖依存的分解経路が最もよく研究されてきた.この経路では,マンノース9個を含むM9型糖鎖からマンノースが順次刈り込みされる(M9→M8B→M7・M6・M5).刈り込まれた糖鎖構造では,マンノースのα-1,6結合が露出しており,それが下流の小胞体関連分解構成因子に認識され,基質が分解へと導かれる(2)2) Y. Kamiya, T. Satoh & K. Kato: Biochim. Biophys. Acta, 1820, 1327 (2012)..酵母において,M9→M8BではMns1が,M8B→M7ではHtm1が糖鎖刈り込み酵素として機能している.一方で,高等動物の場合,M9→M8BではMns1ホモログであるERmanIが,M8Bからの糖鎖刈り込みでは,Htm1ホモログであるEDEM1,EDEM2,EDEM3からなるEDEM familyが候補分子として挙げられていた.しかし特にEDEM familyが酵素活性を有するのかどうかは10年来の議論の的であった(3)3) 細川暢子:化学と生物,43, 9 (2005)..なかでも,EDEM2には酵素活性がないことが通説となっていた(4)4) S. W. Mast, K. Diekman, K. Karaveg, A. Davis, R. N. Sifers & K. W. Moremen: Glycobiology, 15, 421 (2005)..これらの推測は,主として過剰発現系の解析をもとになされてきたものであるので,われわれは内在性の遺伝子機能解析が必要なのではないかと考えた.
ニワトリDT40細胞では相同組換えが起こりやすく,比較的容易に遺伝子破壊株の作製が可能である(5)5) M. Yamazoe, E. Sonoda, H. Hochegger & S. Takeda: DNA Repair (Amst.), 3, 1175 (2004)..DT40細胞に加えて,近年開発された革新的なゲノム編集技術Transcriptional activator-like effector nuclease法(TALEN法)(6)6) V. M. Bedell, Y. Wang, J. M. Campbell, T. L. Poshusta, C. G. Starker, R. G. Krug 2nd, W. Tan, S. G. Penheiter, A. C. Ma, A. Y. Leung et al.: Nature, 491, 114 (2012).をさらに改良したPlatinum TALEN法(7)7) T. Sakuma, H. Ochiai, T. Kaneko, T. Mashimo, D. Tokumasu, Y. Sakane, K. Suzuki, T. Miyamoto, N. Sakamoto, S. Matsuura et al.: Sci. Rep., 3, 3379 (2013).を活用して,これまで困難であったヒト培養細胞においてもEDEM1,EDEM2,EDEM3の遺伝子破壊を行い,内在性EDEM familyタンパク質の機能解析を行った.高速液体クロマトグラフィーを用いてそれぞれの遺伝子破壊細胞の糖鎖組成を調べたところ,ニワトリ,ヒトいずれにおいてもEDEM2を欠損する細胞ではM9型糖鎖が野生型細胞に比べて顕著に増加し,EDEM1あるいはEDEM3を欠損する細胞ではM8B型糖鎖が増加した.この結果は,ヒトとニワトリにおいて,3種のEDEMタンパク質すべてが糖鎖刈り込み活性を有することを示している.さらにEDEM2は第1段階のみに,EDEM1/EDEM3は第2段階のみに特異的に作用すると考えられる(図2図2■小胞体での新糖鎖刈り込みモデル).
M9型糖鎖はEDEM2によってM8B型糖鎖に刈り込まれる.M8B型糖鎖はEDEM3もしくはEDEM1によってさらに刈り込まれる.M7A以下まで刈り込まれた糖鎖はタンパク質の分解シグナルとして機能する.矢印の太さが貢献度の大きさを表す.
次に,糖鎖に依存して分解される小胞体膜タンパク質ATF6の分解速度を調べた.その結果,野生型細胞と比較してEDEM2欠損細胞,EDEM3欠損細胞,EDEM1欠損細胞の順にATF6分解の有意な遅延が観察された.
本研究によりEDEM family分子それぞれが特異的な糖鎖刈り込み活性をもつことがわかった.またEDEM2が糖鎖刈り込みを開始し,糖鎖依存的小胞体関連分解経路において最も重要な酵素であるとわかった(図2図2■小胞体での新糖鎖刈り込みモデル).これらの成果は,従来の小胞体内で行われる糖鎖刈り込みモデルを一新し,小胞体での構造異常タンパク質分解研究における今後の大きな指針となる重要な発見である(8)8) S. Ninagawa, T. Okada, Y. Sumitomo, Y. Kamiya, K. Kato, S. Horimoto, T. Ishikawa, S. Takeda, T. Sakuma, T. Yamamoto et al.: J. Cell Biol., 206, 347 (2014)..本研究は,同時に遺伝子破壊解析の重要性と新ゲノム編集法の有用性も示している.
本研究の結果と,EDEM familyタンパク質は疎水性タンパク質に結合しやすいという報告(9)9) M. Słomińska-Wojewódzka, A. Pawlik, I. Sokołowska, J. Antoniewicz, G. Węgrzyn & K. Sandvig: Biochem. J., 457, 485 (2014).から,小胞体の異常構造タンパク質はまずEDEM2,次にEDEM3あるいはEDEM1という2段階の糖タンパク質分解管理システムによって識別され,ふるいにかけられているのではないかと推測できる.この有用性は,1. 構造形成しているタンパク質を誤って分解に導くことを防止する,2. 構造形成できる可能性があるが,まだ構造形成していないタンパク質に時間を与えることで構造形成を促し,構造形成途上タンパク質の不必要な分解を防ぐというMottainaiを実現する2点が挙げられる.酵母では,M9→M8Bの糖鎖刈り込みが非常に速く進むため,Htm1によるM8BからM7Aへの糖鎖刈り込みを利用した1段階の単純なタンパク質分解管理システムが存在する.高等動物の小胞体は,酵母Htm1を由来とするEDEM2を進化させることでEDEM2にM9→M8Bへの糖鎖刈り込み活性を付与し,2段階からなるより精巧なタンパク質分解管理システムを作り上げ,小胞体におけるストレスを軽減し,対処しやすくしているのではないだろうか.
小胞体内に生じた構造異常タンパク質を分解処理する機構は,細胞が生命活動を行ううえで極めて重要である.実際に,構造異常タンパク質の蓄積や分解機構の破綻が,タンパク質の異常構造が原因で引き起こされるフォールディング病(たとえばアルツハイマー病や嚢胞性繊維症,狂牛病)に関与することが報告されている(10)10) C. J. Guerriero & J. L. Brodsky: Physiol. Rev., 92, 537 (2012)..本研究の成果は,これら疾患の発症機構の解明,新しい予防,治療戦略の立案にもつながると期待している.
Reference
1) K. Mori: Cell, 101, 451 (2000).
2) Y. Kamiya, T. Satoh & K. Kato: Biochim. Biophys. Acta, 1820, 1327 (2012).
3) 細川暢子:化学と生物,43, 9 (2005).
5) M. Yamazoe, E. Sonoda, H. Hochegger & S. Takeda: DNA Repair (Amst.), 3, 1175 (2004).
10) C. J. Guerriero & J. L. Brodsky: Physiol. Rev., 92, 537 (2012).