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ホスホリラーゼによる多糖の合成安価な基質からグルカンをつくる

Naoto Isono

磯野 直人

三重大学大学院生物資源学研究科 ◇ 〒514-8507 三重県津市栗真町屋町1577番地

Graduate School of Bioresources, Mie University ◇ 1577 Kurima Machiya-cho, Tsu-shi, Mie 514-8507, Japan

Published: 2015-08-20

多糖とオリゴ糖の境界は曖昧であるが,連結した単糖の数が3~10個のものをオリゴ糖,それ以上を多糖と呼ぶことが多い.多糖は幅広い産業で利用されている.食品ではエネルギー源や物性改良剤である多糖や,整腸,血糖上昇抑制,コレステロール改善などの機能を示す多糖(食物繊維)が用いられている.1,3-β-グルカンやグリコサミノグリカンのように医薬品となっている多糖もある.製紙や繊維でも利用されている.オリゴ糖の多くがデンプンやスクロースなどに酵素を作用させて製造されているのに対し,産業で用いられる大半の多糖はポリデキストロースを除き,天然物やその化学修飾物である.多糖の機能の種類や強さはその構造や純度に依存すると思われるが,多糖を自在に合成できる技術があれば,天然で希少な多糖や,天然物よりも優れた機能を示す新しい構造の多糖を生産できるかもしれない.また,天然物からの精製が難しい多糖を高純度に調製するのにも役立つと思われる.

糖鎖の有機合成に関する優れた研究は数多くなされているが,一般的には反応性の類似したヒドロキシ基を区別して結合位置を制御したり,鎖の伸長時に生じた立体異性体を分離したりするために多くの工程が必要とされる.一方,酵素法では酵素の優れた立体選択性や官能基の位置選択性を利用して,単純な工程で糖鎖を伸長することができる.多糖を合成する酵素には,糖ヌクレオチドをドナーとする合成酵素,フッ化糖をドナーとする糖加水分解酵素変異体,糖リン酸エステルをドナーとする糖加リン酸分解酵素(ホスホリラーゼ)などがある(1,2)1) H. Nakai, M. Kitaoka, B. Svensson & K. Ohtsubo: Curr. Opin. Chem. Biol., 17, 301 (2013).2) E. C. O’Neill & R. A. Field: Carbohydr. Res., 403, 23 (2015)..どの酵素を用いた方法にも長所と短所があるが,ここではホスホリラーゼを用いた多糖の合成について紹介する.ホスホリラーゼはさまざまなオリゴ糖の合成にも応用されている(1,2)1) H. Nakai, M. Kitaoka, B. Svensson & K. Ohtsubo: Curr. Opin. Chem. Biol., 17, 301 (2013).2) E. C. O’Neill & R. A. Field: Carbohydr. Res., 403, 23 (2015).

ホスホリラーゼは糖鎖の非還元末端グリコシド結合を加リン酸分解し,糖1-リン酸エステルを生成する酵素である.20種以上のホスホリラーゼが発見されているが,その多くはグルコシド結合を分解する(1)1) H. Nakai, M. Kitaoka, B. Svensson & K. Ohtsubo: Curr. Opin. Chem. Biol., 17, 301 (2013)..反応は可逆であり,α-グルコース1-リン酸(α-G1P)などの糖1-リン酸エステルをドナーとする合成反応も触媒する.このときに生じるグリコシド結合様式はホスホリラーゼの種類によって異なるが,各酵素の反応位置選択性は極めて高いため,特定の結合のみが形成される.一方,アクセプター特異性は必ずしも厳密ではなく,ホスホリラーゼの中には重合度の異なるアクセプター糖に作用できるものがある.このようなホスホリラーゼを用いて合成反応を繰り返し行うと,特定のグリコシド結合を有する多糖が生産される.

グリコーゲン(スターチ)ホスホリラーゼ[(1,4-α-グルコシル)n+α-G1P⇄(1,4-α-グルコシル)n+1+Pi]は最も古く(20世紀前半)から研究されているホスホリラーゼである.マルトオリゴ糖とα-G1Pを基質として反応を繰り返し行うと,1,4-α-グルカン(アミロース)が合成される(2)2) E. C. O’Neill & R. A. Field: Carbohydr. Res., 403, 23 (2015)..アミロースは天然に豊富に存在するが,デンプンからの精製は困難である.そのため,合成アミロースは新素材として期待されたが,基質のα-G1Pが高価であり,量産化は長い間実現されなかった.α-G1Pはスクロースホスホリラーゼでスクロースを加リン酸分解することで得られる.そこで,リン酸存在下において,スクロースとマルトオリゴ糖にスクロースホスホリラーゼとグリコーゲンホスホリラーゼを同時に作用させてアミロースを合成する実用的な方法が開発された(3)3) K. Ohdan, K. Fujii, M. Yanase, T. Takaha & T. Kuriki: Biocatalysis Biotransform., 24, 77 (2006)..合成アミロースにはフィルム形成能や包接能があり,産業への応用が期待されている.また,グリコーゲンホスホリラーゼの合成反応を利用して,アミロースグラフト化多糖(キトサンやセルロース)や,アミロースグラフト化ポリスチレンなどの新しい素材も開発されている(2)2) E. C. O’Neill & R. A. Field: Carbohydr. Res., 403, 23 (2015).

最近,筆者らは1,3-β-グルカンホスホリラーゼ[(1,3-β-グルコシル)n+α-G1P⇄(1,3-β-グルコシル)n+1+Pi]を用いて,安価な基質から1,3-β-グルカンを合成する方法を開発した(4,5)4) Y. Yamamoto, D. Kawashima, A. Hashizume, M. Hisamatsu & N. Isono: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 1949 (2013).5) 磯野直人,山本 豊,西尾昌洋,梅川逸人,久松 眞:応用糖質科学,5, 128 (2015)..本酵素はOchromonas danicaなどの黄金色藻や,Paenibacillus polymyxaなどの細菌に存在する.ラミナリオリゴ糖(またはグルコース)をプライマーとした本酵素による糖鎖の伸長反応と,スクロースホスホリラーゼによるスクロースの加リン酸分解反応を同時に行うと,直鎖1,3-β-グルカンのワンポット合成が可能である(図1図1■ホスホリラーゼを用いた1,3-β-グルカンの合成).酵素合成1,3-β-グルカンは水不溶性であるため,精製や回収が容易である.また,スクロースとプライマーの濃度比を設定することにより,平均重合度20~100の範囲で合成グルカンの鎖長を調節できる.このような鎖長の1,3-β-グルカンは天然にほとんど存在しないが,重合度50以上の1,3-β-グルカンには高い抗腫瘍活性があることが知られている.また,高眼圧モデルラットの硝子体に合成1,3-β-グルカンを投与したところ,網膜神経節細胞の保護効果が認められたため,合成グルカンが緑内障治療に役立つ可能性が示唆された(5,6)5) 磯野直人,山本 豊,西尾昌洋,梅川逸人,久松 眞:応用糖質科学,5, 128 (2015).6) M. Nishio, Y. Kumita, Y. Uji, N. Isono & H. Umekawa: Food Sci. Technol. Res., 19, 485 (2013)..さらに,合成グルカンには喘息モデルマウスの気管支平滑筋の肥厚抑制効果があることも見いだした(5)5) 磯野直人,山本 豊,西尾昌洋,梅川逸人,久松 眞:応用糖質科学,5, 128 (2015)..また,ラミナリビオースホスホリラーゼとスクロースホスホリラーゼを用いた1,3-β-グルカンの合成例もある(7)7) Y. Ogawa, K. Noda, S. Kimura, M. Kitaoka & M. Wada: Int. J. Biol. Macromol., 64, 415 (2014)..グルコースとスクロースを出発材料として合成された直鎖1,3-β-グルカン(重合度30程度)が六角薄板状の結晶を形成することが報告されている.

図1■ホスホリラーゼを用いた1,3-β-グルカンの合成

ラミナリオリゴ糖(またはグルコース)をプライマーとした1,3-β-グルカンホスホリラーゼによる糖鎖の伸長反応と,スクロースホスホリラーゼによるスクロースの加リン酸分解反応を同時に行うと,1,3-β-グルカンのワンポット合成が可能である.

いくつかの細菌は環状や直鎖の1,2-β-グルカンを生産するが,容易に入手できる多糖ではなく,機能は十分には解明されてない.最近,新規酵素1,2-β-オリゴグルカンホスホリラーゼ[(1,2-β-グルコシル)n+α-G1P⇄(1,2-β-グルコシル)n+1+Pi]が発見され,本酵素とスクロースホスホリラーゼを用いて,グルコースとスクロースから1,2-β-グルカン(平均重合度25)を大量調製する方法が開発された(8)8) K. Abe, M. Nakajima, M. Kitaoka, H. Toyoizumi, Y. Takahashi, N. Sugimoto, H. Nakai & H. Taguchi: J. Appl. Glycosci., 62, 47 (2015)..この成果により,1,2-β-グルカンや関連酵素の研究が進むことが期待される.希少多糖である1,2-β-グルカンには,従来利用されてきた多糖とは異なる有用な機能性が見いだされるかもしれない.

これまでにホスホリラーゼを用いて合成された多糖はすべてグルカンであり,その数も少ない.今後,新たなホスホリラーゼの発見や既存酵素の機能改変などにより,グルカン以外の多糖やヘテロ多糖を合成できるようになることが期待される.また,1,4-α-グルカンの合成ではすでに行われているが,ホスホリラーゼと修飾酵素(枝づくり酵素など)を同時に作用させて,複雑でバラエティに富んだ構造の多糖が製造されるようになるだろう.

Reference

1) H. Nakai, M. Kitaoka, B. Svensson & K. Ohtsubo: Curr. Opin. Chem. Biol., 17, 301 (2013).

2) E. C. O’Neill & R. A. Field: Carbohydr. Res., 403, 23 (2015).

3) K. Ohdan, K. Fujii, M. Yanase, T. Takaha & T. Kuriki: Biocatalysis Biotransform., 24, 77 (2006).

4) Y. Yamamoto, D. Kawashima, A. Hashizume, M. Hisamatsu & N. Isono: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 1949 (2013).

5) 磯野直人,山本 豊,西尾昌洋,梅川逸人,久松 眞:応用糖質科学,5, 128 (2015).

6) M. Nishio, Y. Kumita, Y. Uji, N. Isono & H. Umekawa: Food Sci. Technol. Res., 19, 485 (2013).

7) Y. Ogawa, K. Noda, S. Kimura, M. Kitaoka & M. Wada: Int. J. Biol. Macromol., 64, 415 (2014).

8) K. Abe, M. Nakajima, M. Kitaoka, H. Toyoizumi, Y. Takahashi, N. Sugimoto, H. Nakai & H. Taguchi: J. Appl. Glycosci., 62, 47 (2015).