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ダイズの生育過程における根圏微生物叢の変動圃場環境下での遺伝子解析

Akifumi Sugiyama

杉山 暁史

京都大学生存圏研究所生存圏診断統御研究系 ◇ 〒611-0011 京都府宇治市五ケ庄

Division of Diagnostics and Control of Humanosphere, Research Institute for Sustainable Humanosphere, Kyoto University ◇ Gokasho, Uji-shi, Kyoto 611-0011, Japan

Kazufumi Yazaki

矢崎 一史

京都大学生存圏研究所生存圏診断統御研究系 ◇ 〒611-0011 京都府宇治市五ケ庄

Division of Diagnostics and Control of Humanosphere, Research Institute for Sustainable Humanosphere, Kyoto University ◇ Gokasho, Uji-shi, Kyoto 611-0011, Japan

Published: 2015-08-20

ダイズは,トウモロコシ,イネ,コムギについで世界で4番目に多く生産されている作物である.イネ科穀物と異なり種子にタンパク質や脂質を多く含むことに加え,イソフラボンやサポニンなどの機能性物質を含むことから,私たちの食生活に欠かせない作物の一つとなっている.ダイズの根には根粒菌が共生して窒素固定を行い,菌根菌は土壌中に張り巡らせた菌糸を介してリンなどのミネラルを植物に供給する.これらの共生微生物に加え,根の近傍の土壌である「根圏」には多種多様な微生物が存在し,コンソーシアムを形成して,植物の生育と密接な関係を有することが近年明らかにされつつある(1,2)1) R. L. Berendsen, C. M. J. Pieterse & P. Bakker: Trends Plant Sci., 17, 478 (2012).2) L. Philippot, J. M. Raaijmakers, P. Lemanceau & W. H. van der Putten: Nat. Rev. Microbiol., 11, 789 (2013).(共生微生物については,池田ら(3)3) 池田成志,鶴丸博人,大久保 卓,岡崎和之,南澤 究:化学と生物,51, 462 (2013).を参照).これらの根圏微生物に関しては古くから農業利用に向けた研究が進められ,有用微生物として農業資材化されているものもある.

土壌微生物の99%は培養不可能であると言われている.しかし,近年,次世代シーケンサーによる遺伝子配列の解析法が確立され,培養を介さずに大量のDNA配列を調べることが可能となり,根圏微生物叢に関する情報が飛躍的に増加した.根圏微生物研究の中で植物の遺伝学や生理生化学に立脚した研究は,従来グロースチャンバーなど規格化したモデル環境で行ったものが多いが,農業への活用に向けては圃場環境下での解析も併せて進めなければならない.そこで,筆者らは圃場環境下でのダイズと根圏微生物の相互作用を調べるために,ダイズ圃場において,植物の生育過程を通じた根圏微生物の変動を追跡した.播種前の土壌を採取した後,開花直後(R2期),子実が肥大する枝豆の時期(R6期),成熟期(R8期)の根圏土壌(植物の根に付着している土壌)とバルク土壌(植物から離れた土壌)を採取した.それぞれの試料からDNAを抽出し,16S rRNA配列をPCRにより増幅した後,次世代シーケンサーによるシーケンシングと微生物解析用ソフトウェアMothurを用いた解析を行った.その結果,生育過程による微生物叢の変動は,バルク土壌と比べて根圏土壌で顕著に大きいことが明らかとなった.特に,根圏で大きく変動する微生物の配列を調べたところ,Bacillus属やBradyrhizobium属などバルク土壌と比べて根圏に多く生息し,植物の生育を促進する機能が知られている微生物(PGPR: Plant Growth Promoting Rhizobacteria)を含む属の配列が多く見いだされた(4)4) A. Sugiyama, Y. Ueda, T. Zushi, H. Takase & K. Yazaki: PLoS ONE, 9, e100709 (2014)..バルク土壌では生育段階により特に大きな変動が認められなかったことから,根圏土壌での根圏微生物の変動は,季節変化などの環境要因はむしろ小さく,植物の生育による影響が強く表れていることが示唆され,ダイズが生育過程で根圏微生物への働きかけを変化させていることが推測された(図1図1■圃場環境下でのダイズ生育過程における根圏微生物の変動).

図1■圃場環境下でのダイズ生育過程における根圏微生物の変動

圃場環境下において,ダイズの生育過程に依存して根圏微生物が変動することが示されたことから,その要因が何かを解明することが次の課題である.植物の生育が根圏微生物へ与える影響としては,細胞壁成分や根細胞の離脱のほか,不溶性の粘液質のムシゲル,代謝物の分泌が挙げられる.植物根から分泌される代謝物は根分泌物(または,根滲出物)と総称される.これらは根細胞の離脱などほかの要因とは異なり,植物のエネルギーを使った代謝・輸送過程の制御下で起こる生物学的現象であり,植物が根圏環境を制御するための最も重要な因子の一つであると考えられる(5)5) A. Sugiyama & K. Yazaki: “Secretions and Exudates in Biological Systems,” eds. by J. M. Vivanco & F. Baluška, Springer, 2012, p. 27..これらの代謝物の分泌メカニズムには不明な点が多いが,菌根菌の分枝誘導物質であるストリゴラクトンを輸送するABC(ATP-binding cassette)型輸送体や有機酸を分泌するMATE(Multidrug and toxic compound extrusion)型輸送体など,複数の膜輸送体も同定されている.ダイズにおいては,根から分泌される代謝物には糖やアミノ酸などの一次代謝産物に加え,ダイゼインやゲニステインなどのイソフラボンが多く含まれている.ダイズのイソフラボンは,根からATPの加水分解エネルギーを利用した輸送によるゲニステイン分泌経路(6)6) A. Sugiyama, N. Shitan & K. Yazaki: Plant Physiol., 144, 2000 (2007).と,イソフラボンの蓄積形態である配糖体やマロニル配糖体が未知の経路によりアポプラストに分泌された後,細胞外局在性のβ-グルコシダーゼによって加水分解される経路(7)7) H. Suzuki, S. Takahashi, R. Watanabe, Y. Fukushima, N. Fujita, A. Noguchi, R. Yokoyama, K. Nishitani, T. Nishino & T. Nakayama: J. Biol. Chem., 281, 30251 (2006).が提唱されている.しかし,アグリコンを含めフラボノイド誘導体の分泌に関与する輸送,分泌系のタンパク質は同定されていない.

根圏微生物の解析においては,16S rRNA配列の解析や,メタゲノム解析,メタトランスクリプトーム解析に加え,植物–根圏微生物相互作用の鍵を握る代謝物の動態を網羅的に解析する「メタメタボローム解析」も重要になる.しかし,分泌された代謝物が根圏でどのような運命をたどるのかについてもあまり理解が進んでいない.フラボノイドの土壌中での半減期は論文により数時間から数日まで大きく異なり,ダイズの根から分泌されるダイゼインやゲニステインに関しては,最短では6分という報告もある(8)8) Z. Y. Guo, C. H. Kong, J. G. Wang & Y. F. Wang: Soil Biol. Biochem., 43, 2257 (2011)..しかし,土壌中から植物代謝物を抽出する手法は確立されているとは言い難く,土壌の化学性や微生物性によっても動態が大きく異なり,これが大きな変動の一因と考えられる(9)9) A. Sugiyama & K. Yazaki: Plant Biotechnol., 31, 431 (2014)..根圏メタボローム技術の確立と,ブラックボックスである根圏での代謝物の動態に光を当てることにより,根圏での植物微生物相互作用研究にブレークスルーがもたらされるものと期待される.

地球上の人口は今世紀中には90億人を超えると予想されており,エネルギー消費や環境負荷を低減した持続的な方法でのダイズの収量増加が望まれている.根粒菌や菌根菌は古くからダイズ生産を支える重要な根圏微生物であったが,これまでその役割が明らかにされていなかった多くの根圏微生物の秘められた能力を活かした新しい農業は,持続型農業実現の一翼を担うと考えられる.現在,遺伝子や代謝産物の解析手法の高度化を受け,根圏微生物の積極的な活用に向けた育種や,根圏微生物機能を活性化する新たな農業資材の開発が世界的に進められている.ダイズの代謝物や根圏微生物叢の研究を通して,微生物資材としての利用にとどまらない斬新な根圏微生物活用型の農業の実現を目指していきたい.

本研究の成果の一部は農林水産省委託プロジェクト「ゲノム情報を活用した農産物の次世代基盤技術の開発プロジェクト」による.

Reference

1) R. L. Berendsen, C. M. J. Pieterse & P. Bakker: Trends Plant Sci., 17, 478 (2012).

2) L. Philippot, J. M. Raaijmakers, P. Lemanceau & W. H. van der Putten: Nat. Rev. Microbiol., 11, 789 (2013).

3) 池田成志,鶴丸博人,大久保 卓,岡崎和之,南澤 究:化学と生物,51, 462 (2013).

4) A. Sugiyama, Y. Ueda, T. Zushi, H. Takase & K. Yazaki: PLoS ONE, 9, e100709 (2014).

5) A. Sugiyama & K. Yazaki: “Secretions and Exudates in Biological Systems,” eds. by J. M. Vivanco & F. Baluška, Springer, 2012, p. 27.

6) A. Sugiyama, N. Shitan & K. Yazaki: Plant Physiol., 144, 2000 (2007).

7) H. Suzuki, S. Takahashi, R. Watanabe, Y. Fukushima, N. Fujita, A. Noguchi, R. Yokoyama, K. Nishitani, T. Nishino & T. Nakayama: J. Biol. Chem., 281, 30251 (2006).

8) Z. Y. Guo, C. H. Kong, J. G. Wang & Y. F. Wang: Soil Biol. Biochem., 43, 2257 (2011).

9) A. Sugiyama & K. Yazaki: Plant Biotechnol., 31, 431 (2014).