今日の話題

維管束初期形成における道管前駆細胞の役割シグナルセンターとして働く道管前駆細胞

Kyoko Ohashi-Ito

伊藤(大橋) 恭子

東京大学大学院理学系研究科 ◇ 〒113-0033 東京都文京区本郷七丁目3番1号

Graduate School of Science, The University of Tokyo ◇ 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan

Published: 2015-08-20

植物の道管が,植物体の隅々にまで水を運ぶための管であることは,ほぼ誰もが知っていることであろう.では,「道管のもつそのほかの役割は?」と尋ねられたらどうだろう.この場合には,答えに困るかもしれない.正確な質問は,「道管に分化する前の細胞には,どのような役割があるか?」であるが,いずれにしろこれまで道管に分化する前の細胞に特別な機能が存在することは意識されてこなかったのではないかと思う.最近,シロイヌナズナの胚および根の維管束形成の研究から,分化する前の段階の道管細胞には新たな役割があることがわかってきた.

根は,表皮細胞,皮層細胞,内皮細胞,内鞘細胞,維管束を構成する細胞などから成り立っており,どの細胞も根端にある分裂組織での活発な細胞分裂を行うことにより,縦方向(根が伸びる方向)に細胞を供給している(図1A図1■シロイヌナズナ根の構造と前形成層細胞分裂誘導の機構).一方,特にシロイヌナズナの場合,根端分裂組織では,横方向(根が太くなる方向)にはそれほど活発な分裂は起きず細胞数はあまり増えない.ただし,根の中心にある維管束の細胞は例外であり,根端分裂組織内で横方向に活発に細胞分裂をし,初期の根の太さを規定している.シロイヌナズナの機能欠損変異体であるlonesome highwaylhw)変異体とtarget of monopteros 5tmo5tmo5-like1t5l1)二重変異体は,ほぼ同様の細い根をもっている.根端分裂組織の横断面を見てみると,これらの変異体では,野生型に比べ,維管束の細胞数だけが大幅に減少しており,維管束の細胞数の少なさが根の細さをもたらしていることがわかる(図1B図1■シロイヌナズナ根の構造と前形成層細胞分裂誘導の機構).また,野生型の根端分裂組織の維管束細胞をよく見てみると,より根端に近い側の分裂組織に比べて,より成熟した側(地上部側)の根端分裂組織では,維管束の細胞数が2倍以上に増加していることがわかる.これは,根端分裂組織の中で維管束の細胞数を増やす積極的な仕組みがあることを示している.ところが,lhw変異体やtmo5 t5l1変異体ではこの維管束細胞数の増加がほとんど見られない.このことから,根端分裂組織の中で維管束細胞を増やす積極的な仕組みにはLHWやTMO5 T5L1がかかわっていることがわかってきた.

図1■シロイヌナズナ根の構造と前形成層細胞分裂誘導の機構

(A)シロイヌナズナの根端分裂組織の横断面の模式図.内鞘細胞の内側にある道管前駆細胞(橙色),前形成層細胞(薄黄色),篩部細胞(青色)が維管束を構成している.本文参照のこと.(B)根端分裂組織(左)に示した①と②の位置の横断面における野生型(中),lhw変異体とtmo5 t5l1変異体(右)の維管束細胞の様子.最外層は内鞘細胞を示す.(C)LHW-TMO5/T5L1の制御下で起きるサイトカイニンの作用の模式図.

では,LHWとTMO5 T5L1はどのようにして,維管束の細胞数を増やしているのだろうか.LHW,TMO5,T5L1はいずれもbHLH型の転写因子であり,TMO5とT5L1はホモログであるが,LHWはTMO5/T5L1とは異なるサブグループに属するbHLHである.また,LHWはTMO5およびT5L1とヘテロダイマーを形成して機能することがわかっている(1,2)1) K. Ohashi-Ito & D. Bergmann: Development, 134, 2959 (2007).2) B. De Rybel, B. Möller, S. Yoshida, I. Grabowicz, P. Barbier de Reuille, S. Boeren, R. S. Smith, J. W. Borst & D. Weijers: Dev. Cell, 24, 426 (2013)..ここで,シロイヌナズナの根の維管束内の構造について説明すると,維管束は,通常5つの道管細胞(道管前駆細胞)が中央に一列に並んでおり,この列を中心とした線対称の構造となっている.つまり,道管細胞列の両側に前形成層細胞,つづいて篩部がある構造である(図1A図1■シロイヌナズナ根の構造と前形成層細胞分裂誘導の機構).この中で,主に細胞分裂をし,増えていく細胞は前形成層細胞であるので,LHW-TMO5/T5L1が前形成層細胞で働いていれば話は単純である.ところが,LHW-TMO5/T5L1が機能する場所は,前形成層細胞ではなく道管前駆細胞であった.このことから,前形成層細胞へと移動し細胞分裂活性を導くことが可能な何らかのシグナルが道管前駆細胞内で作られていることが示唆された.

そこで,LHW-TMO5/T5L1が制御する下流の遺伝子が探索され,LONELY GUY3LOG3)とLOG4が直接の標的遺伝子であることがわかった(3,4)3) K. Ohashi-Ito, M. Saegusa, K. Iwamoto, Y. Oda, H. Katayama, M. Kojima, H. Sakakibara & H. Fukuda: Curr. Biol., 24, 2053 (2014).4) B. De Rybel, M. Adibi, A. S. Breda, J. R. Wendrich, M. E. Smit, O. Novák, N. Yamaguchi, S. Yoshida, G. Van Isterdael, J. Palovaara et al.: Science, 345, 1255215 (2014)..LOG3およびLOG4は,いずれもサイトカイニン合成の最終ステップを触媒するサイトカイニン活性化酵素である.LOG3・LOG4の機能欠損変異体や,サイトカイニン応答マーカーを用いた解析から,根端分裂組織の維管束細胞で,LOG3・LOG4を介したサイトカイニン合成が行われ,このサイトカイニンが前形成層の分裂を導くことが示された.併せて,LOG3LOG4は前形成層ではなく道管前駆細胞で発現しているが,サイトカイニンの応答は道管前駆細胞ではなく前形成層細胞で見られることもわかった.これらのことから,道管前駆細胞で合成されるサイトカイニンが,前形成層細胞へ移動し細胞分裂を引き起こすシグナルの実体であることが明らかとなった(図1C図1■シロイヌナズナ根の構造と前形成層細胞分裂誘導の機構).

上述したように,道管前駆細胞では,サイトカイニンが合成されているが,この細胞自体はサイトカイニンに応答しない.したがって,細胞分裂も起きず,自身の細胞identityを保ちつつ情報を発するセンターとしての役割を果たしていると考えられる.この道管前駆細胞がシグナルセンターとして働き続けるための仕組みも,LHW-TMO5/T5L1の標的遺伝子の探索から一部明らかになってきた(3)3) K. Ohashi-Ito, M. Saegusa, K. Iwamoto, Y. Oda, H. Katayama, M. Kojima, H. Sakakibara & H. Fukuda: Curr. Biol., 24, 2053 (2014)..LHW-TMO5/T5L1は,サイトカイニン合成酵素だけでなく,同時にサイトカイニンのシグナルを負に制御する因子であるAHP6の転写も活性化していたのである.このAHP6の作用により,道管前駆細胞ではサイトカイニン応答が抑えられ,細胞分裂が抑えられていると考えられた.

以上のことから,根端分裂組織の道管前駆細胞は,LHW-TMO5/T5L1の制御の下でサイトカイニンを細胞間移動シグナルとして合成することにより,前形成層細胞における細胞分裂を誘導するためのシグナルセンターとして機能していることが明らかとなった.また,本稿では触れなかったが,この道管前駆細胞でサイトカイニンが合成されることが,根の維管束パターンの形成にも必須であることもわかってきた(3,4)3) K. Ohashi-Ito, M. Saegusa, K. Iwamoto, Y. Oda, H. Katayama, M. Kojima, H. Sakakibara & H. Fukuda: Curr. Biol., 24, 2053 (2014).4) B. De Rybel, M. Adibi, A. S. Breda, J. R. Wendrich, M. E. Smit, O. Novák, N. Yamaguchi, S. Yoshida, G. Van Isterdael, J. Palovaara et al.: Science, 345, 1255215 (2014)..これまで,道管前駆細胞にその後道管に分化すること以外の機能があるとは想定されてこなかったが,実は,道管前駆細胞は維管束形成の初期段階において非常に重要な役割を果たし,維管束形成全体を統括する役割をもつ特殊な細胞である可能性が示された.今後,維管束初期形成の研究が進むことで,道管前駆細胞のもつさらなる役割が明らかにされていくかもしれない.

Reference

1) K. Ohashi-Ito & D. Bergmann: Development, 134, 2959 (2007).

2) B. De Rybel, B. Möller, S. Yoshida, I. Grabowicz, P. Barbier de Reuille, S. Boeren, R. S. Smith, J. W. Borst & D. Weijers: Dev. Cell, 24, 426 (2013).

3) K. Ohashi-Ito, M. Saegusa, K. Iwamoto, Y. Oda, H. Katayama, M. Kojima, H. Sakakibara & H. Fukuda: Curr. Biol., 24, 2053 (2014).

4) B. De Rybel, M. Adibi, A. S. Breda, J. R. Wendrich, M. E. Smit, O. Novák, N. Yamaguchi, S. Yoshida, G. Van Isterdael, J. Palovaara et al.: Science, 345, 1255215 (2014).