解説

IR-LEGO技術の紹介とその利用方法

Introduction of Infrared Laser Evoked Gene Operator (IR-LEGO) Technique

斎田(谷口) 美佐子

Misako Saida-Taniguchi

大学共同利用機関法人自然科学研究機構基礎生物学研究所生物機能解析センター光学解析室 ◇ 〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38番地

Spectrography and Bioimaging Facility, NIBB Core Research Facilities, National Institute for Basic Biology, National Institutes of Natural Sciences (NINS), Japan ◇ 38 Myodaiji-cho Nishi-Gonaka, Okazaki-shi, Aichi 444-8585, Japan

亀井 保博

Yasuhiro Kamei

大学共同利用機関法人自然科学研究機構基礎生物学研究所生物機能解析センター光学解析室 ◇ 〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38番地

Spectrography and Bioimaging Facility, NIBB Core Research Facilities, National Institute for Basic Biology, National Institutes of Natural Sciences (NINS), Japan ◇ 38 Myodaiji-cho Nishi-Gonaka, Okazaki-shi, Aichi 444-8585, Japan

大学共同利用機関法人自然科学研究機構基礎生物学研究所研究力強化戦略室 ◇ 〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38番地

Research Enhancement Strategy Office, National Institute for Basic Biology, National Institutes of Natural Sciences (NINS), Japan ◇ 38 Myodaiji-cho Nishi-Gonaka, Okazaki-shi, Aichi 444-8585, Japan

総合研究大学院大学生命科学研究科 ◇ 〒240-0193 神奈川県三浦郡葉山町

School of Life Science, The Graduate University for Advanced Studies ◇ Hayama-machi, Miura-gun, Kanagawa 240-0193, Japan

Published: 2015-08-20

IR-LEGO(Infrared laser-evoked gene operator)とは,赤外レーザーを生体の単一細胞(組織)に照射することで細胞を温めて熱ショック応答を起こさせ,熱ショックプロモーター下流の遺伝子の発現誘導を行うシステムである.この技術を用いることにより,特定の時期に特定の細胞で特定の遺伝子の発現を誘導することが可能となる.本稿ではIR-LEGO技術の原理や応用例について紹介するとともに,われわれが所属する基礎生物学研究所の共同利用研究システムについて紹介する.

はじめに

多細胞生物の複雑な生命現象において,細胞はどのように自分の方向性を決めているのだろうか.そこには細胞間の相互作用が重要な役割を果たしている.細胞は増殖,発生,分化,再生,がん化などのさまざまな生体反応において,周囲の細胞からの刺激やシグナルを受けており,近年そのような情報交換にかかわる分子が多数同定されてきた.しかしそれらが本当に細胞間相互作用に関与するのかを生きた生体内で解析する手段はいまだに十分に確立されているとは言えない.IR-LEGOはそのような問題を解決する一つの手段として開発された(1)1) Y. Kamei, M. Suzuki, K. Watanabe, K. Fujimori, T. Kawasaki, T. Deguchi, Y. Yoneda, T. Todo, S. Takagi, T. Funatsu et al.: Nat. Methods, 6, 79 (2009)..これまでも組織特異的あるいはランダムに遺伝子発現を引き起こすモザイク解析と呼ばれる方法はあったが,一細胞レベルで自分の狙った時期に狙った細胞だけで特定の遺伝子の発現を誘導できる方法はなかった.たとえば体全体で発現させると致死になってしまう遺伝子でも,体のある場所でだけその遺伝子の発現をなくすと個体自体は致死にはならず,発現した細胞あるいは近接する細胞でどのような異常が起こるかを調べることによりその遺伝子の機能を知ることが可能となる.また,それ以外にも蛍光タンパク質などのレポーター遺伝子を発現させると細胞のトレースや系譜解析など,さまざまな研究に応用できる.IR-LEGO技術は生物がもともともつ熱ショック応答機構を利用しているため,形質転換体の作成が可能な生物であればどんな生物にも応用可能である.実際,すでに線虫(1~3)1) Y. Kamei, M. Suzuki, K. Watanabe, K. Fujimori, T. Kawasaki, T. Deguchi, Y. Yoneda, T. Todo, S. Takagi, T. Funatsu et al.: Nat. Methods, 6, 79 (2009).2) M. Suzuki, N. Toyoda & S. Takagi: PLoS ONE, 9, e85783 (2014).3) M. Suzuki, N. Toyoda, M. Shimojou & S. Takagi: Dev. Growth Differ., 55, 454 (2013).,ショウジョウバエ(4,5)4) G. Miao & S. Hayashi: Dev. Dyn., 244, 479 (2015) doi: 10.1002/dvdy.24192. (Epub ahead of print).5) B. Dong, G. Miao & S. Hayashi: Development, 141, 4104 (2014).,メダカ(6~9)6) T. Deguchi, M. Itoh, H. Urawa, T. Matsumoto, S. Nakayama, T. Kawasaki, T. Kitano, S. Oda, H. Mitani, T. Takahashi et al.: Dev. Growth Differ., 51, 769 (2009).7) K. Kobayashi, Y. Kamei, M. Kinoshita, T. Czerny & M. Tanaka: Genesis, 51, 59 (2013).8) T. Okuyama, Y. Isoe, M. Hoki, Y. Suehiro, G. Yamagishi, K. Naruse, M. Kinoshita, Y. Kamei, A. Shimizu, T. Kubo et al.: PLoS ONE, 8, e66597 (2013).9) A. Shimada, T. Kawanishi, T. Kaneko, H. Yoshihara, T. Yano, K. Inohaya, M. Kinoshita, Y. Kamei, K. Tamura & H. Takeda: Nat. Commun., 4, 1639 (2013).,ゼブラフィッシュ(6,10,11)6) T. Deguchi, M. Itoh, H. Urawa, T. Matsumoto, S. Nakayama, T. Kawasaki, T. Kitano, S. Oda, H. Mitani, T. Takahashi et al.: Dev. Growth Differ., 51, 769 (2009).10) E. Kimura, T. Deguchi, Y. Kamei, W. Shoji, S. Yuba & J. Hitomi: Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol., 33, 1264 (2013).11) M. Itoh, T. Yamamoto, Y. Nakajima & K. Hatta: Curr. Biol., 24, R1155 (2014).,アフリカツメガエル(12)12) S. Hayashi, H. Ochi, H. Ogino, A. Kawasumi, Y. Kamei, K. Tamura & H. Yokoyama: Dev. Biol., 396, 31 (2014).,シロイヌナズナ(6,13)6) T. Deguchi, M. Itoh, H. Urawa, T. Matsumoto, S. Nakayama, T. Kawasaki, T. Kitano, S. Oda, H. Mitani, T. Takahashi et al.: Dev. Growth Differ., 51, 769 (2009).13) D. Kurihara, Y. Hamamura & T. Higashiyama: Dev. Growth Differ., 55, 462 (2013).で実施例が報告されており,イベリアトゲイモリ(14)14) 林 利憲,竹内 隆:細胞工学,33,203(2014).,ゼニゴケで筆者らが共同研究者とともに応用可能なことを確認している.本稿ではこのIR-LEGO技術の原理を紹介するとともに,われわれが所属する基礎生物学研究所の共同利用研究システムを利用して実施された具体的な応用研究も紹介する.

原理

1. 概要

ほとんどの生物は高温などのストレス環境下において通常発現していない遺伝子群の発現が起こることが知られており,この反応は「熱ショック応答」と呼ばれている(図1図1■動物細胞の熱ショック応答機構).IR-LEGOではこの熱ショック応答を利用する.熱ショック応答タンパク質のプロモーターの下流に任意の遺伝子のcDNA配列をもつ形質転換体を作製する(図2a図2■IR-LEGOの概要).この形質転換体に顕微鏡下で赤外レーザーを局所的に照射すると焦点位置の細胞のみが温められ,その細胞でのみ熱ショック応答が起こり,目的の遺伝子の発現を誘導することができる(図2b図2■IR-LEGOの概要).

図1■動物細胞の熱ショック応答機構

熱ショックやストレスを受けると内在のHSF1が変性し,三量体を形成し,核に移行する.核内に移行した三量体HSF1は熱ショックエレメントに結合し,下流の熱ショックタンパク質の発現を誘導する.

図2■IR-LEGOの概要

a. 熱ショックプロモーターで標的遺伝子をドライブできるトランスジェニック系統を作製する.b. できた系統の個体(図ではメダカ胚)の局所の単一細胞をねらって赤外レーザーを照射すると,局所加熱され熱ショック応答により単一細胞レベルで標的遺伝子を誘導できる.

2. 装置の構成

IR-LEGOは顕微鏡に赤外レーザーおよびコントローラーが付いたシンプルな構成となる.倒立顕微鏡の場合の装置の大まかな構成を図3図3■IR-LEGOの装置構成に示した.発振器より発振されたIRレーザーはファイバー伝送後ビームエキスパンダで広げ,ビーム径を最適化して平行光としてダイクロイックミラーで無限遠光学系に合流し,対物レンズを通って試料面へと照射される(図3図3■IR-LEGOの装置構成).レーザー照射は円錐状に当てて円錐の頂点,すなわち焦点位置のエネルギーが最も高くなる.観察系と同軸で照射できるため,蛍光観察しながらの照射も可能である.

図3■IR-LEGOの装置構成

無限遠光学系の顕微鏡躯体へビーム経調整した赤外レーザーをダイクロイックミラーを通して導入する.基本的に観察面に集光するが,対物レンズは可視光に合わせて設計されているために赤外の焦点位置が多少ずれる.光学ユニット内にはアクチュエーターが設置されており,これにより観察面(可視光)と赤外焦点位置を補正する.照射パワーは減光フィルターならびに発振器の電流量で調節する.また,照射時間はシャッターユニットにより制御する.

実験を行うにあたって

1. 熱ショック応答形質転換体の作製

熱ショック応答システムはほぼすべての生物種がもともともっているストレス応答機構であるため,IR-LEGOは多くの実験生物への応用が可能である.実質的な問題は,その生物で,形質転換体の作製方法が確立されているか,利用できる熱ショック応答遺伝子プロモーターがあるかである.前者は現在多くの生物種で遺伝子導入法が確立されている.後者はもし既存の適当なプロモーターがない場合は研究者自身で検定する必要がある.熱ショック系タンパク質はものによって発現の強弱などに差があるので,できれば複数を試すのが良いだろう.表1表1■実際にIR-LEGOでの発現誘導に使用された熱ショックプロモーターに実際これまでにIR-LEGOでの発現誘導に成功した熱ショックプロモーターをリストした.

表1■実際にIR-LEGOでの発現誘導に使用された熱ショックプロモーター
応用生物種プロモーター詳細
線虫hsp16-2線虫hsp16-2上流約0.4 kb(1)1) Y. Kamei, M. Suzuki, K. Watanabe, K. Fujimori, T. Kawasaki, T. Deguchi, Y. Yoneda, T. Todo, S. Takagi, T. Funatsu et al.: Nat. Methods, 6, 79 (2009).
メダカhsp70.1メダ力hsp70.1上流1.5~3 kb(6, 14)6) T. Deguchi, M. Itoh, H. Urawa, T. Matsumoto, S. Nakayama, T. Kawasaki, T. Kitano, S. Oda, H. Mitani, T. Takahashi et al.: Dev. Growth Differ., 51, 769 (2009).14) 林 利憲,竹内 隆:細胞工学,33,203(2014).
8xHSE人工熱ショックプロモーター(7~9,15)7) K. Kobayashi, Y. Kamei, M. Kinoshita, T. Czerny & M. Tanaka: Genesis, 51, 59 (2013).8) T. Okuyama, Y. Isoe, M. Hoki, Y. Suehiro, G. Yamagishi, K. Naruse, M. Kinoshita, Y. Kamei, A. Shimizu, T. Kubo et al.: PLoS ONE, 8, e66597 (2013).9) A. Shimada, T. Kawanishi, T. Kaneko, H. Yoshihara, T. Yano, K. Inohaya, M. Kinoshita, Y. Kamei, K. Tamura & H. Takeda: Nat. Commun., 4, 1639 (2013).15) S. Oda, S. Mikami, Y. Urushihara, Y. Murata, Y. Kamei, T. Deguchi, T. Kitano, K. Fujimori, S. Yuba, T. Todo et al.: Zoolog. Sci., 27, 410 (2010).
ゼブラフィッシュhsp70ゼブラフィッシュhsp70上流約1.5 kb(6,10,11)6) T. Deguchi, M. Itoh, H. Urawa, T. Matsumoto, S. Nakayama, T. Kawasaki, T. Kitano, S. Oda, H. Mitani, T. Takahashi et al.: Dev. Growth Differ., 51, 769 (2009).10) E. Kimura, T. Deguchi, Y. Kamei, W. Shoji, S. Yuba & J. Hitomi: Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol., 33, 1264 (2013).11) M. Itoh, T. Yamamoto, Y. Nakajima & K. Hatta: Curr. Biol., 24, R1155 (2014).
シロイヌナズナhsp18.2シロイヌナズナhsp8l.2上流約0.9 kb(6)6) T. Deguchi, M. Itoh, H. Urawa, T. Matsumoto, S. Nakayama, T. Kawasaki, T. Kitano, S. Oda, H. Mitani, T. Takahashi et al.: Dev. Growth Differ., 51, 769 (2009).
アフリカツメガエルhsp70アフリカツメガエルhsp70上流−256から+88 bpの345 bp(12)12) S. Hayashi, H. Ochi, H. Ogino, A. Kawasumi, Y. Kamei, K. Tamura & H. Yokoyama: Dev. Biol., 396, 31 (2014).
ショウジョウバエhsp70ショウジョウバエhsp70上流−315 bpから−38 bpの278 bp(4)4) G. Miao & S. Hayashi: Dev. Dyn., 244, 479 (2015) doi: 10.1002/dvdy.24192. (Epub ahead of print).

2. 赤外レーザーの特徴と使用上の注意点

IR-LEGOでは熱ショック応答のための照射に1,480 nmの波長の赤外レーザーを使う.この波長を使う理由は生体の主要構成成分である水分子の吸収が大きく,効率良く細胞を温められるからである.本稿で詳細は解説しないが,赤外レーザー照射に伴う温度の経時変化や空間的特性に関しても検討しており,熱により熱ショックが駆動していることがわかっている(1)1) Y. Kamei, M. Suzuki, K. Watanabe, K. Fujimori, T. Kawasaki, T. Deguchi, Y. Yoneda, T. Todo, S. Takagi, T. Funatsu et al.: Nat. Methods, 6, 79 (2009)..しかし,赤外レーザーを使ううえで注意しなければならない点がいくつかある.以下に列挙する.

1)対物レンズの透過率

通常の対物レンズは可視領域での観察しか想定されていないので,せいぜい300~1,000 nmでの透過率しかチェックされていない.IR-LEGOで使う1,480 nmという波長は対物レンズ設計上想定外であるため,透過率が未知で,たいていは可視光に比べて透過率が悪い.赤外域の透過率が悪い原因は主にレンズ面の反射防止マルチコーティング成分にあるため,IR-LEGO用の対物レンズはノンコーティングの特注品となる.もちろんパワーの高いレーザーを用いれば通常の対物レンズでもある程度適用が可能である.

2)対物レンズの色収差

光がレンズを通過するとき波長ごとに屈折率が異なるため,結像位置のずれが生じる.通常,研究用の顕微鏡に付いている対物レンズはその用途に応じてこの結像位置のずれが補正されているが,またしても赤外域というのは観察に必要ないため補正対象外である.レンズの種類によるが,可視領域と1,480 nmでは数ミクロンから十数ミクロンのずれが生じる.これを解消するためにIR-LEGOではIRレーザーの光路に補正用のアクチュエーターがあり,対物レンズごとに観察焦点位置とぴったり一致するように調整できるようになっている(図3図3■IR-LEGOの装置構成).

3)組織内部の照射の際の注意点

組織の深い位置,すなわち表面から離れた位置で発現誘導をさせることは少し難しい.なぜなら,赤外レーザーは通過経路で吸収されて目的位置でのパワーが減少するからである.実際,寒天を用いた実験では約170 μmの深さで半分のパワーが吸収されることが確認された.また焦点位置で最もパワーが高くなるとはいえ,当然その周囲も加温されるため,焦点位置でのみ熱ショック応答が起こる照射条件にするためには条件検討が必要である.また同時に,通り道では生体の組成が異なるため屈折率分布が存在し,深くなればなるほど集光点が広がってしまい単一細胞レベルでの発現誘導が難しくなる.

4)赤外レーザー取扱い上の注意点

機種によっては1 Wという高出力の赤外レーザーを搭載している.これは直接あるいは鏡面反射した光だけでなく散乱光も危険とされる最も危険なレベルであるレーザー安全基準クラス4に分類され,保護メガネの着用や安全教育などが必須とされている.パワーが高いことに加えて目に見えない波長であるため取扱いにはより注意が必要である.

これまでの研究報告例

ここまでIR-LEGOの技術的な解説をしてきたが,次に実際IR-LEGOを用いた研究例をいくつか紹介したい.まず,2009年に報告された初報(1)1) Y. Kamei, M. Suzuki, K. Watanabe, K. Fujimori, T. Kawasaki, T. Deguchi, Y. Yoneda, T. Todo, S. Takagi, T. Funatsu et al.: Nat. Methods, 6, 79 (2009).では,線虫C. elegansを用いた実験が行われ,生殖細胞の形成に必要な遺伝子の働きがIR-LEGOを用いて証明された.C. elegansの生殖器官は遠位端細胞(DTC)と呼ばれる細胞が体の中を移動しながら形成されるが,unc6という遺伝子の欠損変異体ではDTCの移動に異常が見られ,正常な生殖器官が形成されない.そこでunc6変異体でIR-LEGOを用いて本来unc6を発現する細胞だけにunc6の発現を誘導したところ,DTCは高い確率で正しい方向へ移動するようになり,正常な生殖器官を形成した.これによってunc6がDTC移動に必要であることが直接証明された.また,2013年に報告されたメダカを用いた島田らの論文(9)9) A. Shimada, T. Kawanishi, T. Kaneko, H. Yoshihara, T. Yano, K. Inohaya, M. Kinoshita, Y. Kamei, K. Tamura & H. Takeda: Nat. Commun., 4, 1639 (2013).では,蛍光タンパク質による細胞の系譜解析が行われ,魚のうろこの進化的な起源についてこれまでの知見を覆す結果が得られた.つまりそれまでは硬骨魚のうろこは外胚葉である神経堤由来と考えられていたが,この研究により中胚葉由来であることが示された(表紙写真).この実験では移植実験とIR-LEGOによる発現誘導実験とが行われたが,移植の場合はほかの細胞や組織片の混入など外科的処置自体の精度が問われるが,IR-LEGOによる解析ではそのような心配がない.また,この実験ではIR-LEGOの発現誘導を恒常的に維持するためにcre/loxPという部位特異的組換え技術が利用された(7~9)7) K. Kobayashi, Y. Kamei, M. Kinoshita, T. Czerny & M. Tanaka: Genesis, 51, 59 (2013).8) T. Okuyama, Y. Isoe, M. Hoki, Y. Suehiro, G. Yamagishi, K. Naruse, M. Kinoshita, Y. Kamei, A. Shimizu, T. Kubo et al.: PLoS ONE, 8, e66597 (2013).9) A. Shimada, T. Kawanishi, T. Kaneko, H. Yoshihara, T. Yano, K. Inohaya, M. Kinoshita, Y. Kamei, K. Tamura & H. Takeda: Nat. Commun., 4, 1639 (2013)..ファージ由来のDNA組換え酵素CreはloxPという特定のDNA配列を認識し,組換えを起こす.発現させたい遺伝子(この場合GFP)は熱ショックプロモーターの下流ではなく,loxP配列の下流に,そしてloxP配列の間には転写をストップさせる配列を挿入しておく.そこに熱ショックプロモーターの下流にcreをつないだトランスジーンが共存すると,熱ショック応答によりcreが発現し,Cre組換え酵素の働きによりloxPの間のストップ配列が外れ,目的の遺伝子が発現するようになる.これにより一過的な熱ショック応答で恒常的な遺伝子発現が可能となった(図4図4■一過性の熱ショック応答を長期的発現誘導に切り替える).

図4■一過性の熱ショック応答を長期的発現誘導に切り替える

熱ショック応答で誘導する遺伝子をCre(組換え酵素)にすることで,長期的な発現誘導を可能にする.組み換え自体は細胞単位で起こるため,一度組み換えられればその細胞の系譜はすべてgene Xを発現するようになる.

IR-LEGOを使うには?
基礎生物学研究所の共同利用研究システムの紹介

もしIR-LEGOを試してみたいという方がいたら,ぜひわれわれにご相談いただきたい.われわれが所属する基礎生物学研究所は大学共同利用機関であり,日本国内の研究者であればだれでも利用申請が可能である.実際,毎年多くの研究者がIR-LEGOをはじめとした最先端機器を使いに研究所を訪れ,数多くの研究成果を発表している.利用可能な機器としてはIR-LEGOのほかに,二光子顕微鏡や共焦点レーザー顕微鏡,ライトシート顕微鏡などの顕微鏡類,その他各種分析機器も充実している.研究所には宿泊施設も併設されており,旅費などの支給もされる.利用のための申請の流れを図5図5■基礎生物学研究所共同利用研究の利用方法に示した.詳しくは基礎生物学研究所のホームページ(http://www.nibb.ac.jp/collabo/collabo.html; IR-LEGOは個別共同利用研究に該当)もしくは担当窓口(img@nibb.ac.jp)に直接お問い合わせいただきたい。

図5■基礎生物学研究所共同利用研究の利用方法

研究計画などを事前に打ち合わせ,申請書を提出していただき,審査を経て採択された後に利用が可能となる.

IR-LEGOシステムはシグマ光機株式会社から販売されている.正立顕微鏡と倒立顕微鏡のどちらにも対応しているが,一部機能については倒立のみの対応となっている.また,赤外レーザーの発振出力は200 mWと1Wの2つのタイプがあるが,現状のレンズ群では200 mWあれば十分と推定している.一式購入するとそれなりに高価にはなるが,既存の顕微鏡へのアドオンも可能であり,すでに顕微鏡があればその分安くセットアップができる.ちなみにわれわれが所有している機器は倒立顕微鏡と赤外レーザー1W搭載タイプである.

まとめ(おわりに)

IR-LEGO法は現在のところ,熱ショック応答系に利用できる熱ショックプロモーターが確立されている多くのモデル動植物でワークすることが確認されている.しかし,そのほとんどはGFPなどのレポーター遺伝子による発現誘導確認実験である.いくつかの生物種では内在遺伝子による機能解析に成功しており,新たな知見も得られ始めており,今後もさまざまな細胞間コミュニケーションにかかわる遺伝子機能解析に利用されるであろう.一方で,熱ショック以外に温度や熱による生体応答の研究にも利用可能であり,その方面での利用も想定される.たとえば,温度を感知する神経細胞の研究や,温度ストレスによる性転換機構の解明などに利用することが可能である.

近年オプトジェネティクスによる神経細胞の光刺激で新たな神経研究分野が広がったように,IR-LEGOによる遺伝子発現誘導による機能解析研究分野が生まれればと思っている.顕微鏡は観る道具であったが,オプトジェネティクスやIR-LEGOは細胞を操作する顕微鏡技術であり,これら光細胞操作技術が今後さまざまな生命現象の解明に応用されるであろう.

Acknowledgments

本稿の研究例の多くは,基礎生物学研究所の共同利用研究課題により実施された成果です.共同研究者の方々にはこの場を借りて御礼申し上げます.また,シグマ光機株式会社の大宮弘道氏には光学系に関してご助言いただきました.IR-LEGOの分子生物学的あるいは光学的な改良は科研費(研究課題番号:23657109, 26282128),物質・デバイス領域共同研究課題(課題番号:2013B04,2014051)のサポートを受けました.

Reference

1) Y. Kamei, M. Suzuki, K. Watanabe, K. Fujimori, T. Kawasaki, T. Deguchi, Y. Yoneda, T. Todo, S. Takagi, T. Funatsu et al.: Nat. Methods, 6, 79 (2009).

2) M. Suzuki, N. Toyoda & S. Takagi: PLoS ONE, 9, e85783 (2014).

3) M. Suzuki, N. Toyoda, M. Shimojou & S. Takagi: Dev. Growth Differ., 55, 454 (2013).

4) G. Miao & S. Hayashi: Dev. Dyn., 244, 479 (2015) doi: 10.1002/dvdy.24192. (Epub ahead of print).

5) B. Dong, G. Miao & S. Hayashi: Development, 141, 4104 (2014).

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7) K. Kobayashi, Y. Kamei, M. Kinoshita, T. Czerny & M. Tanaka: Genesis, 51, 59 (2013).

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9) A. Shimada, T. Kawanishi, T. Kaneko, H. Yoshihara, T. Yano, K. Inohaya, M. Kinoshita, Y. Kamei, K. Tamura & H. Takeda: Nat. Commun., 4, 1639 (2013).

10) E. Kimura, T. Deguchi, Y. Kamei, W. Shoji, S. Yuba & J. Hitomi: Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol., 33, 1264 (2013).

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14) 林 利憲,竹内 隆:細胞工学,33,203(2014).

15) S. Oda, S. Mikami, Y. Urushihara, Y. Murata, Y. Kamei, T. Deguchi, T. Kitano, K. Fujimori, S. Yuba, T. Todo et al.: Zoolog. Sci., 27, 410 (2010).

16) B. Bajoghli, N. Aghaallaei, T. Heimbucher & T. Czerny: Dev. Biol., 271, 416 (2004).