Kagaku to Seibutsu 53(9): 608-613 (2015)
セミナー室
環境変動に対する気孔開閉制御
Published: 2015-08-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
約4億2000万年前のシルル紀後期からデボン紀前期にかけて植物が陸上に進出した際,それまでの水中での温和な環境と異なり,過酷な乾燥環境から植物体を守るために,植物は防水性のクチクラ層で体表面を覆い乾燥を防ぎ,同時にガス交換を行うために一対の孔辺細胞からなる気孔を表皮に発達させた.最も古い陸上植物の系譜と考えられているコケ植物のセン類とツノゴケ類において気孔の存在が確認されており,シダ植物以降の維管束植物では一般に気孔が見られる.一般的な陸生維管束植物では,気孔は,葉の表面に1 mm2あたり約50個〜数百個存在する.気孔の開度は,変転する環境刺激に敏感に応答して調節されており,主な環境刺激としては,光や乾燥ストレス,二酸化炭素濃度などである.気孔は,植物が光合成を盛んに行う太陽光下で開口して二酸化炭素の取り込みを促進し,同時に葉から蒸散を行って根から水や無機養分の取り込みを促す(図1図1■植物における気孔の働き).蒸散は強い日差しで上昇した葉温を低下させる働きもある.一方,植物が乾燥ストレスにさらされると,植物ホルモンであるアブシシン酸に応答して気孔を閉鎖し,植物体からの水分損失を防ぐ.これまでの研究により,こういった一連の反応は,気孔を構成する孔辺細胞によって制御されていることが知られている.そのため,気孔孔辺細胞はその働きの重要性のみならず,植物における局所的・自律的な環境応答のモデル細胞としても注目され,多くの研究が行われてきた.本稿では,これまでの気孔開閉についての研究成果,さらにこれらの研究成果に基づき,人為的な気孔開度制御が植物の生育や環境耐性にどのような効果をもたらすのか,最近の取り組みの成果について概説する.
気孔の開口と閉鎖は,孔辺細胞の体積が変動することにより引き起こされる.孔辺細胞は外側に薄い細胞壁,内側(気孔側)に厚い細胞壁をもつ.孔辺細胞の体積が増加すると,孔辺細胞は薄い細胞壁のある外側に膨らみ,内側の厚い細胞壁が互いに離れるように引っ張られ,孔辺細胞間の孔が開いて気孔が開口する(1)1) C. Willmer & M. Fricker: “Stomata,” 2nd edition, Springer, 1996.(図1図1■植物における気孔の働き).光による気孔開口は,1898年,F. Darwin(C. Darwinの息子)により初めて報告された(2)2) F. Darwin: Phil. Trans. R. Soc. B., 190, 531 (1898)..その後,気孔開口には波長390〜470 nmの青色光が特に有効であることが示され,光屈性や葉緑体光定位運動,胚軸の伸長抑制などとともに,植物の青色光効果の一つとして知られている(3)3) K. Shimazaki, M. Doi, S. M. Assmann & T. Kinoshita: Annu. Rev. Plant Biol., 58, 219 (2007)..
青色光による気孔開口では,①孔辺細胞が青色光を受容し,②プロトン放出が誘導され,③細胞膜の過分極が起こる.④次にこの過分極に応答して孔辺細胞の細胞膜に存在する電位依存性内向き整流K+チャネルが開口し,⑤K+が取り込まれ,⑥浸透圧の上昇により水が取り込まれて孔辺細胞の体積が増加し,⑦気孔が開口する,という一連のプロセスが1985〜1987年に明らかにされた(図2図2■青色光による気孔開口反応の模式図).気孔開口時の孔辺細胞の体積は,閉鎖時の1.4〜2.0倍程度になる.気孔開口に伴って孔辺細胞内のK+量は5〜10倍に増加するが,並行して孔辺細胞の葉緑体に蓄えられているデンプンからのリンゴ酸の生成や外液からのCl−の取り込みが起こり,細胞内の電気的なバランスが保たれている(3)3) K. Shimazaki, M. Doi, S. M. Assmann & T. Kinoshita: Annu. Rev. Plant Biol., 58, 219 (2007)..しかしながら,この反応にかかわるプロトンポンプや青色光受容体の実体は不明であった.
14-3-3: 14-3-3タンパク質,BLUS1: BLUE LIGHT SIGNALING1,PP1: タイプ1プロテインホスファターゼ,p: リン酸化,K+in channel: 電位依存性内向き整流K+チャネル.
青色光により活性化される孔辺細胞の細胞膜プロトンポンプは,その活性にATPが必要であり,気孔開口が細胞膜H+-ATPase阻害剤であるバナジン酸により阻害されることから,その実体は細胞膜H+-ATPaseであると考えられていた.1999年に気孔孔辺細胞プロトプラストにおける細胞膜H+-ATPaseのATP加水分解活性が青色光によって増加した.細胞膜H+-ATPaseは,1分子のATPの加水分解により,1〜2分子のプロトンを輸送することが知られている.この比に従うと青色光に依存して加水分解されるATP量は,観察されるプロトン放出を十分に説明できることから,プロトンポンプの実体が細胞膜H+-ATPaseであることが示された(4)4) T. Kinoshita & K. Shimazaki: EMBO J., 18, 5548 (1999)..
青色光による細胞膜H+-ATPase活性化は細胞破砕後も保持されていることから,孔辺細胞中のリン酸化状態が調べられ,H+-ATPaseは青色光によりリン酸化され,そのリン酸化レベルの増加はプロトン放出速度およびH+-ATPase活性の上昇とよく一致していることが明らかとなった.さらに,プロテインキナーゼ阻害剤K-252aによりH+-ATPaseのリン酸化を阻害するとプロトン放出も阻害されることから,リン酸化がH+-ATPaseの活性化の原因であることが示された.また,このリン酸化は,活性制御に重要と考えられていたC末端約110アミノ酸残基からなる自己阻害ドメインのセリン残基とスレオニン残基にのみ起こっていた(5)5) M. G. Palmgren: Annu. Rev. Plant Physiol. Plant Mol. Biol., 52, 817 (2001)..
この研究過程で,細胞膜H+-ATPaseの免疫沈降を行うと質量約32 kDaのタンパク質が共同沈降することが見いだされた.興味深いことに,このタンパク質の共同沈降量はH+-ATPaseのリン酸化レベルに比例しており,H+-ATPaseの活性化と密接にかかわっていることが示された.そこで質量分析による解析が行われ,このタンパク質が14-3-3タンパク質であることが判明した(6)6) T. Emi, T. Kinoshita & K. Shimazaki: Plant Physiol., 125, 1115 (2001)..14-3-3タンパク質は標的タンパク質のリン酸化に依存して結合し,標的タンパク質の活性,細胞内局在や安定性などを調節することが知られている.実際,14-3-3タンパク質は細胞膜H+-ATPaseのリン酸化C末端領域に直接結合することが示された(4)4) T. Kinoshita & K. Shimazaki: EMBO J., 18, 5548 (1999)..
カビ毒フシコクシンは細胞膜H+-ATPaseを不可逆的に活性化し,このカビが感染した植物では気孔が開きっぱなしになり,枯死してしまう(7)7) T. Kinoshita & K. Shimazaki: Plant Cell Physiol., 42, 424 (2001)..このフシコクシンを用いた研究により,H+-ATPaseの自己阻害ドメインのC末端に位置するモチーフYpTV(pTはリン酸化スレオニン)が14-3-3タンパク質の結合部位であると報告された(8)8) A. Olsson, F. E. B. Svennelid, M. Sommarin & C. Larsson: Plant Physiol., 118, 551 (1998)..気孔孔辺細胞の青色光によるリン酸化においても,リン酸化スレオニン残基を含むリン酸化ペプチドを用いた解析により,この部位が14-3-3タンパク質の結合部位であること,14-3-3タンパク質が結合することによって初めて細胞膜H+-ATPaseが活性化されることが示された(9)9) T. Kinoshita & K. Shimazaki: Plant Cell Physiol., 43, 1359 (2002)..これらの結果より,細胞膜H+-ATPaseは,定常状態では自己阻害ドメインにより触媒活性が阻害され活性が低い状態になっているが,青色光によりC末端がリン酸化されると14-3-3タンパク質が結合し,自己阻害ドメインの構造が変化することによって活性上昇が引き起こされるものと考えられる.細胞膜H+-ATPaseの立体構造は,これまでC末端自己阻害ドメインを除いたもののみが明らかにされている(10)10) B. P. Pedersen, M. J. Buch-Pedersen, J. P. Morth, M. G. Palmgren & P. Nissen: Nature, 450, 1111 (2007)..今後,全長の細胞膜H+-ATPaseと14-3-3タンパク質を含む立体構造の解明が待たれる.モデル植物であるシロイヌナズナでは細胞膜H+-ATPaseをコードする遺伝子は11個(AHA1–AHA11)あり,これらのアイソフォームの1次構造に特別な違いは見られない(5)5) M. G. Palmgren: Annu. Rev. Plant Physiol. Plant Mol. Biol., 52, 817 (2001)..孔辺細胞では11個すべてのアイソフォームが発現している(11)11) K. Ueno, T. Kinoshita, S. Inoue, T. Emi & K. Shimazaki: Plant Cell Physiol., 138, 1615 (2005)..
ソラマメ孔辺細胞における14-3-3タンパク質の細胞膜H+-ATPaseへの結合解析の過程で,青色光によってリン酸化され,14-3-3タンパク質と結合する質量約125 kDaの新たなタンパク質が見いだされた(12)12) T. Kinoshita, T. Emi, M. Tomonaga, K. Sakamoto, A. Shigenaga, M. Doi & K. Shimazaki: Plant Physiol., 133, 1453 (2003)..このタンパク質は,青色光によりリン酸化され細胞膜に局在することやその質量から,1997年にシロイヌナズナの光屈性の青色光受容体として同定されたフォトトロピン1(phot1)と推察された(13)13) E. Huala, P. W. Oeller, E. Liscum, I. S. Han, E. Larsen & W. R. Briggs: Science, 278, 2120 (1997)..フォトトロピンは,N末端に発色団であるフラビンモノヌクレオチド(FMN)を結合するLOVドメイン,C末端に典型的なキナーゼドメインをもつ質量約125 kDaの細胞膜結合性タンパク質で,青色光を受容すると自身のキナーゼを活性化し自己リン酸化する.シロイヌナズナにはphot1に加え,フォトトロピン2(phot2)も存在する.推察のとおり,ソラマメのフォトトロピン抗体は,ソラマメの孔辺細胞の125 kDaタンパク質を認識した.さらに,ソラマメの孔辺細胞には2つのフォトトロピン(vfphot1aとvfphot1b)が発現していることが明らかとなり,孔辺細胞では2つのフォトトロピンが重複して機能している可能性が示された.そこで,シロイヌナズナのphot1 phot2二重変異体の表現型が調べられ,フォトトロピン二重変異体では青色光による気孔開口も細胞膜H+-ATPaseの活性化も見られず,phot1とphot2が重複して気孔開口の青色光受容体として機能していることが明らかとなった(14)14) T. Kinoshita, M. Doi, N. Suetsugu, T. Kagawa, M. Wada & K. Shimazaki: Nature, 414, 656 (2001)..フォトトロピンは,気孔開口のみならず,光屈性,葉緑体光定位運動,葉の横伸展の青色光受容体として機能する.これらの諸反応は,植物が光を効率よく吸収し光合成能力を最大限に発揮するために有効であると考えられている.一方,フォトトロピンが共通の光受容体であるにもかかわらず,上記の諸反応は互いに全く異なった反応であり,同じ光受容体がどのようにして多様な生理反応を生み出しているのかたいへん興味深い.
青色光受容体フォトトロピンから細胞膜H+-ATPaseの活性化に至るシグナル伝達については未解明の部分が多いが,これまでにタイプ1プロテインホスファターゼ(PP1)の関与が示唆されている(15)15) A. Takemiya, T. Kinoshita, M. Asanuma & K. Shimazaki: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 13549 (2006)..また最近,青色光による気孔開口が損なわれた突然変異体の解析により,フォトトロピンとPP1の間で働くセリン/スレオニン・プロテインキナーゼBLUE LIGHT SIGNALING1(BLUS1)が同定された(16)16) A. Takemiya, N. Sugiyama, H. Fujimoto, T. Tsutsumi, S. Yamauchi, A. Hiyama, Y. Tada, J. M. Christie & K. Shimazaki: Nat. Commun., 4, 2094 (2013).(図2図2■青色光による気孔開口反応の模式図).BLUS1は青色光に依存してフォトトロピンにより孔辺細胞内でリン酸化され,そのリン酸化が青色光による気孔開口に必要であることから,孔辺細胞の青色光シグナル伝達に必須のシグナル因子と考えられる.一方で,BLUS1はフォトトロピンのかかわるほかの反応には全く影響を与えないことから,孔辺細胞特有のシグナル伝達における主要な構成因子と考えられる.また,細胞膜H+-ATPaseの細胞膜への局在化を調節する因子としてPATROL1が同定されている(17)17) M. Hashimoto-Sugimoto, T. Higaki, T. Yaeno, A. Nagami, M. Irie, M. Fujimi, M. Miyamoto, K. Akita, J. Negi, K. Shirasu et al.: Nat. Commun., 4, 2215 (2013)..
植物が乾燥ストレスにさらされると植物ホルモンであるアブシシン酸が合成され,気孔閉鎖を含めたさまざまな生理応答が引き起こされ,植物の乾燥耐性が付与される.アブシシン酸による気孔閉鎖は,孔辺細胞の陰イオンチャネルが活性化されて細胞膜が脱分極し,電位依存性の外向き整流性K+チャネルが開口して,孔辺細胞からK+が排出されることにより引き起こされる(18)18) T. H. Kim, M. Böhmer, H. Hu, N. Nishimura & J. I. Schroeder: Annu. Rev. Plant Biol., 61, 561 (2010)..
アブシシン酸シグナル伝達経路の最上流に位置する受容体については長い間議論されてきたが,近年,Pyrabactin Resistance/Pyrabactin Resistance 1-like/Regulatory Component of ABA Receptor(PYR/PYL/RCAR)ファミリーのタンパク質がアブシシン酸受容体として種子発芽や根の生育の阻害,気孔閉鎖などさまざまなアブシシン酸応答に関与することが証明された(19,20)19) S. Y. Park, P. Fung, N. Nishimura, D. R. Jensen, H. Fujii, Y. Zhao, S. Lumba, J. Santiago, A. Rodrigues, T. F. Chow et al.: Science, 324, 1068 (2009).20) N. Nishimura, A. Sarkeshik, K. Nito, S. Y. Park, A. Wang, P. C. Carvalho, S. Lee, D. F. Caddell, S. R. Cutler, J. Chory et al.: Plant J., 61, 290 (2010)..このファミリーのタンパク質は,孔辺細胞においてアブシシン酸を受容すると,アブシシン酸シグナルの負の制御因子であるABI1やABI2などのProtein phosphatase 2C(PP2C)と直接結合することによってその活性を抑制し,その結果,PP2Cによる抑制から解放されたOST1などのサブクラスⅢのSNF-related kinase 2(SnRK2)が活性化される(PYR/PYL/RCARs-PP2Cs-SnRK2s経路)(21)21) S. R. Cutler, P. L. Rodriguez, R. R. Finkelstein & S. R. Abrams: Annu. Rev. Plant Biol., 61, 651 (2010)..活性化されたSnRK2は,陰イオンチャネルの実体と考えられるSLOW ANION CHANNEL-ASSOCIATED 1(SLAC1)を活性化し,細胞膜の脱分極を引き起こす(22~25)22) J. Negi, O. Matsuda, T. Nagasawa, Y. Oba, H. Takahashi, M. Kawai-Yamada, H. Uchimiya, M. Hashimoto & K. Iba: Nature, 452, 483 (2008).23) T. Vahisalu, H. Kollist, Y. F. Wang, N. Nishimura, W. Y. Chan, G. Valerio, A. Lamminmäki, M. Brosché, H. Moldau, R. Desikan et al.: Nature, 452, 487 (2008).24) D. Geiger, S. Scherzer, P. Mumm, A. Stange, I. Marten, H. Bauer, P. Ache, S. Matschi, A. Liese, K. A. Al-Rasheid et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 21425 (2009).25) S. C. Lee, W. Lan, B. B. Buchanan & S. Luan: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 21419 (2009)..また,アブシシン酸による細胞膜の脱分極は,細胞膜H+-ATPaseの阻害によっても促進されることが示唆されている(3)3) K. Shimazaki, M. Doi, S. M. Assmann & T. Kinoshita: Annu. Rev. Plant Biol., 58, 219 (2007)..加えて,気孔開口に関与する内向き整流性K+チャネル遺伝子の転写を制御するbHLH型転写因子のABA-responsive kinase substrates(AKSs: AKS1, AKS2, AKS3)が,アブシシン酸に応答してリン酸化され,K+チャネルの転写を阻害し,気孔開口を抑制することが示された(26)26) Y. Takahashi, Y. Ebisu, T. Kinoshita, M. Doi, E. Okuma, Y. Murata & K. Shimazaki: Sci. Signal., 6, ra48 (2013)..このように,アブシシン酸は気孔閉鎖と同時に開口も抑制することで効率的に気孔閉鎖を誘導していると考えられる.
このほかにも,孔辺細胞におけるアブシシン酸シグナル伝達経路には,Ca2+,活性酸素種,NO,ホスファチジン酸,イノシトール誘導体,スフィンゴ脂質などのセカンドメッセンジャーが関与していることも報告されている(18)18) T. H. Kim, M. Böhmer, H. Hu, N. Nishimura & J. I. Schroeder: Annu. Rev. Plant Biol., 61, 561 (2010)..また,近年,クロロフィルの生合成に関与するMg-キラターゼHサブユニット(Mg-chelatase H subunit; CHLH)がアブシシン酸による気孔閉鎖に関与することが報告されている(27,28)27) Y. Y. Shen, Y. F. Wang, F. Q. Wu, S. Y. Du, Z. Cao, Y. Shang, X. L. Wang, C. C. Peng, X. C. Yu, S. Y. Zhu et al.: Nature, 443, 823 (2006).28) T. Tsuzuki, K. Takahashi, S. Inoue, Y. Okigaki, M. Tomiyama, M. A. Hossain, K. Shimazaki, Y. Murata & T. Kinoshita: J. Plant Res., 124, 527 (2011)..
植物が太陽光下で盛んに光合成を行っているとき,多くの二酸化炭素を必要とするが,気孔の孔を通る際に生じる抵抗(気孔抵抗)が二酸化炭素取り込みの主要な制限要因となっており,植物の光合成が制限されていると考えられている(29)29) L. Taiz & E. Zeiger: “Plant Physiology and Development,” Sinauer Associates, Inc., 2014.しかしながら,気孔開度が本当に植物の光合成の制限要因となっているのかどうかについては,明確に実証されていない.また,植物の光合成活性をより向上させるためには,気孔の開き具合を大きくし,気孔抵抗を低下させることが解決法として考えられるが,これまで人為的に気孔の開口のみを大きくする技術は報告されていない.一方で,気孔が大きく開いた既知の突然変異体のほとんどは気孔閉鎖を誘導する植物ホルモン・アブシシン酸関連の変異体であり,それらは乾燥条件下でも気孔を閉じることができないため乾燥に極端に弱く,表現型が多面的であることから,気孔開度と光合成や生産量との関係を調べるには不向きであると考えられる.
このような状況のなか,これまでの研究により明らかとなった光による気孔開口反応にかかわる主要因子(青色光受容体フォトトロピン,細胞膜H+-ATPase,電位依存性内向き整流K+チャネル)を,気孔を構成する孔辺細胞のみで発現を誘導することが知られているGC1プロモーターを用いて,モデル植物シロイヌナズナの孔辺細胞だけに発現量を上昇させ,気孔開口を促進することができるかが調べられた.その結果,気孔開口の駆動力を形成する細胞膜H+-ATPaseの孔辺細胞での発現量を約1.5倍増加させることで,光による気孔の開口が野生株よりも約25%大きくなっていた(30,31)30) Y. Wang, K. Noguchi, N. Ono, S. Inoue, I. Terashima & T. Kinoshita: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 533 (2014).31) サイエンスニュース2014:世界初! 植物の気孔を制御する,http://www.youtube.com/watch?v=GBxbzVSeZI0 (2014)..一方,暗条件や気孔を閉じさせる作用のあるアブシシン酸存在下では,H+-ATPase過剰発現株も野生株と同様に気孔が閉鎖しており,光刺激により気孔開口が促進されたときのみ,気孔が大きく開口することが確認された.
そこで,光合成蒸散測定装置を用いた解析が行われ,H+-ATPase過剰発現株の生葉では,光強度200 µmol/m2/sより強い光条件において,二酸化炭素吸収量(光合成活性)が約15%増加することが示された.一方,光強度200 µmol/m2/sより弱い光条件では,有意な差は認められなかった.この結果は,植物が光合成を盛んに行っているときに気孔開度が二酸化炭素取り込みの制限要因となることを示している.さらに,植物の生産量について調べたところ,光強度200 µmol/m2/sの条件において,播種後25日目の栄養成長期の植物の地上部の重量は,野生株と比べ,1.4〜1.6倍増加しており,種子を付けた播種後45日目の植物の種子や莢を含む花茎の乾燥重量は,約1.4倍増加していた(図3図3■気孔孔辺細胞における細胞膜H+-ATPaseの過剰発現による植物の成長促進).しかしながら,光強度200 µmol/m2/sより低い条件では,光合成活性の結果と一致して,生育量に差は見られなかった.また,細胞膜H+-ATPaseの細胞膜への局在化を調節する因子PATROL1の植物体全体での過剰発現株も気孔開口が促進され,植物の生産量が増加することが報告されている(17)17) M. Hashimoto-Sugimoto, T. Higaki, T. Yaeno, A. Nagami, M. Irie, M. Fujimi, M. Miyamoto, K. Akita, J. Negi, K. Shirasu et al.: Nat. Commun., 4, 2215 (2013)..
興味深いことに,常に大きく気孔が開いた恒常活性化型の細胞膜H+-ATPaseを用いた実験では,水不足の状況ではないにもかかわらず,生産量は野生株と同じかそれ以下になり,夜など光合成を行っていないときは気孔を閉じさせることが生産量増加に重要であることを示している.また,青色光受容体フォトトロピンや電位依存性内向き整流K+チャネルの孔辺細胞での過剰発現は,気孔の開口や植物の生産量に影響がなかった.以上の研究により,気孔開口促進には孔辺細胞での細胞膜H+-ATPaseの過剰発現が有用であり,気孔開度が光合成と生産量の制限要因となっていることが初めて実証された.
土壌水分が不足してくると,気孔は体内で合成された植物ホルモンであるアブシシン酸に応答してすばやく閉鎖し,植物体からの水分損失を防いでいる.アブシシン酸に対する応答能やアブシシン酸生合成能を欠いたシロイヌナズナの突然変異体は,乾燥条件下でも気孔を閉じることができず,水不足条件ではすぐにしおれてしまう.アブシシン酸による気孔閉鎖に影響を与えることが知られているCHLHの発現量を孔辺細胞において調節させる試みが行われ,CHLHの発現量が低下するとアブシシン酸に対する感受性が低下し,発現量が増加するとアブシシン酸に対する感受性が増加することが示された.そこで,CHLH過剰発現株における乾燥耐性が調べられた結果,通常,野生株では枯死してしまう乾燥条件下においても,CHLH過剰発現株では依然葉が緑で成長していることが明らかとなった(32)32) T. Tsuzuki, K. Takahashi, M. Tomiyama, S. Inoue & T. Kinoshita: Front. Plant Sci., 4, 440 (2013).(図4図4■CHLH過剰発現による植物への乾燥耐性の付与).以上の結果は,孔辺細胞のアブシシン酸感受性を高めることで,植物の乾燥耐性が向上することを初めて実証し,その目的にはCHLHを孔辺細胞に過剰発現させることが有用であることを示している.
陸生植物の生存に必須の働きをしている気孔開閉のシグナル伝達の解明が進んできたが,シグナル伝達には依然不明の部分も多く,さらなる解析が必要である.これと並行して,近年これらの知見を利用して気孔開度を調節した形質転換体作出が進んできた.これまでの研究により,モデル植物であるシロイヌナズナにおいて,光による気孔開口を促進すると,一定以上の光強度において植物の光合成活性(二酸化炭素吸収量)が有意に増加し,それに伴い,植物の生産量が増加することが示された.また,気孔孔辺細胞のアブシシン酸に対する感受性を高めることで,乾燥に対してより強い耐性をもつことが明らかとなった.これらの結果は,植物に普遍的な気孔の開閉のメカニズムを利用しているため,実用的な植物,特に農作物やバイオ燃料植物にも適用可能であると考えられ,農作物やバイオ燃料用植物の生産量増加や乾燥耐性付与が期待される.一方で,これら技術は遺伝子組換え技術を利用したものであるため,社会実装への大きな障壁となることも予想される.打開策としては,遺伝子組換えの技術に頼らずに同様な効果を引き出すことができる化合物の開発や,さまざまな品種間に見られる蒸散量や乾燥耐性の違いを利用した育種技術の導入が考えられ,そのようなアプローチによる研究開発の今後の進展が期待される.
Reference
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