テクノロジーイノベーション

乳由来血圧降下素材の開発

Naoyuki Yamamoto

山本 直之

カルピス株式会社研究戦略部 ◇ 〒252-0206 神奈川県相模原市中央区淵野辺五丁目11番10号

Research and Development Planning Department, Calpis Co., Ltd. ◇ 5-11-10 Fuchinobe, Chuo-ku, Sagamihara-shi, Kanagawa 252-0206, Japan

Published: 2015-08-20

はじめに

メタボリックシンドロームは,高血圧症,高血糖症,血清脂質異常などを含めて,将来的に,脳疾患や心臓疾患に至るリスクが高い状態であり,脳心疾患は,日本ではがんに匹敵する主な死因となっている.そのなかで,高血圧症は,収縮期血圧が140 mmHg以上,あるいは最低血圧90 mmHg以上である状態が該当するが,20歳以上の高血圧患者の数は,1,000万人近くいると推定されている.さらに,高血圧状態になる前の正常高値者(収縮期血圧:130~139 mmHgまたは拡張期血圧:85~89 mmHg)を含めると,その倍程度の2,000万人程度が高血圧ケアの対象者と考えられている.

高血圧はその多くが遺伝的要因で起こるとされているが,塩分の取りすぎ,運動不足,肥満,喫煙,ストレスなど生活習慣に関連することでリスクを高める.高血圧は降圧剤を処方することで適切に管理することができるが,高血圧症の前段階の状態にある正常高血圧者は,降圧剤での治療ができないことから,加齢に伴う高血圧への移行が課題となっている.

1991年には,わが国では世界に先駆けて機能性食品に関する制度が,特定保健用食品制度として制定されたことがきっかけとなり,血圧を低下させる食品成分を用いた有用性の確認試験が1990年代を中心に多く行われるようになった.「カルピス」の製造に利用するカルピススターターによる発酵乳(カルピス酸乳)の機能性研究においても,その発酵乳には血圧降下作用があることが確認されていたことから,発酵乳を用いた血圧降下作用の本格的な開発に着手した.

開発内容

1. 乳酸菌発酵乳の血圧降下作用

「カルピス」の製造に用いられるカルピススターターにより得られる発酵乳,「カルピス酸乳」の生理機能研究を通して,さまざまな保健効果が実証され,血圧降下作用に関しても,その有用性が確認された.乳酸菌固有の特徴把握のために,さまざまな乳酸菌による発酵乳を,自然発症高血圧ラットに経口投与して,4時間後の各種発酵乳の血圧降下作用を評価した結果,山本ら(1)1) N. Yamamoto, A. Akino & T. Takano: Biosci. Biotechnol. Biochem., 58, 776 (1994).は,ほとんどの乳酸菌では血圧降下作用が見られないのに対して,Lactobacillus helveticus(ラクトバチルス・ヘルベティカス)発酵乳に特異的な血圧降下作用を確認した(表1表1■各種乳酸菌発酵乳の自然発症高血圧ラットに対する血圧降下活性,ACEI活性とペプチド量,さらにその乳酸菌菌体表層のプロティナーゼ活性の比較).この,L. helveticus発酵乳に特徴的な血圧降下作用を理解するために,乳酸菌が乳内で増殖する際に,乳タンパク質を窒素源として利用するために重要な菌体表層タンパク質分解酵素活性を評価したところ,L. helveticusには最も強い活性があること,また,その結果として発酵乳中に最も多くのペプチドが産生されることを確認した(1)1) N. Yamamoto, A. Akino & T. Takano: Biosci. Biotechnol. Biochem., 58, 776 (1994).表1表1■各種乳酸菌発酵乳の自然発症高血圧ラットに対する血圧降下活性,ACEI活性とペプチド量,さらにその乳酸菌菌体表層のプロティナーゼ活性の比較).

表1■各種乳酸菌発酵乳の自然発症高血圧ラットに対する血圧降下活性,ACEI活性とペプチド量,さらにその乳酸菌菌体表層のプロティナーゼ活性の比較
菌株ペプチド濃度(%)プロティナーゼ活性(U/mL)ACEI活性(U/mL)4時間後の血圧変化値(Δ mmHg)
Control (milk)0.000−5.0±7.3
LactobacilliL. helveticus CP7900.1923058−27.4±13.3**
L. helveticus CP6110.2536770−20.0±9.6**
L. helveticus CP6150.1842051−23.0±13.4**
L. helveticus JCM10060.1518226−15.2±9.3*
L. helveticus JCM11200.1011234−6.5±10.8
L. helveticus JCM10040.2118648−29.3±13.6**
L. delbrueckii Subsp. bulgaricus CP9730.1910522−0.8±8.2
L. delbrueckii Subsp. bulgaricus JCM10020.1112428−4.5±4.0
L. casei CP6800.01353−0.2±6.6
L. casei JCM11340.00289−7.0±11.2
L. casei JCM11360.092518−9.6±7.2
L. acidophilus JCM11320.00288−8.7±7.8
L. delbrueckii Subsp. lactis JCM11050.081816−3.3±3.5
StreptococciS. thermophilus CP10070.02253−2.4±8.1
LactococciL. lactis Subsp. lactis CP6840.00354−7.3±10.5
L. lactis Subsp. cremoris CP3120.02184−5.8±13.9
コントロールとの比較における有意差,** p<0.01,* p<0.05.

さらに,L. helveticus発酵乳内の血圧降下物質を理解するために,血圧降下作用の一つの要因と考えられるアンジオテンシン変換酵素(ACE)を阻害する活性を評価した結果,L. helveticus発酵乳には,強いACE阻害作用があることを確認した(表1表1■各種乳酸菌発酵乳の自然発症高血圧ラットに対する血圧降下活性,ACEI活性とペプチド量,さらにその乳酸菌菌体表層のプロティナーゼ活性の比較).中村ら(2)2) N. Nakamura, N. Yamamoto, K. Sakai, A. Okubo, S. Yamazaki & T. Takano: J. Dairy Sci., 78, 777 (1995).は,ACE阻害作用を指標として,L. helveticus発酵乳内の各種成分を高速液体クロマトグラフィーで分離,純化を繰り返すことで,有効成分として,2種のペプチド成分,Val-Pro-Pro(VPP)とIle-Pro-Pro(IPP)の単離・特定に成功した.また,中村ら(3)3) N. Nakamura, N. Yamamoto, K. Sakai & T. Takano: J. Dairy Sci., 78, 1253 (1995).の2種のトリペプチドとL. helveticus発酵乳のACE阻害活性や血圧降下作用を比較した結果から,2種のペプチドはL. helveticus発酵乳内の主要な血圧降下物質であると推測された.

2. VPPとIPPの加工に関与する酵素群

両ペプチドはβ-とκ-カゼイン配列中に存在し,乳酸菌のタンパク質分解系の働きにより分解,加工され発酵乳中に産生されるものと考えられている(2)2) N. Nakamura, N. Yamamoto, K. Sakai, A. Okubo, S. Yamazaki & T. Takano: J. Dairy Sci., 78, 777 (1995)..VPPとIPPの加工に関与するタンパク質分解系酵素群をより詳細に理解し,さらなる高い生産性を得るために,両ペプチド生産性が最も高いCM4株のゲノム配列解析を行った結果,若井ら(4)4) T. Wakai, T. Shinoda, N. Uchida, M. Hattori, Y. Nakamura, T. Beresford, R. P. Ross & N. Yamamoto: J. Biosci. Bioeng., 115, 246 (2013).は,CM4株には26種のタンパク質分解系遺伝子が存在し(表2表2■Lactobacillus helveticus CM4株に確認されたタンパク質分解系遺伝子),VPPとIPPの生産に関与すると推測される特徴的酵素が複数存在することを示した.LC-MS/MSによる発酵乳中に含まれるペプチドの網羅的解析や,精製酵素の基質特異性やカゼインの切断点解析により,血圧降下ペプチドVPPとIPPの加工プロセスを推定した.まず,両ペプチドの配列を含むβ-カゼインを,菌体外プロティナーゼが分解し,28ないし29アミノ酸からなる比較的長いペプチド(前駆ペプチド)を発酵乳中に遊離させる(5)5) N. Yamamoto, A. Akino & T. Takano: J. Biochem., 114, 740 (1993)..この前駆ペプチドは,オリゴペプチドトランスポーターの働きにより菌体内に取り込まれ,菌体内のペプチダーゼにより,順次アミノ末端あるいはペプチド内部配列の切断・加工が行われる.乳酸菌には,カルボキシペプチダーゼが存在しないため,菌体内に取り込まれたペプチドのカルボキシ末端の加工には,pepO,pepO2などのエンド型ぺプチダーゼが作用すると考えられる(6)6) K. Ueno, S. Mizuno & N. Yamamoto: Lett. Appl. Microbiol., 39, 313 (2004)..一方,アミノ末端の加工は,pepC2などのアミノペプチダーゼによりアミノ末端のアミノ酸が順次除去されるが,Proを含む配列が存在した場合には,その分解反応はProの手前で低下するため,その分解にはX-Proを含む2アミノ酸の除去に働くX-プロリル・ジペプチジル・アミノペプチダーゼ(XPDAP: pepX)の関与が必要となる.以上のように,26種の各種タンパク質分解酵素群の一般的な酵素反応の特徴からの必須酵素群の推測と,精製酵素群のペプチドへの反応性解析から,少なくともpepO,pepO2,pepXとpepC2の関与が必要と考えられた.

表2■Lactobacillus helveticus CM4株に確認されたタンパク質分解系遺伝子
局在酵素の種類遺伝子分子量(kDa)
CM4
菌体外プロティナーゼprtY47.0
prtH2181.6
prtM233.7
菌体内アミノペプチダーゼpepC251.4
pepCE53.0
pepN95.8
pepN257.2
aminopeptidase I40.1
X-プロリル・ジペプチジル・アミノペプチダーゼpepX90.5
エンドペプチダーゼpepE50.0
pepE230.3
pepF68.1
pepO73.6
pepO273.8
pepO373.1
トリペプチダーゼpepT47.1
pepT248.4
ジペプチダーゼpepD254.9
pepD354.0
pepD453.5
pepV51.5
pepDA53.5
プロリダーゼpepQ (pepP)41.2
pepQ2 (pepP)41.4
プロリナーゼpepPN35.0
プロリンイミノペプチダーゼpepI33.9

3. 発酵乳を用いた製品開発

乳酸菌L. helveticus発酵乳の血圧降下作用や有効成分,さらにその作用メカニズムに関する推測を行い,次にヒトに対する血圧降下作用の確認を試みた.まず,最初に,高血圧症に該当する投薬治療者に対する効果確認試験で,30名と少ない人数ながら,2群に分けて,L. helveticus発酵乳95 mLを含む発酵飲料または,そのプラセボ飲料95 mLを8週間にわたり,毎日継続的に摂取させた結果,L. helveticus発酵乳群では,4週目以降において,投与前に比べて有意な血圧降下作用が確認された(7)7) Y. Hata, M. Yamamoto, M. Ohni, K. Nakajima, Y. Nakamura & T. Takano: Am. J. Clin. Nutr., 64, 767 (1996).図1図1■高血圧患者に対するLactobacillus helveticus発酵乳の血圧降下作用(7)).

図1■高血圧患者に対するLactobacillus helveticus発酵乳の血圧降下作用(7)

L. helveticus発酵乳投与群(■: 17名)とプラセボ投与群(□: 13名)の経時的収縮期血圧と拡張期血圧の変化,矢印はサンプル投与期間,投与前血圧に対する有意差(t-test):* p<0.05,** p<0.01,群間における各時期での血圧の差:#p<0.05.

その後,VPPとIPPを関与成分として含むL. helveticus発酵乳のヒト試験における有効性実証を経て,特定保健用食品としての表示許可を取得し,1997年に「カルピス酸乳アミールS」を発売するに至った.当時,「カルピス酸乳アミールS」は乳酸菌発酵乳を利用している点で,健康イメージへの受容性が高いことや,他社に先駆けて市場投入したこともあり,差別化された製品コンセプトが認知され大きな話題となった.さらに,少しでも発酵乳内の,VPPとIPP生産性を高めて,最終製品への加工適性を高めたり,少容量化を図る目的で,タンパク分解能が強いL. helveticus株の単離を試み,乳タンパク質の分解能に優れた,CM4株の分離に至った.CM4株は,従来のVPPとIPPの生産性が高い株に比べても,2倍程度に両ペプチドの生産性が高い株であることが確認され,発酵乳の摂取量を半分程度にしても,同程度の血圧降下作用が期待できることとなった.これらの技術改良を進めることによって,「アミールS」ブランド製品群の育成,拡大を行うことができた.その後,発酵乳の配合量を変えたり,製造条件を変えたりするたびに,ヒトに対する症例試験を実施し,いずれの試験においても,有意な血圧降下作用を検出し,動物やヒトに対する過剰摂取試験などの安全性の確認成績を加えて,特定保健用食品としての許可を得て,製品発売に結びつけた.最近では,15以上の症例成績において有意な血圧降下作用が示され,そのなかで同じ条件における試験成績を用いたメタ解析(8)8) A. F. G. Cicero, F. Aubin, V. Azais-Braesco & C. Borghi: Am. J. Hypertens., 26, 442 (2013).についても報告が行われ,いずれも有意な血圧降下作用が検出されている.

4. 遺伝子発現調節機構

L. helveticusの発酵乳中には発酵に伴いペプチドが蓄積し,血圧降下ペプチドVPPとIPPも増加するが,やがて発酵により蓄積されたアミノ酸やペプチドにより,タンパク質分解系遺伝子の多くが発現抑制を受け,VPPやIPPの生産が飽和することが明らかになった.そこで,これらの遺伝子群の発現制御に関係する因子とそのメカニズムの解析を試みた.そのためにまず,タンパク質分解酵素遺伝子の上流域に制御領域が存在し,その領域に何らかの因子がアミノ酸存在下で結合することで,転写活性を抑制しているのではないか? との仮説を立てた.まず,そのDNA結合性因子をタンパク質分解酵素遺伝子の上流域DNA断片を結合させたアフィニティー樹脂により精製を行い,その因子の特定に成功した.その因子はカルボキシ末端領域にDNA結合性が推測されるCBS(Cystathionine β-synthase)ドメインを有し,アミノ末端領域にはBCAAが結合すると考えられる領域を有する26 kDaタンパク質(BCARR: Branched Chain Amino acids Responsive Regulator)が特定された.DNA結合配列の解析から,BCARRはBCAA存在下で,5′-AAA AAT ACTWTTA TT-3′に結合することが明らかとなり,分岐鎖アミノ酸存在下でタンパク質分解酵素遺伝子群の上流域への親和性を高めて結合し,より転写活性を抑制するものと推察された(9)9) T. Wakai & N. Yamamoto: PLoS ONE, 8, e75976 (2013).図2図2■Lactobacillus helveticusのタンパク質分解系遺伝子のアミノ酸による発現制御システムと血圧降下ペプチド生産への影響の推測(8)).今後,発酵乳中により多くのVPPとIPPを生産させるためには,これら制御システムに関連する分子をターゲットにしたさらなるペプチド高生産株の育種・改良が期待される.

図2■Lactobacillus helveticusのタンパク質分解系遺伝子のアミノ酸による発現制御システムと血圧降下ペプチド生産への影響の推測(8)

菌体内に取り込まれたペプチドがアミノ酸にまで分解され,分岐鎖アミノ酸(BCAA)が転写調節因子BCARR(Barnched Chain Amino acids Responsive Regulator)のACTドメインに結合すると,その複合体がCBSドメインを介してタンパク質分解酵素遺伝子上流域のプロモーター領域に結合し,タンパク質分解酵素遺伝子群の転写活性を抑制する.

5. 代替技術(酵素法)の開発

乳タンパク質への高い分解活性を有するL. helveticus CM4株を利用することで,血圧降下ペプチドの生産性を高めることが可能となったが,その発酵乳中にはいまだ多くの乳タンパク質が分解されずに残存する.乳酸菌発酵乳を利用する限りは,発酵時に生産される特徴的風味や,飲料形態での製品開発が必要であることなど,最終製品への食品形態への加工が制限される.また,海外への事業展開を考える場合は,現地での発酵乳の生産が必要となることなども課題の一つとなる.そこで,血圧降下ペプチドVPPとIPPの効率的な生産方法を検討した.化学合成法,乳酸菌の酵素遺伝子のクローニングによる酵素分解法など,さまざまな方法を検討した結果,化学合成法での生産は比較的安価であるが,化学合成に伴う,わずかながら混在する新規成分への安全性の実証など,課題が大きいことが推定された.また,VPPとIPPの加工に必要な数種類の乳酸菌酵素の混合利用は,技術的には可能であっても経済的には満足の得られるものではなかった.そこで,低分子のペプチド生産能に優れ,かつACE阻害活性の強い乳タンパク質分解物を調製することができる食品用酵素群のなかから最適な酵素群を選抜することで,課題をクリアすることができた.その結果,水野ら(10)10) S. Mizuno, S. Nishimura, K. Matuura, T. Gotou & N. Yamamoto: J. Dairy Sci., 87, 183 (2004).は,Aspergillus oryzae由来酵素群のなかから,最適な酵素を選択することで,VPPとIPPの生産効率を飛躍的に高めることに成功した.しかし,乳タンパク質であるカゼインを基質にして酵素反応を進めた場合,時間とともに,VPPとIPPの生産性が高まるが,やがて,両ペプチドの量は減少に転じることがわかり,このことは,この酵素には,両ペプチドの生産に有用な酵素とともに,両ペプチドを分解する酵素も混在することが示唆された.その後,両ペプチドを分解する酵素を除くことで,両ペプチドの生産性を理論収率にほぼ近いレベルにまで,高めることができた(図3図3■麹菌酵素によるカゼイン分解物中のVPPとIPP濃度の経時変化).

図3■麹菌酵素によるカゼイン分解物中のVPPとIPP濃度の経時変化

麹菌からのタンパク質分解酵素によりカゼイン分解をした場合の,VPPとIPPの経時的生産量(対理論収率),●:改良前の麹菌酵素での反応,○:VPPとIPPの分解酵素活性を除いた改良酵素での反応.

6. 酵素法素材の開発

酵素法によるVPPとIPPの効率的生産技術を確立し,関連技術の特許出願の後,スケールアップを行い,安定的生産技術を確立した.特に,乳原料の安価入手や大規模の酵素処理,酵素処理液の濃縮,大量粉末化処理などの工程を効率よく連続的に実施するため海外での大量生産を検討した.工業的レベルでのスケールアップにより,数十トンレベルでのカゼイン分解物からの安価生産が可能となり,さまざまな商品への利用の可能性を高めた.たとえば,本原料を活用することで国内においては発酵乳を用いない果汁ベースの飲料にペプチドを添加した特定保健用食品の許可を取得し,「アミールS毎朝野菜」として発売した.また,飲料以外の製品形態の開発が可能となった.酵素法による粉末素材については,BtoB事業において大手国内外食品メーカーへの原料販売が可能となり,欧米各国やアジア諸国における原料販売事業への展開にまで至っている.また,これらの関連技術開発により蓄積された機能性成分の物質特許,用途特許,製造特許など国内外に出願することで,原料供給および特許ライセンスでの事業基盤構築に結びつけた.

7. 作用メカ二ズムの解析

VPPとIPPは,血圧上昇にかかわるアンジオテンシン変換酵素(ACE)を阻害する活性を有するトリペプチドとして,L. helveticus発酵乳から精製,同定が行われた(2)2) N. Nakamura, N. Yamamoto, K. Sakai, A. Okubo, S. Yamazaki & T. Takano: J. Dairy Sci., 78, 777 (1995)..そのACE阻害活性はIC50値(酵素活性を50%阻害するペプチド濃度)としてそれぞれ9 µMと5 µMであり,報告されているペプチドのなかでACE阻害活性は高いものであった(2)2) N. Nakamura, N. Yamamoto, K. Sakai, A. Okubo, S. Yamazaki & T. Takano: J. Dairy Sci., 78, 777 (1995)..したがって,VPPとIPPは生体内において,ACE阻害作用を示すことで,血圧を下げるものと推測されていた.しかしながら,ACE阻害ペプチドとして開発された血圧降下ペプチドにおいて,生体内での作用メカニズムを明解に説明しているものはほとんどないのが現状であった.

一方,VPPとIPPを含む酵素法素材(カゼインの酵素分解物)が開発されて,素材としてのBtoBビジネスを展開する際には,ユーザーからのさまざまなメカニズムに関する質問が多発する.特に,海外の専門医からは,医薬品であるACE剤との作用の違いに関する質問が多く,返答に窮することがあった.たとえば,ACE阻害作用であれば短時間で血圧降下作用があるはずであるが,どうしてACE阻害ペプチドは,単回投与で効果がでないのか? 同時に,継続的摂取でのみ効果が得られることの理由は何か? そもそも,体内動態からの説明性はどうなっているのか? 生体内のACE阻害作用を説明できる根拠は何か? など,国内では,特定保健用食品であってもあまり受けないようなより専門的な質問を受けることになった.

そこで,これらのユーザーや専門家に対しての説明をするために,まずは体内動態の解析から検討を行った.しかし,経口摂取されたペプチドは通常アミノ酸の供給源として考えられているためか,その定量的分析が困難であるためか,特定のペプチドの体内動態を評価している報告例はほとんどなかった.そこで,ラジオアイソトープ標識したVPPとIPPを用いての動態解析を行ったが,未分解ペプチドと分解物の識別が容易ではなく,ペプチド動態解析にRI標識ペプチドの利用は不向きであることがわかった.また,高感度LC-MS/MSでの定量分析を検討したが,当初,低濃度であったため,血中や組織中に投与ペプチドを検出することができなかった.

一方,組織のホモゲナイズ液にVPPやIPPを添加した場合に,短時間でペプチドが分解されることから,組織内のペプチドを抽出する際に,即座にプロテアーゼの分解を受けペプチドの検出ができなくなっているのではないか? との仮説を立て,川口ら(10)10) S. Mizuno, S. Nishimura, K. Matuura, T. Gotou & N. Yamamoto: J. Dairy Sci., 87, 183 (2004).は,タンパク質変性剤を用いて抽出条件を探索したことで,組織からのペプチドの回収,定量に成功した.その結果,肺および動脈にその酵素活性阻害に十分な濃度のVPP, IPPが蓄積されることを示した(図4図4■VPPとIPPを経口投与したラットの各種組織中の両ペプチドの濃度(10)).さらに,蛍光標識した両ペプチドを用いた組織染色により,VPPとIPPが動脈中の血圧調節に重要な役割を果たす血管内皮細胞内に,より高い濃度で濃縮されていることが明らかになった(11)11) K. Kawaguchi, T. Nakamura, J. Kamiie, T. Takahashi & N. Yamamoto: Biosci. Biotechnol. Biochem., 76, 1792 (2012).図5図5■自然発症高血圧ラットの動脈血管へのCy3標識VPPとIPPの取り込み(10)).さらにまた,動脈内の遺伝子変動の解析から医薬品ACE阻害剤に報告されているように,VPPとIPPの経口投与により,ACE阻害作用が動脈細胞内で起こっていること示す結果を得た(12)12) N. Yamaguchi, K. Kawaguchi & N. Yamamoto: Eur. J. Pharmacol., 620, 71 (2009)..これらのことから,VPPとIPPは,経口投与により少量ながらも消化管から吸収されて血中に移行し血管内皮細胞に蓄積することから,継続的な摂取によりその濃度が高まり,組織のACE阻害作用を示すことで,マイルドな血圧降下作用を示すことが推測された.このことは,医薬品との大きな違いであり,VPPとIPPが食品ならではの穏やかな血圧降下作用を示している可能性があることが示された.

図4■VPPとIPPを経口投与したラットの各種組織中の両ペプチドの濃度(10)

VPPとIPPを自然発症高血圧ラットに各100 mg/kg投与し,1時間後の各組織中のVPP濃度(□)とIPP濃度(■)を測定して,示した.各組織中の定量値と血清中の定量値をWilcoxon解析により比較し,* p<0.05,#p<0.01として示した.図中の矢印は,IC50値に相当する濃度を示す.

図5■自然発症高血圧ラットの動脈血管へのCy3標識VPPとIPPの取り込み(10)

それぞれCy3標識したVPPとIPPを自然発症高血圧ラットから摘出した腹部大動脈への取り込みを行い,切片化して顕微鏡下で観察(AとD),同じ切片を血管内皮細胞をvWF染色したもの(BとE),また,Cy3由来の蛍光を蛍光顕微鏡下で検出した結果(CとF),一方,D,E,Fは100倍濃度の非標識ペプチドを共存させて取り込みを行ったもの(点線内結果).

また,組織抽出液にさまざまなペプチドを添加した場合,VPPやIPPのように,Pro-Pro配列をもたないペプチドでは,極めて短時間に分解が進むことが示され,XPP配列のペプチドのペプチダーゼ分解抵抗性の重要性が示された.

今後の課題と可能性

本検討で,血圧降下ペプチドに関する作用メカニズム解析から,生体内で生理的効果を示すことの可能性の一端を明らかにすることができた.特に,Pro配列が連続するペプチドは,生体内での分解抵抗性が高く,VPPやIPP以外にもさまざまな生理効果が期待できる可能性がある.

一方,いったん蓄積したペプチドのその後の消長や,ほかの食事成分の影響解析などは今後の課題である.また,VPPとIPPの血管内皮細胞への取り込みに関連する因子や,細胞における存在様式やその後の機能発現に至るプロセス解析なども今後の課題である.

このように,未解明な点もいまだ多くあるものの,これらの開発を通して,機能性成分の乳酸菌発酵乳からの発見から,生産性向上への乳酸菌代謝解析,食品由来酵素での製法開発,それらの素材を用いての臨床例蓄積,専門家への納得性の高いメカニズム説明へと,一連の基盤技術を強化・拡大することができた.

一方,多くの症例研究により実証されたVPPとIPPの血圧降下作用に加えて,同ペプチドの血管内皮機能改善効果(13)13) T. Hirota, A. Nonaka, A. Matsushita, N. Uchida, K. Ohki, M. Asakura & M. Kitakaze: Heart Vessels, 26, 549 (2011).,血管柔軟性の改善効果(14)14) T. Nakamura, J. Mizutani, K. Ohki, K. Yamada, N. Yamamoto, M. Takeshi & K. Takazawa: Atherosclerosis, 219, 298 (2011).など,血管機能の改善に対するさまざまな有用性が最近実証されつつあり,将来的な動脈硬化や循環器障害などの予防に向けての食品成分としての期待がもてる.

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