巻頭言

アルツハイマー型認知症は,生活習慣病?

Hirotoshi Hayasawa

早澤 宏紀

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Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry ◇ Gakkai Center Building 2F, 2-4-16 Yayoi, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0032, Japan

Published: 2015-09-20

2012年に462万人とされるわが国の認知症患者が,2025年には700万人に増加するとの推計を踏まえ,政府は本年1月,認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)を策定した.本プランの基本的な考え方は,「認知症の人の意思が尊重され,できる限り住み慣れた地域の良い環境で自分らしく暮らし続けることができる社会の実現を目指す」となっている.

認知症を発症すると,人間の尊厳を失った状態で生きることを余儀なくされる可能性が高く,無償の介護に多大な時間を取られる家族や友人の生産性は著しく低下することになる.さらに,患者数の著増により治療・介護に要する費用は膨大なものとなり,国家財政を圧迫すること間違いなしの状況なのである.この点は,わが国のみならず米国をはじめとする先進各国に共通の課題であり,2013年12月にロンドンで開催されたG8認知症サミットにおいて「2025年までに認知症の治療法もしくは緩和療法の確立を」との声明が採択され,この目標達成に向けて世界認知症評議会が設立され,具体的な活動が開始されている.

農芸化学に携わる多くの研究者のなかから,自分の将来あるいは家族・友人のため,そして人類の将来のために,この問題の根本的な解決に取り組む勇士が出現することを期待して,筆を執った次第である.かく言う筆者は,食品企業で“ヒト”の健康に資する食品・食品成分の研究開発に携わってきた経験から,この問題を座視することなく,何らかの形で取り組むことができないかと思案している者である.

認知症には,いくつかのタイプがあるが,全体の60~70%を占め,増加の一途をたどるアルツハイマー型認知症が特に問題となる.アルツハイマー型認知症の主因は,脳組織におけるアミロイドβタンパク質の沈着にあるとし,それを早期発見・縮小・除去することによって,発症予防,症状の進行を遅延させる方向で取り組みが具体化している.加えて,最近では,運動や睡眠が症状の改善・進行予防に有効とされ,多面的な取り組みが行われている.さらに,糖尿病や高血圧・動脈硬化などによる血管病変を治療することによって,症状の進行を遅延させる効果のあることも明らかにされてきた.しかし,これらは,あくまでも対症療法的であって,根本的治療戦略とはなりえないとの見方も生まれつつある.

筆者は,アルツハイマー型認知症を生活習慣病に位置づけ,食習慣を柱とする生活習慣の管理を通じて一次予防することが,抜本的な対策の構築につながるのではないかと推論している.アルツハイマー型認知症では,脳の高次機能を司る神経細胞が変性・死滅し,その数が減少するために,脳が委縮して発症に至るとされている.大脳皮質を構成する神経細胞の細胞膜には,多価不飽和脂肪酸(LCPUFA)が他の組織に比較して明らかに高濃度に存在していることから,食事由来のLCPUFA供給量が不足し続けると,神経細胞自体がダメージを受けて死滅し,脳の委縮が進行すると推定される.ただ,食品中には,この委縮に促進的あるいは抑制的に作用する成分が存在するはずで,それらの相互作用を精細に解析することも必要となろう.これに加えて,生活習慣病予防協会が推奨する,一無(無煙・禁煙の勧め),二少(少食・少酒の勧め),三多(多動・多休・多接の勧め)の生活管理を実践することは言わずもがなである.

農芸化学の叡智を集結して,アルツハイマー型認知症の予防対策に取り組み,本誌52巻11号の巻頭言(小鹿 一)に掲載された,農芸化学がカバーする領域は「生命・食糧・環境」の三つのキーワードに集約され,「農芸は世界を助く?」との期待に応えたいものである.