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植物二次代謝産物の多面的な生物活性ベンゾキサジノイド化合物を介した生物機能

Kosumi Yamada

山田 小須弥

筑波大学生命環境系 ◇ 〒305-8572 茨城県つくば市天王台一丁目1番1号

Faculty of Life and Environmental Sciences, University of Tsukuba ◇ 1-1-1 Tennodai, Tsukuba-shi, Ibaraki 305-8572, Japan

Published: 2015-09-20

植物が作り出すさまざまな低分子化合物は染料,香料,医薬品などに利用され,われわれの生活の中で不可欠なものとなっている.その多くは直接的には植物の生命維持に不必要な二次代謝産物であるが,植物は実に多様な二次代謝産物を体内に蓄積している.その数およそ数万種が知られており,植物界に普遍的なものよりも種特異的なものが多い.これら二次代謝産物の多くは機能未知で老廃物というイメージが強いが,最近の研究から植物の環境応答に役立っていることがわかってきた.生物の中でもとりわけ植物は動物のように移動できないため,その場の環境に適応してほかの種・個体と防衛的,攻撃的,あるいは友好的コミュニケーションを図りながら身を守り,種を繁栄させてきた.この生物機能は植物が長い進化の過程で獲得したものであり,ここでは化学物質が重要な情報伝達の手段として機能している.本稿ではトウモロコシなどのイネ科植物に含まれるベンゾキサジノイド(BX)化合物(DIMBOAおよびMBOA,図1図1■ベンゾキサジノイド化合物(DIMBOA)の生成メカニズム)という二次代謝産物にスポットを当て,厳しい生存競争を勝ち抜くために植物(とりわけ幼植物体)がBX化合物を介した生物機能をどのように構築し,利用しているのかを紹介したい.

図1■ベンゾキサジノイド化合物(DIMBOA)の生成メカニズム

BX化合物は通常植物体内では配糖体(DIMBOA-glc)として存在しているが,外部刺激によって活性化された加水分解酵素によりアグリコン(DIMBOA)が切り出される.DIMBOAはさらにMBOAまで代謝される.BX化合物はほかにもインドールからの生合成経路が知られている.DIMBOA: 2,4-dihydroxy-7-methoxy-1,4-benzoxazin-3-one; MBOA: 6-methoxy-2-benzoxazolinone.

化学物質を介した植物のコミュニケーションの相手としては,周囲の微生物,動物(昆虫)あるいは植物が挙げられる.この植物を中心とした生物間コミュニケーションを他感作用(アレロパシー),そして作用物質を他感物質(アレロケミカル)と呼んでいる(1)1) 藤井義晴:“最新 植物生理化学”,長谷川宏司,広瀬克利編,大学教育出版,2011, p. 134..植物体からのアレロケミカルの放出経路としては根からの分泌,降雨による葉(落ち葉を含む)からの溶脱,あるいは葉・花などからの揮発があり,なかでも根からの分泌経路は主要なものの一つである.アレロケミカルは主に二次代謝産物であることから,これまで植物にとっての存在意義があまり明確ではなかった.しかし,近年の報告で外来植物が侵入先でテリトリーを広げるためにアレロケミカルを巧みに利用していることがフィールド調査ならびに生理化学的な実験により証明され,アレロパシーの生物学的重要性が認識されつつある(2)2) R. M. Callaway & E. T. Aschehoug: Science, 290, 521 (2000)..トウモロコシではBX化合物が根から分泌されるアレロケミカルとして機能している(1)1) 藤井義晴:“最新 植物生理化学”,長谷川宏司,広瀬克利編,大学教育出版,2011, p. 134..また,BX化合物は周りの影響を受けやすい幼植物体の地上部および根に特に多く含まれていることが知られている(3)3) V. Cambier, T. Hance & E. de Hoffmann: Phytochemistry, 53, 223 (2000)..さらに興味深いことに,近年新たなBX化合物の生物活性が発見された.トウモロコシ幼植物体の根分泌物に根圏土壌に生息する拮抗菌(Pseudomonas putida)を誘引する化学誘引物質(ケモアトラクタント)が含まれるという報告がなされた(4)4) A. L. Neal, S. Ahmad, R. Gordon-Weeks & J. Ton: PLoS ONE, 7, e35498 (2012)..その後,その作用物質がBX化合物のDIMBOAであることが明らかになった.拮抗菌は植物に対し,植物病原微生物の感染を抑制するバイオコントロール能や植物成長促進作用を有することから,特に生物農薬としての利用が期待されている.つまり,トウモロコシの根から分泌されるBX化合物には自身のテリトリーの防御を目的としたアレロケミカルとしての役割だけでなく,同時に拮抗菌のリクルート分子としての機能も担っている可能性が示唆された.また,アレロパシーやケモアトラクタントとしての働き以外ですでに知られているBX化合物の生理作用として,病原性微生物の侵入あるいは多様な植食者による摂食の危険性から身を守るため植物自らが産生するファイトアレキシン(5)5) H. M. Niemeyer: Phytochemisty, 27, 3349 (1988).(抗菌・忌避作用などの生物活性を有する防御物質),青色光刺激による応答である光屈性(幼植物体地上部の反応)の初期応答時に光刺激側組織で観察される成長抑制(この因子を光屈性制御物質と呼んでいる)などが挙げられる(6~8)6) R. Jabeen, K. Yamada, H. Shigemori, T. Hasegawa, M. Hara, T. Kuboi & K. Hasegawa: J. Plant Physiol., 163, 538 (2006).7) R. Jabeen, K. Yamada, H. Shigemori, T. Hasegawa, E. Minami & K. Hasegawa: Heterocycles, 71, 523 (2007).8) 長谷川 剛,Wai Wai Thet Tin: “最新 植物生理化学”,長谷川宏司,広瀬克利編,大学教育出版,2011, p. 51..いずれの場合も配糖体(不活性型)として皮層に近い細胞内に存在しているBX化合物が外部刺激を受けることで加水分解酵素(β-グルコシダーゼ)の作用により非糖成分であるアグリコンが切り出され,活性型になると考えられている.以上のように,トウモロコシの主要な二次代謝産物であるBX化合物は植物体内外の実に多様な生物機能に関与していることが明らかになりつつある(図2図2■トウモロコシ幼植物体におけるベンゾキサジノイド化合物を介した生物機能).植物ホルモンが植物体内のさまざまな生理現象を制御していることは一般によく知られているが,BX化合物のように土壌を介して周りの生物環境にまで影響を及ぼすものはあまり知られていない.今回紹介したBX化合物と同様,植物体内外での多面的な活性を有することで注目されている物質としてストリゴラクトンがある(9)9) P. B. Brewer, H. Koltai & C. A. Beveridge: Mol. Plant, 6, 18 (2013)..この化合物は植物界に普遍的に存在しており,植物ホルモンの一つとして紹介されている場合もあるためBX化合物とは一概に比較できないが,主な作用を紹介すると,1)根から分泌されて根寄生雑草の種子発芽を刺激する(促進的アレロパシー),2)主にリンを植物側に供給してくれる共生菌(AM菌)の菌糸分岐を誘導する(共生シグナル),3)植物の枝分かれや根の分化を制御する(内生の植物制御因子),といった多岐にわたる機能にかかわっており,応用利用を視野に入れた研究が現在活発に進められている(10)10) Y. Kapulnik & H. Koltai: Plant Physiol., 166, 560 (2014).

図2■トウモロコシ幼植物体におけるベンゾキサジノイド化合物を介した生物機能

BX化合物は植物体外の環境中に分泌されてアレロケミカルおよびケモアトラクタントとして,また植物体内ではファイトアレキシンおよび光屈性制御物質として機能している.なお,ケモアトラクタントとしての機能はDIMBOAのみで報告されている.

一見無駄に作り出されているように思われる二次代謝産物が,実は生物の生存戦略に不可欠な数々の生物機能の一翼を担っているのかもしれない.植物由来の二次代謝産物はわれわれ研究者が驚かされるような新たな生物機能の発見の宝庫であり,そこで得られた知見は二次代謝物産生の生物学的意義を改めて見直すとともに,農作物の増産や農作物への高付加価値の付与,あるいは環境低付加型農業の開発などに大いに貢献するものと期待される.

Reference

1) 藤井義晴:“最新 植物生理化学”,長谷川宏司,広瀬克利編,大学教育出版,2011, p. 134.

2) R. M. Callaway & E. T. Aschehoug: Science, 290, 521 (2000).

3) V. Cambier, T. Hance & E. de Hoffmann: Phytochemistry, 53, 223 (2000).

4) A. L. Neal, S. Ahmad, R. Gordon-Weeks & J. Ton: PLoS ONE, 7, e35498 (2012).

5) H. M. Niemeyer: Phytochemisty, 27, 3349 (1988).

6) R. Jabeen, K. Yamada, H. Shigemori, T. Hasegawa, M. Hara, T. Kuboi & K. Hasegawa: J. Plant Physiol., 163, 538 (2006).

7) R. Jabeen, K. Yamada, H. Shigemori, T. Hasegawa, E. Minami & K. Hasegawa: Heterocycles, 71, 523 (2007).

8) 長谷川 剛,Wai Wai Thet Tin: “最新 植物生理化学”,長谷川宏司,広瀬克利編,大学教育出版,2011, p. 51.

9) P. B. Brewer, H. Koltai & C. A. Beveridge: Mol. Plant, 6, 18 (2013).

10) Y. Kapulnik & H. Koltai: Plant Physiol., 166, 560 (2014).