Kagaku to Seibutsu 53(10): 651-653 (2015)
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メタゲノムからの産業用酵素の探索技術―S-GAM法による酵素遺伝子の効率的単離とその応用
Published: 2015-09-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
メタゲノミクスは,土壌などの環境サンプルから直接的に分離されたゲノムDNA(メタゲノム)を扱う研究分野である.現在,地球上に生息する微生物の99%以上は単独では培養できない菌種であると推定されており,メタゲノム解析は環境中に存在する膨大な数の未知の遺伝子や微生物を解明する手段として期待されている(1,2)1) 服部正平監修:メタゲノム解析技術の最前線,シーエムシー出版,2010.2) E. P. Culligan, R. D. Sleator, J. R. Marchesi & C. Hill: Virulence, 5, 399 (2014)..したがって,メタゲノミクスは,主に腸内細菌叢や海水中の微生物群などの調査を行うために用いられることが多いが,産業利用の点からは未知の酵素遺伝子や新しい抗生物質などを合成する遺伝子群が注目されている(3,4)3) 松永 是,竹山春子監修:マリンメタゲノムの有効利用,シーエムシー出版,2009.4) P. Lorenz & J. Eck: Nature, 3, 510 (2005)..特に,新規酵素遺伝子や既知酵素のホモログ遺伝子を取得する技術としては極めて有力な探索技術と言えよう.
一般的にメタゲノムからターゲット遺伝子を分離する方法には大まかに2種類が知られている.第一の手法は土壌などの試料からメタゲノムを分離し,これをコスミド系またはBACなどのベクターに比較的長鎖のDNAとしてランダムにクローニングし,分離されたDNA配列を網羅的に解析するものである.こうして得られたDNAデータベースに対して,目的遺伝子配列を改めて探索し,その後,目的酵素遺伝子の発現解析を行う方法である.近年のDNA配列分析技術の進歩と相まって,手間はかかるものの確実な方法である.現在,ターゲット遺伝子を取得する方法としてのデータベース探索(ゲノムマイニング)は酵素遺伝子探索の定法となっているが,本法はインハウスのデータベースをメタゲノムから作成する過程が必要となり,相当の負担となる.また,そこまで行わないとして,作成したBACライブラリーなどをターゲット遺伝子に対して作成したプライマーやプローブを用いて,それぞれコロニーPCRやハイブリダイゼーション法でスクリーニングする方法も行われている(2,5)2) E. P. Culligan, R. D. Sleator, J. R. Marchesi & C. Hill: Virulence, 5, 399 (2014).5) F. Lefevre, C. Jarrin, A. Ginolhac, D. Auriol & R. Nalin: Biocat. Biotrans., 25, 242 (2007)..これらは遺伝子の配列に依存した探索方法(sequence-based screening)と言える.第二の手法は,酵素の活性など機能をもとにした探索法(function/activity-based screening)であり,制限酵素処理したメタゲノムを何らかの発現ベクターに連結し,プレート上で活性などを検出して目的酵素を探す方法である.ただし,機能をもとにした探索法の場合,E. coliなどにおいて目的酵素遺伝子が発現しない,または活性が微弱なために,一般にそのスクリーニング効率は低下する.表1表1■各種メタゲノムからの活性検出法による酵素遺伝子ヒット率(5, 6)に,一般的なメタゲノムからのターゲット遺伝子の探索効率(活性による探索)を示すが,だいたい0.0003~0.2%程度である(4~6)4) P. Lorenz & J. Eck: Nature, 3, 510 (2005).5) F. Lefevre, C. Jarrin, A. Ginolhac, D. Auriol & R. Nalin: Biocat. Biotrans., 25, 242 (2007).6) T. Uchiyama & K. Miyazaki: Curr. Opin. Biotechnol., 20, 616 (2009)..メタゲノムからの酵素遺伝子の単離法は各種考案されてはいるものの,この表のデータのように,その分離効率はかなり低いと言わざるをえない.一方,平成16年の文科省通達により,使用するメタゲノムが一般土壌由来のメタゲノムのように,その安全性が100%担保できない場合でも認定宿主ベクター系を構成する宿主の実験分類はクラス1に分類されており,メタゲノム関連の実験はおおむねP1レベルで対応できるようになっている(3)3) 松永 是,竹山春子監修:マリンメタゲノムの有効利用,シーエムシー出版,2009.(http://www.lifescience.mext.go.jp/bioethics/data/anzen/position_10.pdf参照).
メタゲノムの由来 | ベクター/宿主 | 酵素 | ヒット率(%)* |
---|---|---|---|
海水/土壌 | プラスミド/E. coli | キチナーゼ,セルラーゼ | 0.15 |
グリセロールデヒドラターゼ | 0.0003 | ||
アルコール脱水素酵素 | 0.006 | ||
BAC/E. coli | リパーゼ/アミラーゼ | 0.05/0.2 | |
Cosmid/E. coli | アガラーゼ/リパーゼ | 0.26/0.07 | |
ヒト腸内微生物叢 | E. coli | エステラーゼ/プロテアーゼ/アルコール脱水素酵素 | 0.2/1.2/0.4 |
堆肥 | プラスミド/E. coli | エステラーゼ/ホスファターゼ/ジオキシゲナーゼ | 0.07/0.11/0.006 |
* 活性が認められたクローン数÷スクリーニングに供したクローン数×100(%).ヒット率については,megabases(Mb)当たりのポジティブクローン数で表現される場合もある. |
筆者のグループでは,ターゲット酵素遺伝子をもっと効率的に取得する方法として,screening of gene-specific amplicons from metagenomes(S-GAM法)と命名したPCRを基本技術としたメタゲノムからの効率的な酵素遺伝子ライブラリー構築技術を考案し(図1図1■S-GAM法の概略),S-GAM法をメタゲノムからの汎用的な有用酵素遺伝子単離技術として展開している(7,8)7) 伊藤伸哉ほか:特許公開2014-168387.8) N. Itoh, S. Kariya & J. Kurokawa: Appl. Environ. Microbiol., 80, 6280 (2014)..その結果,実用レベルに供しうる各種有用生体触媒の創製に成功している.本法は,以前から報告されている遺伝子のカセットクローニング法(9)9) A. Okuta, K. Ohnishi & S. Harayama: Gene, 212, 221 (1998).を原理としているが,酵素活性が容易に検出できるようにさまざまな工夫を凝らしている.
本法の概略はシンプルさと効率を重視し,以下の手順を踏む:①特殊環境も含む各種メタゲノムを調製し,これを直接鋳型DNAとしてPCRを行う.②PCRプライマー(GAM-プライマー)設計は,アライメントを参考にその保存領域を使用するが,In-Fusion法(http://catalog.takara-bio.co.jp/PDFS/200805_26.pdf)でもとになる遺伝子とN-/C-末端領域で融合させることから,あらかじめ15塩基の相同領域を付加した25~30 bpの縮重プライマーを使用する.また,なるべくN-/C-末端領域の保存領域を利用する.③In-Fusion法で融合するベクター遺伝子は,ターゲット類縁酵素でその発現が最適化されているものを直鎖状にして使用する.④得られたE. coliなどのライブラリーを簡便な酵素活性でスクリーニングする.⑤得られた酵素遺伝子はすべてN-/C-末端領域でキメラとなり,必要に応じてその配列を解析する.特に本法で特徴的なものは②と③であり,サブクローニング・発現などの手間のかかる工程をスキップできる.
具体例として,キラルアルコールの合成に有用な還元酵素であるLeifsonia sp. S749由来アルコール脱水素酵素(LSADH; short-chain dehydrogenase/reductase family)にS-GAM法を適用した例を示す(8)8) N. Itoh, S. Kariya & J. Kurokawa: Appl. Environ. Microbiol., 80, 6280 (2014)..この場合,メタゲノムの由来を一般土壌から高温で発酵しているバーク(樹皮)堆肥に変更することにより,LSADHのホモログに加え,さまざまな新規adh遺伝子(LSADHに対する相同性が73~75%,50~63%,36~44%,17%以下,Hladhと命名)を効率的に多数取得することができた(表2表2■メタゲノムから得られたHladh遺伝子のBLASTP分析(8)).釣りで言えば入れ食い状態だろうか.分析した約2,000クローン中,その60%がADHポジティブであった(表3表3■メタゲノムから得られたHladh遺伝子の解析結果(8)).原理的に重複遺伝子は認められるもののそのなかの40種のHLADHについて,酵素化学的な性質の解析を行った結果,極性有機溶媒中で高い活性を有する酵素,基質特異性が明らかにLSADHと異なる酵素など多様な機能を示す優れた酵素が取得でき,当該酵素ライブラリーが光学活性アルコール生産用酵素触媒のスクリーニングに極めて有用であることが明らかとなった.特にHLADH-021酵素(LSADHとの相同性は55%)は各種ケトンの不斉還元反応に最適であり,LSADHを比活性,基質特異性などで凌駕した.この結果は,S-GAM法を上手く使えば,簡単にターゲット遺伝子の多様なライブラリーが得られることを示している.筆者は,通常の進化分子工学的手法による酵素改良の有用性(10)10) 伏見譲監修:進化分子工学,NTS, 2013.を十分に認識しているが,S-GAM法ではこうした手法よりもときにはるかに高効率で多様性に富むライブラリーが得られる.一般的に,酵素特許のクレームでは相同性90%以上が認められる範囲である.メタゲノム由来の酵素遺伝子の多様性は,広範な特許を取得する際に明らかに有利な材料となる.
クローン番号 | 既知登録酵素 | 既知登録酵素との相同性*(アミノ酸)(%) | LSADHとの相同性*(アミノ酸)(%) |
---|---|---|---|
001–011 | Short chain alcohol dehydrogenase (Leifsonia sp. S749) | 98–99 | 98–99 |
014–016 | Short chain alcohol dehydrogenase (Leifsonia sp. S749) | 73–75 | 73–75 |
012 | 2,5-Dichloro-2,5-cyclohexadiene-1,4-diol dehydrogenase (Paenibacillus sp. HGF7) | 52 | 52 |
013 | SDR (Truepera radiovictrix DSM 17093) | 55–64 | 55–63 |
017–019 | |||
021–022 | |||
034–038 | |||
020 | SDR (Pedobacter sp. BAL39) | 55 | 55 |
023 | Oxidoreductase, SDR family protein (deltaproteobacterium NaphS2) | 49 | 50 |
024, 025 | SDR (Chelativorans sp. BNC1) | 51–52 | 50–52 |
026 | Putative oxidoreductase, SDR family (Variovorax paradoxus B4) | 55 | 40 |
027–030 | SDR (Sphaerobacter thermophilus DSM 20745) | 91–96 | 44 |
031 | SDR (Desulfatibacillum alkenivorans AK-01) | 57 | 36 |
032 | SDR (Thermobaculum terrenum ATCC BAA-798) | 53 | 43 |
033, 039, 040 | Molybdopterin molybdochelatase (Desulfomonile tiedjei DSM 6799) | 48 | 8–17 |
* LSADHのN-/C-末端相同領域を除いた配列について算出. |
メタゲノムの由来(サンプル数) | 解析した遺伝子数*/コロニー数 | lsadhと異なる遺伝子数/重複した遺伝子数 |
---|---|---|
土壌(12) | 27/185 | 4/23 |
農業系堆肥(3) | 34/495 | 7/27 |
発酵中バーク堆肥(5) | 162/1338 | 29/133 |
合計(20) | 223/2018** | 40/183 |
* 活性を有するものから任意に解析,** 1,200コロニーでADH活性を確認. |
同様に,Rhodococcous sp. ST-10由来スチレンモノオキシゲナーゼ(RhSMO)(11)11) H. Toda, T. Ohuchi, R. Imae & N. Itoh: Appl. Environ. Microbiol., 81, 1919 (2015).についてS-GAM法を一部改良して適用したところ,土壌メタゲノムより多くの新規smo遺伝子(相同性が50~99%,Hsmoと命名)を効率的に取得することができ,現在得られた類縁酵素を各種酸化反応のスクリーニングに使用している.もちろん,新規な酵素遺伝子が増幅されないケースも認められているが,S-GAM法は汎用性の高いメタゲノムからの酵素遺伝子探索技術だと考えている.現在,同法の改良についても継続的に研究を行っており,多くの企業との共同研究を推進したいと考えている.また,メタゲノム由来酵素の配列情報は酵素のタンパク質工学的改良にも利用できることから,今後産業用酵素の開発技術として大いに期待できるのではないだろうか.
Reference
1) 服部正平監修:メタゲノム解析技術の最前線,シーエムシー出版,2010.
2) E. P. Culligan, R. D. Sleator, J. R. Marchesi & C. Hill: Virulence, 5, 399 (2014).
3) 松永 是,竹山春子監修:マリンメタゲノムの有効利用,シーエムシー出版,2009.
4) P. Lorenz & J. Eck: Nature, 3, 510 (2005).
5) F. Lefevre, C. Jarrin, A. Ginolhac, D. Auriol & R. Nalin: Biocat. Biotrans., 25, 242 (2007).
6) T. Uchiyama & K. Miyazaki: Curr. Opin. Biotechnol., 20, 616 (2009).
7) 伊藤伸哉ほか:特許公開2014-168387.
8) N. Itoh, S. Kariya & J. Kurokawa: Appl. Environ. Microbiol., 80, 6280 (2014).
9) A. Okuta, K. Ohnishi & S. Harayama: Gene, 212, 221 (1998).
10) 伏見譲監修:進化分子工学,NTS, 2013.
11) H. Toda, T. Ohuchi, R. Imae & N. Itoh: Appl. Environ. Microbiol., 81, 1919 (2015).