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Heat Shock Protein 70(HSP70)によるNF-κBシグナルの不活性化機構シャペロン分子HSP70が炎症反応を負に制御する分子メカニズム

Takashi Tanaka

田中 貴志

国立研究開発法人理化学研究所統合生命医科学研究センター恒常性医科学研究部門炎症制御研究チーム ◇ 〒230-0045 神奈川県横浜市鶴見区末広町一丁目7番22号

Laboratory for Inflammatory Regulation, Core for Homeostatic Regulation, Center for Integrative Medical Sciences, RIKEN ◇ 1-7-22 Suehiro-cho, Tsurumi-ku, Yokohama-shi, Kanagawa 230-0045, Japan

Published: 2015-09-20

細菌やウイルスなどの外来病原微生物の侵入に対し最初に応答するのは,樹状細胞およびマクロファージなどの自然免疫担当細胞である.これらの細胞は,細胞表面のToll様受容体によって細菌やウイルスの菌体成分を認識する.そして,このToll様受容体からのシグナルは,細胞内に伝達され,最終的に転写因子NF-κBを活性化する.活性化されたNF-κBは細胞質から核内に移行し,炎症性サイトカインなどのさまざまな免疫応答遺伝子の発現を誘導することにより,一連の炎症反応を惹起する(図1図1■PDLIM2の構造およびHSP70によるNF-κBシグナルの負の制御の分子機構).この炎症反応は感染早期の病原菌の排除に極めて重要な役割を担っている.ところが,この炎症反応が何らかの原因で過剰かつ無制限に起こると,自己免疫疾患や慢性炎症性疾患を引き起こすことになる(1)1) P. K. Gregersen & L. M. Olsson: Annu. Rev. Immunol., 27, 363 (2009)..このことは,適切な免疫応答のためには,免疫系を効率的に活性化させるシステムだけでなく,免疫反応を適当な時点で終息させるような負の調節機構が重要であることを示している.

図1■PDLIM2の構造およびHSP70によるNF-κBシグナルの負の制御の分子機構

転写因子NF-κBは,上述のように炎症反応を開始する際の要となるシグナル伝達分子であり,このNF-κBの活性化のON/OFFをうまく制御することが,適切な炎症反応の進行に重要であると考えられる.最近私たちはこの炎症反応の負の制御を担う因子の一つとしてPDLIM2というタンパク質を同定した.PDLIM2はN末端部にPDZドメインを,C末端部にLIMドメインを有しており,LIMタンパク質ファミリーに属する核内タンパク質である.LIMドメインおよびPDZドメインは,それぞれ最初にこれらのドメイン構造が同定された3つのタンパク質(Lin-1,Isl-1,Mec-3およびPSD-95,Dlg,ZO-1)から命名されたドメインで,いずれもタンパク質–タンパク質相互作用に関与する.私たちは,PDLIM2がNF-κBに対する核内ユビキチンリガーゼとしてNF-κBを不活性化することを明らかにした(2)2) T. Tanaka, M. J. Grusby & T. Kaisho: Nat. Immunol., 8, 584 (2007)..ユビキチンリガーゼとは,標的となるタンパク質に,ユビキチンという小さなタンパク質を付加する活性をもつ分子のことで,ユビキチンが多数鎖状に結合した標的タンパク質は,プロテアソームというタンパク分解酵素により分解される.樹状細胞においてPDLIM2は,LIMドメインを介してNF-κBをユビキチン化するとともに,PDZドメインを介してNF-κBをPML nuclear bodyという核内の小分画へ輸送する.PML nuclear bodyは,タンパク質分解酵素複合体であるプロテアソームを多く含んでおり,ユビキチン化されたNF-κBは最終的に,このPML nuclear bodyにおいてプロテアソームによって分解されることにより不活性化される(図1図1■PDLIM2の構造およびHSP70によるNF-κBシグナルの負の制御の分子機構).これにより炎症反応は終息へと向かう(2)2) T. Tanaka, M. J. Grusby & T. Kaisho: Nat. Immunol., 8, 584 (2007).

以上の結果から,人為的にPDLIM2の活性を亢進させて炎症反応を抑制することができれば,新たな抗炎症薬の開発につながることが期待できる.しかしながら,これまでの研究においては,PDLIM2自体の活性が細胞内においてどのように制御されているのかに関しては不明であった.実際,PDLIM2の発現および細胞内局在は,Toll様受容体を介する刺激によっては変化しない.そこで,細胞内においてPDLIM2と結合してPDLIM2の活性を調節する因子を同定することを試みた.この過程で,私たちは,シャぺロン分子として知られている熱ショックタンパク質70(HSP70)がPDLIM2と結合しうることを見いだした.シャぺロン分子とは,新しく合成されたタンパク質のフォールディング(正しい立体構造をとるための折り畳み)や熱や化学物質などの環境からのストレスにより変性や凝集したタンパク質のリフォールディング(元の正常な構造に戻るための再折り畳み)を助ける一群のタンパク質のことである.ところが,もしこのようなフォールディングがうまくいかず,異常な構造をもつタンパク質が凝集して細胞内に蓄積してしまった場合には,細胞変性を引き起こしてしまう.実は,生体はフォールディングが不成功に終わったタンパク質を分解するシステムも備えており,HSP70はこのような異常タンパク質の分解・除去においても重要な役割を担っていることが明らかになっている.このようにフォールディングの成否を判定し,合成か分解かのタンパク質のその後の運命を決定するシステムのことを「タンパク質の品質管理機構」という(3)3) I. Amm, T. Sommer & D. H. Wolf: Biochim. Biophys. Acta, 1843, 182 (2013)..さらにこのような機能に加えて,HSP70はNF-κBの活性化および炎症反応に抑制的に働くことが報告されている.実際HSP70を欠損したマウスにおいては,炎症性サイトカインの産生や敗血症性ショックなどの個体レベルでの炎症反応が亢進していた(4)4) K. D. Singleton & P. E. Wischmeyer: Am. J. Physiol. Lung Cell Mol. Physiol., 290, L956 (2006)..しかしながら,HSP70が炎症反応を抑制する分子メカニズムはこれまで不明であった.私たちは,炎症反応に対するこのようなHSP70の作用がPDLIM2と極めて類似していることから,HSP70がPDLIM2の活性にどのように作用するかを検討した.

HSP70をPDLIM2とともに細胞に強制発現させると,HSP70はPDLIM2によるNF-κBの分解を促進するとともにNF-κBの転写活性を著明に抑制した.一方,siRNAを用いてHSP70を細胞レベルでノックダウンすると,PDLIM2によるNF-κBの分解が傷害された.このことから,PDLIM2がNF-κBを分解するためには,HSP70の発現が必須であることが明らかになった.さらに,骨髄由来樹状細胞において,HSP70は非刺激の状態では細胞質内にのみ発現しているが,細胞をLipopolysaccharide(LPS)などのToll様受容体のリガンドで刺激すると,3~5時間でHSP70が核内に移行することが明らかになった.以上のことから,樹状細胞の活性化の初期には,核内にはHSP70は発現していないために,PDLIM2は働かないと考えられる.そして,細胞が活性化されて3~5時間後に核内においてHSP70の発現が誘導され,この時点で,PDLIM2はHSP70と共同してNF-κBを分解するように機能することが示唆された(5)5) T. Tanaka, A. Shibazaki, R. Ono & T. Kaisho: Sci. Signal, 7, ra119 (2014).

さらに,HSP70を欠損したマウスを用いて,HSP70の個体レベルでの炎症反応制御における役割を調べた.その結果,HSP70欠損マウスの樹状細胞においてはNF-κBの分解が妨げられ,正常マウスと比べてIL-6やIL-12などの炎症性サイトカインの産生が2~3倍増加していた.また,ヒトの自己免疫疾患であるサルコイドーシスの原因菌であることが示唆されているPropionibacterium acnesという細菌をマウスに投与すると,肝臓に過剰な免疫反応の一つの病態である炎症性肉芽腫が形成されるが,HSP70ノックアウトマウスにおいては,この炎症性肉芽腫が野生型マウスと比べて明らかに重症化していた.以上の結果から,HSP70は個体レベルにおいてもNF-κBの活性化による炎症反応を負に制御することが明らかになった(5)5) T. Tanaka, A. Shibazaki, R. Ono & T. Kaisho: Sci. Signal, 7, ra119 (2014).

前述のように,HSP70はタンパク質の品質管理機構においては,タンパク質の合成だけでなくその分解にも関与することが知られている.これは,NF-κBを分解することにより炎症反応を抑制するという私たちが明らかにしたHSP70の機能とよく合致する.しかしながら,これまでの報告では,HSP70が実際にどのようにしてタンパク質の分解に関与するかは不明であった.そこで私たちは,HSP70がNF-κBを分解に導く分子メカニズムを解明することを試みた.その結果,HSP70がPDLIM2およびNF-κBと結合するとともに,プロテアソーム結合タンパク質であるBAG1(6)6) S. Takayama & J. C. Reed: Nat. Cell Biol., 3, E237 (2001).と会合して,PDLIM2–NF-κB複合体のプロテアソームへの輸送を助けることによりNF-κBの分解不活性化を促進することが明らかになった(5)5) T. Tanaka, A. Shibazaki, R. Ono & T. Kaisho: Sci. Signal, 7, ra119 (2014).図1図1■PDLIM2の構造およびHSP70によるNF-κBシグナルの負の制御の分子機構).実際,siRNAを用いてBAG1をノックダウンした樹状細胞においては,コントロールの細胞と比べて,NF-κBの分解が妨げられるとともに炎症性サイトカインの産生が亢進していた.

以上の研究により,本来はシャペロン分子としてタンパク合成過程における正確なフォールディングを補助するか,あるいはミスフォールドしてしまったタンパク質を分解するかの選択を行う品質管理を担っているHSP70が,転写因子を積極的に分解することでシグナル伝達を負に制御するという新たな機能を有することが明らかになった.前述のように,タンパク質の品質管理機構においてHSP70がどのような分子機構でタンパク質の分解を誘導するのかについてはいまだ明らかになっていない.しかしながら,最近の報告では,BAG1および同じくBAGファミリーに属するBAG6がミスフォールドしたタンパク質の分解に関与することが示唆されている.よって,今回私たちが炎症抑制において見いだしたHSP70の作用機序は,より広くタンパク質の品質管理機構においても機能している可能性が考えられる.

今後,HSP70による炎症反応の負の制御機構をより詳細に調べ,HSP70の活性を制御する方法を見つけることができれば,自己免疫性疾患および慢性炎症性疾患の新たな治療法の開発につながることが期待できる.

Reference

1) P. K. Gregersen & L. M. Olsson: Annu. Rev. Immunol., 27, 363 (2009).

2) T. Tanaka, M. J. Grusby & T. Kaisho: Nat. Immunol., 8, 584 (2007).

3) I. Amm, T. Sommer & D. H. Wolf: Biochim. Biophys. Acta, 1843, 182 (2013).

4) K. D. Singleton & P. E. Wischmeyer: Am. J. Physiol. Lung Cell Mol. Physiol., 290, L956 (2006).

5) T. Tanaka, A. Shibazaki, R. Ono & T. Kaisho: Sci. Signal, 7, ra119 (2014).

6) S. Takayama & J. C. Reed: Nat. Cell Biol., 3, E237 (2001).