Kagaku to Seibutsu 53(10): 657-658 (2015)
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接触性皮膚炎におけるFc受容体γ鎖の役割―Ⅳ型過敏反応における液性免疫
Published: 2015-09-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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接触性皮膚炎は,T細胞を主体とした細胞性免疫反応によって発現してくる過敏反応として認識されてきたⅣ型(遅発型)過敏反応の典型的な疾患として広く認知されている炎症性免疫疾患の一つである.たとえば皮膚が特定の植物,ウルシに触れると,ウルシ成分中のウルシオールによって皮膚内の炎症細胞が感作され,免疫記憶が成立する.ウルシが再度皮膚と接触することにより免疫応答が活性化され,数時間から数十時間後に皮膚腫脹,紅班,接触部位の周囲組織の損傷が生じる.このようなウルシに対する応答は,過敏反応の誘発に皮膚とウルシとの直接的な接触が必須であることから,接触性皮膚炎の典型例であることがわかる.接触性皮膚炎を誘発する物質は,ウルシ科の植物以外にも,ゴム製品,香料,防腐剤,ニッケルやコバルトなどの金属類などは多岐にわたることが知られている(1)1) 布村 聡,羅 智靖:“免疫の事典”,朝倉書店,2011, p. 272..接触性皮膚炎発症のメカニズムは,ハプテンと呼ばれる化学物質をマウスやラットなどの実験動物の皮膚に塗布する実験系により明らかにされてきた.ハプテンは,それ自身では分子としては小さく抗原性をもたないが,表皮を通過して正常の生体タンパク質と強固に共有結合することで抗原性をもつようになる.たとえば,ジニトロクロロベンゼンを皮膚に塗布した場合,表皮細胞表面のタンパク質のリジンのNH2基に結合する(1)1) 布村 聡,羅 智靖:“免疫の事典”,朝倉書店,2011, p. 272..オキサゾロンと呼ばれるハプテンを用いた研究から接触性皮膚炎の発症にはT細胞による細胞性免疫反応だけではなく,抗体による液性免疫反応も重要な役割を担っている可能性が示唆されている(2)2) 布村 聡,小林麻衣子,照井 正,羅 智靖:臨床免疫・アレルギー科,52, 538 (2009)..たとえば,免疫記憶の成立における抗原提示細胞(皮膚樹状細胞)の所属リンパ節への遊走とオキサゾロン特異的T細胞の産生には,IgE(オキサゾロンに対して特異的でなくても構わない)と皮膚の真皮層に局在するマスト細胞の働きが重要な鍵を握っているとするモデルである(図1図1■ハプテンなどの接触アレルゲンによる経皮感作における液性免疫).
従来はハプテンとハプテン非特異的IgEがFcεRI–Fc受容体γ鎖を介してマスト細胞の活性化と免疫記憶の成立が促進されるとされていたが,IgE–FcεRI–Fc受容体γ鎖の経路は必ずしも免疫記憶の成立に必要ではなく,接触アレルゲンによるマスト細胞の直接的な活性化が重要である可能性が考えられる.
筆者らは,IgEとマスト細胞を結びつける受容体が高親和性IgE受容体(FcεRI)であると考え,FcεRIの細胞膜表面への発現とFcεRIを介したシグナル伝達に必須の分子であるFc受容体γ鎖欠損マウスを用いてオキサゾロンによって誘発される接触性皮膚炎について解析を行った.Fc受容体γ鎖欠損マウスではオキサゾロンによる接触性皮膚炎の症状は著しく減弱するにもかかわらず,筆者らの予想に反して皮膚樹状細胞の遊走能およびオキサゾロン特異的T細胞の産生能は野生型マウスと変わらない表現型を示した(3)3) S. Nunomura, M. Ohtsubo-Yoshioka, Y. Okayama, T. Terui & C. Ra: Exp. Dermatol., 24, 204 (2015)..この結果は,FcεRIがオキサゾロンに対する免疫記憶の成立において必須のものではないことを意味し,また可溶化型組換えFcεRIタンパク質の投与によって生体内でのIgEの生理的作用を競合的に中和させたマウスにおいてもオキサゾロンに対する免疫記憶の成立には,ほとんど影響を及ぼさなかった点からIgEの役割についても否定する結果となった(3)3) S. Nunomura, M. Ohtsubo-Yoshioka, Y. Okayama, T. Terui & C. Ra: Exp. Dermatol., 24, 204 (2015).(図1図1■ハプテンなどの接触アレルゲンによる経皮感作における液性免疫).興味深いことに,オキサゾロンに対する感作の成立後に可溶化型組換えFcεRIタンパク質を投与したマウスでは対照群と比較して接触性皮膚炎が有意に減弱しており,IgE–FcεRI–Fc受容体γ鎖を介した液性免疫応答は,免疫記憶成立以降の接触性皮膚炎の発症プロセスにおいて重要な役割を担っていることが明らかとなった.
感作のプロセスにおいて,マスト細胞の活性化が重要であることはさまざまな系統のマスト細胞欠損マウスを用いて複数の研究グループから報告されており,異論の余地はないが,ハプテンがどのようにしてマスト細胞を活性化させているのかは現在のところ不明である.近年,Yasukawaら(4)4) S. Yasukawa, Y. Miyazaki, C. Yoshii, M. Nakaya, N. Ozaki, S. Toda, K. Ishibashi, T. Yasuda, Y. Natsuaki, F. Michi et al.: Nat. Commun., 5, 3755 (2014).はハプテン塗布によって,DAP12–Syk–CARD9経路と呼ばれるFc受容体γ鎖を介さないシグナル伝達機構の活性化が皮膚樹状細胞において誘導されることを明らかにした.DAP12–Syk–CARD9経路はマスト細胞においても存在しているため,マスト細胞においてもハプテンによるDAP12–Syk–CARD9経路の活性化が同様に機能しているのか確認する必要がある.今後の研究により,その実体を明らかにしていきたい.
Reference
1) 布村 聡,羅 智靖:“免疫の事典”,朝倉書店,2011, p. 272.
2) 布村 聡,小林麻衣子,照井 正,羅 智靖:臨床免疫・アレルギー科,52, 538 (2009).
3) S. Nunomura, M. Ohtsubo-Yoshioka, Y. Okayama, T. Terui & C. Ra: Exp. Dermatol., 24, 204 (2015).