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コリネ型細菌による脂肪酸生産アミノ酸生産菌で脂肪酸やビオチンをつくれるか?

Masato Ikeda

池田 正人

信州大学学術研究院理工学域農学系 ◇ 〒390-8621 長野県松本市旭三丁目1番1号

Institute of Agriculture, School of Science and Technology, Shinshu University ◇ 3-1-1 Asahi, Matsumoto-shi, Nagano 390-8621, Japan

Published: 2015-09-20

グルタミン酸生産菌として半世紀前にわが国で見いだされたコリネ型細菌は,その後,多くのアミノ酸の有用な生産菌として実用に供されてきた.近年では,大腸菌にいくつかのアミノ酸の工業的生産菌としての座を譲るも,グルタミン酸やリジン,アルギニンやグルタミンなど,大型のアミノ酸ではなお主役を務めている.現在ではアミノ酸を超えて,核酸や有機酸,アルコール,さらにはバイオポリマーやタンパク質など,広く物質生産の宿主としても有用であることが報告されている(1)1) J. Becker & C. Wittmann: Curr. Opin. Biotechnol., 23, 631 (2012)..しかしながら,油脂や脂肪酸など,脂質に限っては例外で,コリネ型細菌での報告例は一つも見当たらなかった.そもそも,脂質の発酵生産は,カビや酵母,藻類が中心で,アミノ酸や核酸など,水溶性物質生産の主役である細菌はなぜかマイナーである.自然界から脂質を蓄積している微生物をスクリーニングしてきた結果に過ぎないのかもしれないが,脂質発酵では,アミノ酸発酵とは異なり,その能力をもたない微生物からの汎用的な育種技術が確立されていないのも事実であろう.したがって,われわれの狙いとするところは,細菌による脂質発酵の基盤技術をつくることである.もし,細菌では脂質生産が難しいとするならば,その理由がどこにあるのかも興味深い.ターゲットは脂肪酸に設定した.脂肪酸の生合成は,脂質代謝において中心的な役割を担っているからである.すでに大腸菌では米国を中心に脂肪酸生産の試みが始まっていたので,差別化する意味でも,わが国で見いだされたコリネ型細菌を出発宿主と決めた.

本題に入る前に,生物における脂肪酸生合成の多様性に触れておきたい.まず,脂肪酸の鎖長を伸ばしていく脂肪酸合成酵素(FAS)にはⅠ型とⅡ型の2つのタイプがある.大腸菌や枯草菌など細菌がもつⅡ型FASは,複数の触媒反応が別々の酵素に担われる酵素群である(図1図1■大腸菌(左)とコリネ型細菌(右)における脂肪酸の合成左のFab群).これに対し,カビや酵母,動物など真核生物がもつⅠ型FASは一つのポリペプチドに担われる多機能酵素である.どちらの脂肪酸合成酵素も炭素数18(C18)を超えるような長い脂肪酸をつくることはできず,それ以上に鎖長を伸ばすにはエロンガーゼという延長酵素が必要になる.これを有するカビや海洋細菌ではC20を超えた長鎖脂肪酸が合成されるが,それをもたない大腸菌や枯草菌ではC18までとなる.不飽和化の仕組みにも違いがある.Ⅱ型FASの細菌では一般にC10になるとき二重結合が付加されるのに対し,Ⅰ型FASを使う真核生物では専らデサチュラーゼという不飽和化酵素がそれを行う.ヒトでは12位や15位に二重結合をもつ多価不飽和脂肪酸が必須であるが,その位置に働くデサチュラーゼがないので,あらかじめ,その位置に二重結合をもつリノール酸やリノレン酸を食物から摂取しなければならない.いわゆる必須脂肪酸である.

図1■大腸菌(左)とコリネ型細菌(右)における脂肪酸の合成

大腸菌では,β酸化経路を遮断し,同時にペリプラズム酵素のチオエステラーゼ(TES)を細胞質で高発現させると脂肪酸の分泌が起こる.一方,コリネ型細菌ではFasRの欠損のみで脂肪酸分泌が起こる.本菌種は細胞質に高いTES活性を有しており,代謝調節が解除されると過剰合成されたアシルCoAがTESの作用を受けて遊離脂肪酸となり排出されると説明できる.脂肪酸の分解系に代わる一種の解毒機構とみなすことができる.

さて,本題のコリネ型細菌であるが,本菌種には大腸菌とは異なる2つの特徴がある.一つは,例外的に真核型のⅠ型FASをもつ点である(図1図1■大腸菌(左)とコリネ型細菌(右)における脂肪酸の合成右).もう一つは,脂肪酸の分解代謝系(β酸化経路)をもたない点である.これらの特徴が脂肪酸生産にどう影響するのかは興味の一つである.われわれは,本菌種の野生株から自然変異でオレイン酸の分泌株が容易に得られることを見いだした(2)2) S. Takeno, M. Takasaki, A. Urabayashi, A. Mimura, T. Muramatsu, S. Mitsuhashi & M. Ikeda: Appl. Environ. Microbiol., 79, 6776 (2013)..さらに,同分泌株がもつ変異点を特定し,本菌種が脂肪酸を生産するメカニズムを明らかにしてきた(2)2) S. Takeno, M. Takasaki, A. Urabayashi, A. Mimura, T. Muramatsu, S. Mitsuhashi & M. Ikeda: Appl. Environ. Microbiol., 79, 6776 (2013)..基本的に,アミノ酸発酵と同じ概念,すなわち,フィードバック調節の解除で脂肪酸生産が起こるが,興味深いのは1変異により脂肪酸の「過剰合成」と「分泌」の2つのイベントが同時に起こることである.同様な育種を大腸菌の脂肪酸分解欠損株でも行ったが,脂肪酸分泌株は得られなかった.そこから見えてきたことは,大腸菌とコリネ型細菌における脂肪酸代謝の違いである.大腸菌の脂肪酸生産に共通する技術は,イリノイ大・クローナンらが最初に報告した「脂肪酸分解経路を遮断した宿主でチオエステラーゼ(TES)を高発現させると脂肪酸生産が起こる」というものである(3)3) H. Cho & J. E. Cronan Jr.: J. Biol. Chem., 270, 4216 (1995)..TESは,アシルACP(CoA)からACP(CoA)を外して脂肪酸を遊離させる酵素で,大腸菌ではペリプラズムに存在する(図1図1■大腸菌(左)とコリネ型細菌(右)における脂肪酸の合成左).これを細胞質で高発現させて,フィードバック阻害のエフェクターであるアシルACPを遊離脂肪酸に換えれば,フィードバック阻害が回避されて脂肪酸が過剰合成するという仕組みである.われわれは当初,クローナン博士から材料をいただいて同様な検証を行ったが,大腸菌では再現したものの,コリネ型細菌ではネガティブであった.その後,われわれは,コリネ型細菌はTESを操作しなくても,レギュレーター遺伝子FasRの欠損のみで脂肪酸を過剰生産するようになるとの知見を得た.その違いは何を意味するのであろうか.

脂肪酸は一般に生理に悪影響をもたらすことが知られる.だが,大腸菌は脂肪酸の分解系を有するため,仮に脂肪酸合成の代謝調節が何らかの変異で外れても,過剰合成されたアシルACP(CoA)を分解経路へと流して,その細胞内蓄積を防ぐことができる(図1図1■大腸菌(左)とコリネ型細菌(右)における脂肪酸の合成左).しかし,コリネ型細菌には脂肪酸の分解系がないため,そのような解毒ができない.ここで注目したいのは,コリネ型細菌は大腸菌と違って,細胞質にTESの高い活性を有しているという点である(2)2) S. Takeno, M. Takasaki, A. Urabayashi, A. Mimura, T. Muramatsu, S. Mitsuhashi & M. Ikeda: Appl. Environ. Microbiol., 79, 6776 (2013)..これらのことを念頭に置いて,われわれは以下の仮説を立てた.すなわち,「コリネ型細菌は過剰合成されたアシルACP(CoA)を分解できない代わりに,TES活性によって遊離脂肪酸にし,それを細胞外に排出することで解毒するのではないか」という仮説である(図1図1■大腸菌(左)とコリネ型細菌(右)における脂肪酸の合成右).この仮説が正しいとすると,コリネ型細菌では脂肪酸合成の代謝調節を解除する変異のみで脂肪酸の分泌株が得られるはずであるが,実際,そのとおりになった.一方,大腸菌の脂肪酸分解系遮断株からは同様な自然変異育種によって目的株は得られなかったが,これは,大腸菌では細胞質のTES活性が低いため,遊離脂肪酸が分泌するほどには生成しないと説明できる.すなわち,「分解系を遮断する」のと,「もともとそれを有しない」のとは違うということであろう.

ところで,アミノ酸の場合と同様,脂肪酸の分解系をもたないコリネ型細菌は,その排出系を発達させている可能性がある.ヒトで脂溶性物質の輸送を担うとされるABC輸送体の類似遺伝子がコリネ型細菌のゲノムにも多数存在することから,これらに焦点をあてて発現解析を行ったところ,脂肪酸生産にリンクして高発現する遺伝子が数種見いだされた(未発表).これらのいずれか一つ,あるいはその複数が本菌種において脂肪酸の排出を担う目的遺伝子であると考えられ,その特定を進めているところである.

さて,上記オレイン酸生産菌の生産量は,グルコース10 g/Lから300 mg/L程度である.これを今後どう展開するかについてわれわれの考えを述べてみたい.まず,バイオ燃料をねらうのであれば,対糖収率をアミノ酸発酵並に高める必要がある.しかし,それができさえすれば,コリネ型細菌には250 g/Lもの糖を30時間以内に代謝できる能力があるので,高生産性プロセスが期待できる.一方,機能性脂質への展開も考えられよう.本菌種には,大腸菌同様,デサチュラーゼやエロンガーゼはなく,多価のC18を超える長鎖脂肪酸をつくることはできないが,外来遺伝子の導入により,それがどの程度可能になるのかは興味深い.とはいえ,わが国にはモルティエレラ・アルピナというカビによる機能性脂質の優れた生産技術がある.ラビリンチュラという海洋性藻類やある種の海洋細菌にもそれらの合成能力が備わっており,産業利用に向けた検討が始まっている.これらの先行技術は念頭におかなければならない.ところで,もしオレイン酸へと流れるカーボンを付加価値の高い物質に向けることができれば,現状のレベルでも産業的な価値が生まれる.これに関連して,われわれは最近,興味深い報告を見つけた.それは,大腸菌でビオチン(ビタミンB7)が脂肪酸合成経路を拝借して合成されるというものである(4)4) S. Lin, R. E. Hanson & J. E. Cronan: Nat. Chem. Biol., 6, 682 (2010)..これまでビオチン合成の出発基質であるC7のピメロイルCoAがどうやって生合成されるかの詳細はわかっていなかったが,枯草菌では,長鎖のアシルACP(CoA)からP450酵素(BioI)による酸化的開裂によって生成するというモデル(BioIルート)が2000年を前後して提唱されていた(5)5) J. E. Stok & J. J. De Voss: Arch. Biochem. Biophys., 384, 351 (2000).図2図2■コリネ型細菌におけるビオチン合成経路の代謝工学).今回,大腸菌で,それとは異なるモデル(BioC–BioHルート)が発表されたわけである(図2図2■コリネ型細菌におけるビオチン合成経路の代謝工学).その両知見を合わせれば,ピメロイルCoAは,菌種により仕組みは異なるものの,脂肪酸合成経路を利用して合成されるという点で共通しているとみなすことができる.以上から,われわれは,ビオチンを脂肪酸生産研究の出口の一つとして位置づけることにした.

図2■コリネ型細菌におけるビオチン合成経路の代謝工学

コリネ型細菌のビオチン合成経路は不完全で,BioFに加えて,ピメロイルCoAを供給する経路がない.ピメロイルCoAの供給ルートには2つのモデルが提唱されている.大腸菌のBioC–BioHルートと枯草菌のBioIルートである.コリネ型細菌にBioFとBioIの両機能を導入すると糖からビオチンに至る全経路がつながり,ビオチンをデノボ合成できるようになる.

ビオチンは現在,化学合成法により製造されている.ビオチン発酵に関しては,1980年代から1990年代にかけて,資生堂や田辺製薬(現,田辺三菱製薬)など,大手の企業を中心に生産菌の育種が盛んに行われた経緯があるが,高生産菌の取得には至らず,いずれも研究を中断している.しかし,市場価格は依然として高値であり,発酵法を検討する意義はなお残っている.しかし,改めてビオチン発酵に臨むには,従来と違うアプローチが求められる.その一つが発酵特性に優れたコリネ型細菌の利用である.これまで,本菌種のビオチン要求性の解除には誰も成功していなかったので,同菌種を利用できなかった.われわれは,本菌種に,大腸菌由来のbioF遺伝子と枯草菌由来のbioI遺伝子を導入するとビオチン要求性が解除され(6)6) M. Ikeda, A. Miyamoto, S. Mutoh, Y. Kitano, M. Tajima, D. Shirakura, M. Takasaki, S. Mitsuhashi & S. Takeno: Appl. Environ. Microbiol., 79, 4586 (2013).,さらにある変異を導入するとビオチンを過剰合成できるビオチン生産菌が得られることを見いだした(未発表).本結果は,コリネ型細菌がBioFとBioIの両機能を欠損しており,両者を外来遺伝子で補えば,糖からビオチンに至る全経路がつながることを示している(図2図2■コリネ型細菌におけるビオチン合成経路の代謝工学).一方,脂肪酸合成系も,従来の育種では目を向けられてこなかった視点である.これに関連し,われわれは,最近,脂肪酸合成経路の代謝を高める分子育種がビオチン生産に反映するとの結果を得た(未発表).脂肪酸合成経路の改良が新しいアプローチになることを確認できたわけである.これにより,コリネ型細菌でビオチン発酵に臨む基盤が整った.余談ながら,ビオチンは脂肪酸合成経路からできるのに,脂肪酸合成にはビオチンが必要である.このパラドックスがまた面白い.

話題が再びアミノ酸発酵に戻るが,ビオチンはグルタミン酸発酵の規定要因であるとともに,リジンなど,ほかのアミノ酸発酵の成績を左右するキーファクターでもある.ビオチン酵素であるピルビン酸カルボキシラーゼがアミノ酸合成の律速酵素の一つになっているためである.ビオチンを自前で過剰合成できるコリネ型細菌を育種できたことで高価なビオチンを培地に添加する必要がなくなれば,アミノ酸発酵にも一石を投じることになるのではないかと思われる.

Reference

1) J. Becker & C. Wittmann: Curr. Opin. Biotechnol., 23, 631 (2012).

2) S. Takeno, M. Takasaki, A. Urabayashi, A. Mimura, T. Muramatsu, S. Mitsuhashi & M. Ikeda: Appl. Environ. Microbiol., 79, 6776 (2013).

3) H. Cho & J. E. Cronan Jr.: J. Biol. Chem., 270, 4216 (1995).

4) S. Lin, R. E. Hanson & J. E. Cronan: Nat. Chem. Biol., 6, 682 (2010).

5) J. E. Stok & J. J. De Voss: Arch. Biochem. Biophys., 384, 351 (2000).

6) M. Ikeda, A. Miyamoto, S. Mutoh, Y. Kitano, M. Tajima, D. Shirakura, M. Takasaki, S. Mitsuhashi & S. Takeno: Appl. Environ. Microbiol., 79, 4586 (2013).