解説

新規手法が切り拓く神経回路研究の新時代

Opening a New Era in Neural Circuit Research

小坂田 文隆

Fumitaka Osakada

名古屋大学大学院創薬科学研究科 ◇ 〒464-8601 愛知県名古屋市千種区不老町

Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Nagoya University ◇ Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya-shi, Aichi 464-8601, Japan

Systems Neurobiology Laboratories, Salk Institute for Biological Studies ◇ 10010 N Torrey Pines Rd, La Jolla, CA 92037, United States of America

Systems Neurobiology Laboratories, Salk Institute for Biological Studies ◇ 10010 N Torrey Pines Rd, La Jolla, CA 92037, United States of America

国立研究開発法人科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業さきがけ「統合1細胞解析のための革新的技術基盤」研究領域

Research Area “Innovative Technology Platforms for Integrated Single Cell Analysis”, Precursory Research for Embryonic Science and Technology (PRESTO), Japan Science and Technology Agency (JST)

Published: 2015-09-20

ヒトの脳はおよそ1,000億個もの膨大な数のニューロンが神経回路を形成することにより情報を伝達・処理し,複雑な高次脳機能を発揮する.その神経回路の破綻は,神経疾患や精神疾患などを引き起こす原因と考えられる.したがって,脳・神経回路の動作原理の解明,それに基づいた神経・精神疾患の病因解明および予防・治療法の開発は極めて重要な研究課題である.近年神経科学領域では大きな技術革新が起こり,二光子顕微鏡,Optogenetics,カルシウムや電位に感受性の蛍光タンパク質,ウイルスベクター,脳の透明化,ゲノム編集技術などが開発された.これにより不可能と考えられていた実験アプローチが可能になり,これまで解明できなかった科学的問いに答えることができるようになりつつある.本稿では,神経回路研究に有効な革新的解析技術を概説する.

はじめに

脳は,神経細胞が多段階の階層構造をもつ複雑な生体情報処理システムである.機能素子である神経細胞がシナプス接続により神経回路を構築し,相互作用することにより,極めて高度な情報処理を行い,多様な脳の機能を実現している(1)1) K. D. Harris & T. D. Mrsic-Flogel: Nature, 503, 51 (2013)..また,神経回路の破綻は,パーキンソン病や認知症などの神経疾患では運動障害,記憶障害,行動障害などの症状を,統合失調症やうつ病などの精神疾患では意識,自我,内発性,社会性などの高次機能の障害を引き起こす.したがって,神経回路の動作原理の解明は極めて重要な研究課題であり,それに基づいた神経疾患や精神疾患の病因解明および予防・治療法の開発に大きな期待が寄せられている.

脳の高次機能や神経回路の動作原理の解明,いまだ治療法のない難治性神経・精神疾患の克服を目指し,2013年にアメリカではBRAIN(Brain Research through Advancing Innovative Neurotechnologies)Initiativeが,EUではHuman Brain Projectが10年計画の国家プロジェクトとして始動した.日本でも新世界ザルであるマーモセットを用いた「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(革新脳)」が始動した.われわれ名古屋大学でも異なる専門性をもった研究者がチームを組んで参画している.学内にマーモセットの動物舎を設置し,遺伝子改変マーモセットを用いた研究を中心に,ウイルスベクター開発や無線を用いた行動解析などさまざまな取り組みを行っている.このような国家レベルでの脳・神経科学プロジェクトを支えているのが,神経科学分野に変革をもたらしている新規方法論の出現である.

神経回路の時代:新規方法論の出現

どのように脳が機能するのかを解明するには,神経細胞がどのような神経回路を形成し,どのように情報処理を行い,知覚・認知・行動を起こすのかを理解することが重要である.そのためには以下のようなアプローチが必要になると考えられる,1. 神経回路を構成するニューロンのシナプス結合パターンを明らかにする.2. ニューロンのシナプス結合と機能との対応関係を明らかにする.3. 1および2からそのニューロンの役割についての作業仮説を立てる.4. ニューロンの機能を操作し,神経回路内のそのほかのニューロンの機能変化を解析し,さらには行動の変化を解析することにより,3の作業仮説を検証する.近年,神経科学領域において数多くの革新的な解析技術が開発され,それら解析技術を組み合わせることにより,上記のアプローチが可能になってきた.本稿ではそれら新規手法を紹介する.

二光子顕微鏡

生命現象を可視化するバイオイメージングは,生命科学・医学領域では欠かせないものになっている.近年の顕微鏡技術の急速な発展や蛍光タンパク質の改良に伴い,神経活動のリアルタイムイメージングは,空間的かつ時間的な知見を得るうえで非常に有用である.1931年に物理学者のGöppert-Mayer博士が予言した二光子吸収過程は,1990年にDenk博士やWebb博士らによって現象が示され,二光子励起レーザー走査型蛍光顕微鏡が誕生した.二光子顕微鏡の特色として,1. 標本深部での蛍光観察が可能,2. 標本へのダメージが小さい,3. 局所的な光生理活性物質の活性化や不活性化が可能,などが挙げられる.

多光子励起は焦点平面でのみでしか起こらないため,二光子顕微鏡は高い空間分解能を有している.一光子共焦点顕微鏡では励起用レーザーを励起用波長の数だけ用意しなければならないのに対して,二光子顕微鏡ではチタンサファイヤレーザーで波長を近赤外領域(800~1,100 nm)にて自由に設定できる.対物レンズには,可視光から赤外光まで対応し,作動距離が長く,解像度が高いレンズを用いる.ペルチェ冷却高感度GaAsP外部検出器(ガリウム–ヒ素–リン)を使用することにより,微弱な蛍光でも高いS/Nで画像を取得できる.高速のレゾナントスキャナーを搭載した二光子顕微鏡も開発され,カルシウムや膜電位感受性色素などの高速な反応をとらえることができるようになっている.また,二次元のXY画像だけではなく,高速でXYZ画像を取得することも可能である.ピエゾ素子を顕微鏡と対物レンズの間に取り付け,圧電効果により高速で対物レンズを上下に移動させることで,Z軸方向の画像を高速で取得できる.現在までに450 µmまで移動可能なピエゾ素子が開発されている.

脳組織は,骨や肝臓に比べ,二光子励起顕微鏡を用いて深部まで観察しやすいため,神経科学分野では急速に普及している.神経細胞の活動電位の発生に伴う細胞内カルシウムの濃度上昇をCa2+蛍光指示薬の蛍光変化として捉えることで,ニューロンの活動を計測できる(図1A, B図1■マウス脳からの二光子顕微鏡イメージング).これを応用して,数百~数千個のニューロンの活動を同時に記録することにより,脳の動作原理や精神・神経疾患の原因を解明する試みが行われている.Ohki博士らは脳で神経細胞に効率良くCa2+蛍光指示薬のOregon Green BAPTA(OGB)を取り込ませる方法を開発し,ネコの大脳皮質第一次視覚野(V1)の第2/3層ニューロンの視覚応答特性を細胞レベルで解析することにより,方位選択性マップを同定し,方位選択性を示すカラムや風車(pinwheel)構造を明らかにした(2)2) K. Ohki, S. Chung, Y. H. Ch'ng, P. Kara & R. C. Reid: Nature, 433, 597 (2005)..その後,ラットやマウスの大脳皮質V1にも二光子顕微鏡イメージングが適用され,異なる方位に反応する方位選択性ニューロンは,ネコや霊長類と異なり,カラム構造を作らず混ざり合って存在することが明らかになった(図1B, C図1■マウス脳からの二光子顕微鏡イメージング).加えて,Ca2+応答性蛍光タンパク質の開発も大きな影響を与えた(3)3) L. Tian, S. A. Hires, T. Mao, D. Huber, M. E. Chiappe, S. H. Chalasani, L. Petreanu, J. Akerboom, S. A. McKinney, E. R. Schreiter et al.: Nat. Methods, 6, 875 (2009)..遺伝子にコードされた蛍光Ca2+センサーは特定の神経細胞種に発現させることができ,長期にわたる観察が可能である.また,OGBでは細胞体での変化しか観察できなかったが,タンパク性Ca2+センサーは細胞体だけではなく,軸索,樹状突起,スパインにも発現させることができることから,局所におけるCa2+濃度変化を観察できるようになった.今後,二光子顕微鏡を用いて,細胞レベルでの機能構築,機能ドメインの解析,局所回路の解析,細胞種毎の反応特異性,細胞集団による情報表現などの研究が大きく進むであろう.

図1■マウス脳からの二光子顕微鏡イメージング

A. マウスにおけるin vivoイメージングのセットアップ.さまざまな角度の縞模様からなる視覚刺激をマウスに呈示し,脳の神経活動を二光子顕微鏡で可視化する.B. マウス視覚野での二光子顕微鏡Ca2+イメージング.Ca2+センサーであるOGB(緑)を取り込ませた.赤は,Sulforhodamine101(SR101)を取り込んだグリア細胞.C. 視覚野ニューロンの方位選択性.このニューロンは90度と270度の傾きに特異的に応答する.

Optogenetics

Optogenetics(光遺伝学)とは,光(opto)と遺伝学(genetics)を組み合わせた技術のことを指す.光によって活性化されるタンパク質を遺伝学的手法により特定の細胞に発現させ,特定の波長の光でその細胞の神経活動を制御する技術がOptogeneticsである.神経活動を操作し生理的役割を解析する方法として,これまでは電気刺激と薬物の局所投与が用いられてきた.しかし,電気刺激は電極の近傍の細胞体を非特異的に活性化するだけでなく,電極近傍を通る軸索も活性化するため,特定の神経細胞のみを活性化できないという問題があった.さらに,電気刺激では神経活動を活性化することはできても,抑制することは困難であった.また,特異的なアゴニストやアンタゴニストなどの薬物を局所投与する薬理学的手法では,神経細胞の活性化にはグルタミン酸やその類似体が,抑制にはGABA受容体アゴニストのムシモールやフグ毒のテトロドトキシンが用いられる.しかし,この手法では薬物拡散に依存するため,細胞特異性,シナプス特異性などの空間精度が低く,時間分解能も低い.また,直接的な神経活動の操作とは異なるが,特定遺伝子の欠損マウスなどの遺伝子改変動物を用いた解析も多用される.この場合は,発生・発達過程における影響やほかの細胞による機能補償を無視できないという問題がある.

これらの欠点を補うために開発されたのがOptogeneticsである.2005年にDeisseroth博士らのグループが,海馬の培養神経細胞にレンチウイルスベクターを用いてChannelrhodopsin-2(ChR2)を発現させ,その神経活動を青色光照射によりミリ秒オーダーで活性化することに成功した(4)4) E. S. Boyden, F. Zhang, E. Bamberg, G. Nagel & K. Deisseroth: Nat. Neurosci., 8, 1263 (2005)..ChR2は,レチナールを内蔵する7回膜貫通型の膜タンパク質で,470 nm付近の青色光に反応してイオンチャネルが開口し,細胞外から細胞内へH+,Na+,Ca2+などの陽イオンを流入させることで,膜電位を脱分極させる(図2A, B図2■Optogeneticsによる神経活動制御).現在までにさまざまな変異体が開発され,チャネルの光反応時間が非常に早いChR2/E123T(ChETA),長波長光刺激で活性化するC1V1やReaChRなどがあり,実験のデザインによって変異体を使い分ける必要がある.また,神経活動の抑制に用いるHalorhodopsinやArchaerhodopsin-Tなども同定されている.Halorhodopsinは古細菌に由来するクロライドイオンポンプで,580 nm付近の橙色光によって活性化され,細胞外から細胞内へClが流入することで,膜電位を過分極させる.Archaerhodopsinは古細菌に由来するプロトンポンプで,540 nm付近の緑色光によって活性化され,細胞内から細胞外へH+を駆出し,膜電位を過分極させる.分子生物学では遺伝子のgain-of-functionやloss-of-function解析は当たり前であるが,神経科学分野ではようやくOptogeneticsにより特定の神経細胞の活動のgain-of-functionやloss-of-functionが可能になった.

図2■Optogeneticsによる神経活動制御

A. パッチクランプ法による光応答の記録.マウス大脳皮質の第5層の錐体細胞にChR2を導入し,脳スライスを作製後,パッチクランプを行った.パッチクランプは,微小なガラス電極を細胞に押し当てて,細胞の電気活動を記録する方法.パルス幅2 msの青色光を5 Hzにて照射した際に,電位固定法にて内向き電流が観察される.B. 光による活動電位の発生.パルス幅2 msの青色光を5 Hzにて照射した際に,電流固定法にて活動電位の発生が観察される.

特定の細胞に特異的にChRを発現させる手法は多くの方法があるが,マウス遺伝学を取り入れるのが最も一般的である.標的細胞に特異的にCreを発現するノックインマウスあるいはトランスジェニックマウスと,ほぼすべての細胞で転写活性のあるROSA26遺伝子座などからCre依存的にChRなどを発現可能なマウスと掛け合わせることにより,標的細胞にのみChRを導入できる.さらに,この細胞種特異的なCre発現マウスを活用するために開発されたCre依存的なAAV(DIOあるいはFLEX)は大きく分野を変えたと言っても過言ではない.Cre以外にも,FlpやtTAなどのconditionalなマウスも多数開発されている.また,特異的なマーカーが同定されていない細胞種に対しては,後述の狂犬病ウイルスや逆行性感染するレンチウイルスなど利用して,神経接続を基にChRを導入することができる.以上のように,ChR2などの光応答性チャネルやポンプを特定の標的細胞にのみ発現させ,特定の波長の光を使用することにより,マイクロ〜ミリ秒オーダーの非常に高い時間分解能で,標的細胞の神経活動を活性化あるいは抑制することができ,神経活動と行動との因果関係を検証することが可能になった.

G欠損狂犬病ウイルス

1906年にノーベル生理学・医学賞を受賞したRamón y Cajal博士はゴルジ染色により神経細胞の形態や構造を詳細に観察した.その後,電子顕微鏡(1986年にノーベル賞)および電気生理学(1991年にノーベル賞)によりシナプスの存在および機能が明らかになった.これまでニューロンのシナプス接続を同定するためには,脳スライスを作製し可能な限りの組み合わせでpaired recordingをすることによりシナプス結合を確認する電気生理学的手法,あるいは大量の超薄切切片を作製し電子顕微鏡にて三次元構築する組織学的手法が用いられてきた.これらの方法では,非常に効率が悪く,切片を超えて距離が遠く離れた神経結合は明らかにできないという問題があった.逆行性色素や順行性色素の微量投与による解剖学的解析も行われてきたが,脳の領域レベルでの定性的な解析であり,細胞レベルでの特異性を検証するのは困難であった.

そこで,われわれは天然に存在する経シナプストレーサーである狂犬病ウイルスに着目した.狂犬病ウイルスは神経細胞の軸索末端から侵入し,感染細胞内で自己複製後,シナプス接続をもった入力細胞に逆行性に感染する(図3A図3■狂犬病ウイルスによる神経回路トレーシング法).このような狂犬病ウイルスの経シナプス感染能を利用し,すでに多くの神経解剖学研究が行われている.これまでシナプスを介さない非特異的な感染は報告されていない.ところが,この野生型狂犬病ウイルスは経シナプス感染を連続的に起こすために,直接的な入力細胞なのか,間接的な入力細胞なのかの判別ができなかった(図3A図3■狂犬病ウイルスによる神経回路トレーシング法).また感染細胞の同定に,ウイルスゲノムにコードされているNucleoproteinに対する抗体を用いて染色するため,発現量が低い神経細胞の突起までは可視化できず,細胞の形態観察は困難であった.そこで,われわれは経シナプス感染を制御可能で,かつ容易に細胞の形態を観察できる改良型狂犬病ウイルスを新たに開発し,神経接続と機能との関係を明らかにする手法の確立に取り組んできた(5~7)5) I. R. Wickersham, D. C. Lyon, R. J. Barnard, T. Mori, S. Finke, K. K. Conzelmann, J. A. Young & E. M. Callaway: Neuron, 53, 639 (2007).6) F. Osakada, T. Mori, A. H. Cetin, J. H. Marshel, B. Virgen & E. M. Callaway: Neuron, 71, 617 (2011).7) F. Osakada & E. M. Callaway: Nat. Protoc., 8, 1583 (2013).

図3■狂犬病ウイルスによる神経回路トレーシング法

A. 野生型の狂犬病ウイルス(RABV)は,軸索終末から逆行性に感染し,シナプスを介してウイルスの伝播を繰り返す.B. G欠損狂犬病ウイルス(RABVΔG)は,軸索終末から一次感染し,その後の二次感染を起こさない.C. 哺乳類動物に,鳥ウイルスのエンベロープEnvAの受容体であるTVAおよび狂犬病ウイルスの糖タンパク質であるRABV-Gを標的細胞に導入する.D. EnvAでpseudotypedしたG欠損狂犬病ウイルス(EnvA-RABVΔG)を注入すると,TVA発現細胞にのみに感染が成立し,TVA発現細胞内に発現するRABV-Gに補完されることにより,新たなRABVΔGウイルス粒子が形成され,標的細胞に単シナプス結合する入力細胞にウイルス感染の伝播が起こる.二次感染細胞にはRABV-Gが存在しないため,さらなるウイルスの伝播は起こらない.

狂犬病ウイルスは,ラブドウイルス科に属す(−)RNAウイルスで,そのゲノムは全長約12,000塩基のマイナス鎖一本鎖のRNAで,3′末端側からN,P,M,G,Lの順で5つのウイルス構成タンパク質をコードする遺伝子が並ぶ.エンベロープ糖タンパク質のRABV-Gはウイルス粒子の形成および経シナプス感染に必要であり,RABV-Gをウイルスゲノムから除いたG欠損狂犬病ウイルスは,感染後,ウイルス粒子の形成能を失い,ウイルス感染の拡大は起こらない(図3B図3■狂犬病ウイルスによる神経回路トレーシング法).G欠損狂犬病ウイルスにGFPを搭載する(RABVΔG-GFP)と,軸索や樹状突起にもGFPが高発現することから細胞の形態観察も可能で,さらに感染細胞をライブで蛍光観察し,電気生理学的手法や二光子顕微鏡と組み合わせることにより生理機能の解析にも使用できる.

次に,経シナプス感染を制御し,特定のニューロンに単シナプス接続した入力細胞のみを標識する手法を作製した(図3C, D図3■狂犬病ウイルスによる神経回路トレーシング法).G欠損狂犬病ウイルスは,神経細胞に感染した後,ウイルス感染の伝播は起こらない.しかし,感染細胞に狂犬病ウイルス糖タンパク質のRABV-Gを過剰発現すると,その感染細胞内で新たなウイルス粒子が産生され,シナプスを介して逆行性にウイルス感染が伝播する.二次感染細胞中にはRABV-Gが存在しないため,ウイルス粒子は産生されず,さらなるウイルス感染は起こらない.すなわち,単シナプス結合した入力細胞にのみウイルス感染が伝播する.さらに,起点となる標的細胞を特異的にターゲティングするために,トリ白血病肉腫ウイルスのエンベロープとその受容体のシステムであるEnvA/TVAあるいはEnvB/TVBの特異性を利用する.エンベロープタンパク質のEnvAはその受容体TVAに特異的に結合し,別のエンベロープのEnvBはその受容体TVBに特異的に結合する.加えて,これらのTVA受容体とTVB受容体は鳥類細胞には発現しているが,マウスやサルなどの哺乳類には発現していない.したがって,哺乳類において標的細胞にTVA(あるいはTVB)を導入し,EnvA(あるいはEnvB)でpseudotypedしたウイルスを投与すれば,TVA(あるいはTVB)を発現する標的細胞に特異的にウイルス感染が成立する.これらを組み合わせることで,以下のように特定の細胞に単シナプス結合をもった細胞群を同定することができる.1. 起点となる標的細胞にTVAとRABV-Gを発現させる(図3C図3■狂犬病ウイルスによる神経回路トレーシング法).2. TVAを発現する標的細胞にEnvAでpseudotypedしたRABVΔG(EnvA-RABVΔG)を感染させる(図3D図3■狂犬病ウイルスによる神経回路トレーシング法).3. 起点細胞中でRABV-Gが補完されて新たなウイルス粒子が産生され,標的細胞に直接入力する神経細胞に経シナプス感染を起こす(図3D図3■狂犬病ウイルスによる神経回路トレーシング法).

RABVΔGはさまざまな外来遺伝子を発現させることができる.このRABVΔGを用いた神経回路トレーシング法にほかの技術を組み合わせることにより,神経回路の機能を詳細に解析することができる.たとえば,神経結合を有する神経細胞群の機能を評価する目的で,Ca2+センサーであるGCaMP3を発現するG欠損狂犬病ウイルス(RABVΔG-GCaMP3)を作製した.V1から入力を受ける高次視覚野ALにRABVΔG-GCaMP3を注入すると,ALに投射するV1ニューロンにGCaMP3を導入できる.このマウスに視覚刺激を与え二光子顕微鏡でGCaMP3シグナルの変化を検討したところ,特定の傾きの線分に強く反応を示す方位選択性応答が認められた.興味深いことに,一本の樹状突起からでもGCaMPのシグナル変化により方位選択性応答を記録できる.次いで,シナプス接続を有する神経細胞群の活動を活性化する目的で,光応答性チャネルであるChR2を発現する狂犬病ウイルスを作製した.青色レーザーを照射すると感染細胞に活動電位が発生し,特定の接続をもったニューロンの活動を可逆的に活性化できることを示した.さらにシナプス接続を有する神経細胞群の活動を抑制する目的で,Allatostatin receptorを発現する狂犬病ウイルスを作製し,リガンドであるAllatostatinを投与したときに神経活動が抑制されることを示した.以上のように,G欠損狂犬病ウイルスを用いてOptogeneticsやChemogeneticsのツールを発現させることにより,特定の神経接続を有するニューロンの神経活動を可逆的にON/OFFができることが可能になった.加えて,tTA,rtTA,Cre,ERT2CreERT2あるいはFLPoを発現する狂犬病ウイルスを作製し,遺伝子改変マウスあるいはウイルスと組み合わせることにより特定の接続を有する細胞にのみ遺伝子の強制発現あるいはノックアウト,ノックダウンすることが可能になった.G欠損狂犬病ウイルスを用いると,特定のマーカーやプロモーターが同定されていないニューロンに対しても,神経接続に基づいて遺伝子発現の制御が可能になる.

以上のように,G欠損狂犬病ウイルスベクターは,特定の細胞にシナプス接続する細胞を効率良く同定することができ,二光子顕微鏡やOptogeneticsと組み合わせることで,神経接続と回路機能との対応関係を明らかにすることができる(6,7)6) F. Osakada, T. Mori, A. H. Cetin, J. H. Marshel, B. Virgen & E. M. Callaway: Neuron, 71, 617 (2011).7) F. Osakada & E. M. Callaway: Nat. Protoc., 8, 1583 (2013).

脳の透明化技術

GFPなどの蛍光タンパク質が開発され,組織中の細胞や微細な形状を三次元的に蛍光標識することが可能になった.ところが,個体レベルで生命現象を解析するのはいまだに難しく,共焦点顕微鏡を用いて数十µm,二光子顕微鏡を用いても数百µmの深さまでしか高解像度の画像を取得できない.組織を三次元的解析するには,切片を作製し,画像取得後に,再構成する手法が取られるが,非常に時間を要するにもかかわらず精度は必ずしも高いとは言えないのが現状である.そこで,個体レベルで遺伝子発現や生命機能を効率良く解析するために,組織を透明にし広範かつ深部まで観察を可能とする技術開発に期待が寄せられている.

組織は,屈折率が不均一な物質により構成されており,散乱・吸収により光が透過しないため不透明である.特に,動物の脳などの生体組織では,吸収よりも散乱による影響の方が大きく,タンパク質や脂質が水(屈折率1.33)より高い屈折率をもち,光散乱が生じる.したがって,組織深部の蛍光観察を行うには,特に光の散乱を低減する工夫が必要と考えられた.これまでに,組織中に存在する脂質などの散乱物質を除去すること,組織の屈折率と溶媒の屈折率を合わせ屈折率の異なる界面をなくすことで,組織を透明化することに成功している.いくつもの透明化技術が報告されているが,共通した原理は「散乱物質の除去」と「屈折率の調整」である.最初に開発された3DISCOでは,脱水し脂質を除去した後に,固定組織の屈折率に近い有機溶媒(屈折率1.54~1.56)を用い透明化を行う.しかし,これらの有機溶媒は蛍光を消光させるという欠点があり適用は限られた.そこで,尿素をベースとした水溶性透明化試薬Scaleが開発され,蛍光シグナルを維持した透明化が可能になった(8)8) H. Hama, H. Kurokawa, H. Kawano, R. Ando, T. Shimogori, H. Noda, K. Fukami, A. Sakaue-Sawano & A. Miyawaki: Nat. Neurosci., 14, 1481 (2011)..一方,SeeDBは,高濃度糖溶液によって屈折率を調整し組織を透明にする方法で,固定組織に対するダメージが少ないのが特徴である.CLARITYは,組織をポリマーで固定した後に,界面活性剤で処置し長時間電流を流して脂質を除去することにより,高度な透明化を実現した.抗体の浸透性に優れているために免疫染色に適しているのが特徴であるが,特別な装置を必要とし技術的に難易度が高い.CUBICは,ScaleとSeeDBをうまく取り入れ,1段階目に尿素にアミノアルコールを加えた試薬で処置し,2段階目に高濃度糖溶液によって屈折率を調整し,高度な透明化を達成した.また,CLARITYの改良版PACTでは,電気泳動をせず試薬で処理するだけで透明化でき,抗体染色やFISHと組み合わせることもできる.さらに,動物の全身に透明化試薬を灌流することで,サイズが小さいマウス個体の透明化も可能になってきている.今後,サイズが大きい成体サルやヒトの全脳,細胞外マトリックスが多い老齢動物の透明化も可能になるであろう.

透明化した後のサンプルをどのように解析するかも極めて重要な課題である.透明化サンプルを画像化する顕微鏡として,共焦点顕微鏡が使用され,1 mm程度の深部まで観察可能である.さらに深部の観察のために,上記の二光子顕微鏡も使用され,透明化サンプル用の対物レンズの開発も進んでいる.また,励起光をシート状に照射し,大型サンプルの光学セクショニングを効率良く行えるライトシート顕微鏡も開発され,透明化組織の高速三次元撮影が可能になりつつある.三次元データを定量・解析する手法の開発も急務である.三次元画像データから一細胞レベルでの自動解析を行うアルゴリズムなどの開発も盛んに行われているが,データのサイズが巨大であり,ビッグデータの取り扱い自体がいまだ発展途上と言わざるをえない.これはライブイメージングのデータに関しても当てはまる問題であり,高度なデータ処理技術の開発が期待される.EUで行われているHuman Brain Projectでは,脳科学研究専用にスーパーコンピューターが複数台使用されている.日本でも神経科学研究専用のスーパーコンピューターを設けるなどの解決策が必要であろう.ゲノムを1塩基単位の解像度で解析できるように,全身・全脳の透明化により,個体を1細胞単位の解像度で解析できる時代の到来が待たれる.

ゲノム編集技術

ゲノム編集とは,部位特異的ヌクレアーゼを用いてゲノム上の標的遺伝子の破壊やレポーター遺伝子などのノックインを可能にする技術である.部位特異的ヌクレアーゼは,人工ヌクレアーゼとRNA誘導型ヌクレアーゼに大別される.第一世代のゲノム編集ツールは,人工ヌクレアーゼとして開発されたZinc-finger nuclease(ZFN)である.ZFNは,目的の配列に特異的に結合するZinc-fingerモチーフと,制限酵素FoklのDNA切断ドメインから構成されるキメラタンパク質で,一組のZFNを発現させることにより目的配列にDNA二本鎖切断を誘導することができる.DNA二本鎖切断は非相同末端連結あるいは相同組み換え修復によって修復され,この際に目的の遺伝子を改変することが可能となる.しかし,ZFNは,ベクター構築が難しく,高価であり,デザインどおりにDNAを認識しないことが多かった.

第二世代として,Transcription activator-like effector nuclease(TALEN)が開発された.TALENはZFNのDNA結合ドメインを植物病原菌Xanthomonas属のTALEタンパク質に代えた人工ヌクレアーゼで,一組のヌクレアーゼによってDNA二本鎖を切断する.TALEタンパク質はTALEリピートと呼ばれる繰り返しモチーフを中心にもち,このリピート中のアミノ酸の組み合わせにより特異的に塩基配列を認識するTALENを自在にデザインできる.ZFNに比べて,標的遺伝子に対する特異性が向上し,標的配列に類似した配列を切断するオフターゲットも減少した.

第三世代は,RNA誘導型ヌクレアーゼのCRISPR(Clustered regularly interspaced short palindromic repeats)/Cas9(CRISPR-associated protein 9)である(9,10)9) L. Cong, F. A. Ran, D. Cox, S. Lin, R. Barretto, N. Habib, P. D. Hsu, X. Wu, W. Jiang, L. A. Marraffini et al.: Science, 339, 819 (2013).10) P. Mali, L. Yang, K. M. Esvelt, J. Aach, M. Guell, J. E. DiCarlo, J. E. Norville & G. M. Church: Science, 339, 823 (2013)..CRISPR/Cas9は,ガイドRNAとCas9エンドヌクレアーゼ(タンパク質)の2つの異なる分子からなり,ガイドRNAの中の標的配列に相補的な20塩基がDNA配列を特異的に認識し,Cas9エンドヌクレアーゼがDNA二本鎖を切断する.その切断部位が修復される過程で,塩基配列の欠失・挿入の変異がゲノム上に導入される.CRISPR/Cas9システムは,ほかの人工ヌクレアーゼに比べて,ガイドRNA配列の変更のみで標的ゲノムに対する特異性を変更でき,設計が比較的容易であり,さらに,複数箇所を同時にゲノム編集可能であるため,急速に広まっている.すでに,マウスやヒトES細胞やiPS細胞の改変,ゼブラフィッシュ,マウス,ラットなどの遺伝子改変動物の作製に利用され,多くの成功例が報告されている.CRISPR/Casを用いた遺伝子改変動物作製のメリットは簡便性とスピードである.マウスの受精卵に直接注入することによりノックアウトマウスやノックインマウス,さらには2カ所を標的としてlox配列を導入したfloxマウスなどが作製されており,驚くべきことに,オリゴDNAの合成から,受精卵への注入,マウスの出産まで最速で約1カ月でノックアウトマウスを作製することも不可能ではない.また,ROSA26遺伝子座にCas9をノックインしたマウスも作製されており,ガイドRNAを導入するだけで組み換えを起こすこともできるようになっている(11)11) R. J. Platt, S. Chen, Y. Zhou, M. J. Yim, L. Swiech, H. R. Kempton, J. E. Dahlman, O. Parnas, T. M. Eisenhaure, M. Jovanovic et al.: Cell, 159, 440 (2014)..しかし,CRISPR/Casは簡便である反面,ガイドRNAは僅か20塩基で,標的サイトは3′端がNGGで終わるPAMサイト配列であるために,標的以外の場所を切断するオフターゲットリスクがTALENよりも高い.今後,活性や特異性などの改良が進み,in vivoでのゲノム編集や遺伝子発現制御,生細胞イメージングなどへも応用され,さらに進化し続けるのは間違いないであろう.

おわりに

記憶・学習・認知・情動・意思などの高次脳機能は,ミクロレベルの機能マップが複雑に組み合わさって作るマクロレベルの機能マップの統合によって生じると考えられる.さらに,機能マップは,神経細胞がシナプス接続により構成する神経回路の構造マップにより規定される.脳機能を理解するためには,構造マップと機能マップをマクロレベルとミクロレベルでそれぞれ双方向に統合化することが必須であろう.

ノーベル生理学・医学賞を受賞したSydney Brenner博士の言葉に「Progress in science depends on new techniques, new discoveries and new ideas, probably in that order」がある.本稿で紹介した二光子顕微鏡,Optogenetics,ウイルスベクター,脳の透明化,ゲノム編集技術などの解析技術が,高次脳機能の理解,神経回路の動作原理の解明,精神疾患や神経疾患の病因解明および新規予防・治療法の開発につながることを期待する(12)12) F. Osakada & M. Takahashi: Biol. Pharm. Bull., 38, 341 (2015).

Reference

1) K. D. Harris & T. D. Mrsic-Flogel: Nature, 503, 51 (2013).

2) K. Ohki, S. Chung, Y. H. Ch'ng, P. Kara & R. C. Reid: Nature, 433, 597 (2005).

3) L. Tian, S. A. Hires, T. Mao, D. Huber, M. E. Chiappe, S. H. Chalasani, L. Petreanu, J. Akerboom, S. A. McKinney, E. R. Schreiter et al.: Nat. Methods, 6, 875 (2009).

4) E. S. Boyden, F. Zhang, E. Bamberg, G. Nagel & K. Deisseroth: Nat. Neurosci., 8, 1263 (2005).

5) I. R. Wickersham, D. C. Lyon, R. J. Barnard, T. Mori, S. Finke, K. K. Conzelmann, J. A. Young & E. M. Callaway: Neuron, 53, 639 (2007).

6) F. Osakada, T. Mori, A. H. Cetin, J. H. Marshel, B. Virgen & E. M. Callaway: Neuron, 71, 617 (2011).

7) F. Osakada & E. M. Callaway: Nat. Protoc., 8, 1583 (2013).

8) H. Hama, H. Kurokawa, H. Kawano, R. Ando, T. Shimogori, H. Noda, K. Fukami, A. Sakaue-Sawano & A. Miyawaki: Nat. Neurosci., 14, 1481 (2011).

9) L. Cong, F. A. Ran, D. Cox, S. Lin, R. Barretto, N. Habib, P. D. Hsu, X. Wu, W. Jiang, L. A. Marraffini et al.: Science, 339, 819 (2013).

10) P. Mali, L. Yang, K. M. Esvelt, J. Aach, M. Guell, J. E. DiCarlo, J. E. Norville & G. M. Church: Science, 339, 823 (2013).

11) R. J. Platt, S. Chen, Y. Zhou, M. J. Yim, L. Swiech, H. R. Kempton, J. E. Dahlman, O. Parnas, T. M. Eisenhaure, M. Jovanovic et al.: Cell, 159, 440 (2014).

12) F. Osakada & M. Takahashi: Biol. Pharm. Bull., 38, 341 (2015).