解説

バイオリファイナリーの現状と展望バイオマスからの化学品・燃料の生産

Current Status and Future Perspectives of Bio-Refinery

Tomohisa Hasunuma

蓮沼 誠久

神戸大学自然科学系先端融合研究環重点研究部 ◇ 〒657-8501 兵庫県神戸市灘区六甲台町1番1号

Core Research Team, Organization of Advanced Science and Technology, Kobe University ◇ 1-1 Rokkodai-cho, Nada-ku, Kobe-shi, Hyogo 657-8501, Japan

Jun Ishii

石井

神戸大学自然科学系先端融合研究環重点研究部 ◇ 〒657-8501 兵庫県神戸市灘区六甲台町1番1号

Core Research Team, Organization of Advanced Science and Technology, Kobe University ◇ 1-1 Rokkodai-cho, Nada-ku, Kobe-shi, Hyogo 657-8501, Japan

Chiaki Ogino

荻野 千秋

神戸大学大学院工学研究科 ◇ 〒657-8501 兵庫県神戸市灘区六甲台町1番1号

Graduate School of Engineering, Kobe University ◇ 1-1 Rokkodai-cho, Nada-ku, Kobe-shi, Hyogo 657-8501, Japan

Akihiko Kondo

近藤 昭彦

神戸大学大学院工学研究科 ◇ 〒657-8501 兵庫県神戸市灘区六甲台町1番1号

Graduate School of Engineering, Kobe University ◇ 1-1 Rokkodai-cho, Nada-ku, Kobe-shi, Hyogo 657-8501, Japan

Published: 2015-09-20

持続可能な社会へ向かうためには再生可能エネルギーが中心的な役割を果たすことが求められている.そのなかで,バイオマスから液体燃料やバルクケミカルを経済性良く,高効率で生産する技術の開発が期待されている.バイオマスとしては,安定的な供給が可能で,食糧と競合しないリグノセルロース系バイオマスの利活用が望まれている.本稿ではリグノセルロース系バイオマスからのエタノールの製造プロセスについて研究の課題と最新の知見を紹介するとともに,バイオプロセスによるバルクケミカル生産に関する最近の研究例についても紹介する.

はじめに

石油資源の枯渇や地球温暖化を回避して持続可能な社会を構築するために,燃料や化学製品(プラスチックや繊維など)製造の原料を石油から再生可能な資源「バイオマス」へと転換する「バイオリファイナリー技術」の開発が強く求められている.バイオリファイナリーとは,サトウキビなどから得られる糖蜜,トウモロコシなどのデンプン,および木質系・草本系バイオマス(リグノセルロース系バイオマスと呼ばれる)の分解によって得られる糖類を微生物で発酵することによりにより,燃料(バイオ燃料と呼ばれる)や化学品(バイオベース化学品と呼ばれる)を生産する技術体系である(図1図1■バイオリファイナリーの概要).

図1■バイオリファイナリーの概要

バイオ燃料としては,バイオエタノールの大規模な生産が行われるようになってきている.特にブラジルと米国はバイオエタノール生産大国であり,ブラジルではサトウキビ由来の糖液を,米国ではトウモロコシデンプンを原料として,バイオエタノール生産が行われている.トウモロコシデンプンを原料とする場合は,粉砕して,高温で可溶化した後にデンプン分解酵素(アミラーゼ)処理に供し,デンプンをグルコースやマルトースに分解する.分解により得られた糖類を酵母により嫌気条件下で発酵することによりエタノールを効率的に生産させる.発酵で得られたエタノールは最終的に蒸留・脱水工程を経て回収される.一方,バイオエタノール生産量が増えるにつれて,原料となるトウモロコシの使用量と価格の上昇,トウモロコシを主原料とする家畜飼料の価格の上昇が起こり,最終的には食肉加工食品の価格にまで影響する事態を招いた.そこで,食糧の供給と競合しないバイオマスの供給が急務となり,リグノセルロース系バイオマスへの転換が求められている(1)1) 吉田和哉,植田充美,福崎英一郎:“第二世代バイオ燃料の開発と応用展開”,シーエムシー出版,2009..本稿ではまず,第二世代バイオエタノールとして期待される,リグノセルロース系バイオマスからのエタノールの製造プロセスについて,研究の課題と最新の知見を紹介したい.一方,バイオベース化学品の生産は,バイオエタノールの場合と比べて発酵工程の生産性・収率などが低く,より挑戦的な課題である.本稿ではバイオプロセスによる化学品生産の最新の研究例についても触れたい.

リグノセルロース系バイオマスからのバイオエタノール生産プロセス

主なリグノセルロース系バイオマスとして,稲藁,麦藁,籾殻,バガス(サトウキビ搾汁後の残渣),コーンストーバー(トウモロコシ茎葉)のような草本系バイオマスと,廃材,木材チップなどの木質系バイオマスが挙げられる.地球上で最も賦存量の多いバイオマスであるが,実用化に際しては課題が残されている.その理由は,リグノセルロースの強固な分子構造にあり,加水分解酵素による糖の生成がデンプンと比べて困難である.リグノセルロース系バイオマスの主成分はセルロースであり,グルコースがβ-1→4グルコシド結合で直鎖状に重合した高分子である.セルロース分子は水素結合を介して束になり,繊維状の結晶構造をとる.セルロース繊維の周囲にはヘミセルロース(キシロースがβ-1→4結合したキシラン主鎖にグルコースやアラビノース,グルクロン酸からなる側鎖が連結した高分子)が存在し,さらにその外層には,芳香族化合物の重合体であるリグニンが沈着して構造を強化している.発酵によりエタノールに変換されうるのはセルロースおよびヘミセルロースであるが,結晶性のセルロースからグルコースを取り出すことは容易ではない.

一般に,バイオマスを糖化して利用するシュガープラットフォームでは,リグノセルロース系バイオマスからのエタノール生産プロセスは,①バイオマスを膨潤化し,利用しやすい構造に変換する前処理工程,②酵素によりセルロースおよびヘミセルロースを加水分解して糖を生成する糖化工程,③糖(主としてグルコース,キシロース)を炭素源として微生物による発酵でエタノールを生産する発酵工程,④生産物を回収する蒸留・脱水工程に分けられる(図2図2■リグノセルロース系バイオマスからのエタノール生産プロセス(左)および,前処理工程で生成する代表的な発酵阻害物質(右)).

図2■リグノセルロース系バイオマスからのエタノール生産プロセス(左)および,前処理工程で生成する代表的な発酵阻害物質(右)

前処理工程では,硫酸などを用いた酸処理が主流の一つとなり,バイオマスに対して0.4%程度の硫酸を使用して200~230°Cで1~5分程度処理を行う「希硫酸法」が用いられる.硫酸はセルロース分子間で形成している水素結合を切断することにより,結晶構造を破壊して不定形にする.この条件では,95%のヘミセルロースと20%のセルロースが可溶化される.また,100°C以上の熱水を用いた加水分解により脱リグニンする方法「水熱処理法」も用いられる.加圧した熱水は酸と同様の作用をし,ヘミセルロースは150°C前後,セルロースは230°C前後で可溶化することが知られている.こうした物理化学的前処理はバイオマスの高次構造を破断する一方で,生成した糖が二次分解や縮合を起こして多くの二次生成物(酢酸やギ酸,レブリン酸などの弱酸類,フルフラールや5-ヒドロキシメルチフルフラールのようなフラン誘導体,シリングアルデヒドやバニリンのようなフェノール類など)を生成することが問題となっている(図2図2■リグノセルロース系バイオマスからのエタノール生産プロセス(左)および,前処理工程で生成する代表的な発酵阻害物質(右)).これら過分解物の生成はバイオマスから得られる糖の収率を下げるだけでなく,発酵工程における微生物の物質代謝を阻害する.したがって,前処理工程では,糖化酵素(セルラーゼ)の基質への接触を可能にする結晶構造の緩和を施すとともに,二次生成物の生成を抑える最適な条件決定が求められる.

糖化工程では,酵素製剤を添加して,そのなかに含まれるセルラーゼやヘミセルラーゼの性質に合わせた50°C前後での加水分解反応を行うことが多い.セルロースは,単一の酵素による分解が不可能であり,数種の異なった分解酵素の相乗効果により糖化されている(2)2) 近藤昭彦,天野良彦,田丸 浩:“バイオマス分解酵素研究の最前線”,シーエムシー出版,2012..一般に,セルラーゼとは,セルロースを加水分解するための数種類の混合した酵素の総称であり,その機能・役割により次のように大別できる;①非結晶セルロースをランダムに切断するエンド型のエンドグルカナーゼ(EG),②結晶セルロースの末端からセロオリゴ糖を遊離するエキソ型のセロビオハイドロラーゼ(CBH),③セロオリゴ糖の末端からグルコースを生成するエキソ型のβ-グルコシダーゼ(BGL).微生物は,基質認識性や生成物分布の異なる複数のセルラーゼ関連酵素を生産し,なかでも糸状菌Trichoderma reeseiは力価の高い酵素群を大量に生産するため,酵素製剤の生産菌として最もよく用いられている.リグノセルロース系バイオマスの分子構造は,原料となる植物の種類によって異なり,前処理によってその構造が変化するため,効率的に酵素糖化を進めるためにはそれぞれの結晶性に応じたセルラーゼ成分の量比の最適化が重要であり,検討が行われている.またタンパク質工学的手法による基質分解性や酵素構造安定性の向上など,酵素の高機能化も積極的に進められている.一方,ヘミセルラーゼは,ヘミセルロースを加水分解するための酵素の総称であり,キシラナーゼとキシロシダーゼなどの相乗効果によりキシロース,グルコース,アラビノースなどの単糖を遊離する.

糖化によって生成するヘキソースとペントースは微生物発酵によりエタノールへと変換される.エタノール生産能力の高い微生物としては,Saccharomyces cerevisiaeKluyveromyces marxianusなどの真菌類,Zymomonas mobilisZymobacter palmaeなどの細菌類が知られている.なかでも,S. cerevisiaeは伝統的に食品産業に用いられている酵母であり,安全性が高いだけでなく,強力な発酵力,ストレス環境への耐性,エタノールへの耐性,遺伝学的安定性を有しており,バイオエタノール生産に用いる発酵微生物として有望と考えられている.

リグノセルロース由来バイオエタノール生産を効率化する微生物育種

リグノセルロース系バイオマスからのエタノール生産プロセスの難点の一つとして,前処理から製品回収に至る工程が多いことが挙げられる.その分,エネルギー投入量や設備投資が増大し,実用化の足かせになっている.なかでも,酵素生産,糖化,発酵のバイオプロセスは効率化が必要である.かつては,糖化が終了した後に微生物を投入して発酵を行うSHF(Separate Hydrolysis and Fermentation)が行われていたが,生成したグルコースが糖化酵素の加水分解反応を阻害するため,バイオマスからの糖回収率が頭打ちになるという問題が生じた.そこで,糖化と発酵を単一バッチで同時に行うSSF(Simultaneous Saccharification and Fermentation)を採用することで,生成したグルコースを微生物が即座に利用するため糖化酵素の生成物阻害が起こらないので,エタノール生産の効率化に成功した.また,エタノールが槽内に蓄積するため雑菌によるコンタミネーションを抑える利点も見いだした.さらに近年,酵素生産,糖化,発酵の生化学的変換過程をすべて統合化したCBP(Consolidated Bioprocessing)が検討され,バイオエタノール生産を最も効率化できるプロセスとして期待されている(3)3) T. Hasunuma & A. Kondo: Biotechnol. Adv., 30, 1207 (2012)..従来,酵素生産は最もコスト削減が必要な工程であるが,遺伝子組換えにより,十分なセルロース/ヘミセルロース分解能を有した微生物(図3図3■CBPのプロセスフロー(左)および,セルラーゼ・ヘミセルラーゼを細胞表層に集積したCBP酵母によるエタノール生産経路(右))を開発できれば,酵素生産に必要なリアクターを削減することが可能である.筆者らは,微生物の細胞表層に酵素などの機能性タンパク質を集積して,細胞に新しい機能を付与する「細胞表層工学技術」に取り組んできた.そこで,S. cerevisiaeにおいてセルラーゼやヘミセルラーゼを遺伝子から発現させて細胞表層に集積させることにより,リグノセルロース系バイオマスを細胞表層で分解すると同時に,単糖を細胞内に取り込んでエタノールを生産することに成功した(図3図3■CBPのプロセスフロー(左)および,セルラーゼ・ヘミセルラーゼを細胞表層に集積したCBP酵母によるエタノール生産経路(右)).たとえば200 g/Lのリグノセルロース系バイオマスから理論収率の89%という高い収率でのエタノール生産を実現している(4)4) Y. Matano, T. Hasunuma & A. Kondo: Bioresour. Technol., 108, 128 (2012)..細胞表層工学技術によって開発した「CBP酵母」は,単一槽内でバイオマスをワンステップでエタノールに変換できるため,低コストのエタノール生産を実現する切り札として期待されている.

図3■CBPのプロセスフロー(左)および,セルラーゼ・ヘミセルラーゼを細胞表層に集積したCBP酵母によるエタノール生産経路(右)

一方,リグノセルロース由来バイオエタノールの生産におけるもう一つの課題は,前処理工程で生成する過分解物質(図2図2■リグノセルロース系バイオマスからのエタノール生産プロセス(左)および,前処理工程で生成する代表的な発酵阻害物質(右))が発酵工程に持ち込まれ,酵母の生育や発酵を阻害することである.特に,キシロース資化系酵素を導入した出芽酵母のキシロース発酵は強く阻害される.したがって,発酵阻害物が存在していても基質を高い収率でエタノールに変換させる微生物の開発が求められている.筆者らは,細胞内の代謝状態を俯瞰することが可能なメタボローム解析技術を用いて,酢酸が酵母のキシロース発酵に与える影響を調べた.実験としては,Scheffersomyces stipitis由来キシロースレダクターゼ(XR)遺伝子,キシリトールデヒドロゲナーゼ(XDH)遺伝子,S. cerevisiae由来キシルロキナーゼ(XK)遺伝子を染色体に導入したキシロース資化性酵母株を用いて,0,30,60 mMの酢酸存在下でキシロースを単一炭素源とする微好気発酵を行い,解糖系,ペントースリン酸経路,TCA回路の中間代謝物や補酵素類の細胞内蓄積量の経時変化を調べた.その結果,添加する酢酸濃度に依存してペントースリン酸回路の代謝中間体が蓄積していることがわかった.特に,発酵開始24時間後のセドヘプツロース7リン酸(S7P)の蓄積量は,60 mMの酢酸を添加することで20倍以上増加した.この結果から,酢酸添加によりペントースリン酸回路の代謝速度が減速していると考え,S7Pを基質とするトランスアルドラーゼの遺伝子,TAL1を過剰発現させた.その結果,TAL1高発現型キシロース資化性酵母は酢酸存在下で高いエタノール生産性を示し,30 mM酢酸存在下では83%の対糖エタノール収率を達成した.実際,TAL1過剰発現株ではペントースリン酸回路の中間代謝体の蓄積が解消されていることが確認された(5)5) T. Hasunuma, T. Sanda, R. Yamada, K. Yoshimura, J. Ishii & A. Kondo: Microb. Cell Fact., 10, 2 (2011)..また,TAL1の過剰発現はギ酸存在下のエタノール生産性を向上させることも明らかとした.ギ酸は酢酸よりも低濃度で発酵を阻害することがわかっている.そこで,酵母のギ酸耐性能をさらに強化するため,トランスクリプトーム解析によりギ酸応答性の遺伝子を探索したところ,ギ酸デヒドロゲナーゼ遺伝子(FDH1)の転写物量が発酵液中のギ酸濃度依存的に増加していることが明らかとなった.筆者らはギ酸デヒドロゲナーゼによるギ酸分解反応がキシロース発酵中の酵母の生存戦略の鍵となると推測し,FDH1を過剰発現させたところ,20 mMのギ酸存在下でもギ酸非存在下と同程度のエタノールを生産することがわかった.筆者らの研究では,メタボローム解析やトランスクリプトーム解析に基づく代謝改変を行うことで,発酵阻害物存在下での酵母のエタノール生産能を向上させることに成功した(6)6) T. Hasunuma, K. Sung, T. Sanda, K. Yoshimura, F. Matsuda & A. Kondo: Appl. Microbiol. Biotechnol., 90, 997 (2011)..近年,システムバイオロジーという概念が定着しつつあり,遺伝子発現やタンパク質の蓄積,代謝物の生合成などの生物情報をグローバルに捉えようとする研究が進められている.システムバイオロジーの解析は,ブラックボックスの多い細胞内代謝メカニズムのなかから,微生物に目的の形質を付与するための遺伝子組換え戦略を導出するのに有効であることが示された.今後,微生物を育種する際のキーテクノロジーになることが期待される.

近年,バイオリファイナリー技術の開発は世界的な競争となっており,欧米では数百億円単位の研究開発予算が投入されている.神戸大学では,バイオリファイナリーの学術基盤の整備,技術の体系化を目指して,2007年12月に「統合バイオリファイナリーセンター」を設立した.バイオリファイナリーに関する研究センターの開設は国内では初めてであり,日本の得意とする技術領域である微生物育種技術や発酵技術の高度化を核として独自かつ世界をリードするバイオリファイナリー技術の開発を推進している.微生物を利用したバイオプロセスでは,バイオマスの分解と微生物発酵の効率化が鍵となる.筆者らは,上述の細胞表層工学と代謝工学を組み合わせ,ベンチスケールでのプロセス開発を展開しているところである.

バイオベース化学品生産の検討

バイオエタノール以外にも,プラスチックや繊維などの化学品を植物由来のバイオマスを原料として製造しようとする動きが近年活発化しつつある.米デュポン社が実用化したBio-PDOはトウモロコシなどに含まれる糖成分(グルコースやキシロース)から作られる100%植物由来の1,3-プロパンジオールであり,化粧品や冷却液などの用途のほか,ポリウレタンやポリマーの原料としても利用されている.また,米ネイチャーワークス社は植物由来原料から乳酸を生産し,ポリ乳酸などのプラスチックを製造している.これらのバイオベース化学品の製造例は大きく注目され,現在では国内を含め多くの化学メーカーが1,3-プロパンジオール以外のさまざまな化学品についてもバイオ由来製品を実用化しようとする研究を行っている.

バイオベース化学品を生産するための微生物宿主としては,大腸菌が最もよく使用されている.実際,Bio-PDOの生産は,遺伝子組換え大腸菌を用いていると言われている(7)7) 向山正治,堀川 洋:生物工学会誌,90, 407 (2012)..しかしながら,大腸菌は大規模スケールにおける長期間の安定的な連続発酵プロセスの確立や雑菌汚染リスクの回避が難しく,バイオマス前処理物に含まれる発酵阻害物や発酵副生成物の酸などにより収率が低下するなどの理由から,実用化においてはより強靭な微生物の利用が望まれている.候補の一つとして,酵母は非常に魅力的な宿主の一つである.酸などのストレスへの耐性が強いため,酸洗浄や酸性条件下発酵によりコンタミネーションリスクの低減が可能であり,溶菌しにくいため,長期の連続発酵や繰返し発酵も可能にする.醸造で伝統的に使用されている実績やバイオエタノールなどの先行研究のノウハウも活用できることからも,バイオベース化学品の実用化において有望な宿主である.一方で,S. cerevisiaeは主にエタノールを生産する微生物であるため,エタノール以外の化合物を大量生産するための代謝工学手法を開発することが重要である.酵母以外の宿主としては,コリネ型細菌Corynebacterium glutamicumが有望である.酸耐性が強く,特定の有機酸やアミノ酸を高生産する株が育種されており,本稿ではC. glutamicumを用いたバイオナイロン生産に関する取り組みを紹介したい.

γ-アミノ酪酸(GABA)は新しいバイオプラスチック原料としてポテンシャルをもつ化合物であり,2-ピロリドンを経て重合させることによりナイロン4の合成が可能である(8)8) N. Kawasaki, A. Nakayama, N. Yamano, S. Takeda, Y. Kawata, N. Yamamoto & S. Aiba: Polymer, 46, 9987 (2005)..そこでGABAを糖類から発酵生産することができれば,原料を石油に依存しないバイオ由来のプラスチック製造が可能となる.ナイロン4は従来の石油由来ナイロン6と同様に高結晶性のポリアミドであり,融点も265°Cと高く,エンジニアリングプラスチックとしての利用が期待される.さらに,土壌中で微生物群により良好な生分解を受ける(9)9) K. Hashimoto, T. Hamano & M. Okada: J. Appl. Polym. Sci., 54, 1579 (1994).ため,廃棄処理も容易になることが期待され,環境に調和した「バイオナイロン」として一般消費者に対するインパクトも強いと考えられる.GABAは乳酸菌や大腸菌ではグルタミン酸脱炭酸酵素(Gad)の作用によりグルタミン酸から生合成される.従来,食品分野で行われてきた乳酸菌を用いるGABA発酵は,培地中に高価なグルタミン酸もしくはグルタミン酸ナトリウムを添加することが難点であり,発酵の副生物が多いためポリマー原料の生産には適していなかった.そこで,グルタミン酸高生産菌であるC. glutamicumでGadを発現させることにより,培地中へのグルタミン酸添加を回避するとともに高純度のGABA生産を試みた.大腸菌由来のGad遺伝子を菌体内で高発現させたC. glutamicum GAD株を用いてグルコースを炭素源とする培地で好気発酵を行ったところ,培養96時間で8.0 g/LのGABAを培養液中に生産した.さらに,培養液にGadの補酵素であるピリドキサル5′-リン酸を添加したところ,GABA生産量は向上し,発酵72時間で12.3 g/Lの生産量に達した(10)10) C. Takahashi, J. Shirakawa, T. Tsuchidate, N. Okai, K. Hatada, H. Nakayama, T. Tateno, C. Ogino & A. Kondo: Enzyme Microb. Technol., 51, 171 (2012).C. glutamicumは食品および化学品生産で使用が認可されている微生物であり,安全面においても利点がある.発酵液からの分離・精製方法を確立することができれば,GABAはバイオプラスチック・バイオ繊維原料として広く利用可能と考えられる.プラスチックは現在,その原料のほとんどが石油から生産されている.わが国では年間約1,500万トンのプラスチックが石油から生産されており,それらをバイオベースに置き換えることは大きな課題である.バイオマスを原料として,発酵によって得られた生産物をモノマーとして重合し,機能性ポリマーを合成することができれば,従来の石油化学品を代替し,環境に調和したプラスチック製品を社会に供給する可能性が生まれる.

おわりに

バイオマス資源から,燃料やプラスチックなどの大量生産・消費される製品群を社会に供給することは,持続可能な低炭素化社会を実現するうえで重要である.バイオリファイナリーは,低環境負荷型のバイオ技術を駆使して作り出すことが望ましい.神戸大学では,ラボスケールでの実験結果をもとにベンチプラントの設計・製作を行い,CBPを核とした一貫プロセスの実証試験を開始した.今後,研究が促進し,微生物の高機能化がバイオプロセスの用途を拡大し,バイオリファイナリーの構築を加速させることを期待したい.

Reference

1) 吉田和哉,植田充美,福崎英一郎:“第二世代バイオ燃料の開発と応用展開”,シーエムシー出版,2009.

2) 近藤昭彦,天野良彦,田丸 浩:“バイオマス分解酵素研究の最前線”,シーエムシー出版,2012.

3) T. Hasunuma & A. Kondo: Biotechnol. Adv., 30, 1207 (2012).

4) Y. Matano, T. Hasunuma & A. Kondo: Bioresour. Technol., 108, 128 (2012).

5) T. Hasunuma, T. Sanda, R. Yamada, K. Yoshimura, J. Ishii & A. Kondo: Microb. Cell Fact., 10, 2 (2011).

6) T. Hasunuma, K. Sung, T. Sanda, K. Yoshimura, F. Matsuda & A. Kondo: Appl. Microbiol. Biotechnol., 90, 997 (2011).

7) 向山正治,堀川 洋:生物工学会誌,90, 407 (2012).

8) N. Kawasaki, A. Nakayama, N. Yamano, S. Takeda, Y. Kawata, N. Yamamoto & S. Aiba: Polymer, 46, 9987 (2005).

9) K. Hashimoto, T. Hamano & M. Okada: J. Appl. Polym. Sci., 54, 1579 (1994).

10) C. Takahashi, J. Shirakawa, T. Tsuchidate, N. Okai, K. Hatada, H. Nakayama, T. Tateno, C. Ogino & A. Kondo: Enzyme Microb. Technol., 51, 171 (2012).