Kagaku to Seibutsu 53(10): 689-695 (2015)
解説
バイオリファイナリーの現状と展望―バイオマスからの化学品・燃料の生産
Current Status and Future Perspectives of Bio-Refinery
Published: 2015-09-20
持続可能な社会へ向かうためには再生可能エネルギーが中心的な役割を果たすことが求められている.そのなかで,バイオマスから液体燃料やバルクケミカルを経済性良く,高効率で生産する技術の開発が期待されている.バイオマスとしては,安定的な供給が可能で,食糧と競合しないリグノセルロース系バイオマスの利活用が望まれている.本稿ではリグノセルロース系バイオマスからのエタノールの製造プロセスについて研究の課題と最新の知見を紹介するとともに,バイオプロセスによるバルクケミカル生産に関する最近の研究例についても紹介する.
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
石油資源の枯渇や地球温暖化を回避して持続可能な社会を構築するために,燃料や化学製品(プラスチックや繊維など)製造の原料を石油から再生可能な資源「バイオマス」へと転換する「バイオリファイナリー技術」の開発が強く求められている.バイオリファイナリーとは,サトウキビなどから得られる糖蜜,トウモロコシなどのデンプン,および木質系・草本系バイオマス(リグノセルロース系バイオマスと呼ばれる)の分解によって得られる糖類を微生物で発酵することによりにより,燃料(バイオ燃料と呼ばれる)や化学品(バイオベース化学品と呼ばれる)を生産する技術体系である(図1図1■バイオリファイナリーの概要).
バイオ燃料としては,バイオエタノールの大規模な生産が行われるようになってきている.特にブラジルと米国はバイオエタノール生産大国であり,ブラジルではサトウキビ由来の糖液を,米国ではトウモロコシデンプンを原料として,バイオエタノール生産が行われている.トウモロコシデンプンを原料とする場合は,粉砕して,高温で可溶化した後にデンプン分解酵素(アミラーゼ)処理に供し,デンプンをグルコースやマルトースに分解する.分解により得られた糖類を酵母により嫌気条件下で発酵することによりエタノールを効率的に生産させる.発酵で得られたエタノールは最終的に蒸留・脱水工程を経て回収される.一方,バイオエタノール生産量が増えるにつれて,原料となるトウモロコシの使用量と価格の上昇,トウモロコシを主原料とする家畜飼料の価格の上昇が起こり,最終的には食肉加工食品の価格にまで影響する事態を招いた.そこで,食糧の供給と競合しないバイオマスの供給が急務となり,リグノセルロース系バイオマスへの転換が求められている(1)1) 吉田和哉,植田充美,福崎英一郎:“第二世代バイオ燃料の開発と応用展開”,シーエムシー出版,2009..本稿ではまず,第二世代バイオエタノールとして期待される,リグノセルロース系バイオマスからのエタノールの製造プロセスについて,研究の課題と最新の知見を紹介したい.一方,バイオベース化学品の生産は,バイオエタノールの場合と比べて発酵工程の生産性・収率などが低く,より挑戦的な課題である.本稿ではバイオプロセスによる化学品生産の最新の研究例についても触れたい.
主なリグノセルロース系バイオマスとして,稲藁,麦藁,籾殻,バガス(サトウキビ搾汁後の残渣),コーンストーバー(トウモロコシ茎葉)のような草本系バイオマスと,廃材,木材チップなどの木質系バイオマスが挙げられる.地球上で最も賦存量の多いバイオマスであるが,実用化に際しては課題が残されている.その理由は,リグノセルロースの強固な分子構造にあり,加水分解酵素による糖の生成がデンプンと比べて困難である.リグノセルロース系バイオマスの主成分はセルロースであり,グルコースがβ-1→4グルコシド結合で直鎖状に重合した高分子である.セルロース分子は水素結合を介して束になり,繊維状の結晶構造をとる.セルロース繊維の周囲にはヘミセルロース(キシロースがβ-1→4結合したキシラン主鎖にグルコースやアラビノース,グルクロン酸からなる側鎖が連結した高分子)が存在し,さらにその外層には,芳香族化合物の重合体であるリグニンが沈着して構造を強化している.発酵によりエタノールに変換されうるのはセルロースおよびヘミセルロースであるが,結晶性のセルロースからグルコースを取り出すことは容易ではない.
一般に,バイオマスを糖化して利用するシュガープラットフォームでは,リグノセルロース系バイオマスからのエタノール生産プロセスは,①バイオマスを膨潤化し,利用しやすい構造に変換する前処理工程,②酵素によりセルロースおよびヘミセルロースを加水分解して糖を生成する糖化工程,③糖(主としてグルコース,キシロース)を炭素源として微生物による発酵でエタノールを生産する発酵工程,④生産物を回収する蒸留・脱水工程に分けられる(図2図2■リグノセルロース系バイオマスからのエタノール生産プロセス(左)および,前処理工程で生成する代表的な発酵阻害物質(右)).
前処理工程では,硫酸などを用いた酸処理が主流の一つとなり,バイオマスに対して0.4%程度の硫酸を使用して200~230°Cで1~5分程度処理を行う「希硫酸法」が用いられる.硫酸はセルロース分子間で形成している水素結合を切断することにより,結晶構造を破壊して不定形にする.この条件では,95%のヘミセルロースと20%のセルロースが可溶化される.また,100°C以上の熱水を用いた加水分解により脱リグニンする方法「水熱処理法」も用いられる.加圧した熱水は酸と同様の作用をし,ヘミセルロースは150°C前後,セルロースは230°C前後で可溶化することが知られている.こうした物理化学的前処理はバイオマスの高次構造を破断する一方で,生成した糖が二次分解や縮合を起こして多くの二次生成物(酢酸やギ酸,レブリン酸などの弱酸類,フルフラールや5-ヒドロキシメルチフルフラールのようなフラン誘導体,シリングアルデヒドやバニリンのようなフェノール類など)を生成することが問題となっている(図2図2■リグノセルロース系バイオマスからのエタノール生産プロセス(左)および,前処理工程で生成する代表的な発酵阻害物質(右)).これら過分解物の生成はバイオマスから得られる糖の収率を下げるだけでなく,発酵工程における微生物の物質代謝を阻害する.したがって,前処理工程では,糖化酵素(セルラーゼ)の基質への接触を可能にする結晶構造の緩和を施すとともに,二次生成物の生成を抑える最適な条件決定が求められる.
糖化工程では,酵素製剤を添加して,そのなかに含まれるセルラーゼやヘミセルラーゼの性質に合わせた50°C前後での加水分解反応を行うことが多い.セルロースは,単一の酵素による分解が不可能であり,数種の異なった分解酵素の相乗効果により糖化されている(2)2) 近藤昭彦,天野良彦,田丸 浩:“バイオマス分解酵素研究の最前線”,シーエムシー出版,2012..一般に,セルラーゼとは,セルロースを加水分解するための数種類の混合した酵素の総称であり,その機能・役割により次のように大別できる;①非結晶セルロースをランダムに切断するエンド型のエンドグルカナーゼ(EG),②結晶セルロースの末端からセロオリゴ糖を遊離するエキソ型のセロビオハイドロラーゼ(CBH),③セロオリゴ糖の末端からグルコースを生成するエキソ型のβ-グルコシダーゼ(BGL).微生物は,基質認識性や生成物分布の異なる複数のセルラーゼ関連酵素を生産し,なかでも糸状菌Trichoderma reeseiは力価の高い酵素群を大量に生産するため,酵素製剤の生産菌として最もよく用いられている.リグノセルロース系バイオマスの分子構造は,原料となる植物の種類によって異なり,前処理によってその構造が変化するため,効率的に酵素糖化を進めるためにはそれぞれの結晶性に応じたセルラーゼ成分の量比の最適化が重要であり,検討が行われている.またタンパク質工学的手法による基質分解性や酵素構造安定性の向上など,酵素の高機能化も積極的に進められている.一方,ヘミセルラーゼは,ヘミセルロースを加水分解するための酵素の総称であり,キシラナーゼとキシロシダーゼなどの相乗効果によりキシロース,グルコース,アラビノースなどの単糖を遊離する.
糖化によって生成するヘキソースとペントースは微生物発酵によりエタノールへと変換される.エタノール生産能力の高い微生物としては,Saccharomyces cerevisiae,Kluyveromyces marxianusなどの真菌類,Zymomonas mobilis,Zymobacter palmaeなどの細菌類が知られている.なかでも,S. cerevisiaeは伝統的に食品産業に用いられている酵母であり,安全性が高いだけでなく,強力な発酵力,ストレス環境への耐性,エタノールへの耐性,遺伝学的安定性を有しており,バイオエタノール生産に用いる発酵微生物として有望と考えられている.
リグノセルロース系バイオマスからのエタノール生産プロセスの難点の一つとして,前処理から製品回収に至る工程が多いことが挙げられる.その分,エネルギー投入量や設備投資が増大し,実用化の足かせになっている.なかでも,酵素生産,糖化,発酵のバイオプロセスは効率化が必要である.かつては,糖化が終了した後に微生物を投入して発酵を行うSHF(Separate Hydrolysis and Fermentation)が行われていたが,生成したグルコースが糖化酵素の加水分解反応を阻害するため,バイオマスからの糖回収率が頭打ちになるという問題が生じた.そこで,糖化と発酵を単一バッチで同時に行うSSF(Simultaneous Saccharification and Fermentation)を採用することで,生成したグルコースを微生物が即座に利用するため糖化酵素の生成物阻害が起こらないので,エタノール生産の効率化に成功した.また,エタノールが槽内に蓄積するため雑菌によるコンタミネーションを抑える利点も見いだした.さらに近年,酵素生産,糖化,発酵の生化学的変換過程をすべて統合化したCBP(Consolidated Bioprocessing)が検討され,バイオエタノール生産を最も効率化できるプロセスとして期待されている(3)3) T. Hasunuma & A. Kondo: Biotechnol. Adv., 30, 1207 (2012)..従来,酵素生産は最もコスト削減が必要な工程であるが,遺伝子組換えにより,十分なセルロース/ヘミセルロース分解能を有した微生物(図3図3■CBPのプロセスフロー(左)および,セルラーゼ・ヘミセルラーゼを細胞表層に集積したCBP酵母によるエタノール生産経路(右))を開発できれば,酵素生産に必要なリアクターを削減することが可能である.筆者らは,微生物の細胞表層に酵素などの機能性タンパク質を集積して,細胞に新しい機能を付与する「細胞表層工学技術」に取り組んできた.そこで,S. cerevisiaeにおいてセルラーゼやヘミセルラーゼを遺伝子から発現させて細胞表層に集積させることにより,リグノセルロース系バイオマスを細胞表層で分解すると同時に,単糖を細胞内に取り込んでエタノールを生産することに成功した(図3図3■CBPのプロセスフロー(左)および,セルラーゼ・ヘミセルラーゼを細胞表層に集積したCBP酵母によるエタノール生産経路(右)).たとえば200 g/Lのリグノセルロース系バイオマスから理論収率の89%という高い収率でのエタノール生産を実現している(4)4) Y. Matano, T. Hasunuma & A. Kondo: Bioresour. Technol., 108, 128 (2012)..細胞表層工学技術によって開発した「CBP酵母」は,単一槽内でバイオマスをワンステップでエタノールに変換できるため,低コストのエタノール生産を実現する切り札として期待されている.