セミナー室

高温環境を生き抜くための植物の転写制御機構

Naohiko Ohama

大濱 直彦

東京大学大学院農学生命科学研究科 ◇ 〒113-8657 東京都文京区弥生一丁目1番1号

Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo ◇ 1-1-1 Yayoi, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8657, Japan

Kazuko Yamaguchi-Shinozaki

篠崎 和子

東京大学大学院農学生命科学研究科 ◇ 〒113-8657 東京都文京区弥生一丁目1番1号

Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo ◇ 1-1-1 Yayoi, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8657, Japan

Published: 2015-09-20

高温ストレスはあらゆる生物が遭遇しうる普遍的な環境ストレスである.日周,年周の気温や水温の変化に加え,気象条件によっては突発的に極端な温度上昇にさらされることもある.高温ストレスは短時間のうちに生命現象のさまざまな側面に影響を与え,細胞に対して致命的なダメージを引き起こす.そのため,高温ストレスに対応するための仕組みは,生物が生存するうえで最も重要な防御システムの一つである.高温ストレスにさらされた細胞では転写の急速なリプログラミングが起こり,さまざまな遺伝子の発現が速やかに誘導されることが知られている(1)1) S. Kotak, J. Larkindale, U. Lee, P. von Koskull-Döring, E. Vierling & K. Scharf: Curr. Opin. Plant Biol., 10, 310 (2007)..この反応は高温ストレス応答と呼ばれ,細胞レベルで高温ストレスに適応するための重要な仕組みである.後に述べるように,高温ストレス応答の基本となる制御メカニズムは動物や植物を含め,真核生物に極めて広く保存されている.このことは,高温ストレスへの対応が生物にとっていかに重要なことであるかを示している.しかし,生物がさらされうる高温ストレスの程度やその影響力は,それぞれの生物がおかれた状況により大きく異なると想定される.たとえば,動物は高温ストレスにさらされたとしても,日陰や土中といった温度の低い場所へ移動することで高温ストレス自体を軽減することが可能である.それに対し,移動の自由をもたない植物は外部温度の上昇に自らを適応させるしかなく,ときには非常に極端な高温ストレスや長期間にわたる高温ストレスにも耐えなくてはならない.植物が生き残るためには,幅広いパターンの高温ストレスにも適応しうる強靭かつ柔軟な高温ストレス応答の制御システムが必要になってくると推測される.

これまでに,高温ストレス応答制御機構の研究は主にヒトやショウジョウバエ,酵母などを用いて行われてきた(2)2) M. Akerfelt, R. Morimoto & L. Sistonen: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 11, 545 (2010)..しかし近年,筆者らを含むいくつかの研究グループによって,植物における高温ストレス応答を制御する重要な因子やそれらのつながりもしだいに解明されつつある(3,4)3) R. Mittler, A. Finka & P. Goloubinoff: Trends Biochem. Sci., 37, 118 (2012).4) S. Fragkostefanakis, S. Röth, E. Schleiff & K. Scharf: Plant Cell Environ., 38, 1881 (2015)..その結果,植物の高温ストレス応答制御機構は動物以上に複雑化しており,特に転写制御レベルで多数の転写因子が関与する転写カスケードが形成されていることが明らかにされた.本稿では植物の高温ストレス応答について,多数の転写因子が織りなす転写ネットワークとその制御メカニズムを中心に紹介する.

植物HSFファミリーの特徴

高温ストレス応答の転写制御機構は真核生物間でよく保存されており,その中枢にはHeat shock transcription factor(HSF)と呼ばれる転写因子が存在している(2)2) M. Akerfelt, R. Morimoto & L. Sistonen: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 11, 545 (2010)..植物ではほかの生物に例を見ない複雑なHSFファミリーが発達しており(5)5) K. Scharf, T. Berberich, I. Ebersberger & L. Nover: Biochim. Biophys. Acta, 1819, 104 (2011).,それらは植物の高温ストレス応答の特徴と深くかかわっている.そこで初めに,HSFの基本的な性質と植物HSFに独自な特徴について紹介する.高温ストレスを感知した細胞では,Heat shock protein(HSP)と呼ばれる一群の遺伝子の転写が速やかに誘導されることが知られている.HSPは分子シャペロンとしての機能をもっており,高温ストレスにより変性したタンパク質に結合し,凝集を防ぐとともに立体構造の復元を行う.ショウジョウバエにおけるHSP遺伝子のプロモーター解析により,高温ストレス誘導性の遺伝子発現をもたらすシス因子としてHeat shock element(HSE: nGAAnnTTCnまたはnTTCnnGAAn)が同定された(6)6) H. Pelham: Cell, 30, 517 (1982).. HSEは高温ストレス誘導性遺伝子のプロモーターに共通に見られる配列であることから,ここに結合するタンパク質は高温ストレス応答の中枢を担う制御因子であると推測された.そこでHSEへの結合を指標にタンパク質を精製,単離した結果,発見された因子がHSFである(7)7) C. Wu, S. Wilson, B. Walker, I. Dawid, T. Paisley, V. Zimarino & H. Ueda: Science, 238, 1247 (1987)..HSFは図1図1■HSFのドメイン構造に示すようなモジュール化された構造をもつ(2,5)2) M. Akerfelt, R. Morimoto & L. Sistonen: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 11, 545 (2010).5) K. Scharf, T. Berberich, I. Ebersberger & L. Nover: Biochim. Biophys. Acta, 1819, 104 (2011)..N末端側に存在するDNA結合ドメインとオリゴマー化ドメインはHSFに共通して存在する機能性領域であり,特にDNA結合ドメインのアミノ酸配列はHSF間で高い相同性を示す.不活性なHSFは単量体で存在し,この状態ではHSEに結合できない.高温ストレスなどの刺激により活性化されると,HSFはオリゴマー化ドメインでコイルドコイルを形成することで三量体化する.この状態になって初めて,HSFはHSEに結合できるようになる(2)2) M. Akerfelt, R. Morimoto & L. Sistonen: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 11, 545 (2010).

図1■HSFのドメイン構造

ショウジョウバエHSF(DmHSF),ヒトHSF1(HsHSF1),シロイヌナズナHSF(HSFA1a, HSFB1, HSFC1)の構造を示す.図の簡略化のため,本文中で触れたドメインについてのみ記した.HSFA1a,HSFC1のオリゴマー化ドメイン中の色が薄い部分は挿入配列を示す.DBD: DNA-binding domain, HR-A/B: Heptad repeat A/B(オリゴマー化ドメイン), AD: Activation domain, RD: Repression domain.

HSFは真核生物に極めて広く保存された転写因子であるため,HSFを介した高温ストレス応答の制御機構は真核生物に共通した仕組みであると考えられている(2)2) M. Akerfelt, R. Morimoto & L. Sistonen: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 11, 545 (2010)..しかし,HSF自身の基本的な分子的性質は生物間で共通しているが,植物のHSFにはほかの生物にはない特徴がいくつかある.一つ目はファミリー遺伝子の量的および質的な多様性である.表1表1■さまざまな生物種におけるHSFの数に示すように,植物以外の生物ではHSFファミリーは1〜4種類のメンバーで構成される.それに対し,植物のHSFファミリーはシロイヌナズナでは21種類,イネでは25種類ものメンバーを含んでいる(5)5) K. Scharf, T. Berberich, I. Ebersberger & L. Nover: Biochim. Biophys. Acta, 1819, 104 (2011)..近年ではゲノム情報の蓄積によりさまざまな植物種でHSFが同定され,その結果植物は種によって19〜52種類という極めて多様なHSFをもつことが明らかにされている(5)5) K. Scharf, T. Berberich, I. Ebersberger & L. Nover: Biochim. Biophys. Acta, 1819, 104 (2011)..植物HSFはほかの生物のHSFと比較した際,オリゴマー化ドメインに挿入配列をもつ場合がある.この配列の長さによって,植物HSFはA,B,Cの3つのクラスに分類されている(2)2) M. Akerfelt, R. Morimoto & L. Sistonen: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 11, 545 (2010)..一般的にHSFは転写制御においてアクチベーターとして機能し,植物でもクラスAのHSF(HSFA)には転写活性化ドメインが存在する.これに対し,クラスBのHSF(HSFB)には転写抑制ドメインが存在する.このようなリプレッサー型HSFは植物独自の存在である.一方,クラスCのHSFについては転写制御にかかわるドメインが同定されておらず,このクラスのHSFの機能はほとんどわかっていない.二つ目の特徴はHSFのなかにそれ自身の発現が高温ストレス誘導性を示すものがあることである.動物や酵母などではHSFは恒常的に発現しており,タンパク質レベルでの制御によって活性が調節される(2)2) M. Akerfelt, R. Morimoto & L. Sistonen: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 11, 545 (2010)..それに対し,一部の植物HSFは転写レベルで活性が制御されており,高温ストレスによって急速に発現が誘導される(8)8) P. von Koskull-Döring, K. Scharf & L. Nover: Trends Plant Sci., 12, 452 (2007)..このため,細胞内のHSF組成は高温ストレス前後で大きく変化すると考えられる.

表1■さまざまな生物種におけるHSFの数
生物種HSF数
非植物酵母1
ショウジョウバエ1
ヒト3
マウス4
植物シロイヌナズナ21
イネ25
ダイズ52
トマト24

高温ストレス応答のマスターレギュレーターとしてのHSFA1

植物のHSFではファミリーメンバー間で高温ストレス応答に対する機能分化が進み,いくつものHSFが異なる時期に異なる役割を担っている.それらのうち,HSFAのA1グループ(HSFA1)は高温ストレス応答の誘導に大きな役割をもつことが,トマトを用いた研究により以前から指摘されていた(5)5) K. Scharf, T. Berberich, I. Ebersberger & L. Nover: Biochim. Biophys. Acta, 1819, 104 (2011)..しかし,変異体などを用いた決定的な証拠は得られていなかったため,マスターレギュレーターなのか,多くのレギュレーターの一つに過ぎないのかは明らかにされていなかった.筆者らのグループはhsfa1多重変異シロイヌナズナのトランスクリプトーム解析により,ほとんどすべての高温ストレス誘導性遺伝子はHSFA1の制御下にあることを示した(9)9) T. Yoshida, N. Ohama, J. Nakajima, S. Kidokoro, J. Mizoi, K. Nakashima, K. Maruyama, J. Kim, M. Seki, D. Todaka et al.: Mol. Genet. Genomics, 286, 321 (2011)..この結果は,HSFA1が高温ストレスシグナルを遺伝子発現に変換する中枢であり,マスターレギュレーターとして機能すること示している.シロイヌナズナには4種類のHSFA1(HSFA1a, HSFA1b, HSFA1d, HSFA1e)が存在するが,そのうち高温ストレス応答で特に重要なものはHSFA1a,HSFA1b,HSFA1dの3つである.HSFA1eは通常の植物体では高温ストレス応答の起動には関与できないが,興味深いことに,種子ではある程度高温ストレス耐性の獲得に寄与することが報告されている(10)10) H. Liu, H. Liao & Y. Charng: Plant Cell Environ., 34, 738 (2011)..発現部位や下流遺伝子の微妙な違いなどにより,HSFA1間には何らかの機能分担が存在しているのかもしれない.

HSFA1自身の発現は恒常的であり,高温ストレス時にはタンパク質レベルで活性化を受けることで下流遺伝子の発現を誘導する.HSFA1の活性化にかかわる要因としてはHSP70およびHSP90との相互作用やHSFA1自身のリン酸化状態などが推測されている.HSP70,HSP90はHSFA1の負の制御因子として働き,相互作用を介してHSFA1の活性を核移行やDNA結合活性,転写活性化能などのレベルで抑制することが示唆されている(5,9)5) K. Scharf, T. Berberich, I. Ebersberger & L. Nover: Biochim. Biophys. Acta, 1819, 104 (2011).9) T. Yoshida, N. Ohama, J. Nakajima, S. Kidokoro, J. Mizoi, K. Nakashima, K. Maruyama, J. Kim, M. Seki, D. Todaka et al.: Mol. Genet. Genomics, 286, 321 (2011)..高温ストレス時はこれらのHSPが変性タンパク質と結合するようになるため,フリーになったHSFA1が活性をもつようになると考えられている.ただし,HSP70,HSP90は細胞内に極めて多量に存在するタンパク質であることから,この制御が変性タンパク質との競合的結合だけで説明できるのかについては疑問が残る.また,この抑制機構の分子メカニズム自体にも不明な点が多く,今後さらなる解析が必要である.リン酸化状態の変化によるHSFの活性化は,ヒトHSFで特によく解析されている活性制御機構である(11)11) J. Anckar & L. Sistonen: Annu. Rev. Biochem., 80, 1089 (2011)..植物においてもHSFA1をリン酸化するタンパク質キナーゼはいくつか知られており,同様の制御を受けている可能性が考えられる(12,13)12) A. Reindl, F. Schöffl, J. Schell, C. Koncz & L. Bakó: Plant Physiol., 115, 93 (1997).13) H. Liu, F. Gao, G. Li, J. Han, D. Liu, D. Sun & R. Zhou: Plant J., 55, 760 (2008)..しかし,HSFA1のリン酸化部位やin vivoでのHSFA1のリン酸化状態,高温ストレス時におけるリン酸化の経時的な変化などはわかっておらず,HSFA1の活性化にどの程度リン酸化が関与しているのかはっきりしていない.

HSFA1下流の転写カスケード

HSFA1が活性化されることにより多数の高温ストレス誘導性遺伝子が発現し始める.このとき植物に特徴的な点として,HSFを含む多数の転写因子が高温ストレス誘導性遺伝子に含まれるという点が挙げられる(8,9)8) P. von Koskull-Döring, K. Scharf & L. Nover: Trends Plant Sci., 12, 452 (2007).9) T. Yoshida, N. Ohama, J. Nakajima, S. Kidokoro, J. Mizoi, K. Nakashima, K. Maruyama, J. Kim, M. Seki, D. Todaka et al.: Mol. Genet. Genomics, 286, 321 (2011)..HSFA1の下流転写因子は高温ストレスが持続するに従って蓄積していきHSPの発現を強化したり,それぞれの転写因子に特有の経路で遺伝子発現を制御したりする.一部の転写因子はさらに別の転写因子の発現を誘導し,時間の経過に伴い遺伝子発現パターンを変化させていく.このような転写カスケードが形成されることで,植物は高温ストレスの持続時間に応じた対処が可能となっている(図2図2■高温ストレス応答の転写カスケード).近年では転写因子だけでなく,クロマチン構造や転写後調節を介した制御も適切な遺伝子発現パターンの形成に必要であることも示されている(4,14)4) S. Fragkostefanakis, S. Röth, E. Schleiff & K. Scharf: Plant Cell Environ., 38, 1881 (2015).14) J. Kim, T. Sasaki, M. Ueda, K. Sako & M. Seki: Front. Plant Sci., 6, 114 (2015).

図2■高温ストレス応答の転写カスケード

マスターレギュレーターであるHSFA1の下流には多数の転写因子が存在し,高温ストレス応答の増幅,維持,微調整などを担う.特に高温ストレス誘導性HSFの存在は植物に独特なものである(TFs: Transcription factors).

シロイヌナズナのHSFのうち,高温ストレス誘導性の遺伝子はHSFA1eHSFA2HSFA3HSFA7aHSFA7bHSFB1HSFB2aHSFB2bなどが知られる.そのなかでも,特にHSFA2とHSFA3は高温ストレス応答の正の制御因子として重要な役割をもつ.HSFA2は高温ストレスにさらされると速やかに誘導され,HSPや代謝酵素の発現を増幅する(15)15) Y. Charng, H. Liu, N. Liu, W. Chi, C. Wang, S. Chang & T. Wang: Plant Physiol., 143, 251 (2007).hsfa2変異体では高温ストレス応答が十分に維持できず,高温ストレス処理時間が長引くとHSPの発現がしだいに低下する.また,HSFA2はAcquired thermotoleranceと呼ばれる高温ストレス耐性の獲得においても重要な因子である.Acquired thermotoleranceとは,一度非致死的な高温ストレスにさらされた植物が示す高温ストレス耐性である.これは,一度誘導されたHSPなどの発現が,高温ストレス処理終了後もしばらくの間は遺伝子発現レベル,タンパク質レベルで残ることによってもたらされると考えられている.hsfa2変異体では高温ストレス処理後のHSPの発現減衰が早くに起こってしまうため,Acquired thermotoleranceの持続期間が短くなってしまう(15)15) Y. Charng, H. Liu, N. Liu, W. Chi, C. Wang, S. Chang & T. Wang: Plant Physiol., 143, 251 (2007)..HSFA2はHSFA1と同様にHSEに結合してHSPなどの発現を制御するが,興味深いことに,HSFA2は自分自身を含め大半のHSFA1下流転写因子遺伝子の発現を活性化することができない(16)16) H. Liu & Y. Charng: Plant Physiol., 163, 276 (2013)..この現象のメカニズムは不明であるが,転写カスケード全体に対する正の制御はHSFA1に特異的な機能であると推察される.HSFA3はさらに長期の高温ストレスにさらされた場合に誘導される.HSFA3はHSFA1の直接の標的ではなく,後述するDehydration-responsive element binding protein 2A(DREB2A)という高温ストレス誘導性転写因子を介して発現が誘導される(17)17) T. Yoshida, Y. Sakuma, D. Todaka, K. Maruyama, F. Qin, J. Mizoi, S. Kidokoro, Y. Fujita, K. Shinozaki & K. Yamaguchi-Shinozaki: Biochem. Biophys. Res. Commun., 368, 515 (2008)..DREB2AはHSFA2と同じタイミングで発現が誘導されるため,HSFA3の発現開始はHSFA2のそれよりも大きく後ろにずれ込む.そのため,HSFA3は高温ストレスが長時間持続した場合を想定したHSFであると考えられる.実際に,hsfa3変異体は24時間という長期の高温ストレスで処理された場合,HSPの発現を十分に維持できないことが示されている(17)17) T. Yoshida, Y. Sakuma, D. Todaka, K. Maruyama, F. Qin, J. Mizoi, S. Kidokoro, Y. Fujita, K. Shinozaki & K. Yamaguchi-Shinozaki: Biochem. Biophys. Res. Commun., 368, 515 (2008).

HSFA2,HSFA3の機能が示すように,高温ストレス誘導性遺伝子の発現を持続,増幅させる仕組みは高温ストレス環境を生き延びるために必須である.しかし,過剰な応答は植物の生長に悪影響をもたらしかねない.たとえば,HSFA2HSFA3の過剰発現は植物に高温ストレス耐性をもたらすものの,同時に強い矮化を引き起こすことが知られている.植物にとって生長の遅れは生存競争に大きな悪影響を及ぼすため,状況に応じて高温ストレス応答を抑制する因子も重要となる.植物独自なリプレッサー型HSFであるHSFBは,高温ストレス応答のブレーキであると考えられている.実際に,hsfb1 hsfb2b二重変異体では通常条件やマイルドな高温ストレス条件でも,HSFA2が過剰に発現することが報告されている(18)18) M. Ikeda, N. Mitsuda & M. Ohme-Takagi: Plant Physiol., 157, 1243 (2011)..ただ,トマトにおいてはHSFB1がHSFAのコアクチベーターとして働いており,植物種ごとに異なる機能を発達させている可能性もある(4)4) S. Fragkostefanakis, S. Röth, E. Schleiff & K. Scharf: Plant Cell Environ., 38, 1881 (2015).

高温ストレス誘導性転写因子にはHSF以外にも多くの転写因子が含まれる.代表的なものとして,酸化ストレス応答にかかわるZAT12,小胞体ストレス応答にかかわるNF-YC2,植物ホルモンシグナルとの関連が指摘されているMBF1c,そして乾燥と高温の両方のストレス応答にかかわるDREB2Aなどが挙げられる(19~22)19) S. Davletova, K. Schlauch, J. Coutu & R. Mittler: Plant Physiol., 139, 847 (2005).20) J. Liu & S. Howell: Plant Cell, 22, 782 (2010).21) N. Suzuki, S. Bajad, J. Shuman, V. Shulaev & R. Mittler: J. Biol. Chem., 283, 9269 (2008).22) J. Mizoi, K. Shinozaki & K. Yamaguchi-Shinozaki : Biochim. Biophys. Acta, 1819, 86 (2011)..本稿ですべてを紹介することは難しいため,ここでは特に,筆者らのグループで解析を進めているDREB2Aについて最近の研究成果を紹介する.

DREB2Aは元々,乾燥ストレス誘導性遺伝子発現にかかわるシス因子DREの結合タンパク質して単離された(22)22) J. Mizoi, K. Shinozaki & K. Yamaguchi-Shinozaki : Biochim. Biophys. Acta, 1819, 86 (2011)..DREB2Aは乾燥ストレス時に転写レベル,タンパク質安定性レベルの制御で活性化される.後の研究により,DREB2Aは乾燥ストレスだけでなく,高温ストレス時にも活性化されることが示された(22)22) J. Mizoi, K. Shinozaki & K. Yamaguchi-Shinozaki : Biochim. Biophys. Acta, 1819, 86 (2011)..興味深いことに,DREB2Aは乾燥ストレス時と高温ストレス時で異なる遺伝子の発現を制御している.たとえば,先に解説したHSFA3はDREB2Aの標的遺伝子であるが,HSFA3が発現誘導されるのは高温ストレス時のみである.筆者らはDREB2Aを制御するタンパク質を探索し,DNA polymerase II subunit B3-1(DPB3-1)を見いだした(23)23) H. Sato, J. Mizoi, H. Tanaka, K. Maruyama, F. Qin, Y. Osakabe, K. Morimoto, T. Ohori, K. Kusakabe, M. Nagata et al.: Plant Cell, 26, 4954 (2015)..DPB3-1は高温ストレス時特異的にDREB2Aの機能を強化し,下流遺伝子の発現を高めることが示された.DPB3-1はNF-YB3,NF-YA2という因子とともに三量体を形成して機能するが,このうちDPB3-1とNF-YB3は高温ストレス誘導性である.DPB3-1を含む三量体は高温ストレス条件下で初めて形成されるため,高温ストレス特異的にDREB2Aの機能を強化することができると考えられる(図3図3■高温ストレス特異的複合体形成によるDREB2Aの制御機構).興味深いことに,DPB3-1過剰発現体ではDREB2Aのみならず,HSFA1下流遺伝子の発現も強化される.そのため,DPB3-1は高温ストレス応答の転写カスケードに対するエンハンサーとして機能している可能性がある.DPB3-1自体はエンハンサーであるため,DREB2Aのようにコアとなる転写因子が活性化していないときは機能できない.そのため,DPB3-1の過剰発現は植物の生長に悪影響を与えることなく,高いレベルの高温ストレス耐性を付与することができる.この特徴は農業上で有用であるため,分子育種への応用が期待される.

図3■高温ストレス特異的複合体形成によるDREB2Aの制御機構

DREB2A相互作用因子であるDPB3-1は高温ストレス時に誘導され,NF-YB3,NF-YA2と三量体を形成する.三量体はDREB2Aと複合体を形成し,DREB2A下流遺伝子のうち高温ストレス誘導性遺伝子の発現を選択的に強化する.

高温ストレスシグナルの受容と伝達

温度自体は細胞内のあらゆる現象に直接影響を与えるパラメータであることから,原理的にはすべての細胞構成因子が温度変化を感知しうる.また,温度変化は物理現象であるため,物質の相互作用を基盤とする一般的な受容体探索を行うことはできない.そのため,温度センサーを直接同定することは極めて難しいと考えられてきた.しかし,阻害剤などを用いた実験から,植物細胞は少なくとも細胞膜流動性の上昇,変性タンパク質の発生,活性酸素種(ROS)の発生,細胞骨格の異常などを通して間接的に温度変化を捉えているのではないかと考えられるようになってきている(3)3) R. Mittler, A. Finka & P. Goloubinoff: Trends Biochem. Sci., 37, 118 (2012).図4図4■高温ストレスの感知とシグナル伝達の概念図).

図4■高温ストレスの感知とシグナル伝達の概念図

高温ストレスは細胞内のさまざまな部位で感知され,カルシウムイオンの流入やタンパク質キナーゼの活性などを介して伝達される.

細胞膜流動性は脂質組成の調整によって一定に保てることから,細胞膜は温度変化を感知するのに適した場であると考えられる.現在のところ細胞膜流動性そのものを捉える因子は見つかっていないが,その下流のシグナル伝達経路については少しずつ明らかになってきている.細胞膜流動性の上昇は細胞外からのカルシウムイオンの流入を引き起こし,この流入は高温ストレス応答の誘導に必須であることが示されていた.最近,このときのカルシウムイオンの流入にはCyclic nucleotide-gated channel(CNGC)と呼ばれるカルシウムチャネルがかかわることが報告された(24~26)24) F. Gao, X. Han, J. Wu, S. Zheng, Z. Shang, D. Sun, R. Zhou & B. Li: Plant J., 70, 1056 (2012).25) A. Finka, A. F. Cuendet, F. J. Maathuis, Y. Saidi & P. Goloubinoff: Plant Cell, 24, 3333 (2012).26) M. Tunc-Ozdemir, C. Tang, M. Ishka, E. Brown, N. Groves, C. Myers, C. Rato, L. Poulsen, S. McDowell, G. Miller et al.: Plant Physiol., 161, 1010 (2013)..CNGCはシロイヌナズナに20種類存在するが,そのうち幼植物体ではCNGC2とCNGC6,花粉ではCNGC16が高温ストレス応答にかかわると言われている.動物の神経細胞では同様の働きを示すカルシウムチャネルとしてTransient receptor potential cation channel(TRP)がよく知られているが,植物にはTRPの相同遺伝子は存在していない.CNGCが開放されるためにはcyclic nucleotideとの結合が必要である.高温ストレス時にはcAMPやcGMPが増加するため(24,26)24) F. Gao, X. Han, J. Wu, S. Zheng, Z. Shang, D. Sun, R. Zhou & B. Li: Plant J., 70, 1056 (2012).26) M. Tunc-Ozdemir, C. Tang, M. Ishka, E. Brown, N. Groves, C. Myers, C. Rato, L. Poulsen, S. McDowell, G. Miller et al.: Plant Physiol., 161, 1010 (2013).,細胞膜流動性の変化を感知したセンサー因子がcyclic nucleotideの生産を介し,CNGCの開放を引き起こしていると考えられる.カルシウムイオンの濃度上昇はCalmodulin 3(CaM3)やMPKを活性化することで下流にシグナルを伝えている(3)3) R. Mittler, A. Finka & P. Goloubinoff: Trends Biochem. Sci., 37, 118 (2012)..CaM3と結合するタンパク質キナーゼ(CaM-binding protein kinase 3, CBK3)やタンパク質フォスファターゼ(Protein phosphatase 7, PP7)がHSFA1の相互作用因子として同定されているため,カルシウムシグナルは最終的にHSFA1のリン酸化状態の制御を通じて下流遺伝子の発現につながると推測されている(3)3) R. Mittler, A. Finka & P. Goloubinoff: Trends Biochem. Sci., 37, 118 (2012)..ただし,これまでに報告されたシグナル伝達因子だけではカルシウムシグナルの影響の一部しか説明できないことから,未発見の因子がまだいくつも残されているのではないかと推察される.

変性タンパク質の発生が温度上昇の指標になるという考え方は,動物における高温ストレス応答制御機構としてよく知られている.HSFの抑制因子であるHSPが変性タンパク質に結合し,HSFが抑制から解放されて高温ストレス応答が引き起こされるというシンプルなモデルである(2)2) M. Akerfelt, R. Morimoto & L. Sistonen: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 11, 545 (2010)..すでに述べたように,植物でもHSPはHSFA1の活性制御因子であることが示唆されている.ただし,植物ではHSFファミリーの多様化によりこの制御系も複雑化していると推測されている.たとえば,HSPとの相互作用がもたらす影響は,HSFの種類によって異なることがトマトにおいて報告されている(27)27) A. Hahn, D. Bublak, E. Schleiff & K. Scharf: Plant Cell, 23, 741 (2011)..HSF組成が高温ストレス応答中に大きく変化することを考えると,植物細胞ではHSF-HSP間相互作用のなかにも複雑な高温ストレス応答制御ネットワークが存在している可能性が考えられる.

ROSの発生や細胞骨格の異常も高温ストレス応答を引き起こすシグナルとなるが,これらのシグナル伝達に関しては大部分が未解明である.ROSは高温ストレスでダメージを受けた葉緑体から発生するほか,NADPHオキシダーゼによる積極的な生産も行われている(3)3) R. Mittler, A. Finka & P. Goloubinoff: Trends Biochem. Sci., 37, 118 (2012)..最近,ROSダメージを受けた脂質から発生する物質であるReactive short-chain leaf volatiles(RSLVs)が高温ストレス応答誘導作用をもつことが報告された(28)28) Y. Yamauchi, M. Kunishima, M. Mizutani & Y. Sugimoto: Sci. Rep., 5, 8030 (2015)..この分子の作用機構は不明であるが,ROSシグナルはさらに別の分子種の発生を介して伝達されている可能性もある.細胞骨格の異常はMPKの活性化を介して高温ストレス応答を起こす(29)29) V. Sangwan, B. Orvar, J. Beyerly, H. Hirt & R. Dhindsa: Plant J., 31, 629 (2002)..ただし,それ以上のシグナル伝達経路の解明は進んでおらず,さらなる解析が待たれる.

おわりに

固着性生物である植物は遺伝子発現を制御することで環境の変化に適応する.そのために植物は数多くの転写因子をもち,それらは複雑なネットワークを形成していることが知られている.本稿で紹介した高温ストレス応答の複雑な制御系もその一例と言える.転写レベルの制御においては,各転写因子における上流,下流因子の解析が進んだことで転写カスケードの全体像が少しずつ明らかになってきた.一方,高温ストレスセンサーの実体や,センサーからのシグナルを転写カスケードへ入力するシグナル伝達機構については未解明な部分が多く,今後の解析が待たれるところである.

地球温暖化の進行に伴い,21世紀中の平均気温のさらなる上昇は避けられなくなりつつある.植物の中でも花や果実といった生殖器官は高温ストレスによるダメージを受けやすいことから,地球温暖化は農業にとって極めて深刻な問題である.このような食糧生産における必要性から,植物の高温ストレス応答制御機構を解明し,分子育種などに応用することの重要性はますます高まっていくだろう.高温ストレスセンサーから転写制御までの一連のシグナルの流れが解き明かされ,植物のもつ高温ストレス耐性を最大限に引き出した作物が生み出されることを期待したい.

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