Kagaku to Seibutsu 53(10): 720-723 (2015)
農芸化学@High School
フラボノイド色素を用いた太陽電池
Published: 2015-09-20
本研究は,日本農芸化学会2015年度(平成27年度)大会(開催地:岡山大学)「ジュニア農芸化学会2015」で発表されたものである.生活圏内に自生する秋田県の県花アキタブキがフラボノイド類を含有することに着目し,そのメタノール抽出,化合物同定を行い,太陽電池への利用を検討し,その中で起電力に対するフラボノイド化合物群の三次元構造に基づいた構造活性相関まで考察した,たいへん興味深い研究であった.
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
大量の資源とエネルギー消費で成り立っている現代の生活は,地球環境とその持続可能性に深刻な危惧を与えている.再生可能エネルギーである太陽光発電は実用化段階に入っているが,太陽電池の90%を占めるシリコン型は,高コストで一般に普及するまでには至っておらず,簡便で低コストの色素増感太陽電池(Dye sensitized solar cell; DSC)が注目されている.DSCは電極,増感色素,対極および電解質で構成されており,電極は透明導電性基盤に半導体粉末塗布後焼付け,多孔質状薄膜に色素を吸着させる.酸化チタンに吸着した色素に光が吸収された結果,電子が光励起されたのち,酸化チタン粒子に放出される.放出電子は酸化チタンの伝導帯を通って導電性ガラスへ運ばれる.酸化された色素は電解液中のヨウ化物イオンから電子を補充され元の色素に戻り,ヨウ化物イオンは酸化されて三ヨウ化物イオンになる.酸化チタンから放出された電子は対極表面に移動し,触媒である炭素を介して電解液中の三ヨウ化物イオンをヨウ化物イオンに還元する行程が繰り返され,電池が成立する(図1A図1■色素増感太陽電池(DSC)の原理とアキタブキの特性).
このDSCに利用される色素は,クロロフィルをモデルにしたフタロシアニンルテニウム錯体(1)1) M. Yanagisawa, F. Korodi, J. He, L. Sun, V. Sundstron & B. Akemark: J. Porphyr. Phthalocyanines, 6, 217 (2002).,マーキュロクロム,クマリン誘導体(2)2) 荒川裕則:色素増感太陽電池,CMC出版 (2007).などが知られている.天然色素抽出混合物もDSCに利用可能であることが知られている(3)3) 長野木曽青峰高等学校理数科平成23年度課題研究報告..本研究では秋田県花アキタブキ由来フラボノイド色素(Akita Buki Flavonid Methanol solution; ABFM)(4)4) 大館鳳鳴高校化学部紀要ファンネル:アキタブキに含まれるフラボノイド成分と草木染め (2011).(図1B図1■色素増感太陽電池(DSC)の原理とアキタブキの特性)ならびにフラボノイド色素を用いたDSCを調製し,その起電力と分子構造の関係を検討した.
秋田県大館市山館付近に自生するアキタブキを自然乾燥,粉末化後,160 gを2 Lメタノールで2カ月常温抽出した.抽出原液200 mLを濃縮し,残渣を石油エーテル50 mLで2回洗浄しクロロフィルを除去,メタノールで溶解して1 g/100 mL濃度溶液を調製した(図1C図1■色素増感太陽電池(DSC)の原理とアキタブキの特性).
合成2-ヒドロキシカルコン,市販クェルセチンおよびルチンから1 wt%メタノール溶液を調製した.紅色のルチン還元体は,ルチン溶液50 mLに6 M塩酸10 mLと金属マグネシウム5 gを加えて還元反応を起こさせることで調整した.
(ⅰ)塩酸・マグネシウム試験:ABFMに,2 M塩酸とマグネシウムを反応させる.フラボノール(配糖体)は濃紅色に発色する.
(ⅱ)塩酸・亜鉛試験:ABFMに,6 M塩酸と亜鉛を反応させる.フラボノール3位配糖体は紅色に発色する.
Kieselgel 60 F254を用いn-ブタノール:酢酸:水=4 : 1 : 2で展開し,254 nm紫外線で検出した(図1D図1■色素増感太陽電池(DSC)の原理とアキタブキの特性).
各メタノール溶液を紫外可視分光光度計により測定した(図1E図1■色素増感太陽電池(DSC)の原理とアキタブキの特性).
透明導電性ガラス板(ジオマテック社製高耐久TCO,125 mm×125 mm×1.1 mm)を4等分に切断.導電面を電子オルゴールと乾電池を用いて確認し,洗浄後,自然乾燥した.
コロイド二酸化チタンパウダー2.5 gに,ポリエチレングリコール(分子量600)原液4.0 mL,15%酢酸水溶液1.0 mL,Triton X-100 1滴加えたチタンペーストを導電性ガラス面に薄く塗布し(図2A図2■DSCの作成方法と起電力の測定),150秒温風乾燥後,電気炉で450°C,30分間処理し(図2B図2■DSCの作成方法と起電力の測定),その後,色素液に20分間浸漬,洗浄後,自然乾燥した.対極炭素板は導電面に,ろうそくで煤を全体に薄く塗布した(5)5) 福田貴光:東北大学高等教育開発推進センター紀要,2,267 (2007)..
炭素板に電解液(ヨウ素0.65 g,ヨウ化カリウム4.15 g/エチレングリコール100 mL)を4滴滴下後,チタン板と固定した(図2C図2■DSCの作成方法と起電力の測定).
チタン板を負極,炭素板を正極とし,15 cm離したハロゲンランプ(RL-205,100 V,160 W,照度25,400 Lux)をチタン板側から照射し(図2D図2■DSCの作成方法と起電力の測定),数値を30秒間隔で記録し(図2E図2■DSCの作成方法と起電力の測定).起電力は初期電圧値3~5回の平均値である.
ABFM抽出物は塩酸・マグネシウムおよび亜鉛試験共に陽性であることから,フラボノールおよびその3位配糖体が存在していることが予測された.
TLCクロマトグラフを図1D図1■色素増感太陽電池(DSC)の原理とアキタブキの特性に示す.標品クェルセチン(Rf 0.91)とその3位ルチノース配糖体ルチン(Rf 0.64)が分離され,ABFM中にはルチンより極性が強く,チタン表面への吸着力が高いと期待される化合物(色素a〜c)が認められた.色素gのスポット(Rf 0.85)は標準サンプルとの比較から,クェシトリン(クェルセチン3-ラムノシッド)と推定された(4)4) 大館鳳鳴高校化学部紀要ファンネル:アキタブキに含まれるフラボノイド成分と草木染め (2011)..
ABFMの紫外・可視吸収スペクトルを図1E図1■色素増感太陽電池(DSC)の原理とアキタブキの特性に示す.ABFMの極大吸収波長は327 nmであった.
ABFMおよび色素を用いないDSCの起電力を比較した.ABFMは422.6 mVであり,色素なしDSC 120.9 mVよりも高い起電力を示した.
クェルセチン,そのルチノース配糖体ルチンおよびフラボン骨格形成前駆体2-ヒドロキシカルコンを用いた起電力を比較した.クェルセチン188.6 mV,ルチン282.1 mV,カルコン151.7 mVとなり,いずれも高い起電力(増感作用)が認められた.同じ共役二重結合数であるがフラボノイド骨格をもたない2-ヒドロキシカルコンの起電力が一番低いことから,閉環したフラボン構造–1O–2C=3C–4C=Oが起電力の向上に寄与していると推定された.吸着色素ヒドロキシ基による相互作用,電気力および水素結合によりチタン表面と強く吸着できる配糖体ルチンが最も高い起電力を示したことから,色素分子の光励起による放出電子がスムーズに進行したためと解釈した.
ABFM中には図1D図1■色素増感太陽電池(DSC)の原理とアキタブキの特性のようにルチンよりチタンに強く吸着されるフラボノール配糖体の存在により,高い起電力が観測されたと解釈した(6)6) 大館鳳鳴高校化学部紀要ファンネル:フラボノイド色素を用いた太陽電池の研究 (1) (2014)..
ルチン還元体はλmax 523~533 nmへ長波長変化し,高い起電力が期待されたが,ルチンの起電力を下回った.ルチン還元処理でフラボン環部位は次の変化を受ける.
共役二重結合数の変化はないが水素化により–2C=3C–の平面性が失われ,3位炭素は正四面体構造になるために(図3C図3■作成したDSC起電力および分子構造からの起電力の考察, 分子模型内の影)チタンへの吸着が阻害され,起電力が低下したと推定された.
ABFMおよびフラボノイド類のDSCを調製し,ABFMが最も高い起電力を示した.DSC起電力とその分子立体構造の関係を,酸化チタン表面への吸着力の強さから推察した.今後はカルボキシ基を有するフラボノイド類を用いたDSC作成とアキタブキに含まれる未知フラボノール配糖体同定が課題である.
(文責「化学と生物」編集委員)
Reference
2) 荒川裕則:色素増感太陽電池,CMC出版 (2007).
3) 長野木曽青峰高等学校理数科平成23年度課題研究報告.
4) 大館鳳鳴高校化学部紀要ファンネル:アキタブキに含まれるフラボノイド成分と草木染め (2011).
5) 福田貴光:東北大学高等教育開発推進センター紀要,2,267 (2007).
6) 大館鳳鳴高校化学部紀要ファンネル:フラボノイド色素を用いた太陽電池の研究 (1) (2014).