巻頭言

白金耳

Jun Ogawa

小川

京都大学大学院農学研究科 ◇ 〒606-8502 京都府京都市左京区北白川追分町

Graduate School of Agriculture, Kyoto University ◇ Kita-Shirakawa Oiwake-cho, Sakyo-ku, Kyoto-shi, Kyoto 606-8502, Japan

Published: 2015-10-20

どうもデスクワークは性に合わない.気分転換にラボへ足を運ぶ.最近めっきり自分で手を動かすことも減り,新型の機器など,まるで挑むように立ちはだかるかに思える.心和むのは,クリーンベンチ.いそいそといつもの作業に取り掛かる.白金耳の作製.落ち着くひとときである.

クリーンベンチの脇には,いろいろな植菌器具が並ぶ.かつてはそれぞれお気に入りの手製のものが多々見受けられ,作業の質を物語っていた.最近では,出来合いのものも多い.扱う菌がシンプルになってきたせいか,作業効率を考えた結果か.

ラジオペンチで不器用に針金を扱う.混みいったコロニー集落の中から目にかなうものをピックアップするのに具合が良い小さめの円弧をもった白金耳を作る.次は,菌体量が稼げる大きめの円弧のもの.白金線(先の尖ったもの)や白金鈎(先が直角に曲がったもの)も必要だろう.あっという間に時間が過ぎていく.デスクに戻らなくては.

先程来,頭を悩ませていたものはこれだ.とかくオリジナリティーを問われる研究企画書(いわゆる申請書)である.いくら知恵を巡らしても,出てくるオリジナリティーはたかがしれている(私の場合).尊敬する先生も,「考えれば考えるほど,人は同じ考えに行き着く」とおっしゃっていた.先程までのクリーンベンチでのことが思い出される.わが手に馴染む白金耳でピックアップした菌が導いてくれるオリジナリティーには素晴らしいものがある.自分自身も経験し,体で覚えていることではないか.しかし,悲しいかな,白金耳の作り方で訥々とオリジナリティーを語る申請書を真剣に書いたところで,その結果は言わずとしれたところである.

さて,話は変わるが,最近興味を抱いているものに微生物コミュニティーがつくりだす機能がある.微生物集団が,それを取り巻く環境に対し発現する機能.腸内環境しかり,土壌(根圏)環境,水圏環境などなど,これからの社会を考えるうえで重要となってくる「生命・食・環境」にかかわる機能の多くが,微生物コミュニティーの機能により支えられている.まさに,農芸化学が取り組むべき,いや,これまでも先頭を切って取り組んできた分野である.しかし,いまだコミュニティー動態を解析する手段もままならず,ましてや,培養できない微生物がコミュニティー機能において重要な役割を担っている現状がある.新しい次元への展開に,新たな発想,手法が求められていよう.

個性豊かな道具は,思いもよらない世界観を切り取る.微生物コミュニティーを考えるにあたっての空間的,時間的な距離感.対象は微生物か,植物か,動物か.畑か,森か,海か.集団としての微生物機能が最大限に発揮される循環型社会のコミュニティーサイズ.これらを上手く切り取る道具はいかなるものか.

やはりデスクワークは苦手である.いろいろ考えていると,何となくむずむずとしてくる.ラボに向かい,クリーンベンチで白金耳を作ろう.これからを導く何かを取り上げる白金耳.