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古くて新しい植物のO-結合型糖タンパク質の世界生合成の鍵となる糖転移酵素群がついに解明

Mari Ogawa-Ohnishi

小川(大西) 真理

名古屋大学大学院理学研究科 ◇ 〒464-8602 愛知県名古屋市千種区不老町

Graduate School of Science, Nagoya University ◇ Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya-shi, Aichi 464-8602, Japan

Yoshikatsu Matsubayashi

松林 嘉克

名古屋大学大学院理学研究科 ◇ 〒464-8602 愛知県名古屋市千種区不老町

Graduate School of Science, Nagoya University ◇ Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya-shi, Aichi 464-8602, Japan

Published: 2015-10-20

タンパク質の糖鎖修飾にはN-結合型とO-結合型とが知られているが,基本的な生合成のしくみが動植物間で類似しているN-結合型に対して,O-結合型糖鎖は最初に付加される糖とアミノ酸の組み合わせが大きく異なる.ヒトやマウスのO-結合型糖鎖では,セリン(Ser)またはスレオニン(Thr)の水酸基にN-アセチルガラクトサミンが付加するのが一般的であるのに対し,植物ではヒドロキシプロリン(Hyp)にL-アラビノース(L-Ara)が付加する例や,HypまたはSerにD-ガラクトース(D-Gal)が付加する例が広く知られている.こうした植物特異的なO-結合型糖タンパク質の研究の歴史は古く,その始まりは今から50年ほど昔にまでさかのぼる.

植物におけるO-結合型糖タンパク質の代表例の一つは,エクステンシンである.エクステンシンは,1960年代に植物培養細胞の細胞壁画分に発見された糖タンパク質であり,Hyp残基には直鎖1〜4残基のL-Araが,Ser残基には1残基のD-Galが付加している(1)1) D. T. Lamport, M. J. Kieliszewski, Y. Chen & M. C. Cannon: Plant Physiol., 156, 11 (2011)..シロイヌナズナでは65種類のエクステンシンが知られており,その一つEXT3の欠損株では,細胞壁の形成異常のために根や葉が極端な奇形を示す.エクステンシンは,重量の50%以上を占める糖鎖の立体的な効果によって棒状のコンフォメーションをとり,さらに互いにチロシン残基を介して分子間架橋している.この網目状の構造がセルロース微繊維の足場として細胞壁の形成に不可欠な役割を果たしていると考えられている(1)1) D. T. Lamport, M. J. Kieliszewski, Y. Chen & M. C. Cannon: Plant Physiol., 156, 11 (2011).

また,細胞間シグナリングを担う短鎖ペプチドホルモンにもO-結合型糖鎖修飾されるものが見つかっている.細胞伸長にかかわるPSY1,茎頂メリステムの幹細胞数を制御するCLV3,根粒数の制御に関与するCLE-RSなどが代表的な例である.これらのペプチドでは,Hyp残基の一つに直鎖3残基のL-Ara糖鎖が付加しており,糖鎖の存在が活性に重要である(2)2) Y. Matsubayashi: Annu. Rev. Plant Biol., 65, 385 (2014).

O-結合型糖タンパク質のもう一つの大きなグループは,古くから乳化剤として用いられてきたアラビアガムの成分でもあるアラビノガラクタンプロテイン(AGP)である.AGPは,D-GalやL-Araに富んだ複雑な枝分かれ構造の糖鎖をもち,糖鎖部分が重量の90%程度にもなる(3)3) M. Ellis, J. Egelund, C. J. Schultz & A. Bacic: Plant Physiol., 153, 403 (2010)..AGP生合成の鍵となるのはHyp残基にD-Galが付加する反応であり,このD-Galを起点としてさらに糖鎖が枝分かれしながら伸長することで,巨大な分子となる.シロイヌナズナには85種類のAGPが見いだされており,それらの欠損はさまざまな形態異常を引き起こすことから,AGPは植物の生長や分化に重要な機能をもつと考えられている.

このように,長い研究の歴史をもつ植物のO-結合型糖タンパク質であるが,それぞれの糖鎖修飾の第1段階を担う酵素,すなわちHyp O-アラビノシル化,Hyp O-ガラクトシル化,およびSer O-ガラクトシル化にかかわる糖転移酵素群が,ここ数年の間に立て続けに同定され注目を集めている(表1表1■同定された植物のO-結合型糖転移酵素群).

表1■同定された植物のO-結合型糖転移酵素群
糖転移反応酵素名細胞内局在文献
Hyp O-アラビノシル化HPAT1, HPAT2, HPAT3ゴルジ体(4)
Ser O-ガラクトシル化SGT1小胞体(6)
Hyp O-ガラクトシル化GALT2小胞体(7)
HPGT1, HPGT2, HPGT3ゴルジ体(8)

エクステンシンや短鎖ペプチドホルモンのHyp残基にL-Araを転移する酵素,Hyp O-arabinosyltransferase(HPAT)は,2013年に筆者らのグループが,シロイヌナズナ培養細胞由来の膜画分から精製することに成功した(4)4) M. Ogawa-Ohnishi, W. Matsushita & Y. Matsubayashi: Nat. Chem. Biol., 9, 726 (2013)..HPATはゴルジ体に局在する約42 kDの膜タンパク質である.シロイヌナズナにHPAT遺伝子は3種類存在し,それらの2つを欠損させると,その組み合わせによって胚軸の徒長,細胞壁の薄化,花成の促進,葉の老化の促進,花粉管伸長異常などのさまざまな表現型が見られる.一方,三重変異株は花粉管伸長不全のために得られていない.興味深いことに,欠損株が根粒過剰着生の形質を示すが機能は未知であったエンドウのNOD3やクローバーのRDN1が,1次配列の類似性からHPATオルソログであることが明らかとなった.この事実は,根粒菌の着生により根粒がある程度形成されると,アラビノシル化されたペプチドCLE-RSが根粒形成の抑制シグナルとして分泌され,根粒数が一定に保たれるというしくみを解き明かした最近の報告を裏づけるものである(5)5) S. Okamoto, H. Shinohara, T. Mori, Y. Matsubayashi & M. Kawaguchi: Nat. Commun., 4, 2191 (2013).

また,エクステンシンのSer残基にD-Galを転移する酵素,Ser O-galactosyltransferase(SGT)は,2014年にSaitoらによって藻類であるクラミドモナスの膜画分から精製された(6)6) F. Saito, A. Suyama, T. Oka, O. T. Yoko, K. Matsuoka, Y. Jigami & Y. I. Shimma: J. Biol. Chem., 289, 20405 (2014)..SGTは91 kDの膜タンパク質であり,主に小胞体に局在する.シロイヌナズナのSGTは1遺伝子しかなく,その欠損株では,野生型よりもやや根が長く,葉も大きくなるという表現型が観察されている.この表現型は,エクステンシンの機能低下による細胞壁の緩みによるものと考えられているが,HPAT欠損株の表現型よりも軽微で質的にも違うことから,エクステンシンの機能に対する2種類の糖鎖修飾の寄与はかなり異なるようである.

一方,AGPのHyp残基にD-Galを転移する酵素,Hyp O-galactosyltransferase(HPGT)は,当初,既知のガラクトース転移酵素群の配列上の特徴に基づいたバイオインフォマティクスにより候補の絞り込みが行われ,Basuらにより2013年にそれらの一つであるGALT2に微弱ながらも酵素活性があることが示された(7)7) D. Basu, Y. Liang, X. Liu, K. Himmeldirk, A. Faik, M. Kieliszewski, M. Held & A. M. Showalter: J. Biol. Chem., 288, 10132 (2013)..しかし,シロイヌナズナGALT2の欠損株にはまだ相当量のガラクトース転移酵素活性が残っており,表現型も観察されなかったため,主要な酵素はまだほかに存在することが予測されていた.このような状況のなか,2015年に筆者らは,シロイヌナズナ培養細胞由来の膜画分から高い酵素活性を示す分子群を精製し,HPGT1,HPGT2およびHPGT3と名づけた(8)8) M. Ogawa-Ohnishi & Y. Matsubayashi: Plant J., 81, 736 (2015)..HPGTはゴルジ体に局在する膜タンパク質である.HPGTの三重変異株ではAGPの糖鎖修飾が著しく減少し,側根や根毛の伸長と密度増加,根端細胞の肥大,植物体の矮化,稔性の低下など,いくつかのAGP欠損株と類似した多面的な表現型が観察されたことから,HPGTこそがAGP生合成において主要な酵素であると考えられる.

これらHyp O-アラビノシル化,Hyp O-ガラクトシル化,およびSer O-ガラクトシル化にかかわる糖転移酵素群の同定がもたらすインパクトは多岐にわたる.たとえば,これらの欠損株の表現型は,それぞれの糖鎖修飾が非常に低下している状態を反映しており,これを手がかりに今まで遺伝子重複のために隠れていたO-結合型糖タンパク質の機能が見つかる可能性がある.また近年,植物培養細胞を用いた抗体やサイトカインなどの生産が試みられているが,それには植物特有のO-結合型糖鎖の付加を抑制する技術の開発が必要不可欠である.世界的に花粉症患者が多いヨモギやブタクサなどの花粉のアレルゲンがO-結合型糖鎖であるという報告もある(9~11)9) R. Leonard, N. Wopfner, M. Pabst, J. Stadlmann, B. O. Petersen, J. O. Duus, M. Himly, C. Radauer, G. Gadermaier, E. Razzazi-Fazeli et al.: J. Biol. Chem., 285, 27192 (2010).10) L. Brecker, D. Wicklein, H. Moll, E. C. Fuchs, W. M. Becker & A. Petersen: Carbohydr. Res., 340, 657 (2005).11) N. Gupta, B. M. Martin, D. D. Metcalfe & P. V. Rao: J. Allergy Clin. Immunol., 98, 903 (1996)..同定されたO-結合型糖転移酵素群の遺伝子情報は,基礎研究のみならず応用面にも今後大きく貢献するだろう.

Reference

1) D. T. Lamport, M. J. Kieliszewski, Y. Chen & M. C. Cannon: Plant Physiol., 156, 11 (2011).

2) Y. Matsubayashi: Annu. Rev. Plant Biol., 65, 385 (2014).

3) M. Ellis, J. Egelund, C. J. Schultz & A. Bacic: Plant Physiol., 153, 403 (2010).

4) M. Ogawa-Ohnishi, W. Matsushita & Y. Matsubayashi: Nat. Chem. Biol., 9, 726 (2013).

5) S. Okamoto, H. Shinohara, T. Mori, Y. Matsubayashi & M. Kawaguchi: Nat. Commun., 4, 2191 (2013).

6) F. Saito, A. Suyama, T. Oka, O. T. Yoko, K. Matsuoka, Y. Jigami & Y. I. Shimma: J. Biol. Chem., 289, 20405 (2014).

7) D. Basu, Y. Liang, X. Liu, K. Himmeldirk, A. Faik, M. Kieliszewski, M. Held & A. M. Showalter: J. Biol. Chem., 288, 10132 (2013).

8) M. Ogawa-Ohnishi & Y. Matsubayashi: Plant J., 81, 736 (2015).

9) R. Leonard, N. Wopfner, M. Pabst, J. Stadlmann, B. O. Petersen, J. O. Duus, M. Himly, C. Radauer, G. Gadermaier, E. Razzazi-Fazeli et al.: J. Biol. Chem., 285, 27192 (2010).

10) L. Brecker, D. Wicklein, H. Moll, E. C. Fuchs, W. M. Becker & A. Petersen: Carbohydr. Res., 340, 657 (2005).

11) N. Gupta, B. M. Martin, D. D. Metcalfe & P. V. Rao: J. Allergy Clin. Immunol., 98, 903 (1996).