Kagaku to Seibutsu 53(11): 731-733 (2015)
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ゲノム内の遺伝子重複の進化がもたらす生物の適応力―種の生息環境多様性とゲノム内遺伝子重複率との関係
Published: 2015-10-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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地球上には300万から500万種の生物がさまざまな環境に生息し,種によって生息できる環境の幅が異なっている.特定の環境にしか生息できない種は環境変化に対して大きな影響を受けるのに対し,多様な環境に生息できる種は新しい環境や変動する環境にも耐えることが可能だと考えられる.近年,気候変動などにより生物多様性の減少が問題とされるなか,保全学では,環境変動に対して種や生態系のもつレジリエンスの一つとして適応力(adaptive capacity)という考えが取り上げられるようになった(1)1) S. E. Williams, L. P. Shoo, J. L. Isaac, A. A. Hoffman & G. Langham: PLoS Biol., 6, e325 (2008)..これは,生物種が変動する環境に適応する潜在的な能力で,好適な環境に移動する能力,可塑的変化によって対応する力,環境に進化的に適応する力をいう.また,多くの生物種において適応的な進化が妨げられ,進化的な制約があるのに対して,ある種は急速に進化することが知られ,どのような要因が進化の制約と進化可能性を決めるのかという問題が進化学において注目されている(2,3).2) M. Pigliucci: Nat. Rev. Genet., 9, 75 (2008).3) D. J. Futuyma: Evolution, 64, 1865 (2010).
生物が変動する環境や多様な環境に進化的に応答するためには,十分な遺伝的変異を創出する必要がある.私たちは,遺伝的変異の供給を可能にする機構として,重複遺伝子に注目した.まず,全ゲノム配列が決定されている11種のショウジョウバエを用いて,ゲノム内の重複遺伝子率と生息地環境多様性の関係を調べた(4)4) T. Makino & M. Kawata: Mol. Biol. Evol., 29, 3169 (2012).(図1図1■生息環境多様性と重複遺伝子の割合の関係).11種のショウジョウバエ(Drosophila)には,D. willistoni,D. pseudoobscuraように,広く多様な環境に生息するものもいれば,D. sechelliaのように限定された島だけに生息する種もいる.またD. ananasaeのように,分布域は狭くないものの,熱帯にしか生息しない種もいる.種の生息地多様性は,知られている生息地範囲に,どれだけ多様な気候区分が含まれているかという指標と,温度,湿度などの気候データの広さ(environmental envelope)を指標とした.ゲノム内の遺伝子重複率は,ゲノム内の遺伝子のうち,コピーを保持している遺伝子の割合を遺伝子重複率とした.結果は,ゲノム内の遺伝子重複率が高い種ほど生息地内の多様性が高くなった.
本図の生息環境多様性はケッペンの気候区分を用いて求めた.生息環境多様性が高いほど,さまざまな環境条件で生息していることを意味している.生息環境多様性と重複遺伝子の割合には正の相関が観察され,重複遺伝子を多くもつショウジョウバエほどさまざまな環境に生息している.系統的制約を排除しても重複遺伝子の割合と生息環境多様性には正の相関が見られる.
次に,同様の傾向がほかの生物種でも見られるかどうかを,哺乳類を用いて検証した.サル・ネズミ・ウサギ目16種(真主齧上目という同じクレードに属する)の生息環境多様性と重複遺伝子の割合の関係を調べたところ,同様に正の相関があることが示された(5)5) S. C. Tamate, M. Kawata & T. Makino: Mol. Biol. Evol., 31, 1779 (2014)..このことは多くの生物で重複遺伝子が生息環境の決定に強く寄与していることを示唆している.近縁種(系統的に似ている種)は,同じような性質をもつことが知られているため,系統間の距離の影響を排除したうえで生息環境多様性と重複遺伝子の割合の関係も調べ,系統的制約排除後も同様な結果が得られた(図2A図2■サル・ネズミ・ウサギ目の生息環境多様性と重複遺伝子の割合の関係).また,重複遺伝子の割合の種間差は,新たな重複による重複遺伝子の増加ではなく,生息環境多様性の低い種で重複遺伝子が消失しているためだということもわかった(図2B図2■サル・ネズミ・ウサギ目の生息環境多様性と重複遺伝子の割合の関係).このことは,多様性の低い環境へ生息域がシフトした種では,遺伝子にかかる選択圧が変化して重複遺伝子を維持できなくなることを示している.
(A)サル・ネズミ・ウサギ目の種において生息環境多様性と重複遺伝子の割合には正の相関が観察され,重複遺伝子を多くもつ動物ほど様々な環境に生息している.(B)生息環境多様性が低い種ほど多くの重複遺伝子を消失している傾向がある.
脊椎動物は,ショウジョウバエと異なり全ゲノムが重複するイベントを過去に2回経験している.全ゲノム重複は生命システムのロバストネスを飛躍的に高め,絶滅の回避や種子植物・脊椎動物の成立などの大進化に寄与してきたと指摘されている(6)6) Y. Van de Peer, S. Maere & A. Meyer: Nat. Rev. Genet., 10, 725 (2009)..全ゲノム重複によって重複した遺伝子は現存脊椎動物のゲノム内に残っており,全ゲノム重複によって生じた重複遺伝子をオオノログ(ohnolog)と呼んでいる.オオノログは脳神経系などで特異的に機能する傾向が強いのに対して,小規模の重複(small-scale duplication; SSD)で生じたSSD遺伝子は環境刺激に対する応答などにかかわる傾向があり,2種類の重複遺伝子間で性質が異なることが知られている(7)7) M. Satake, M. Kawata, A. McLysaght & T. Makino: DNA Res., 19, 305 (2012)..そこで,重複遺伝子をオオノログとSSD遺伝子に区別し,生息環境多様性との関係に相違があるかを調査した.重複遺伝子をオオノログとSSD遺伝子に分類したとき,SSD遺伝子の割合のほうが,重複遺伝子全体の割合よりも生息環境多様性と高い相関を示したが,ゲノム中のオオノログ単独での割合は,生息環境多様性と相関が見られなかった(5)5) S. C. Tamate, M. Kawata & T. Makino: Mol. Biol. Evol., 31, 1779 (2014)..このことは,全ゲノム重複後に消失せず保持されたオオノログは進化可能性には寄与しないことを示唆している.さらに,オオノログには疾病に関する遺伝子が多く,オオノログの重複は有害になる可能性が指摘されている(8,9)8) T. Makino, A. McLysaght & M. Kawata: Nat. Commun., 4, 2283 (2013).9) A. McLysaght, T. Makino, H. Grayton, M. Tropeano, K. Mitchell, E. Vassos & D. A. Collier: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 361 (2014)..
これらのことから,小規模な重複によって生じたゲノム内の遺伝子重複は,多様な環境への適応力に寄与していることが示唆される.遺伝的変異を供給する機構として,buffering効果がある.これは有害な変異を緩和することで変異を蓄積する効果で,これにより特に遺伝子の重複が起こることで,本来有害な変異も一方のコピーが機能を保持するために変異を蓄積することができる.また,私たちは,コンピュータ上の実験集団で,不規則な環境変動がゲノム内の遺伝子数を増加させること,また,遺伝子数の多いゲノムは,より多くの有害でない遺伝的変異を作り出しやすいことを予測した(10)10) E. M. Tsuda & M. Kawata: PLOS Comput. Biol., 6, e1000873 (2010)..これまでの研究でも,特定の遺伝子,あるいは遺伝子群の重複と特定の環境への適応関係が調べられてきたが(11)11) F. A. Kondrashov: Proc. Biol. Sci., 279, 5048 (2012).,本研究で,種がもつ多様な環境への適応力にゲノム全体の遺伝子重複が関与していることを初めて示した.また,近年,急速に適応放散したことで知られるアフリカのシクリッドにおいて,遺伝子重複数が生物の多様化にも重要であることが示された(12)12) D. Brawand, C. E. Wagner, Y. I. Li, M. Malinsky, I. Keller, S. Fan, O. Simakov, A. Y. Ng, Z. W. Lim, E. Bezault et al.: Nature, 513, 375 (2014)..遺伝子重複は,ゲノムや生物のロバストネス,進化可能性,適応力,さらには多様化に大きな関連があることが明らかとなってきた.
今回の結果は,種のゲノム配列からその種のもつ適応力を予測する方法として保全生物学などに応用可能である.また,侵略外来種など,新しい多様な環境に適応できる能力なる種は適応力が高く,遺伝子重複率が高いと予測される.これらの解析の問題点は,相対的な値であり,また,特定の近縁種間で比較する必要ある.今後,どのような比較が適切かなどを開発することで,保全への応用が可能になると期待される.
Reference
1) S. E. Williams, L. P. Shoo, J. L. Isaac, A. A. Hoffman & G. Langham: PLoS Biol., 6, e325 (2008).
2) M. Pigliucci: Nat. Rev. Genet., 9, 75 (2008).
3) D. J. Futuyma: Evolution, 64, 1865 (2010).
4) T. Makino & M. Kawata: Mol. Biol. Evol., 29, 3169 (2012).
5) S. C. Tamate, M. Kawata & T. Makino: Mol. Biol. Evol., 31, 1779 (2014).
6) Y. Van de Peer, S. Maere & A. Meyer: Nat. Rev. Genet., 10, 725 (2009).
7) M. Satake, M. Kawata, A. McLysaght & T. Makino: DNA Res., 19, 305 (2012).
8) T. Makino, A. McLysaght & M. Kawata: Nat. Commun., 4, 2283 (2013).
10) E. M. Tsuda & M. Kawata: PLOS Comput. Biol., 6, e1000873 (2010).