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ブラシノステロイド情報伝達タンパク質BSS1の「集合と拡散」による植物草丈制御機構植物ケミカルバイオロジーが明らかにした新たなタンパク質のダイナミクス

Takeshi Nakano

中野 雄司

国立研究開発法人理化学研究所環境資源科学研究センター機能開発研究グループ ◇ 〒230-0045 神奈川県横浜市鶴見区末広町一丁目7番22号

Gene Discovery Research Group, Center for Sustainable Resource Science, RIKEN ◇ Suehiro-cho 1-7-22, Tsurumi-ku, Yokohama-shi, Kanagawa 230-0045, Japan

Tadao Asami

浅見 忠男

東京大学大学院農学生命科学研究科 ◇ 〒113-8657 東京都文京区弥生一丁目1番1号

Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo ◇ Yayoi 1-1-1, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8657, Japan

国立研究開発法人科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業CREST「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」研究領域 ◇ 〒102-0076 東京都千代田区五番町7番地

Research Area “Creation of Essential Technologies to Utilize Carbon Dioxide as a Resource through the Enhancement of Plant Productivity and the Exploitation of Plant Products”, Core Research for Evolutionary Science and Technology (CREST), Japan Science and Technology Agency (JST) ◇ Goban-cho 7, Chiyoda-ku, Tokyo 102-0076, Japan

Published: 2015-10-20

ステロイドホルモンは動物から昆虫,植物にわたって広く保存される生理活性化合物である.植物におけるステロイドホルモンは,ブラシノステロイドと総称され,植物の生長を総じて促進的に制御する生理機能が明らかにされている.発見当初は,その活性に基づき,ブラシノステロイドの農業利用が検討されたが,高額な全合成費用などが障壁となって,実用化には至っていない.

植物ブラシノステロイドの生合成機構は,実験植物アラビドプシスがブラシノステロイド欠損によって矮性形質を示す現象に着目した分子遺伝学研究によって,現在では主要な部分が明らかにされている.このような天然化合物の生理活性発現機構研究において,生合成経路研究と並んで重要であるのは,情報伝達経路の研究であると考えられる.ブラシノステロイドにおいては,矮性形質がブラシノステロイド添加によって回復しない,ブラシノステロイド不感受性突然変異体の探索によって,細胞外にLRRドメインをもつ一回膜貫通型キナーゼである受容体BRI1(1)1) J. Li & J. Chory: Cell, 90, 929 (1997).とその近傍の遺伝子2種が単離された.しかし,その後,機能欠損型の突然変異体の解析のみでは,情報伝達因子の探索研究が停滞する時期が続いた.

この状況下において,筆者らの共同研究チームは,ブラシノステロイド生合成阻害剤Brz(2)2) T. Asami & S. Yoshida: Trends Plant Sci., 9, 348 (1999).を用いて,機能獲得型突然変異体を対象としたスクリーニングを行うケミカルバイオロジー研究を開始し,その打開を試みた.第一に得られた突然変異体bil1Brz-insensitive-long hypocotyl1)/bzr1Bzr-resistant1)はbHLH型転写因子の高蓄積化が変異原因であり(3)3) Z. Wang, T. Nakano, J. Gendron, J. He, M. Chen, D. Vafeados, Y. Yang, S. Fujioka, S. Yoshida, T. Asami et al.: Dev. Cell, 2, 505 (2002).,その後の研究によって,アラビドプシスの全ゲノム遺伝子約30,000種のうち,約3,000遺伝子の発現を制御するマスター転写因子であることなどが明らかとなってきた(4,5)4) J. X. He, J. M. Gendron, Y. Sun, S. S. Gampala, N. Gendron, C. Q. Sun & Z. Y. Wang: Science, 307, 1634 (2005).5) Y. Sun, X. Y. Fan, D. M. Cao, W. Tang, K. He, J. Y. Zhu, J. X. He, M. Y. Bai, S. Zhu, E. Oh et al.: Dev. Cell, 19, 765 (2010)..このBIL1/BZR1タンパク質は,細胞質に存在し,ブラシノステロイド刺激によって核内に移行するという興味深い性質をもつ転写因子でもある(3)3) Z. Wang, T. Nakano, J. Gendron, J. He, M. Chen, D. Vafeados, Y. Yang, S. Fujioka, S. Yoshida, T. Asami et al.: Dev. Cell, 2, 505 (2002)..しかし,この核移行の制御機構は未解明のままで残されていた.本稿では,このBIL1/BZR1核移行制御機構の一端を解明した成果について紹介したい.

暗所発芽した植物は徒長した黄化胚軸形態を示すが,ブラシノステロイド生合成阻害剤Brz存在下で暗所発芽した植物は,胚軸が太く短くなり,子葉が開化した暗所光形態形成を示す.bil1変異体は,Brzに耐性を示し胚軸が徒長する変異体として単離したが,逆に,このBrzによって,野生型に比べて,より胚軸が短化する機能獲得型の突然変異体bss1Brz-sensitive-short1)を単離した(6)6) S. Shimada, T. Komatsu, A. Yamagami, M. Nakazawa, M. Matsui, H. Kawaide, M. Natsume, H. Osada, T. Asami & T. Nakano: Plant Cell, 27, 375 (2015).bss1変異体は,その変異体においてブラシノステロイド応答性遺伝子マーカーの発現が抑制されており,逆に原因遺伝子の破壊型変異体では,マーカー遺伝子の発現は促進されていた.また,bss1変異体は,成熟時には花茎がほとんど認められない極端な矮性形態を示し,その形態は既知のブラシノステロイド生合成・情報伝達欠損型変異体やBrz処理植物体と類似する形態と考えられた.これらのことから,変異原因遺伝子BSS1は,ブラシノステロイド情報伝達の抑制因子であり,その高発現によってブラシノステロイド抑制型の形質が変異体において現れていると考察された.

BSS1タンパク質は,タンパク質–タンパク質間の相互作用にかかわるAnkyrinリピートドメインをもっていた.その細胞内における機能を解明するため,BSS1-GFP形質転換体を作成したところ,細胞質において,タンパク質複合体に由来するドット状の蛍光シグナルとして観察された.さらに非常に興味深いことに,このドット状蛍光シグナルは,Brz処理によって,ドット数が増加し,逆に,ブラシノステロイド処理によって,ドットが消失して細胞質全体に薄く広がった蛍光シグナルが観察された.これらの反応は,根と胚軸の双方で認められ,最短15分の処理によっても観察された.すなわち,BSS1タンパク質は,Brz処理によって「集合」してタンパク質複合体を形成し,その複合体はブラシノステロイド処理によって「拡散」することが明らかとなった.

つづいて,BSS1タンパク質の細胞内局在性に基づき,先に得られていたブラシノステロイドのマスター転写因子BIL1との関係性をY2H法,BiFC法,免疫沈降法によって解析した結果,BSS1とBIL1は,細胞質において直接的に相互作用することが明らかとなった.そこで,BIL1-GFP形質転換体とBSS1高発現形質転換体およびBSS1欠損変異体との二重変異体を作出したところ,BSS1高発現状況においてBIL1-GFPの細胞核内における蛍光シグナルが低下すること,BSS1低発現状況においてはBIL1-GFP核内シグナルが増加することが,明らかになった.これらの結果より,BSS1がBIL1の細胞質から核への移行をネガティブに制御していることを示すと考えられた.

以上の結果より,BSS1の機能についての作業仮説を考察した(図1図1■BSS1タンパク質分子機能の作業仮説).ブラシノステロイド低下状況(図中左側)では,BSS1は「集合」してタンパク質複合体を形成し,そのBSS1複合体にBIL1タンパク質が捕捉され,細胞質から核へのBIL1の移行が抑制されて,草丈は短くなる.ブラシノステロイド添加状況では,BSS1の複合体は「拡散」し,モノマーとなったBSS1からBIL1は解放されて,細胞質から核内へBIL1は移行し,草丈は伸長する.このようなBSS1タンパク質複合体の集合と拡散が,BIL1の核移行の制御を通じて,草丈の制御を行っている,と考察された.

図1■BSS1タンパク質分子機能の作業仮説

植物草丈の制御技術は,農業上の作物・穀物の育種において非常に重要である.さらに近年は植物バイオマスへの二酸化炭素の固定促進などへの活用においても重要であると考えられている.今後さらに詳細なブラシノステロイド情報伝達機構の解明によって,植物草丈制御技術の応用展開が進むものと期待される.

Reference

1) J. Li & J. Chory: Cell, 90, 929 (1997).

2) T. Asami & S. Yoshida: Trends Plant Sci., 9, 348 (1999).

3) Z. Wang, T. Nakano, J. Gendron, J. He, M. Chen, D. Vafeados, Y. Yang, S. Fujioka, S. Yoshida, T. Asami et al.: Dev. Cell, 2, 505 (2002).

4) J. X. He, J. M. Gendron, Y. Sun, S. S. Gampala, N. Gendron, C. Q. Sun & Z. Y. Wang: Science, 307, 1634 (2005).

5) Y. Sun, X. Y. Fan, D. M. Cao, W. Tang, K. He, J. Y. Zhu, J. X. He, M. Y. Bai, S. Zhu, E. Oh et al.: Dev. Cell, 19, 765 (2010).

6) S. Shimada, T. Komatsu, A. Yamagami, M. Nakazawa, M. Matsui, H. Kawaide, M. Natsume, H. Osada, T. Asami & T. Nakano: Plant Cell, 27, 375 (2015).