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マウス全脳・全身を透明化し1細胞解像度で観察する新技術を開発アミノアルコールを含む化合物カクテルと高速イメージング・画像解析を組み合わせた「CUBIC」技術を実現

Akihiro Kuno

久野 朗広

筑波大学グローバル教育院ヒューマンバイオロジー学位プログラム ◇ 〒305-8577 茨城県つくば市天王台一丁目1番1号

Ph.D. Program in Human Biology, School of Integrative and Global Majors (SIGMA), University of Tsukuba ◇ Tennodai 1-1-1, Tsukuba-shi, Ibaraki 305-8577, Japan

筑波大学医学医療系生命医科学域解剖学・発生学研究室 ◇ 〒305-8575 茨城県つくば市天王台一丁目1番1号

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東京大学大学院医学系研究科システムズ薬理学教室 ◇ 〒113-0033 東京都文京区本郷七丁目3番1号

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Etsuo A. Susaki

洲崎 悦生

東京大学大学院医学系研究科システムズ薬理学教室 ◇ 〒113-0033 東京都文京区本郷七丁目3番1号

Laboratory of Systems Pharmacology, Graduate School of Medicine, The University of Tokyo ◇ Hongo 7-3-1, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan

国立研究開発法人理化学研究所生命システム研究センター細胞デザインコア合成生物学研究グループ ◇ 〒565-0874 大阪府吹田市古江台六丁目2番3号

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Kazuki Tainaka

田井中 一貴

東京大学大学院医学系研究科システムズ薬理学教室 ◇ 〒113-0033 東京都文京区本郷七丁目3番1号

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Hiroki R. Ueda

上田 泰己

東京大学大学院医学系研究科システムズ薬理学教室 ◇ 〒113-0033 東京都文京区本郷七丁目3番1号

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国立研究開発法人理化学研究所生命システム研究センター細胞デザインコア合成生物学研究グループ ◇ 〒565-0874 大阪府吹田市古江台六丁目2番3号

Laboratory for Synthetic Biology, Cell Design Research Core, Quantitative Biology Center, RIKEN ◇ Furuedai 6-2-3, Suita-shi, Osaka 565-0874, Japan

Published: 2015-10-20

生物としての構造と機能の最小単位は細胞である.分子生物学の発展により細胞内システムの解析は広く研究対象とされているが,主な対象は分離された細胞の解析であり,臓器・個体内の細胞の位置情報を保持した状態で細胞を網羅的に解析することは困難であった.われわれは高効率な組織透明化手法・高速な3次元イメージング・画像解析を組み合わせたプラットフォームであるCUBIC(Clear, Unobstructed Brain/Body Imaging Cocktails and Computational analysis)(1,2)1) E. A. Susaki, K. Tainaka, D. Perrin, F. Kishino, T. Tawara, T. M. Watanabe, C. Yokoyama, H. Onoe, M. Eguchi, S. Yamaguchi, T. Abe, H. Kiyonari, Y. Shimizu, A. Miyawaki, H. Yokota, H. R. Ueda: Cell, 157, 726 (2014).2) K. Tainaka, S. I. Kubota, T. Q. Suyama, E. A. Susaki, D. Perrin, M. Ukai-Tadenuma, H. Ukai & H. R. Ueda: Cell, 159, 911 (2014).を開発し,全臓器を1細胞単位で観察することを可能にした.本技術の開発経緯と現在までの研究を紹介し,今後の展望を議論したい.

組織を観察する手法としては,切片を作りスライドガラスに貼付し,色素染色や免疫組織化学染色を行い,標本を作製することが一般的である.組織切片を作製することで細胞単位での観察が可能となり,組織学・病理学は組織切片により確立したと言っても過言ではない.しかし,臓器を薄切りにして組織切片を作製することで臓器内の細胞の3次元的位置情報は失われる.このため,たとえば神経細胞間のつながりを同定することや,悪性腫瘍の浸潤経路を描出することは極めて困難である.これまでにも臓器を数百~数千枚の連続切片とし,コンピューター上で位置や角度を調整して重ね合わせて3次元画像を再構成する方法が開発されてきたが,かなりの時間・労力・コストが必要となる.一方で,たとえばマウスを数時間ごとにサンプリングし,全脳の神経活動の24時間リズムを1細胞解像度で観察するような実験では,マウス全脳数十個を短期間で再現よく観察できる技術が必要である.

そこでわれわれは,組織を丸ごと観察可能な“シート照明顕微鏡”(3)3) P. Osten & T. W. Margrie: Nat. Methods, 10, 515 (2013).と“組織透明化”を組み合わせたイメージング技術に注目した.シート照明顕微鏡とは,シート上のレーザー光を試料の両側面から照射し,上方に備えたカメラで撮影することで試料内の1平面を一度で撮像できる顕微鏡である(図1図1■シート照明顕微鏡).しかし,シート照明顕微鏡にて試料を観察するためには対象物が極めて透明に近い必要があるため,不透明な臓器を観察するに当たって組織透明化技術が不可欠である.

図1■シート照明顕微鏡

(A)サンプルに対して左右両側面からシート上のレーザーを照射することでイメージを得るシート照明顕微鏡(LaVision BioTec),(B)シート照明顕微鏡を用いた全脳3次元イメージングの模式図.

組織透明化は生体内の主な光散乱体である脂質を除くこと,および生体組織と溶媒の屈折率差をなくすことにより,組織の内部・表面で可視光線が透過することで実現できる(図2図2■組織透明化の原理).既存の組織透明化試薬としては1914年にSpalteholz博士がベンジルアルコールとサリチル酸メチルを用いた透明化手法を開発(4)4) W. Spalteholz: “Über das Durchsichtigmachen von menschlichen und tierischen Präparaten,” S. Hirzel, Leipzig, 1914.して以来,それを改良したBABB(ベンジルアルコールと安息香酸ベンジルを1 : 2の容量比で混合した溶液)(5)5) J. A. Dent, A. G. Polson & M. W. Klymkowsky: Development, 105, 61 (1989).が汎用されており,組織の水成分を屈折率の高い有機溶剤に置換することで透明化することができる.しかし,有機溶剤による透明化では観察したい蛍光シグナルが消失してしまうという問題があった.2011年に発表されたSca/e(6)6) H. Hama, H. Kurokawa, H. Kawano, R. Ando, T. Shimogori, H. Noda, K. Fukami, A. Sakaue-Sawano & A. Miyawaki: Nat. Neurosci., 14, 1481 (2011).,また2013年に発表されたSeeDB(7)7) M. T. Ke, S. Fujimoto & T. Imai: Nat. Neurosci., 16, 1154 (2013).はそれぞれ尿素および果糖を主成分とした水溶性の透明化試薬で,蛍光タンパク質の褪色が起こらない.しかし,シート照明顕微鏡を成獣マウス全脳で適用できるだけの透明度が得られないという難点があった.そこでわれわれは蛍光シグナルを保存しつつ,複数のサンプルを簡単に短期間で透明化できる新期透明化手法の開発に取り組んだ.

図2■組織透明化の原理

生体組織は脂質などの散乱体が豊富に存在し,かつ屈折率が不均一な物質により構成されているため,通常は光が散乱し不透明である.散乱体の除去や,組織成分と屈折率を合わせた溶剤に置換することで光は透過し,透明にできる.CUBICにより透明化したマウス全脳を例に示す.

われわれは独自のスクリーニング系をもとにSca/e試薬の各化合物に類似する化合物を検索した.その中でSca/eの主成分である尿素に加え,新たにアミノアルコールが組織をより高度に透明化することを発見し,これを加えた試薬をSca/eCUBIC-1(Reagent-1)と命名した.さらに,SeeDBで報告された原理を適用し,高濃度の糖に尿素とアミノアルコールを加えた屈折率調整試薬を開発し,Sca/eCUBIC-2(Reagent-2)とした.Reagent-1およびReagent-2を用いることで,マウスの全脳が10日以内にほぼ完全に透明になる.またCUBIC試薬は蛍光タンパク質の褪色をほとんど引き起こさないため,これまでに作製されてきたさまざまなレポーターマウスにも適応可能である.CUBICの例では,上述のシート照明顕微鏡を用いることにより,透明化したマウス全脳を1色1方向あたり30分~1時間程度で撮像できるため,1日に10全脳イメージ以上の取得が可能である(1)1) E. A. Susaki, K. Tainaka, D. Perrin, F. Kishino, T. Tawara, T. M. Watanabe, C. Yokoyama, H. Onoe, M. Eguchi, S. Yamaguchi, T. Abe, H. Kiyonari, Y. Shimizu, A. Miyawaki, H. Yokota, H. R. Ueda: Cell, 157, 726 (2014).図3図3■全脳イメージの多サンプル比較解析).

図3■全脳イメージの多サンプル比較解析

(A)複数サンプルを定量的に比較するために核染色を行い,脳全体の構造情報を得た.①構造情報の3次元画像を,標準脳に投射し,標本の形や位置をそろえるための式を算出した.この算出式を用いて②機能的な蛍光シグナルのイメージを標準化した.①,②により,異なる標本間で蛍光シグナルが観察される領域やシグナル強度を比較することが可能となった.(B)神経活動を蛍光タンパクによってラベルできるArc-dVenusトランスジェニックマウスを用いて,光刺激あり・なしの②条件で脳全体の光刺激による神経活動の差分を検出した.その結果,大脳皮質視覚野で神経活動の上昇が検出できた(矢頭部位).

さらに,われわれはCUBIC試薬中に含まれるアミノアルコールが生体臓器に豊富に含まれているヘモグロビン中のヘムを溶出する性質をもっていることを発見し,CUBIC試薬の脱色作用を利用して,マウスの各臓器および個体全体をまるごと透明化することに成功した(2)2) K. Tainaka, S. I. Kubota, T. Q. Suyama, E. A. Susaki, D. Perrin, M. Ukai-Tadenuma, H. Ukai & H. R. Ueda: Cell, 159, 911 (2014)..これにより各臓器の解剖学的構造を1細胞解像度で描出でき,心臓の脈管系や肺の気管支系などを3次元で観察することが可能となった.また,臓器の1細胞解像度イメージデータを用いた病理学的解析への応用を目指し,ストレプトゾトシン誘導性糖尿病モデルマウスを作製して膵臓の3次元病理解析を試みた.その結果,糖尿病モデルマウスにおいてランゲルハンス島の体積・個数が減少していることを定量的に検証することが可能となった(図4図4■臓器・個体スケールにおける1細胞解像度3次元解剖学・病理学).このように,CUBICは脳神経系だけでなく各臓器・個体スケールで解剖学および病理学研究に応用可能な技術である.

図4■臓器・個体スケールにおける1細胞解像度3次元解剖学・病理学

(A)幼若マウス全身の3次元イメージング.EGFP(黄色)を発現している生後1日目のマウス全身を核染色剤(紫色:Propidium Iodide)で染色し,個体全体の3次元イメージングを行った.(B)細胞核の密度や各種蛍光タンパク質の発現パターンの違いから,臓器に特異的な構造を抽出できる.心臓・肺の管腔構造を1細胞解像度で描出した.(C)糖尿病モデルマウスの膵臓を核染色剤(黄色)で染色し,細胞核の密度の違いを利用してランゲルハンス島(青)や膵管(紫)の3次元分布を抽出した.

以上,CUBICによる組織透明化とシート照明顕微鏡を用い,1細胞解像度で臓器・個体を包括的に観察する新たな研究手法を紹介した.CUBICなどの組織透明化技術とシート照明顕微鏡により,従来では不可能であった各臓器内における細胞の3次元的位置情報を保持した状態での1細胞解析が可能になった.今後の展望として,全脳スケールの活動性のモニタリングや悪性腫瘍の転移・播種の進展様式の可視化,免疫細胞の遊走の追跡など,個体レベルでの細胞動態や少数細胞が重要な意味をもつ生命現象の解明に向けて有力な技術となるだろう.かつ,CUBICはマウス以外にも霊長類の生体組織(サル脳)にも適応できるため,将来的にヒト組織への適応が確立すれば,病理診断といった医療への応用も期待できる.CUBICの利用と発展により,全身・全組織を対象とした「全細胞解析(Cellomics)」が新たな研究領域を開拓することを期待している.

Reference

1) E. A. Susaki, K. Tainaka, D. Perrin, F. Kishino, T. Tawara, T. M. Watanabe, C. Yokoyama, H. Onoe, M. Eguchi, S. Yamaguchi, T. Abe, H. Kiyonari, Y. Shimizu, A. Miyawaki, H. Yokota, H. R. Ueda: Cell, 157, 726 (2014).

2) K. Tainaka, S. I. Kubota, T. Q. Suyama, E. A. Susaki, D. Perrin, M. Ukai-Tadenuma, H. Ukai & H. R. Ueda: Cell, 159, 911 (2014).

3) P. Osten & T. W. Margrie: Nat. Methods, 10, 515 (2013).

4) W. Spalteholz: “Über das Durchsichtigmachen von menschlichen und tierischen Präparaten,” S. Hirzel, Leipzig, 1914.

5) J. A. Dent, A. G. Polson & M. W. Klymkowsky: Development, 105, 61 (1989).

6) H. Hama, H. Kurokawa, H. Kawano, R. Ando, T. Shimogori, H. Noda, K. Fukami, A. Sakaue-Sawano & A. Miyawaki: Nat. Neurosci., 14, 1481 (2011).

7) M. T. Ke, S. Fujimoto & T. Imai: Nat. Neurosci., 16, 1154 (2013).