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「難生産性」タンパク質の生産法菌体密度は酵母の組換えタンパク質分泌発現に影響を与える?

Yasuaki Kawarasaki

河原崎 泰昌

静岡県立大学食品栄養科学部 ◇ 〒422-8526 静岡県静岡市駿河区谷田52番1号

School of Food and Nutritional Sciences, University of Shizuoka ◇ Yada 52-1, Suruga-ku, Shizuoka-shi, Shizuoka 422-8526, Japan

Keisuke Ito

伊藤 圭祐

静岡県立大学食品栄養科学部 ◇ 〒422-8526 静岡県静岡市駿河区谷田52番1号

School of Food and Nutritional Sciences, University of Shizuoka ◇ Yada 52-1, Suruga-ku, Shizuoka-shi, Shizuoka 422-8526, Japan

Published: 2015-10-20

次世代シーケンサーの普及により,未同定核酸の配列情報は急激に増大している.このなかには環境DNA中の酵素遺伝子,培養困難微生物や極限環境微生物の酵素遺伝子などが含まれ,産業上の潜在的有用性をもつ.また,ヒトmRNAの各種スプライシングバリアントやコーディング領域SNPなどの保健・医療上の価値を有する多型性配列情報も増加している.これらの配列がコードする遺伝子産物の機能を評価し,さらに産業展開するためには,組換え細胞を用いた当該遺伝子産物の(小規模)生産,そして生化学的・酵素学的な解析が欠かせない.しかし,期待する収量を活性型タンパク質として得るのが困難な組換えタンパク質もある.これは組換えタンパク質が,宿主細胞内で不安定である,不活性な不溶性タンパク質として生産される,宿主の細胞機能に損傷を与える,などの予測不可能な要因により引き起こされる.このような組換え生産が困難なタンパク質は「難生産性タンパク質(difficult-to-express proteins)」と総称される.

発現が困難な組換えタンパク質ということは,機能解析もままならないということである.Difficult-to-express proteinsというキーワードを表題や抄録にもつ論文が現れたのは1994年である.2000年前後の構造生物学の伸展を背景としてdifficult-to-expressと形容されるタンパク質群の存在が広く認知されるようになり,これらの発現を可能にする手法の開発が期待された.PEGS(1)1) PEGS (the Essential Protein Engineering Summit): http://www.pegsummit.com(the Essential Protein Engineering Summit)がdifficult-to-express proteinsのセッションを設けたのが2005年であり,このあたりから原著論文および総説数が増え出し(図1図1■“Difficult-to-express”のキーワードを含む論文数),研究者コミュニティの関心の高まりがうかがえる.

図1■“Difficult-to-express”のキーワードを含む論文数

難生産性の克服手段として現在よく大腸菌発現系で用いられるのは,ⅰ)分子シャペロンの共発現(2)2) タカラバイオ社シャペロンプラスミドセット:http://catalog.takara-bio.co.jp/product/basic_info.php?catcd=B1000420&subcatcd=B1000421&unitid=U100004131,ⅱ)cspプロモーターを用いた低温発現(3)3) タカラバイオ社pColdベクターシリーズ:http://catalog.takara-bio.co.jp/product/basic_info.php?catcd=B1000420&subcatcd=B1000421&unitid=U100004327,ⅲ)レアコドンに対応するtRNAの共発現(4)4) メルクミリポア社Rosetta2 competent cells: http://www.merckmillipore.com/JP/ja/product/Rosetta™-2%28DE3%29-Singles™-Competent-Cells---Novagen,EMD_BIO-71400,ⅳ)遺伝子の人工合成によるコドン最適化(レアコドンの解消)の4つである.ⅰ)からⅲ)は,いくつかの試薬会社がこれらに対応した製品を販売している.またⅳ)に関しては,Web上でコドンを最適化し,全合成まで行ってくれるサービスがある.これらにより難生産性の問題は解決されるかというと,実際には活性型で発現しないタンパク質・酵素は依然として多い.特に真核生物の分泌タンパク質や膜タンパク質,カビ・キノコ類の分泌性バイオマス分解酵素類などは,まだまだ組換え大腸菌にとっては荷が重いようである.

出芽酵母を用いた異種タンパク質の分泌生産は,培地中に放出される内因性タンパク質が少ないこと(数mg/L以下)から,培地上清を粗酵素液とした迅速な機能スクリーニング環境を構築できる.生産された組換えタンパク質の精製も行いやすい.同じ菌類であるカビ・キノコ類の分泌酵素の発現は,組換え大腸菌と比べ成功率が高いと言われる.しかしながら,難生産性となる分泌酵素もまた多い.

われわれは,組換え出芽酵母を用いてシイタケラッカーゼの発現を試み,難生産性の問題に直面し,そして思わぬ形で難生産性を回避し,性質決定が可能な程度の生産量を得ることができた(5,6)5) K. Kimata, M. Yamaguchi, Y. Saito, H. Hata, K. Miyake, T. Yamane, Y. Nakagawa, A. Yano, K. Ito & Y. Kawarasaki: J. Biosci. Bioeng., 113, 154 (2012).6) T. Kurose, Y. Saito, K. Kimata, Y. Nakagawa, A. Yano, K. Ito & Y. Kawarasaki: J. Biosci. Bioeng., 117, 659 (2014)..この難生産性回避法は容易に実行可能で,これまでにいくつかの難生産性分泌タンパク質の生産を可能にしてきた.出芽酵母を用いた分泌発現系で同様にお困りの本誌読者諸氏の手助けになることを願い,われわれの見いだした発現系について以下に紹介する.

シイタケゲノム中には11種のラッカーゼ遺伝子の存在が予想される(7)7) K. S. Wong, M. K. Cheung, C. H. Au & H. S. Kuwan: PLoS ONE, 8, e66426 (2013)..これらアイソザイム遺伝子のうち,Lcc1は菌体外ラッカーゼを,Lcc4は子実体で発現する菌体内ラッカーゼをコードしている.両者ともに組換え出芽酵母を用いた発現系では難生産性を示し,発現誘導とともに宿主の生育遅延およびプラスミド脱落が起こる.結果として,生産されるラッカーゼはごく微量である(5)5) K. Kimata, M. Yamaguchi, Y. Saito, H. Hata, K. Miyake, T. Yamane, Y. Nakagawa, A. Yano, K. Ito & Y. Kawarasaki: J. Biosci. Bioeng., 113, 154 (2012).

この難生産は,非誘導培地で前培養した組換え菌(OD=3程度)を集菌し,ごく少量(前培養液の1/5程度)の誘導培地に懸濁して振とうする(図2図2■出芽酵母高密度菌体懸濁液を用いた難生産性組換え分泌タンパク質の生産)という単純な操作で回避された(5)5) K. Kimata, M. Yamaguchi, Y. Saito, H. Hata, K. Miyake, T. Yamane, Y. Nakagawa, A. Yano, K. Ito & Y. Kawarasaki: J. Biosci. Bioeng., 113, 154 (2012)..このときの初発菌体密度は,OD=15程度である.同じ誘導培地を用いた通常の増殖連動型の発現誘導(たとえば誘導開始時OD=1)と比較して,初発菌体量あたりのラッカーゼ生産量は10倍以上,菌体懸濁液の体積あたり生産量(収量)は百数十倍以上であった(5)5) K. Kimata, M. Yamaguchi, Y. Saito, H. Hata, K. Miyake, T. Yamane, Y. Nakagawa, A. Yano, K. Ito & Y. Kawarasaki: J. Biosci. Bioeng., 113, 154 (2012)..後述する生産条件最適化により,収量は最終的に数千倍に達した(6)6) T. Kurose, Y. Saito, K. Kimata, Y. Nakagawa, A. Yano, K. Ito & Y. Kawarasaki: J. Biosci. Bioeng., 117, 659 (2014)..低収量であったほかの組換えタンパク質発現系についても同様の高菌体密度誘導法を試したところ,ヒトペプチドトランスポーターで50倍,ヒトジペプチジルペプチダーゼで34倍の収量増大であった.いずれの場合においても菌体高密度化によって菌体あたりのタンパク質生産量は増大している.逆に,難生産性の程度が低い糸状菌分泌型β-ガラクトシダーゼ改変体などは,菌体密度増大分を上回る収量増大は起こらなかった.これらのことから,一定の異種タンパク質の生産を抑制する何らかの宿主因子があり,菌体高密度化によりそれが無効化されるようである.現在,この宿主因子について解析を進めている.全転写産物のデータを見る限り,小胞体ストレス応答因子や小胞体シャペロンの発現量は顕著に変動しておらず,単一因子の関与ではないようである.

図2■出芽酵母高密度菌体懸濁液を用いた難生産性組換え分泌タンパク質の生産

高密度菌体を用いた異種タンパク質分泌発現系を試すにあたり,鍵となる操作上のポイントがあるので紹介したい.本高密度発現法は,静止期菌体密度の5倍以上の菌体密度で発現誘導を行うため,通気速度が発現量を大きく左右する.簡単な例を一つ.試験管(ϕ=18 mm)スケールの培養は,一般的には十分な通気が得られる.しかしながら高密度系では,溶液量に依存して生産されるタンパク質の量は顕著に減少する(図3図3■高密度菌体懸濁液を用いた難生産性組換えタンパク質の生産は通気律速である).したがって,スケールアップして組換えタンパク質を調製する場合には,通気の良いバッフルつきフラスコに少量(フラスコ容積の1/10程度)の菌体懸濁液を加えて発現誘導する(5)5) K. Kimata, M. Yamaguchi, Y. Saito, H. Hata, K. Miyake, T. Yamane, Y. Nakagawa, A. Yano, K. Ito & Y. Kawarasaki: J. Biosci. Bioeng., 113, 154 (2012).か,ジャーファーメンターを用いて十分な通気(1.0 vvm程度)を与える(6)6) T. Kurose, Y. Saito, K. Kimata, Y. Nakagawa, A. Yano, K. Ito & Y. Kawarasaki: J. Biosci. Bioeng., 117, 659 (2014).と期待どおりの収量が得られるであろう.

図3■高密度菌体懸濁液を用いた難生産性組換えタンパク質の生産は通気律速である

同じ菌体,同じ培地を用いているにもかかわらず,菌体密度の違いだけで組換えタンパク質の分泌生産における宿主細胞の振る舞いは大きく変わる.発酵のスターターや,前培養の後に集菌された菌など,通常の生育条件とは大きく異なる人工的な環境におかれた菌には,われわれが気づいていない生命現象や潜在能力がまだまだたくさんあるのかもしれない.

Reference

1) PEGS (the Essential Protein Engineering Summit): http://www.pegsummit.com

2) タカラバイオ社シャペロンプラスミドセット:http://catalog.takara-bio.co.jp/product/basic_info.php?catcd=B1000420&subcatcd=B1000421&unitid=U100004131

3) タカラバイオ社pColdベクターシリーズ:http://catalog.takara-bio.co.jp/product/basic_info.php?catcd=B1000420&subcatcd=B1000421&unitid=U100004327

4) メルクミリポア社Rosetta2 competent cells: http://www.merckmillipore.com/JP/ja/product/Rosetta™-2%28DE3%29-Singles™-Competent-Cells---Novagen,EMD_BIO-71400

5) K. Kimata, M. Yamaguchi, Y. Saito, H. Hata, K. Miyake, T. Yamane, Y. Nakagawa, A. Yano, K. Ito & Y. Kawarasaki: J. Biosci. Bioeng., 113, 154 (2012).

6) T. Kurose, Y. Saito, K. Kimata, Y. Nakagawa, A. Yano, K. Ito & Y. Kawarasaki: J. Biosci. Bioeng., 117, 659 (2014).

7) K. S. Wong, M. K. Cheung, C. H. Au & H. S. Kuwan: PLoS ONE, 8, e66426 (2013).