Kagaku to Seibutsu 53(11): 744-750 (2015)
解説
レアアースを必須因子として要求する新たな代謝系―植物共生細菌たちがもつレアアース依存型C1代謝
Novel Metabolic Pathway Requiring Rare-Earth Elements as an Essential Factor
Published: 2015-10-20
「産業のビタミン」とも呼ばれる希土類元素(レアアース)は,さまざまなエレクトロニクス製品などの性能向上に必要不可欠な金属であることから,私たちの生活とかかわりが深い重要金属元素に数えられる.しかし,これまでレアアースが自然界において生態系や生物の生命活動にどのように関与するか,その生物学的意義はほとんど研究されていない.このようななか,近年,メタノールを唯一の炭素源として生育できるMethylobacterium属細菌がレアアースを要求する新規なメタノール代謝系をもつことが見いだされ,そのメタノール代謝の鍵酵素がレアアースを補因子とする新規なメタノール脱水素酵素(MDH)であることが明らかとなった.またレアアースを要求するMethylobacterium属細菌が自然界に普遍的に生息すること,さらにはMethylobacterium属細菌のみならず,根粒菌やメタン酸化細菌などからもレアアース依存的MDHの存在が報告されていることなど,レアアースを要求するC1代謝系は単なる一部のメチロトローフ細菌群に限った性質ではなく,広く自然界に分布する一般的かつ基盤的代謝系である可能性が示されている.本解説では,この新規なレアアース依存的なメタノール代謝系についてM. extorquens AM1株を中心に解説し,鍵酵素レアアース依存型MDHの機能と新規なメタノール代謝系の生物学的意義について説明する.
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
希土類元素(レアアース)は,周期表「第3族」に属するスカンジウム(Sc)とイットリウム(Y)の2元素とランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15種類のランタノイドを含めた17元素の総称で(図1図1■元素周期表とレアアースの分類),磁石や蓄電池,発光体や超伝導体などといったさまざまなエレクトロニクス製品などの性能向上に必要不可欠な金属であることから「産業のビタミン」とも呼ばれる希少金属群の総称である.レアアースは互いに化学的性質が似ており,原子量が小さいユウロピウム(Eu)までを軽希土類元素,ガドリニウム(Gd)よりも大きい元素を重希土類元素と分類されている(図1図1■元素周期表とレアアースの分類).
レアアースはその名から,地球上にほとんど存在しない「希少な金属元素」と思われがちであるが,実際は自然界に広く分布する金属元素である(1)1) 日本化学会編:化学便覧 基礎編,改訂4版,2002, p. 51..たとえば,ランタン(La)とセリウム(Ce)の地殻中の存在量は,それぞれ35 µg/g,66 µg/gと見積もられており(2)2) G. Tyler: Plant Soil, 267, 191 (2004).,鉛(Pb)などのベースメタルよりも多く存在するとされている(1)1) 日本化学会編:化学便覧 基礎編,改訂4版,2002, p. 51..つまり,レアアースは自然界においてすべての生物が直接接触している主要金属元素であり,生物はその影響を少なからず受けていると言える.さらにレアアースの産業利用の拡大に伴い,精錬された高濃度のレアアースを利用した工業製品を作り続けていることから,近年,私たちの生命活動に及ぼす高濃度レアアースの影響や環境への流出による生態系への影響など,高濃度のレアアースの生物・生態系に対する「負」の影響に関する研究がこれまで数多く行われてきた(3)3) G. Pagano, M. Guida, F. Tommasi & R. Oral: Ecotoxicol. Environ. Saf., 115C, 40 (2015)..
一方,レアアースは自然環境レベルでは生体に対して毒性を示さないことから,自然環境レベルでの「生物とレアアースの関係」に言及した報告はこれまでほとんどない.つまり,自然界で積極的にレアアースを生命活動に利用する生物の存在や,レアアースを必須因子として要求するような代謝系の存在など,レアアースの「正」の生物学的意義を証明するような研究はほとんどなかった.このようななか,近年,適正濃度のレアアースが植物成長促進作用をもつことが示され(4,5)4) D. Liu, X. Wang, X. Zhang & Z. Gao: Plant Soil Environ., 59, 196 (2013).5) Z. Hu, H. Richter, G. Sparovek & E. Schnug: J. Plant Nutr., 27, 183 (2004).,生物がレアアースを積極的に利用している可能性が高いと想像させる事例が報告され始めた.しかし,これら報告ではレアアースによる植物成長促進作用の作用点やその分子メカニズムに関する詳細は記載されておらず,レアアースの「正」の生物学的意義を証明するには至っていなかった.
私たちのグループではレアアースと微生物のかかわりを探るべく,貧栄養培地上でレアアースにより生育が著しく賦活化される微生物のスクリーニングを試みたところ,サマリウム(Sm)とユウロピウム(Eu)でコロニー径が大きくなるピンク色のコロニーを見いだした(6)6) 日比慶久,奥田雅代,佐久間隆介,岩間智徳,河合啓一:環境技術,40, 108 (2011).(図2図2■レアアース(Sm)により生育が賦活化されるMethylobacterium sp. MAFF211642株).このピンク色のコロニーを形成するEU-1株(MAFF211642株)は,16S rRNA遺伝子配列がMethylobacterium radiotolerans基準株と98%以上の相同性を示し,その生理・生化学的性状からもMethylobacterium sp.と同定された(6)6) 日比慶久,奥田雅代,佐久間隆介,岩間智徳,河合啓一:環境技術,40, 108 (2011)..
Methylobacterium属細菌は,塩素消毒された水道水からも高頻度に単離される貧栄養細菌として知られるが(7)7) A. Hiraishi, K. Furuhata, A. Matsumoto, K. A. Koike, M. Fukuyama & K. Tabuchi: Appl. Environ. Microbiol., 61, 2099 (1995).,その名のとおりメタノールを唯一の炭素源として生育できるメチロトローフ細菌であり,生態系では植物葉上で放出されるメタノールを資化し(8)8) D. Abanda-Nkpwatt, M. Musch, J. Tschiersch, M. Boettner & W. Schwab: J. Exp. Bot., 57, 4025 (2006).,植物にホルモン様物質などを供給するという生態が理解されつつあり(9,10)9) M. Madhaiyan, B. V. Suresh Reddy, R. Anandham, M. Senthilkumar, S. Poonguzhali, S. P. Sundaram & T. Sa: Curr. Microbiol., 53, 270 (2006).10) M. Senthilkumar, M. Madhaiyan, S. Sundaram & S. Kannaiyan: Microbiol. Res., 164, 92 (2009).,近年,注目を集めている植物共生細菌の一種である(11)11) J. A. Vorholt: Nat. Rev. Microbiol., 10, 828 (2012)..そこで,Methylobacterium属細菌のモデル株であるM. extorquens AM1株を用いてメタノール生育におけるレアアース要求性を観察したところ,メタノール生育の必須因子とされていたカルシウム(Ca)を培地中から取り除くとAM1株はメタノール生育をほとんど示さないことが知られているが,Caの代わりにLaを培地中に添加すると良好なメタノール生育を示した(12)12) T. Nakagawa, R. Mitsui, A. Tani, K. Sasa, S. Tashiro, T. Iwama, T. Hayakawa & K. Kawai: PLoS ONE, 7, e50480 (2012).(図3A図3■M. extorquens AM1野生株およびΔmxaF株のメタノール生育(12)).つまり,AM1株もMAFF211642株同様にレアアースに依存的なメタノール生育能力をもち,レアアースがメタノール代謝においてCaと同等,もしくはそれ以上の役割をもつ必須因子である可能性が初めて示された.
Methylobacterium属細菌のメタノール生育で,レアアースはどのような役割を果たしているのだろうか? M. extorquens AM1株が軽希土類元素に特異的なメタノール生育を示したので,軽希土類元素LaによるAM1株のメタノール代謝酵素群の発現誘導を観察したところ,メタノール脱水素酵素(MDH)がLaにより強力に誘導された(12)12) T. Nakagawa, R. Mitsui, A. Tani, K. Sasa, S. Tashiro, T. Iwama, T. Hayakawa & K. Kawai: PLoS ONE, 7, e50480 (2012)..レアアースによるMDH活性の誘導はMethylobacterium sp.やM. radiotoleransでも同様に観察され(6,13)6) 日比慶久,奥田雅代,佐久間隆介,岩間智徳,河合啓一:環境技術,40, 108 (2011).13) Y. Hibi, K. Asai, H. Arafuka, M. Hamajima, T. Iwama & K. Kawai: J. Biosci. Bioeng., 111, 547 (2011).,このことはMDHがレアアース依存的メタノール代謝の鍵を握る因子であることを容易に連想させた.そこで,メタノール/Ca培地とメタノール/La培地で生育させたAM1株からそれぞれMDHを精製し,両MDH(Ca-MDHおよびLa-MDH)の比較を行った.その結果,Ca-MDHはこれまで報告されているとおりmxaオペロンにコードされているαサブユニット(MxaF)とβサブユニット(MxaI)からなるヘテロ四量体のMxaFIであったのに対し(14)14) D. Y. Nunn, D. Day & C. Anthony: Biochem. J., 260, 857 (1989).,驚いたことにLa-MDHはこれまで機能未知とされていたxoxF1にコードされているタンパク質で,βサブユニットをもたなかった(12)12) T. Nakagawa, R. Mitsui, A. Tani, K. Sasa, S. Tashiro, T. Iwama, T. Hayakawa & K. Kawai: PLoS ONE, 7, e50480 (2012)..またLa-MDHであるXoxF1は,MxaFIと比較しても十分なMDH活性をもち,予想どおりPQQを補欠分子族とし,これまで報告例のないLaを補因子とする新規な酵素であった(12)12) T. Nakagawa, R. Mitsui, A. Tani, K. Sasa, S. Tashiro, T. Iwama, T. Hayakawa & K. Kawai: PLoS ONE, 7, e50480 (2012)..
これまでXoxF1は,アミノ酸レベルでMxaFと約50%と高い相同性を示すものの,CaではMDH活性を示さないこと(15)15) S. Schmidt, P. Christen, P. Kiefer & J. A. Vorholt: Microbiology, 156, 2575 (2010).,その遺伝子欠損株はメタノール/Ca培地に生育できることなどから(16)16) L. Chistoserdova & M. E. Lidstrom: Microbiology, 143, 1729 (1997).,xoxF2とともにmxaFの機能未知のパラログ遺伝子として考えられてきた.しかし,近年,XoxF1が植物葉上や根圏で主要な微生物由来タンパク質として検出されること(11,17,18)11) J. A. Vorholt: Nat. Rev. Microbiol., 10, 828 (2012).17) N. Delmotte, C. Knief, S. Chaffron, G. Innerebner, B. Roschitzki, R. Schlapbach, C. von Mering & J. A. Vorholt: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 16428 (2009).18) S. M. Sowell, P. E. Abraham, M. Shah, N. C. Verberkmoes, D. P. Smith, D. F. Barofsky & S. J. Giovannoni: ISME J., 5, 856 (2011).,xoxF1とxoxF2がともに欠損するとAM1株はメタノール生育を示さなくなることなど(19)19) E. Skovran, A. D. Palmer, A. M. Rountree, N. M. Good & M. E. Lidstrom: J. Bacteriol., 193, 6032 (2011).,XoxF1は単なる重複遺伝子ではなく,何らかの重要な機能をもつことが推測され始め,その機能に関してはさまざまな仮説が挙げられていたものの,その核心を突くものはなかった.そのようななか,レアアース存在下でXoxF1がMDH活性を示したことから,XoxF1の主要な機能はレアアース依存型MDHであることが初めて明らかとなったのである.
前述のとおり,AM1株はmxaFとxoxF1,xoxF2の3コピーのMDHパラログ遺伝子をもつが(図4図4■M. extorquens AM1株のMDHをコードする遺伝子とMDHの構成),それぞれのMDH遺伝子欠損株のうち,Ca-MDHをコードするmxaFの欠損株ΔmxaFはメタノール/Ca培地には生育できないが,メタノール/La培地に野生株と同等の生育を示す(12)12) T. Nakagawa, R. Mitsui, A. Tani, K. Sasa, S. Tashiro, T. Iwama, T. Hayakawa & K. Kawai: PLoS ONE, 7, e50480 (2012).(図3B図3■M. extorquens AM1野生株およびΔmxaF株のメタノール生育(12)).一方,ΔxoxF1株はメタノール/La培地にほとんど生育することができない(未発表データ).このことから,MxaFIはLa依存的メタノール代謝には一切関与しておらず,La依存的なメタノール生育に必要なMDHはXoxF1であることが示され,XoxF1がメタノール代謝において重要な機能タンパク質であることが証明された.
新規レアアース依存型MDHであるXoxF1だが,レアアース依存型MDHは果たしてM. extorquens AM1株のみがもつユニークな酵素なのであろうか? 答えは,「ノー」であり,M. radiotolerans NBRC15690株から精製されたLa-MDHもまた,mxaFではなくxoxFにコードされていることが証明されている(13)13) Y. Hibi, K. Asai, H. Arafuka, M. Hamajima, T. Iwama & K. Kawai: J. Biosci. Bioeng., 111, 547 (2011)..また,XoxF1と高い相同性をもつMDH遺伝子はMethylobacterium属細菌の公開されているほとんどのゲノム配列上で確認できること(図5図5■Methylobacterium属細菌およびさまざまな細菌由来のXoxFの系統樹),また私たちが自然界から単離したほとんどすべてのMethylobacterium属細菌がxoxF遺伝子をもつことから(未発表データ),レアアース依存型MDHはMethylobacterium属細菌に広く分布することは間違いない事実である.