解説

細胞創傷治癒その分子機構と老化との関連

Cellular Wound Healing Limits Replicative Lifespan

河野 恵子

Keiko Kono

名古屋市立大学大学院医学研究科 ◇ 〒467-8601 愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1番地

Graduate School of Medical Sciences, Nagoya City University ◇ Mizuho-cho Kawasumi 1, Mizuho-ku, Nagoya-shi, Aichi 467-8601, Japan

Published: 2015-10-20

この世で最初の細胞が生まれたとき,そこには遺伝情報を司る核酸と,それを包み込む膜が存在したという.そうであれば,膜の損傷を修復する細胞創傷治癒機構は生命誕生の瞬間から必要とされただろう.細胞創傷治癒は進化的に保存された機構だが,その全貌を俯瞰するには至っていない.出芽酵母を用いて細胞創傷治癒機構に関与する遺伝子の網羅的同定を試みた結果,驚いたことに,細胞創傷治癒と分裂老化に関与する生物学的プロセスの多くは共通であり,細胞創傷治癒が分裂老化を導くことが示唆された.既知の細胞老化の原因であるSirtuin,テロメア,Tor,ミトコンドリア,プロテアソームなどの欠損に加え,細胞損傷治癒も細胞老化を促進する新たなメカニズムであると考えられる.

細胞創傷治癒とは

創傷治癒(wound-healing)と聞くと,多くの研究者は切り傷が治るといった組織の創傷治癒を思い浮かべるだろう.培養細胞のディッシュをスクラッチして細胞遊走によってふさがる様子を観察する創傷治癒アッセイを思い出す方もいるかもしれない.しかしここで解説する「細胞」創傷治癒(“cellular” wound-healing)はそのいずれでもない.一つの細胞の細胞膜・細胞壁が傷ついたときに,それを速やかに修復するメカニズムである(図1図1■細胞創傷治癒).細胞はそのような機構が必要になるほど頻繁に傷ついているのだろうか? 答えはYesである.たとえば心臓が1回拍動するたびに心筋の細胞は傷つき,それを修復しながら動き続けている.

図1■細胞創傷治癒

細胞表層に与えられた物理的な傷は速やかに修復される.

細胞創傷治癒を紹介するとよく受ける指摘の一つに,「一つや二つの細胞が傷ついたからといって,それを治すことがどれだけ重要なのか,アポトーシスで取り除き分裂で新しい細胞を作れば良いではないか」というものがある.これは正しくもあり誤りでもある.確かに傷ついた細胞を取り除いてしまえば良い場合もある.しかし神経細胞,心筋細胞など,一つの細胞の寿命が長く容易には分裂しないという文脈においては,細胞創傷治癒は極めて重要なメカニズムとなる.実際,細胞創傷治癒に欠損があると筋肉の収縮のたびに生じる微小な傷を修復できず,デュシェンヌ型筋ジストロフィー症を発症し(1)1) R. Bashir, S. Britton, T. Strachan, S. Keers, E. Vafiadaki, M. Lako, I. Richard, S. Marchand, N. Bourg, Z. Argov et al.: Nat. Genet., 20, 37 (1998).,心筋の膜修復欠損に由来する心臓の機能低下により多くは若年で亡くなる.

これまでの細胞創傷治癒研究

この世で最初の細胞が生まれたとき,そこには遺伝情報を司る核酸と,それを包み込み環境変化から守る膜が存在したという.そうであれば,細胞創傷治癒機構は生命の誕生の瞬間から必要とされただろう.細胞創傷治癒はバクテリアから植物,ヒトまで広く保存された機構であり,これまでの研究では主にウニやヒトデ,カエルなどの卵母細胞がモデルとして用いられてきた.これらの細胞はサイズが大きく,ニードルで穴を開けて膜修復の過程を顕微鏡観察するのに適している.これらを用いた半世紀を超える研究の歴史のなかで,現象の発見当初想像されていたように細胞膜の傷は自然に閉じるわけではなく,エネルギー(ATP)を消費する修復機構が存在すること,傷の周りにアクチンや微小管,Rho型GTPaseなどが集まり,細胞質分裂における分裂リング(アクトミオシンリング)の収縮とよく似た仕組みで修復されること,カルシウムイオンやプロテインキナーゼCが制御の鍵を握ることなどが徐々に明らかにされてきた(2)2) K. J. Sonnemann & W. M. Bement: Annu. Rev. Cell Dev. Biol., 27, 237 (2011)..近年では哺乳類培養細胞も実験材料としてよく用いられるようになり,傷がエンドサイトーシスやエクソサイトーシスによって修復されること(3)3) N. W. Andrews, P. E. Almeida & M. Corrotte: Trends Cell Biol., 24, 734 (2014).,ESCRTというエンドサイトーシスや細胞質分裂,HIVウイルスの出芽に関与することで知られるタンパク質複合体が細胞創傷治癒においても膜の融合を制御すること(4)4) A. J. Jimenez, P. Maiuri, J. Lafaurie-Janvore, S. Divoux, M. Piel & F. Perez: Science, 343, 1247136 (2014).などが明らかになりつつあるが,分子メカニズムの全貌を俯瞰するには至っていない.その一因は,細胞創傷治癒に関与する遺伝子の網羅的同定がなされていないことである.そこでわれわれはこの分野に酵母の遺伝学を持ち込むことを考えた.酵母を真核生物のモデルとして用いることには利点と欠点とがあるが,特に「新しい現象に関与する役者をそろえる」という局面においての酵母遺伝学スクリーニングの成功は科学史上枚挙に暇がなく(たとえば細胞周期におけるHartwellやNurse,小胞輸送におけるSheckman,そしてオートファジーにおけるOhsumiらの成果など),誰もがその有用性を認めるところであろう.

出芽酵母の細胞創傷治癒

出芽酵母を細胞創傷治癒研究に用いるにあたって,まず出芽酵母に細胞創傷治癒機構が存在するかどうかを検討する必要があった.酵母は堅牢な細胞壁をもっており,ウニやカエルの卵母細胞のようにニードルを刺して簡単に穴を開けることはできない.そこでレーザー光を用いることにし,顕微鏡下で細胞を培養し細胞表層の微小な領域に損傷を与えるレーザーダメージ実験を確立した(図2図2■顕微鏡下で培養した出芽酵母細胞の細胞表層にレーザー光で微細な損傷を与える).この方法を用いた結果,進化的に保存された修復タンパク質(アクチン制御因子やプロテインキナーゼC,Rho型GTPaseの活性化因子など)はレーザーでできた傷に集積することが明らかになった(図3図3■出芽酵母の細胞創傷治癒に関与するタンパク質群).つまり出芽酵母細胞にも高等真核細胞と同様の細胞創傷治癒機構が存在することが示された(5)5) K. Kono, Y. Saeki, S. Yoshida, K. Tanaka & D. Pellman: Cell, 150, 151 (2012).

図2■顕微鏡下で培養した出芽酵母細胞の細胞表層にレーザー光で微細な損傷を与える

図3■出芽酵母の細胞創傷治癒に関与するタンパク質群

直鎖状アクチン重合因子Bnr1,V型ミオシンMyo2,極性輸送を制御するExo70,細胞壁(キチン)を合成するChs3,そして細胞極性の鍵となるRho型GTPaseやプロテインキナーゼCPkc1などが損傷部位に集積する.

細胞創傷治癒と細胞質分裂との類似性

細胞極性とは一般に細胞形態の非対称性のことであり,出芽酵母において細胞極性が確立された状態とは,成長点(娘細胞の先端)から伸びる繊維状アクチンを線路のように使って,成長点への小胞輸送が行われていることを指す.出芽酵母細胞は通常の培養条件の下では母細胞から成長点への細胞極性が確立されており,娘細胞でのみ成長(新たな細胞膜の挿入および細胞壁の合成)が起こる.レーザーダメージ実験により,細胞表層が傷つくと,成長点への細胞極性が一度失われてから傷への極性が確立されることが明らかになった(5)5) K. Kono, Y. Saeki, S. Yoshida, K. Tanaka & D. Pellman: Cell, 150, 151 (2012)..成長点への細胞極性と傷への細胞極性は競合しており,同時に確立されることはない.そこで複数の傷の極性が競合するかを検討するために,レーザーダメージ実験により同時に2点,3点の傷を与えたところ,競合は認められず,すべての傷は同時に修復された(6)6) K. Kono: unpublished results..このことは,細胞内では成長点への細胞極性と傷への細胞極性が厳密に区別されていることを意味している.興味深いことに,分裂面への細胞極性を確立している細胞質分裂期の細胞に損傷を与えた場合は,娘細胞への細胞極性を確立している時期とは異なり,細胞質分裂と膜修復は同時に進行した(6)6) K. Kono: unpublished results..これらのことを考え合わせると,分裂面はある種の「傷」であると言えよう.これまで細胞表層の傷は細胞質分裂の分裂リング収縮とよく似たメカニズムで修復されるといわれてきたが,確かに細胞創傷治癒と細胞質分裂との間にはただのアナロジーを超えた本質的な共通点があることが示唆された.

出芽酵母細胞創傷治癒開始の分子メカニズム

さらなる解析で,細胞創傷治癒は①成長点への細胞極性の抑制,②傷への細胞極性の確立,③傷の修復,そして④通常の増殖への回帰というプロセスからなることが明らかになった.つづいて,細胞創傷治癒を開始するメカニズムを追求した.出芽酵母細胞の細胞極性は主としてアクチン細胞骨格とそれに沿った極性輸送によって確立される.成長点への極性と傷への極性が競合しているのだから,細胞創傷治癒を開始するには娘細胞への極性のダウンレギュレーションが必要になると予想された.解析の結果,確かに細胞創傷治癒の開始時にBni1という繊維状アクチンを重合するフォーミンがプロテアソームにより分解されることが明らかになった(5)5) K. Kono, Y. Saeki, S. Yoshida, K. Tanaka & D. Pellman: Cell, 150, 151 (2012)..この分解にはプロテインキナーゼCやRsp5というHECT型のE3ユビキチンリガーゼが必要であった.さらに極性輸送を制御するSec3タンパク質もプロテインキナーゼC依存的に分解されることが見いだされ,これらの分解を抑制すると娘細胞が成長し続け,修復が開始されず,ある時点で細胞が破裂する.このように複数の極性制御タンパク質が分解という不可逆的なプロセスによりダウンレギュレーションされることが細胞創傷治癒の開始に必要であることが示された.また出芽酵母においても高等真核生物と同様にプロテインキナーゼCが修復の鍵となるタンパク質であることが明らかになった.

細胞創傷治癒スクリーニング

これらの知見を踏まえ,出芽酵母の強力な遺伝学を背景に,細胞創傷治癒に関与する遺伝子の網羅的同定を試みた.出芽酵母の必須遺伝子のmRNA量を低下させたDAmPライブラリー,非必須遺伝子を破壊した破壊株コレクションを用いて,細胞表層に損傷を与える条件で計6,032株(全ORF 6,275の96%)をスクリーニングした結果,細胞創傷治癒に関与する因子として109の遺伝子が同定され,それらは37の生物学的機能グループに分類された.

細胞創傷治癒と分裂寿命とのつながり

驚いたことに,このスクリーニングによりこれまでは細胞創傷治癒と無関係だと考えられていた現象との間につながりがあることが示唆された.その現象とは「Replicative lifespan(分裂寿命)」である.分裂寿命とは細胞が分裂した回数によって規定される寿命であり,出芽酵母では一つの細胞はおよそ25回分裂した後に停止することが知られている(7)7) V. D. Longo, G. S. Shadel, M. Kaeberlein & B. Kennedy: Cell Metab., 16, 18 (2012)..これまでに分裂老化の原因としてSirtuin,テロメア,Tor,ミトコンドリア,プロテアソームなどの異常が報告されている.

細胞創傷治癒スクリーニングの109のヒット遺伝子が分類された37の機能グループは,SGDデータベース(8)8) Saccharomyces GENOME DATABASE: http://www.yeastgenome.org/上に登録されている分裂寿命の維持に必要な遺伝子群(119遺伝子,43の機能グループ)と,半数以上に当たる24の機能グループが重複していた(図4図4■細胞創傷治癒と分裂寿命に必要な生物学的機能は半数以上が共通している).このことは細胞創傷治癒と細胞老化との間に未知の深いかかわりがあることを示唆している.

図4■細胞創傷治癒と分裂寿命に必要な生物学的機能は半数以上が共通している

細胞創傷治癒スクリーニングの109のヒット遺伝子は37の機能グループに分類され,SGDデータベース上に登録されている分裂寿命の維持に必要な119遺伝子は43の機能グループに分類された.これらは半数以上に当たる24の機能グループが重複していた.

細胞創傷治癒の欠損は老化を促進する

このつながりを説明するにはいくつかの仮説が考えられるが,その一つは「細胞創傷治癒の欠損は老化を促進する」というものである.出芽酵母は母細胞から娘細胞が出芽するという分裂様式をとるため,新たな細胞膜の合成は主として娘細胞で行われる.したがって,細胞創傷治癒機構に欠損があると,通常の増殖の過程で母細胞が受ける損傷(物理的障害や多様な環境ストレスによる障害)を修復できず,母細胞の分裂停止は早まり,結果として一つの母細胞から生じる娘細胞の数も少なくなると予想される(図5図5■細胞創傷治癒の欠損は分裂寿命を短縮する).

図5■細胞創傷治癒の欠損は分裂寿命を短縮する

出芽酵母は母細胞から娘細胞が出芽するという分裂様式をとるため,新たな細胞膜の合成は主として娘細胞で行われる.細胞創傷治癒機構に欠損があると,通常の増殖の過程で母細胞が受ける損傷を修復できず,母細胞の分裂停止は早まり,一つの母細胞から生じる娘細胞の数も少なくなる(分裂寿命が短縮する).

この可能性を検討するために,損傷を受けた直後に応急処置的に傷をふさぐのに必要なESCRTタンパク質をコードする遺伝子の破壊株で分裂寿命を測定したところ,確かに短縮していた(6)6) K. Kono: unpublished results..このことは細胞創傷治癒の欠損が老化を促進するというわれわれの仮説を支持している.

細胞創傷治癒後の細胞表層は老化する

興味深いことに,細胞創傷治癒機構に欠損のない野生株においても,細胞表層に損傷を与えると細胞老化が促進された(6)6) K. Kono: unpublished results..このことは「細胞創傷治癒の欠損」だけでなく,「細胞創傷治癒」そのものも細胞老化を促進することを意味している.

細胞創傷治癒を完了した細胞と老化細胞には少なくとも2つの共通点がある.老化細胞の細胞壁には分裂の跡である出芽痕が多数存在するが(9)9) D. A. Sinclair: Methods Mol. Biol., 1048, 49 (2013).,出芽痕は主としてキチンという成分からなっている.一方,修復後の傷にもキチンが蓄積している(5)5) K. Kono, Y. Saeki, S. Yoshida, K. Tanaka & D. Pellman: Cell, 150, 151 (2012)..また,老化細胞の細胞膜では膜の構成が変化して流動性が低下することが知られているが,修復後の傷でも同様の変化が認められる(6)6) K. Kono: unpublished results..つまり細胞壁および細胞膜の構成は細胞創傷治癒によって老化しているといえる.

そこで次に,細胞に与えられる損傷が老化を導くのか,あるいは損傷修復による細胞表層の老化が細胞の老化を導くのかを検討するために,細胞創傷治癒の開始が早まる変異株を用いて検討を行った.細胞に与えられる損傷そのものが老化を導くならば,修復が早まれば細胞へのダメージは小さくなり,老化は遅れるはずである.しかしこの株では野生株と同様の老化が認められた(6)6) K. Kono: unpublished results..さらに,細胞膜の膜構成が老化細胞とよく似た変異株で分裂寿命を測定したところ,老化が促進されていた(6)6) K. Kono: unpublished results..したがって,細胞創傷治癒の完了による細胞表層の老化が細胞老化を導くと考えられる.

前述のように,細胞創傷治癒と細胞質分裂は細胞にとって本質的な共通点があるらしい.このことを考え合わせると,細胞質分裂によって細胞が老化していくように,細胞創傷治癒によっても老化していき,その鍵となるのが細胞表層の老化,つまり細胞壁および細胞膜の構成の変化による強度や流動性の変化であると考えられる.既知の細胞老化の原因であるSirtuin,テロメア,Tor,ミトコンドリア,プロテアソームなどの欠損や機能低下に加え,細胞損傷による細胞表層の老化も細胞老化を促進する新たなメカニズムであることが示唆された.

まとめと今後の展望

細胞表層の損傷は細胞老化を導く.それではSirtuin,テロメア,Tor,ミトコンドリア,プロテアソームなどは細胞損傷によりどのような影響を受けるか? またそれらの影響は細胞損傷による老化に寄与するか? また細胞損傷に強い細胞は長寿なのか? 細胞損傷による細胞老化はヒトまで保存されているか? これらは未解明の問いとして残されているが,酵母の強力な遺伝学的解析や新たな顕微鏡技術によって,数年のうちに答えが見いだされるだろう.やがてはデュシェンヌ型筋ジストロフィー症,早老症などの治療や,がん細胞を老化させる治療へとつながる方向へ分野が発展していくことが期待される.

Reference

1) R. Bashir, S. Britton, T. Strachan, S. Keers, E. Vafiadaki, M. Lako, I. Richard, S. Marchand, N. Bourg, Z. Argov et al.: Nat. Genet., 20, 37 (1998).

2) K. J. Sonnemann & W. M. Bement: Annu. Rev. Cell Dev. Biol., 27, 237 (2011).

3) N. W. Andrews, P. E. Almeida & M. Corrotte: Trends Cell Biol., 24, 734 (2014).

4) A. J. Jimenez, P. Maiuri, J. Lafaurie-Janvore, S. Divoux, M. Piel & F. Perez: Science, 343, 1247136 (2014).

5) K. Kono, Y. Saeki, S. Yoshida, K. Tanaka & D. Pellman: Cell, 150, 151 (2012).

6) K. Kono: unpublished results.

7) V. D. Longo, G. S. Shadel, M. Kaeberlein & B. Kennedy: Cell Metab., 16, 18 (2012).

8) Saccharomyces GENOME DATABASE: http://www.yeastgenome.org/

9) D. A. Sinclair: Methods Mol. Biol., 1048, 49 (2013).