Kagaku to Seibutsu 53(11): 756-762 (2015)
解説
ポリアミンが仲立ちをする細菌間コミュニケーション
Bacterial Cell-to-Cell Communication Mediated by Polyamine
Published: 2015-10-20
細菌は環境変化に応じて細胞間でコミュニケーションを行う.この結果,病原性の獲得やバイオフィルムの形成といった問題が生じる.細菌細胞間のコミュニケーションに必要なシグナル分子としてはN-アシル-L-ホモセリンラクトンなどが有名であるが,2004年以降新たなシグナル物質として,ポリアミンが注目を集めている.これまでに多くの細菌において,運動性細胞への分化,バイオフィルムの形成および分解,病原性の獲得がポリアミンによって仲介される細胞間コミュニケーションによって引き起こされることが報告されている.本稿では,近年の研究の進展をさまざまな細菌におけるポリアミン代謝系・輸送系・センサーについての遺伝学的・生化学的知見とともに概説する.
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
ポリアミンとは,アミノ基を2つ以上もつ炭化水素であり,天然に存在するものはすべて両端にアミノ基を有する.代表的なものにはプトレッシン,スペルミジン,スペルミンがあり,ヒトはこの3つのポリアミンをもつ(1,2)1) C. W. Tabor & H. Tabor: Microbiol. Rev., 49, 81 (1985).2) A. E. Pegg: Biochem. J., 234, 249 (1986)..一方で,いくつかの細菌は先述の3つのポリアミンのほかにスペルミジンと構造のよく似たノルスペルミジンをもち(3)3) J. Lee, V. Sperandio, D. E. Frantz, J. Longgood, A. Camilli, M. A. Phillips & A. J. Michael: J. Biol. Chem., 284, 9899 (2009).,また,好熱性細菌の多くは長鎖ポリアミンや分岐鎖ポリアミンを有する(4)4) Y. Terui, M. Ohnuma, K. Hiraga, E. Kawashima & T. Oshima: Biochem. J., 388, 427 (2005)..
ポリアミンは生理的なpHの環境では正電荷をもつため,細胞内において負電荷をもつ物質,すなわち,核酸やリン脂質などと弱く結合することで,さまざまな生体反応に影響を及ぼしている(5)5) K. Igarashi & K. Kashiwagi: Biochem. Biophys. Res. Commun., 271, 559 (2000)..
ポリアミンは対数増殖期の細菌やがん細胞など,増殖の活発な細胞に高濃度で含まれるため,細胞増殖活性をもつと考えられている(5)5) K. Igarashi & K. Kashiwagi: Biochem. Biophys. Res. Commun., 271, 559 (2000)..そのメカニズムはポリアミンがmRNAに作用することでその翻訳を促進することや(6)6) K. Igarashi & K. Kashiwagi: J. Biochem., 139, 11 (2006).,ポリアミンの一種であるスペルミジンがタンパク質の翻訳に必須なeIF5Aの活性化に必要であること(7)7) M. H. Park, K. Nishimura, C. F. Zanelli & S. R. Valentini: Amino Acids, 38, 491 (2010).が挙げられる.
ポリアミン合成系についての研究は大腸菌を主な研究対象として1970年代から行われてきた.大腸菌はプトレッシンとスペルミジンをもち,スペルミジンはプトレッシンを原料として作られる(図1図1■細菌の既知ポリアミン代謝系および輸送系).大腸菌のプトレッシン合成系にはアルギニンがSpeAによって脱炭酸化されて生じたアグマチンが,SpeBにより尿素を取り外されてプトレッシンが生成する経路と,オルニチンがSpeCによって脱炭酸化されてプトレッシンが生成する経路の2つが存在する.プトレッシンはdcAdoMet(脱炭酸化されたS-アデノシルメチオニン)由来のアミノプロピル基をSpeEの触媒する反応により受け取ることで,スペルミジンとなる.なお,AdoMet(S-アデノシルメチオニン)の脱炭酸化反応を触媒するのはSpeDである(1)1) C. W. Tabor & H. Tabor: Microbiol. Rev., 49, 81 (1985)..
これまでに報告のある細菌の既知ポリアミン代謝系および輸送系について,種を無視して一つの細胞内にまとめた.略語;ADC,アルギニンデカルボキシラーゼ;AIH,アルギニンイミノヒドロラーゼ;AUH,アグマチンウレオヒドロラーゼ;NCPAH,N-カルバモイルプトレッシンアミドヒドロラーゼ;PCT,プトレッシンカルバモイルトランスフェラーゼ;ODC,オルニチンデカルボキシラーゼ;AdoMetDC,S-アデノシルメチオニンデカルボキシラーゼ;AAT,アグマチンアミノプロピルトランスフェラーゼ;SpdSyn,スペルミジンシンターゼ;APAUH,アミノプロピルアグマチンウレオヒドロラーゼ;CASDH,カルボキシスペルミジンデヒドロゲナーゼ;CASDC,カルボキシスペルミジンデカルボキシラーゼ.
近年,大腸菌以外の細菌で新規のポリアミン合成系が数多く発見されてきている(図1図1■細菌の既知ポリアミン代謝系および輸送系).プトレッシンの新規合成系としては,アグマチンからN-カルバモイルプトレッシンを経てプトレッシンを合成する経路(8,9)8) Y. Nakada, Y. Jiang, T. Nishijyo, Y. Itoh & C. D. Lu: J. Bacteriol., 183, 6517 (2001).9) J. L. Llacer, L. M. Polo, S. Tavarez, B. Alarcon, R. Hilario & V. Rubio: J. Bacteriol., 189, 1254 (2007).が挙げられ,スペルミジンの新規合成系としては,プトレッシンをアスパラギン酸-β-セミアルデヒドとをCASDHの触媒により結合させ,カルボキシルスペルミジンを生成した後に,これをCASDCの触媒により脱炭酸することでスペルミジンを生成する合成系(3)3) J. Lee, V. Sperandio, D. E. Frantz, J. Longgood, A. Camilli, M. A. Phillips & A. J. Michael: J. Biol. Chem., 284, 9899 (2009).と,アグマチンにdcAdoMet由来のアミノプロピル基を転移させ,N1-アミノプロピルアグマチンを生成した後に,ここから尿素を取り外すことでスペルミジンを生成する合成系(10)10) M. Ohnuma, Y. Terui, M. Tamakoshi, H. Mitome, M. Niitsu, K. Samejima, E. Kawashima & T. Oshima: J. Biol. Chem., 280, 30073 (2005).が存在する.
細菌はポリアミンを自ら合成する一方で,環境中のポリアミンをトランスポーターによって取り込むこともできる.以下に細菌の主なポリアミントランスポーターをその構造ごとにまとめた(図2図2■P. mirabilisのプトレッシンを用いた細胞間コミュニケーション).
プトレッシンを合成できるが,鞭毛をコードするflaA遺伝子が破壊されているためswarming運動性を失ったP. mirabilis株(speA+ ΔflaA)を水平方向に画線培養し,プトレッシンを合成できないが,鞭毛遺伝子が無傷であるために外部からプトレッシン供給を受けた場合にのみ活発にswarming運動を行うP. mirabilis株(speA::kan+ flaA+)を垂直方向に画線培養した.
プトレッシン取り込み系であるPotFGHI(11)11) R. Pistocchi, K. Kashiwagi, S. Miyamoto, E. Nukui, Y. Sadakata, H. Kobayashi & K. Igarashi: J. Biol. Chem., 268, 146 (1993).とスペルミジン取り込み系であるPotABCD(12)12) T. Furuchi, K. Kashiwagi, H. Kobayashi & K. Igarashi: J. Biol. Chem., 266, 20928 (1991).の2種が存在する.
PuuP(13)13) S. Kurihara, Y. Tsuboi, S. Oda, H. G. Kim, H. Kumagai & H. Suzuki: J. Bacteriol., 191, 2776 (2009).とPlaP(14)14) S. Kurihara, H. Suzuki, M. Oshida & Y. Benno: J. Biol. Chem., 286, 10185 (2011).の2種のプトレッシン取り込み系が存在する.PuuPは高親和性取り込み系であり,PlaPは低親和性取り込み系である.
オルニチンを取り込みつつプトレッシンを放出するPotE(15)15) K. Kashiwagi, S. Miyamoto, F. Suzuki, H. Kobayashi & K. Igarashi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 89, 4529 (1992).とアグマチンを取り込みつつプトレッシンを放出するAguD(16)16) A. J. Driessen, E. J. Smid & W. N. Konings: J. Bacteriol., 170, 4522 (1988).の2種のアンチポーターが存在する.これらのアンチポーター遺伝子は酸性条件下で発現し,生育環境のpHを上昇させる機能をもつ.
細菌はこれらのポリアミンのトランスポーターを使い分けることでさまざまな環境に適応していると考えられる.
2004年にポリアミンが細菌の細胞外シグナル物質として働くことを示した最初の報告がProteus mirabilisを研究対象として行われた(17)17) G. Sturgill & P. N. Rather: Mol. Microbiol., 51, 437 (2004)..P. mirabilisは尿路感染症菌として知られ,swarmingと呼ばれる運動性を示すことでも有名である.P. mirabilisのswarmingは,本菌が運動性細胞への分化と非運動性細胞への脱分化を繰り返しながら培地上を運動していくことで生じる同心円状の移動跡が特徴的であり(18)18) P. N. Rather: Environ. Microbiol., 7, 1065 (2005).,1.5%寒天を含むLB平板培地の中央に微量の培養液を滴下すると,12時間後には直径9 cmのプレート一面に増殖する.Swarmingに必要な分化に伴い特異的に発現する遺伝子の中には病原性遺伝子が多く含まれているため,swarmingは実験室内で病原性の指標として用いられ,swarmingを減衰させることがP. mirabilisの病原性減衰の一つの指標と考えられている(18)18) P. N. Rather: Environ. Microbiol., 7, 1065 (2005)..
P. mirabilisのプトレッシン合成系遺伝子の一つであるspeBを破壊すると,swarming運動性が大きく損なわれた.損なわれたswarming運動性は培地にプトレッシンを添加することで回復した.次に,プトレッシンを合成できるが鞭毛遺伝子を破壊しているためにswarming運動ができないP. mirabilis株(speA+ flaA−)と,プトレッシンを合成できないが鞭毛遺伝子が無傷な株(speA− flaA+)をLB培地上で交差培養すると,線状に生育したspeA− flaA+株のうち,speA+ flaA−株近傍部分のみがswarming運動性を示した(図2図2■P. mirabilisのプトレッシンを用いた細胞間コミュニケーション).このことは,speA+ flaA−株からspeA− flaA+株へとプトレッシンが受け渡されて運動性細胞への分化が誘導されたことを示しており,P. mirabilisがプトレッシンを細胞外シグナル分子として用いている最初の実験結果となった(17)17) G. Sturgill & P. N. Rather: Mol. Microbiol., 51, 437 (2004)..
バイオフィルムとは,何らかの物体の表面に形成される細菌の集合体であり,バイオフィルム内では細胞外多糖,タンパク質,まれにDNAからなるマトリックスと細菌が立体構造を取っている(19)19) L. Hobley, C. Harkins, C. E. MacPhee & N. R. Stanley-Wall: FEMS Microbiol. Rev., (2015)..バイオフィルム内の細菌はバイオフィルムを形成していない場合と比較して,環境ストレス耐性および抗生物質耐性が上昇するなど除去しづらくなっているほか,病原性遺伝子の発現も観察される(19)19) L. Hobley, C. Harkins, C. E. MacPhee & N. R. Stanley-Wall: FEMS Microbiol. Rev., (2015)..バイオフィルムの形成には細菌間のコミュニケーションが必要であると考えられ,このコミュニケーションを阻害することでバイオフィルム形成を抑制し,病原菌をはじめとした人類にとってやっかいな細菌の活動を抑制することを目的として,多くの研究が進められている(20)20) J. Njoroge & V. Sperandio: EMBO Mol. Med., 1, 201 (2009)..2006年にYersinia pestis(ペスト菌)のバイオフィルム形成にプトレッシン合成系が重要であることが示された(21)21) C. N. Patel, B. W. Wortham, J. L. Lines, J. D. Fetherston, R. D. Perry & M. A. Oliveira: J. Bacteriol., 188, 2355 (2006)..この研究ではY. pestisのプトレッシン合成系を構成する酵素をコードする遺伝子をすべて破壊したΔspeA ΔspeC株のバイオフィルム形成能は99%阻害され,この阻害は外部からのプトレッシン添加によって回復した(21)21) C. N. Patel, B. W. Wortham, J. L. Lines, J. D. Fetherston, R. D. Perry & M. A. Oliveira: J. Bacteriol., 188, 2355 (2006)..
この研究と同様の研究が,Y. pestis以外の菌種でいくつか報告されている.Vibrio cholerae(コレラ菌)ではノルスペルミジンがバイオフィルム形成を促進し,ノルスペルミジン合成系を破壊するとバイオフィルム形成が阻害されるが,この阻害は培地にノルスペルミジンを添加することで回復することが報告された(3)3) J. Lee, V. Sperandio, D. E. Frantz, J. Longgood, A. Camilli, M. A. Phillips & A. J. Michael: J. Biol. Chem., 284, 9899 (2009)..また,グラム陽性細菌のモデル細菌として知られるBacillus subtilisではスペルミジン合成系を破壊するとバイオフィルム形成が阻害され,培地へのスペルミジン添加により回復することが報告された(22)22) M. Burrell, C. C. Hanfrey, E. J. Murray, N. R. Stanley-Wall & A. J. Michael: J. Biol. Chem., 285, 39224 (2010)..さらに大腸菌では,プトレッシンとスペルミジンの合成系変異株においてバイオフィルム形成不全が報告されている(23)23) A. Sakamoto, Y. Terui, T. Yamamoto, T. Kasahara, M. Nakamura, H. Tomitori, K. Yamamoto, A. Ishihama, A. J. Michael, K. Igarashi et al.: Int. J. Biochem. Cell Biol., 44, 1877 (2012)..
ここまで,ポリアミン合成系を破壊したさまざまな細菌においてバイオフィルム形成能およびswarming運動能が損なわれること,損なわれた機能は外部からのポリアミン供給により回復することを述べてきた.ポリアミンは生理的pH下では親水性であるため,疎水性の細胞膜を通り抜けることができない.したがって,外部からのポリアミン取り込みにはトランスポーターが寄与していると考えられる.
大腸菌は0.5%Eiken寒天および0.5%グルコース含むM9平板培地上で表面運動性を示す.この表面運動性にもP. mirabilisのswarming運動性と同様,細胞間コミュニケーションが必要であると考えられる.大腸菌のΔspeAB ΔspeC株(ポリアミン合成能を失っている)は0.5% Eiken寒天および0.5%グルコース含むM9平板培地上における表面運動性を失うが,培地にスペルミジンを添加すると表面運動性は回復する(24)24) S. Kurihara, H. Suzuki, Y. Tsuboi & Y. Benno: FEMS Microbiol. Lett., 294, 97 (2009)..しかし,ポリアミン合成系(SpeA, SpeB, SpeC)とスペルミジン輸送系(PotABCD)の両方をコードする遺伝子を破壊した大腸菌ΔspeAB ΔspeC ΔpotABCD株では,スペルミジンを培地に添加しても表面運動性の回復は起こらず,この株にスペルミジン輸送系をコードするpotABCD遺伝子を導入した相補株では,スペルミジンの培地への添加によって表面運動性が回復するようになった(24)24) S. Kurihara, H. Suzuki, Y. Tsuboi & Y. Benno: FEMS Microbiol. Lett., 294, 97 (2009)..このことは,ポリアミン輸送系が大腸菌の表面運動性のポリアミンによる誘導に重要な役割を果たしていることを示している.このほかにプトレッシン輸送系PlaPが細胞外プトレッシンによる大腸菌の表面運動性誘導に重要な役割を果たしている(14)14) S. Kurihara, H. Suzuki, M. Oshida & Y. Benno: J. Biol. Chem., 286, 10185 (2011)..尿路感染症菌P. mirabilisのPlaPについても,大腸菌と同様に本菌のプトレッシンに誘導されるswarming誘導性および尿管上皮細胞への侵入活性に重要な役割を果たしていることが報告されている(25)25) S. Kurihara, Y. Sakai, H. Suzuki, A. Muth, O. Phanstiel 4th & P. N. Rather: J. Biol. Chem., 288, 15668 (2013)..
ここまでポリアミンの細胞間コミュニケーション仲介機能に関して,コミュニケーションの結果起こる現象として,バイオフィルムの形成,運動性の誘導,病原性の獲得に着目してまとめてきた.しかし,これらの現象は細胞増殖活性とも関連しているとも考えられ,ポリアミンが高い細胞増殖活性をもつことから,細胞増殖促進機能とコミュニケーション仲介機能との切り分けがこれまでの解説では不十分である.事実,ここまでに挙げた多くの研究(17,21~23,25)17) G. Sturgill & P. N. Rather: Mol. Microbiol., 51, 437 (2004).21) C. N. Patel, B. W. Wortham, J. L. Lines, J. D. Fetherston, R. D. Perry & M. A. Oliveira: J. Bacteriol., 188, 2355 (2006).22) M. Burrell, C. C. Hanfrey, E. J. Murray, N. R. Stanley-Wall & A. J. Michael: J. Biol. Chem., 285, 39224 (2010).23) A. Sakamoto, Y. Terui, T. Yamamoto, T. Kasahara, M. Nakamura, H. Tomitori, K. Yamamoto, A. Ishihama, A. J. Michael, K. Igarashi et al.: Int. J. Biochem. Cell Biol., 44, 1877 (2012).25) S. Kurihara, Y. Sakai, H. Suzuki, A. Muth, O. Phanstiel 4th & P. N. Rather: J. Biol. Chem., 288, 15668 (2013).では,ポリアミン合成系を破壊して細胞をポリアミン欠乏にした際にバイオフィルムの形成,運動性の誘導,病原性の獲得といった現象が抑制され,ここにポリアミンを外部から補充することでこれらの現象が回復するということが報告されており,ポリアミンに依存する(ように見える)上記の現象が,ポリアミンをシグナル物質とした細菌間コミュニケーション不全ではなく,単に細胞内ポリアミン濃度の高低の結果生じる細胞増殖活性の高低によるものである可能性は否定できない.
V. choleraeのNspSは,大腸菌のスペルミジン輸送系PotABCDの構成因子の一つである基質結合タンパク質(ペリプラズムで輸送する相手と結合し,細胞内への取り込みへと導くタンパク質)PotDのホモログである.potABCDは遺伝子クラスターを形成しているのに対し,nspS近傍にはABCトランスポーターが機能するために必要なチャンネルを形成する膜貫通タンパク質や,ATP分解酵素をコードする遺伝子が存在しない一方で,mbaA遺伝子が存在しており,nspSとオペロンを形成している(26)26) S. R. Cockerell, A. C. Rutkovsky, J. P. Zayner, R. E. Cooper, L. R. Porter, S. S. Pendergraft, Z. M. Parker, M. W. McGinnis & E. Karatan: Microbiology, 160, 832 (2014)..KaratanらによりMbaAがc-di-GMP(セカンドメッセンジャーの一種.セカンドメッセンジャーとは,細胞外の受容体にリガンドが結合したときに細胞内で作られ,遺伝子発現調節を通じてバイオフィルム形成や病原性獲得など,特定の細胞機能を誘導する情報伝達物質の総称である)を加水分解する酵素であり膜貫通ドメインを有すること,NspSがノルスペルミジンおよびスペルミジンと結合するがこれら2つのポリアミンの細胞内への輸送には関与しないこと,ノルスペルミジンはnspS依存的にバイオフィルム形成を促進し,スペルミジンはnspS依存的にバイオフィルム形成を抑制することが報告された(27,28)27) E. Karatan, T. R. Duncan & P. I. Watnick: J. Bacteriol., 187, 7434 (2005).28) M. W. McGinnis, Z. M. Parker, N. E. Walter, A. C. Rutkovsky, C. Cartaya-Marin & E. Karatan: FEMS Microbiol. Lett., 299, 166 (2009)..Karatanらはこれらを総合して,ノルスペルミジンあるいはスペルミジンがNspSに結合することでMbaAのc-di-GMP加水分解活性が変化し,細胞内c-di-GMP濃度が変動することでバイオフィルム形成が調節されるという新しいシグナリング経路を提唱している(26)26) S. R. Cockerell, A. C. Rutkovsky, J. P. Zayner, R. E. Cooper, L. R. Porter, S. S. Pendergraft, Z. M. Parker, M. W. McGinnis & E. Karatan: Microbiology, 160, 832 (2014)..このシグナリング経路においては,スペルミジンあるいはスペルミンは細胞内に輸送されないため,ポリアミンのもつ細胞増殖活性とシグナル伝達機能を切り分けて考えることができる.
また,ポリアミントランスポーターが関与する場合においても,細胞増殖とシグナル伝達を切り分けて考えることが可能な場合もある.P. mirabilisではプトレッシンがプトレッシン取り込み系であるPlaPを通じて細胞内に取り込まれることでswarming運動性が誘導される.この現象はP. mirabilisのポリアミン合成系を破壊しない場合でも輸送系PlaPの有無のみに影響を受け,細胞内ポリアミン濃度および細胞増殖活性は輸送系PlaPの有無に影響を受けないことが報告されている(25)25) S. Kurihara, Y. Sakai, H. Suzuki, A. Muth, O. Phanstiel 4th & P. N. Rather: J. Biol. Chem., 288, 15668 (2013)..
以上に挙げた研究結果を総合すると,ポリアミンは細胞増殖促進効果とは無関係に細胞間コミュニケーションを仲介している場合もあると考えられる.
クオラムセンシングは細菌が周囲の細菌濃度を自らが分泌するシグナル物質の細胞外濃度を通じて感知し,病原性遺伝子の発現などの特定の生体反応を起こす現象である.クオラムセンシングに用いられるシグナル物質としてはN-アシル-L-ホモセリンラクトン(AHL)が有名であり,AHLの細胞外濃度は細菌濃度とおおむね比例する(29)29) L. Steindler & V. Venturi: FEMS Microbiol. Lett., 266, 1 (2007)..
細菌は細胞外にポリアミンを分泌し,その濃度は培養条件によっては,おおむね生育度に比例する場合がある.疎水性の高いAHLは疎水性である細胞膜を拡散によって浸透し細胞内に入る(30)30) M. Boyer & F. Wisniewski-Dye: FEMS Microbiol. Ecol., 70, 1 (2009).ので,細菌は細胞外のAHL濃度を感知することができるが,ポリアミンは親水性であるため,この細胞外濃度を細菌が感知するためには細胞外のセンサーあるいはトランスポーターが必要である.細胞外センサーとしては前述したNspSが存在する(27)27) E. Karatan, T. R. Duncan & P. I. Watnick: J. Bacteriol., 187, 7434 (2005).が,トランスポーターを用いて細胞外濃度を感知する場合は,AHLの細胞内への浸透と同様,細胞外ポリアミン濃度とポリアミンのトランスポーターによる細胞内への輸送速度がおおむね比例する必要がある.つまり,ポリアミントランスポーターのKm値が細胞外ポリアミン濃度と匹敵する場合は,細胞外ポリアミン濃度の増加とポリアミン取り込み速度がおおむね比例するために,細菌は細胞外ポリアミン濃度をトランスポーターによる取り込みを通じて感知することが可能になると考えられる.
大腸菌は多くのポリアミン輸送系をもち,生育環境に応じてそれぞれの輸送系を使い分けていると考えられる(31)31) Y. Terui, S. D. Saroj, A. Sakamoto, T. Yoshida, K. Higashi, S. Kurihara, H. Suzuki, T. Toida, K. Kashiwagi & K. Igarashi: Amino Acids, 46, 661 (2014)..前述した大腸菌の表面運動性にかかわるプトレッシン取り込み系PlaPのプトレッシンに対するKm値は約160 µMと,ほかのポリアミン輸送系の対応するポリアミンに対するKm値が数µMのオーダーであることと比較して非常に高い(14)14) S. Kurihara, H. Suzuki, M. Oshida & Y. Benno: J. Biol. Chem., 286, 10185 (2011)..このことと,大腸菌を培養した際の培養上清中のポリアミン濃度が最大でおよそ数百µMであることを総合すると,細胞外プトレッシン濃度の増加が生育度と比例する場合,PlaPによるプトレッシン取り込み速度は細胞外プトレッシン濃度にほぼ比例するため,これを細菌が感知することで周囲の細菌濃度を感知することができると考えられ,AHLをシグナル物質としたクオラムセンシングとほぼ同じ機構が,プトレッシンをシグナル物質として存在することが示唆される.
前述のとおり,P. mirabilisではPlaPによるプトレッシン取り込みがswarming運動性に重要な役割を果たしており,同時に,尿路上皮細胞への侵入活性もPlaPによるプトレッシン取り込みにより活性化されることが明らかとなっている(25)25) S. Kurihara, Y. Sakai, H. Suzuki, A. Muth, O. Phanstiel 4th & P. N. Rather: J. Biol. Chem., 288, 15668 (2013)..そこで,ポリアミンアナログを用いてPlaPのプトレッシン取り込み活性を阻害すると,P. mirabilisの尿路上皮細胞への侵入活性が有意に阻害された(25)25) S. Kurihara, Y. Sakai, H. Suzuki, A. Muth, O. Phanstiel 4th & P. N. Rather: J. Biol. Chem., 288, 15668 (2013)..このことはポリアミンアナログを用いてP. mirabilisの病原性を減衰させることができる可能性を示唆している.
細菌間コミュニケーションとの関連は示されていないものの,Streptococcus pneumoniae(肺炎連鎖球菌)では,スペルミジン輸送系PotABCDの基質結合タンパク質PotDタンパク質で免疫したマウスで,S. pneumoniaeに対する抵抗性が大幅に上昇したことが報告されている(32)32) P. Shah & E. Swiatlo: Infect. Immun., 74, 5888 (2006)..
細菌のシグナル伝達を操作することで,バイオフィルムを分解させることができれば非常に有益である.2012年にバイオフィルムを形成しているB. subtilisが50~80 µMのノルスペルミジンを生成し,これがバイオフィルムを構成している細胞外多糖を凝集させることでバイオフィルムを完全に分解し(分解が始まる濃度は25 µM),B. subtilisは次の生育サイクルに移るという報告がCell誌においてなされた(33)33) I. Kolodkin-Gal, S. Cao, L. Chai, T. Bottcher, R. Kolter, J. Clardy & R. Losick: Cell, 149, 684 (2012)..しかし,2014年に別のグループからB. subtilisはノルスペルミジンを生成しないこと,ノルスペルミジンは200 µM以下の濃度ではバイオフィルム形成を促進すること,それ以上の濃度ではB. subtilisの生育を阻害することで結果的にバイオフィルムは形成されなくなるという反論をCell誌上で行った(34)34) L. Hobley, S. H. Kim, Y. Maezato, S. Wyllie, A. H. Fairlamb, N. R. Stanley-Wall & A. J. Michael: Cell, 156, 844 (2014)..これを受けて2015年に最初の論文は撤回された(33)33) I. Kolodkin-Gal, S. Cao, L. Chai, T. Bottcher, R. Kolter, J. Clardy & R. Losick: Cell, 149, 684 (2012)..なお,これまでのところ,バイオフィルム形成を抑制することが報告されているポリアミンには前述のVibrio cholerae(コレラ菌)におけるスペルミジン(28)28) M. W. McGinnis, Z. M. Parker, N. E. Walter, A. C. Rutkovsky, C. Cartaya-Marin & E. Karatan: FEMS Microbiol. Lett., 299, 166 (2009).と,Neisseria gonorrhoeae(淋菌)におけるスペルミン(35)35) M. Goytia, V. L. Dhulipala & W. M. Shafer: FEMS Microbiol. Lett., 343, 64 (2013).があり,今後の研究の発展が期待される.
ここまで,ポリアミンをシグナル物質として用いたさまざまな細菌のコミュニケーションについてまとめてきた(図3図3■細菌のポリアミンを用いた細胞間コミュニケーションの概略).以降に課題を簡潔にまとめる.
ポリアミン輸送・代謝遺伝子を生化学的・遺伝学的アプローチで同定しつつ,これらの阻害剤を開発することで,細菌同士のコミュニケーションを阻害し,バイオフィルム形成や病原性の発現を効果的に減衰させる技術開発につなげることが今後の本分野の課題であると考えられる.
Reference
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