解説

耐熱性発酵微生物の耐熱性を賦与する分子機構

Molecular Mechanisms of Thermotolerance of Thermotolerant Fermentation Microorganisms

Mamoru Yamada

山田

山口大学大学院医学系研究科 ◇ 〒755-8505 山口県宇部市南小串一丁目1番1号

Graduate School of Medicine, Yamaguchi University ◇ Minami-Kogushi 1-1-1, Ube-shi, Yamaguchi 755-8505, Japan

山口大学農学部附属中高温微生物研究センター発酵微生物部門 ◇ 〒753-8515 山口県山口市吉田1677番地1

Division of Fermentation Microorganisms, Research Center for Thermotolerant Microbial Resources, Faculty of Agriculture, Yamaguchi University ◇ Yoshida 1677-1, Yamaguchi-shi, Yamaguchi 753-8515, Japan

Rinji Akada

赤田 倫治

山口大学大学院医学系研究科 ◇ 〒755-8505 山口県宇部市南小串一丁目1番1号

Graduate School of Medicine, Yamaguchi University ◇ Minami-Kogushi 1-1-1, Ube-shi, Yamaguchi 755-8505, Japan

山口大学農学部附属中高温微生物研究センター発酵微生物部門 ◇ 〒753-8515 山口県山口市吉田1677番地1

Division of Fermentation Microorganisms, Research Center for Thermotolerant Microbial Resources, Faculty of Agriculture, Yamaguchi University ◇ Yoshida 1677-1, Yamaguchi-shi, Yamaguchi 753-8515, Japan

Tomoyuki Kosaka

高坂 智之

山口大学農学部 ◇ 〒753-8515 山口県山口市吉田1677番地1

Faculty of Agriculture, Yamaguchi University ◇ Yoshida 1677-1, Yamaguchi-shi, Yamaguchi 753-8515, Japan

山口大学農学部附属中高温微生物研究センター発酵微生物部門 ◇ 〒753-8515 山口県山口市吉田1677番地1

Division of Fermentation Microorganisms, Research Center for Thermotolerant Microbial Resources, Faculty of Agriculture, Yamaguchi University ◇ Yoshida 1677-1, Yamaguchi-shi, Yamaguchi 753-8515, Japan

Yoshinao Azuma

慶直

近畿大学生物理工学部 ◇ 〒649-6493 和歌山県紀の川市西三谷930番地

Faculty of Biology-Oriented Science and Technology, Kinki University ◇ Nishi-Mitani 930, Kinokawa-shi, Wakayama 649-6493, Japan

Hisashi Hoshida

星田 尚司

山口大学大学院医学系研究科 ◇ 〒755-8505 山口県宇部市南小串一丁目1番1号

Graduate School of Medicine, Yamaguchi University ◇ Minami-Kogushi 1-1-1, Ube-shi, Yamaguchi 755-8505, Japan

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Kazunobu Matsushita

松下 一信

山口大学農学部 ◇ 〒753-8515 山口県山口市吉田1677番地1

Faculty of Agriculture, Yamaguchi University ◇ Yoshida 1677-1, Yamaguchi-shi, Yamaguchi 753-8515, Japan

山口大学農学部附属中高温微生物研究センター発酵微生物部門 ◇ 〒753-8515 山口県山口市吉田1677番地1

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Published: 2015-10-20

地球温暖化やその影響が顕在化し,CO2排出抑制につながる新たなエネルギー削減技術の開発が求められている.発酵産業においても同様で,耐熱性微生物を用いることによって省エネ型の高温発酵が可能になり,これが次世代型の発酵技術として期待される.その実現のため,安定な高温発酵系の構築に向けた基盤的情報として耐熱性発酵微生物のもつ耐熱性分子機構の把握は不可欠となる.

耐熱性発酵微生物とは

ここで取り上げる「耐熱性」は,一般的に乳製品などを取り扱う食品業界などで使用する耐熱性とは異なる.たとえば,ある乳製品加工協会では,工場に集積する乳について加工製品の品質保持に悪影響を及ぼす混入菌(変敗菌)の調査試験を実施しているが,そのうち,耐熱性菌の定義については低温殺菌条件(63°Cで30分間の加熱処理)において生存可能な細菌としている.そのなかには,Bacillus属やStreptococcus属,コリネ型細菌,放線菌類,Staphylococcus属,Enterococcus属,Micrococcus属などが検出されることがある.また,ある食品分析機関では,検査試料原液を70°Cで20分間加熱処理し生き残る菌を芽胞形成菌あるいは耐熱性菌としている.一方,本解説で対象とする耐熱性は,中温菌が高温環境に適応し,10~15°C程度高い温度で増殖(発酵)できる特性を示す(1)1) 松下一信,赤田倫治,山田 守:化学と生物,46, 472 (2008)..すなわち,同種間または近縁種間で比較した場合に,ある株に対してより高い温度で増殖(発酵)できる表現型を耐熱性と定義する.しかしながら,長い年月を経てその表現型は種が異なるほどに広がり,耐熱性をもつ新たな種を生み出している可能性も考えられる.また,耐熱性を賦与する遺伝子(耐熱性遺伝子)群が水平伝播し,その結果耐熱性を獲得する場合も考えられる.このように,ここで紹介する耐熱性発酵微生物は好熱性菌や超好熱性菌とも異なる.なお,本解説で使用する「耐熱性遺伝子」とは,遺伝子破壊によって生育可能な限界温度領域での増殖が不可能となった変異体の解析から明らかとなった限界高温域での増殖に必須な遺伝子として定義している.

われわれは,タイ国を中心とした国際拠点事業を通じて,熱帯性環境に棲息する微生物のスクリーニングから耐熱性発酵微生物の存在を明らかにしてきた(1)1) 松下一信,赤田倫治,山田 守:化学と生物,46, 472 (2008)..耐熱性発酵微生物はその性質から従来の発酵法よりも10°C程度高い温度での発酵,すなわち,高温発酵を可能にする.高温発酵は,発酵産業においてCO2の削減の要請や冷却経費の高騰に対処できる有効な技術の一つとして期待され,たとえば,エタノールの高温発酵では,冷却設備費や冷却のためのランニングコストの削減,雑菌混入の抑制,管理の簡易化,並行複発酵では糖化酵素量の低減など多くのメリットが見込まれる(2)2) 村田正之,高坂智之,サビトリー・リムトン,山田 守:ケミカルエンジニヤリング,66, 1(2015)..仮に,世界のバイオエタノールをすべて現在より10°C高い温度で発酵生産したとすれば,ざっと見積もって年間約500万トンのCO2の削減が見込める.発酵生産時の発熱量は発酵生産物によって異なるが,酢酸発酵やアミノ酸発酵について,発酵熱と世界の生産量から考えると,併せて年間500万トンの削減効果があると試算できる.抗生物質,ビタミン,バイオガスなどの発酵生産にまで高温発酵を普及させたときの効果はさらに数倍~1億トンに上ると期待できる.このように,耐熱性発酵微生物をうまく活用すれば,今後必要となる次世代型の発酵技術を構築できると考えている.

そのためにも,基盤となる耐熱性を賦与している分子機構の把握が必要となるが,これによってより安定した高温発酵技術の構築が可能となるだけでなく,耐熱性分子機構を従来の発酵性微生物に導入することによって耐熱化が図れれば,長年培われた多くの発酵技術をさらに有効利用することができる.一方で,中温菌はそれぞれ異なる温度域に生育限界温度をもっており(3)3) M. Murata, H. Fujimoto, K. Nishimura, K. Charoensuk, H. Nagamitsu, S. Raina, T. Kosaka, T. Oshima, N. Ogasawara & M. Yamada: PLoS ONE, 6, e20063 (2011).,進化的な背景から共通した耐熱性機構の存在が予想されるが,温度域に応じた複数の耐熱性機構が存在し,それらの組み合わせによって個々の種の生育限界が決定されている可能性が予測される.もしそうであり,複数の耐熱性機構が解れば,種に応じた耐熱性強化策を講じることができる.本解説では,われわれが最近行った発酵性細菌や酵母菌の耐熱性遺伝子解析を通して明らかとなった個々の微生物の,さらにはこれらに共通する耐熱性分子機構について紹介する.

大腸菌の耐熱性遺伝子解析

大腸菌は中温菌のなかでも比較的高い温度で生育でき,47°C付近に高温側の生育限界温度をもつ.この性質は,恒温動物内に生息する生活環の獲得と関連しているのかもしれない.このように比較的耐熱性が強いことやモデル生物として種々の網羅的解析用のライブラリーがそろっていることから,大腸菌は耐熱性分子機構の解析に好適である.

われわれは,大腸菌の一遺伝子破壊株ライブラリー(4)4) T. Baba, T. Ara, M. Hasegawa, Y. Takai, Y. Okumura, M. Baba, K. A. Datsenko, M. Tomita, B. L. Wanner & H. Mori: Mol. Syst. Biol., 2, 1 (2006).の47°Cでの網羅的探索により,72個の耐熱性遺伝子を抽出した.先に,われわれは51個の耐熱性遺伝子を報告(3)3) M. Murata, H. Fujimoto, K. Nishimura, K. Charoensuk, H. Nagamitsu, S. Raina, T. Kosaka, T. Oshima, N. Ogasawara & M. Yamada: PLoS ONE, 6, e20063 (2011).しているが,その後の詳細な解析から21遺伝子を耐熱性遺伝子として追加した(村田ら,未発表).驚いたことに,これらのなかには,dnaKdnaJdegP以外の多くの熱ショック遺伝子が含まれておらず,膜構造維持に必要な膜タンパク質やDNA修復,翻訳調節,細胞分裂等の細胞の基本的機能にかかわる遺伝子群が含まれていた(表1表1■耐熱性遺伝子の分類とその数).また,個々の耐熱性遺伝子の破壊は45~47°Cの生育に影響するがその温度範囲より低い温度での生育にはほとんど影響しないことがわかった.このように大腸菌では,耐熱性遺伝子は生育限界温度付近の2~3°Cの境界領域に必要であり,そのほとんどが熱ショック遺伝子とは異なることが明らかとなった.おそらく,生育限界温度で恒常的に増殖するために必要な遺伝子セットは,一時的な温度上昇への対応に必要な遺伝子とは異なるということであろう.ただし,生育限界温度付近でのトランスクリプトーム解析を行った結果,必須遺伝子であり熱ショック遺伝子のgroELの発現が上昇していた.GroELは,大腸菌のHSP60として一部の新生タンパク質の構造形成や品質管理に必須であり(5)5) N. Kusukawa, T. Yura, C. Ueguchi & K. Ito: EMBO J., 8, 3517 (1989).,生育限界温度でも重要な役割を果たしている可能性がある.GroEL,DnaK,DnaJはタンパク質のフォールディングに関与する熱ショックタンパク質であることから,生育限界温度でタンパク質のミスフォールディングが増加することを示唆している.なお,GroELはDnaKやDnaJとは異なり,低い温度でも不可欠である.

表1■耐熱性遺伝子の分類とその数
分類酵母大腸菌酢酸菌ザイモモナス菌
エネルギー代謝12224
膜の安定化・膜タンパク質15a19610
DNA修復3603
tRNA修飾0901
タンパク質品質管理4452
翻訳調節2411
細胞分裂10b331
転写調節15012
酸化ストレス応答1011
機能未知1555
a ミトコンドリア,液胞,小胞体等の膜関連遺伝子.b 細胞分裂周期と形態形成の関連遺伝子.

次に,大腸菌で見いだされたこれらの耐熱性遺伝子の,中温菌におけるオルソログの分布を調べた.その結果,多くのオルソログが中温菌に広く分布していることが判明した(3)3) M. Murata, H. Fujimoto, K. Nishimura, K. Charoensuk, H. Nagamitsu, S. Raina, T. Kosaka, T. Oshima, N. Ogasawara & M. Yamada: PLoS ONE, 6, e20063 (2011)..特に,腸内細菌科のSalmonella entericaYersinia pestisShigella flexneriKlebsiella pneumoniaePseudomonas aeruginosaなどでほとんどのオルソログが存在し,これらが大腸菌を含む腸内細菌の比較的高温での生存を可能にしていると考えられる.また,耐熱性遺伝子のなかでもリポ多糖の糖鎖生合成に関与する酵素系の遺伝子群や硫黄リレー系でのtRNAの修飾に関与する酵素系の遺伝子群は(図1図1■大腸菌のリポ多糖生合成および硫黄リレー系),好熱菌の一部に存在しており,これらが水平伝播された可能性が考えられる.

図1■大腸菌のリポ多糖生合成および硫黄リレー系

アンダーラインは大腸菌の耐熱性遺伝子産物を示す.

また,興味深いことに,耐熱性遺伝子破壊株のうち37株は20 mM Mg2+の添加によって限界温度での生育が回復した(3)3) M. Murata, H. Fujimoto, K. Nishimura, K. Charoensuk, H. Nagamitsu, S. Raina, T. Kosaka, T. Oshima, N. Ogasawara & M. Yamada: PLoS ONE, 6, e20063 (2011)..そのうち,22株の耐熱性遺伝子産物が膜結合タンパク質や膜と相互作用するタンパク質であった.また,0.5 mM過酸化水素添加実験の結果,約60%の耐熱性遺伝子破壊株が30°Cで感受性になっていた.さらに,後述するように生育限界温度付近では活性酸素種(ROS)が急激に蓄積した.これらの結果は,多くの耐熱性遺伝子が酸化ストレスによって起こるダメージを回避するために存在している可能性を示唆している.この点は,上記のDNA修復に関与する酵素やRNA修飾にかかわる酵素の遺伝子群の必要性とも合致するように思われる.一方,酸化ストレス応答遺伝子が耐熱性遺伝子としてリストアップされなかった.これは,一見矛盾しているようであるが,同様な作用をする遺伝子が複数存在する大腸菌のロバスト性を反映しているかもしれない.

耐熱性Acetobacter属酢酸菌の耐熱性遺伝子の解析

酢酸菌の生育限界温度は酢酸菌属によってさまざまに異なる.Gluconobacter属およびGluconacetobacter属酢酸菌は一般に30~33°Cであるのに対し,Acetobacter属酢酸菌は比較的高く一般に35~37°Cになる.われわれは,これまでタイの研究者との共同研究を通じて,多くの耐熱性酢酸菌を分離してきた.なかでも,40°C付近で生育が可能な一群がAcetobacter属に見つかり,その代表が酢酸発酵能の強いAcetobacter pasteurianus SKU 1108と菌膜多糖の生成能が高いAcetobacter tropicalis SKU1100であった.当初,それぞれAcetobacter lovaniensis SKU1108(6)6) A. Saeki, G. Theeragool, K. Matsushita, H. Toyama, N. Lotong & O. Adachi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 61, 138 (1997).およびAcetobacter sp. SKU1100(7)7) S. Moonmangmee, H. Toyama, O. Adachi, G. Theeragool, N. Lotong & K. Matsushita: Biosci. Biotechnol. Biochem., 65, 777 (2002).として公表したが,現在では16S rRNA配列に基づいて分類し直している.

これらの耐熱性機構を解明するため,接合伝達能の高いA. tropicalis SKU1100を用いてTn10を用いるトランスポゾン挿入による遺伝子破壊(8)8) A. Deeraksa, S. Moonmangmee, H. Toyama, M. Yamada, O. Adachi & K. Matsushita: Microbiology, 151, 4111 (2005).を行った.その結果,A. tropicalis SKU1100から4,000株程度の破壊株を分離し,それらのなかからドットスポット・テスト,さらには液体振とう培養を行って,39°Cで生育不能や生育不良を示す33株の高温感受性株を得た.これら高温感受性株のトランスポゾン挿入部位をTAIL-PCR法を用いて解析し,重複を含めて24個の耐熱性に関与する挿入部位を特定した(9)9) W. Soemphol, A. Deeraksa, M. Matsutani, T. Yakushi, H. Toyama, O. Adachi, M. Yamada & K. Matsushita: Biosci. Biotechnol. Biochem., 75, 1921 (2011)..さらに,SKU1100株のドラフトゲノム解析を行い,そのゲノム情報を基に,その24個の破壊遺伝子個々の遺伝子構成を明らかにするとともに,遺伝子クローニング,相補実験および(もしくは)遺伝子破壊を行った.たとえば,ゲノム上に単一遺伝子として存在するグルタミンシンテターゼアデニリルトランスフェラーゼ(Glutamine-synthetase adenylyltransferase)(図2A図2■A. tropicalis SKU1100の耐熱性遺伝子の相補・破壊による確認実験例)の場合,その構造遺伝子の3′末端近傍にTn10が挿入された2つの破壊株(gln::Tn10)が得られた.これらの破壊株は,エタノール存在下,37°Cでその生育が低下し,39°Cでは,エタノールの有無にかかわらず,完全に生育できなくなっていた.しかし,その破壊株はgln遺伝子相補によって,野生株と同様の生育を示すことが示された(図2B図2■A. tropicalis SKU1100の耐熱性遺伝子の相補・破壊による確認実験例).一方,オペロンを形成しているキサンチンデヒドロゲナーゼ(Xanthine dehydrogenase)(図2C図2■A. tropicalis SKU1100の耐熱性遺伝子の相補・破壊による確認実験例xdhABC)の場合,xdhAにTn10が挿入された破壊株(xdhA::Tn10)が得られ,それはエタノール有無にかかわらず37°Cでの生育が低下し,39°Cで全く生育できなくなったが,オペロン上のxdhB遺伝子破壊(xdhB::Km)を行うと,xdhA::Tn10株と同等もしくはより強い生育阻害が観察された(図2D図2■A. tropicalis SKU1100の耐熱性遺伝子の相補・破壊による確認実験例).このようにして,相補実験によって12個の遺伝子の耐熱性への関与を確認し,加えて遺伝子破壊に基づいて,5個の遺伝子の耐熱性への関与を確認できた(表2表2■A. tropicalis SKU1100高温感受性を示すトランスポゾン挿入遺伝子群).また,これら24個の遺伝子のうち,19個については,その相同性検索および文献データに基づく機能予測によって,ストレス応答・N代謝・品質管理,細胞壁・細胞膜合成,細胞分裂,膜輸送,転写・翻訳,補因子合成にそれぞれ機能分類された(表2表2■A. tropicalis SKU1100高温感受性を示すトランスポゾン挿入遺伝子群).なお,面白いことに,これらの破壊株の酢酸耐性への影響を見ると,24の高温感受性株のうち,13株が1%酢酸に感受性であり,特に膜合成と膜輸送に関与する破壊株はすべて酢酸感受性を示したことから,膜構造の安定性と耐熱性および酢酸耐性が関連性をもつことも示唆されている.

図2■A. tropicalis SKU1100の耐熱性遺伝子の相補・破壊による確認実験例

A:Glutamine synthase adenylyltransferase(Gln)の2つのTn10変異箇所;B:Tn10変異株(gln::Tn)とその相補株(gln::Tn(gln))との生育比較(*はvector control)(YPG培地±1% ethanol);C:Xanthine dehydrogenaseのTn10変異部位(xdhA)と遺伝子破壊部位(xdhB);D:Tn10変異株(xdhA::Tn)とKm破壊株(xdhB::Km)の生育比較(ポテト培地±1% ethanol).

表2■A. tropicalis SKU1100高温感受性を示すトランスポゾン挿入遺伝子群
遺伝子番号*予測機能機能遺伝子構成分析結果**
ATPR_1619 (4)Serine protease, Deg Pストレス応答・N代謝(タンパク品質管理)SingleCom
ATPR_0429 (1)Zn-MetalloproteaseOperonCom
ATPR_2837 (1)Xanthine dehydrogenaseOperonKm
ATPR_2097 (2)Glutamine-synthetase adenylyltransferaseSingleCom
ATPR_0143 (1)Lysyl tRNA synthaseOperonCom/Km, Ac+
ATPR_3088 (1)Putative small heat shock protein, HspASingle
ATPR_2801 (1)Asparagine synthase細胞壁・膜合成Operon
ATPR_0874 (1)3-Phospho glycerate dehydrogenaseOperonCom, Ac+
ATPR_1188 (2)Hopene-associated glycosyltransferaseOperonCom/Km, Ac+
ATPR_3151 (2)N-acetylmuramoyl-L-alanine amidaseSingleAc+
ATPR_1965 (1)DNA methyltransferase細胞分裂OperonCom, Ac+
ATPR_1424 (3)Chromosome segregationOperon
ATPR_0029 (1)Septum inhibitor, MinCOperon
ATPR_0071 (1)Na+/H+ Antiporter膜輸送SingleCom/Km, Ac+
ATPR_0609 (1)ABC transporter, binding proteinSingleCom/Km, Ac+
ATPR_0450 (1)GTPase, lepA転写・翻訳Operon
ATPR_2218 (1)RNA polymerase ECF-type sigma factorOperonAc+
ATPR_0022 (1)Siroheme synthase補因子合成SingleCom, Ac+
ATPR_1364 (1)Flavodoxin/nitric oxide synthaseSingleAc+
ATPR_0036 (2)Hypothetical protein未知機能OperonCom
ATPR_0586 (1)Hypothetical proteinSingleCom, Ac+
ATPR_0443 (1)Hypothetical proteinSingleAc+
ATPR_0162 (1)Hypothetical proteinOperon
ATPR_2096 (1)Hypothetical proteinSingleAc+
*( )内は取得破壊株の数.** Com:相補実験済み;Km:破壊実験済み;Ac+:酢酸感受性株(30°C).

これらの耐熱性遺伝子のうち,強い高温感受性と酢酸感受性を示したNa+/H+ antiporterをコードする遺伝子の破壊株については,さらに詳細な解析を行った(10)10) W. Soemphol, M. Tatsuno, T. Okada, M. Matsutani, N. Kataoka, T. Yakushi & K. Matsushita: J. Biotechnol., 211, 46 (2015)..まず,この遺伝子破壊株の生育に及ぼすNa+およびK+の影響を調べたところ,50~100 mMという比較的高濃度のNa+が培地中に存在するとこの破壊株の高温生育が可能になる一方で,100 mMを超える高濃度のK+が存在すると逆に常温でも生育できなくなることがわかった.さらに野生株と破壊株から反転膜小胞を調製して,イオン輸送活性を解析したところ,このアンチポーターは,中性域でNa+だけでなくK+に依存したH+対向輸送能をもつこと,またアルカリ性領域で機能する別のNa+/H+アンチポーターが存在することが明らかとなった.これらの結果から,本菌の高温下での生育には,このNa+/H+ antiporterによる細胞内のK+濃度の制御が重要であることが明らかとなっている.

A. tropicalis SKU1100に見いだされた24個の耐熱性遺伝子を調べてみると,大腸菌に見られたような水平伝播によって獲得されたものはなく,すべてAcetobacter属酢酸菌に広く分布し,系統進化しているものであることがわかった.一方,これらの遺伝子群のオルソログがたとえばGluconobacter属やGluconacetobacter属などのほかの酢酸菌属では欠落しているものもあり(松谷ら,未発表),これらの遺伝子群がAcetobacter属菌が酢酸菌のなかで比較的高い耐熱性をもつことを説明するものと考えられる.

本解説の耐熱性を賦与する本質的な遺伝子群を推定するため,網羅的な遺伝子発現の比較解析を行った.対象とする菌には,酢酸菌としては比較的耐熱性であるA. pasteurianusの株から,30°C付近が最適増殖温度で38°Cが生育限界温度であり,菌膜形成能をもつA. pasteurianus IFO3283-32と,その株から派生した菌膜形成能を失ったIFO3283-01を用いた.両菌株ともその完全ゲノム配列をすでに決定している(11)11) Y. Azuma, A. Hosoyama, M. Matsutani, N. Furuya, H. Horikawa, T. Harada, H. Hirakawa, S. Kuhara, K. Matsushita, N. Fujita et al.: Nucleic Acids Res., 37, 5768 (2009)..比較解析には,それぞれの菌株を30°Cと37°Cで培養し,全RNAを次世代シークエンサーで解析し,遺伝子発現を比較した.発現解析には統計解析に加え,代謝マップ上での機能解析などを行った.これらの解析のうち遺伝子発現変化を可視化した解析結果を図3図3■A. pasteurianusの増殖温度による比較トランスクリプトーム解析に示す.

図3■A. pasteurianusの増殖温度による比較トランスクリプトーム解析

横軸には,30°Cと37°Cで培養した2株(IFO3283-32とIFO3283-01)について,それぞれの遺伝子の発現量(ORF/KM@30°CとORF/KM@37°C)の対数値を加算した値を示す.縦軸には,37°C培養での各遺伝子の発現量の対数値から30°Cでの値を減算した値を示す.各遺伝子の遺伝子発現プロファイルは黒い点で示されており,横軸右のほうにある点は発現量の大きい遺伝子であることを,縦軸上のほうにある点は37°Cで培養するほうが30°Cでの培養よりも遺伝子の発現が高かったことを示している.発現量の大きさごとで平均値と標準偏差を求めるために,横軸の0.1ごとに階層を設け,その階層に含まれる遺伝子群について縦軸の値の平均値および標準偏差を求めた.灰色の実線はその平均値の近似曲線を示す.また,2本の緑色の実線は横軸の各階層における平均値に標準偏差の3倍の値を加減(±3SD)した値の近似曲線である.解析した2株においてともにこの平均値±3SDを超えた遺伝子を,発現量が有意に変動した遺伝子とした.今回の実験では108個の遺伝子が抽出され,図中に黒色の楕円で示す.本トランスクリプトーム解析実験では,独立した培養を各菌で3回実施しRNAを調製し,cDNA調製後にrRNA由来cDNAを物理的に約90%排除した.タンパク質をコードする遺伝子の発現量を表現するために,得られた全リードからrRNA遺伝子オペロン領域にマップされるリードを計算機的に除外し,rRNA遺伝子以外のゲノム領域にマップされた総リード数を100万リードに補正し,かつ各遺伝子の長さを1,000塩基に補正した.独立して行った3回の実験結果を各遺伝子で平均し5を加えた値を各遺伝子のORF/KM値とした.その3回の実験結果の標準偏差は図中に示されていないが,おおむね平均値の10%以内であった.

解析対象とした酢酸菌の3,049遺伝子から,30°Cでの培養と37°Cでの培養で,2株に共通して発現量が有意に変動している108遺伝子を抽出した(詳しい遺伝子の抽出方法は図3図3■A. pasteurianusの増殖温度による比較トランスクリプトーム解析の説明を参照).そのうち37°Cで高発現している69遺伝子(平均値+3SD以上)を機能分類すると,膜タンパク質遺伝子と機能不明遺伝子がそれぞれ22遺伝子と最多であり,ほかに代謝関連遺伝子6個,転写因子遺伝子5個,CRISPR遺伝子5個,トランスポゾン関連遺伝子4個,熱ショックタンパク質遺伝子3個,そして金属の酸化酵素をコードする遺伝子2個であった.膜タンパク質をコードする遺伝子のうち,金属(特に鉄)の取り込みや排出にかかわる酵素の遺伝子が11個あり,また金属の酸化酵素に関連する遺伝子発現の上昇という現象を考え合わせると,細胞内金属イオンの耐熱性への重要な関与が推測される.本稿のほかの章でもMg2+と耐熱性の関係に触れているが,本菌も10 mMのMg2+を培地へ添加することにより生育限界温度が1°C程度上昇した.このように,金属イオン代謝に関連した酵素や輸送系の遺伝子とMg2+の添加による耐熱性の強化の関係は今後の研究課題である.

耐熱性遺伝子と熱ショックタンパク質遺伝子の関係については,熱ショックタンパク質遺伝子の高発現が本酢酸菌においては耐熱性と関係する可能性もあるが,高温域での増殖に伴う遺伝子発現変化や変性タンパク質の蓄積に由来する結果である可能性もある.耐熱性を賦与する遺伝子に熱ショックタンパク質遺伝子も含まれるかどうかは研究の途上にあり,多重遺伝子破壊株の作成による解析などが必要である.一方,発現抑制された遺伝子の多くは中央代謝経路もしくは呼吸鎖の遺伝子であり,菌の増殖速度が低減したことによる間接的な影響なのか,それとも呼吸鎖の活性低減による活性酸素の発生低下がストレス回避および高温での安定増殖に関連するのか,さらにもっと本質的な意味をもつのか,現在のところ不明である.

耐熱性ザイモモナス菌の耐熱性遺伝子の解析

ザイモモナス菌は,グラム陰性の通性嫌気性細菌であるが,糖の資化速度が速く,高いエタノール生産性を示す一方,低いバイオマス生産性,培養時の酸素供給が不必要であること,さらには比較的ゲノムが小さい(約2 Mb)などの利点を有することから,次世代のバイオエタノール生産菌,そして物質生産の基盤株として注目されている(12,13)12) P. S. Panesar, S. S. Marwaha & J. F. Kennedy: J. Chem. Technol. Biotechnol., 81, 623 (2006).13) M. X. He, B. Wu, H. Qin, Z. Y. Ruan, F. R. Tan, J. L. Wang, Z. X. Shui, L. C. Dai, Q. L. Zhu, K. Pan et al.: Biotechnol. Biofuels, 7, 101 (2014)..われわれはこれらの特徴を活かし,さらに耐熱性を有する菌株を用いることで,高温下で高速な物質生産を可能にしようと考えている.これまでにザイモモナス菌の耐熱性に関して,熱ショック遺伝子の導入(14)14) X. Zhang, T. Wang, W. Zhou, X. Jia & H. Wang: Microb. Cell Fact., 12, 41 (2013).や各種変異処理による耐熱化の報告(12)12) P. S. Panesar, S. S. Marwaha & J. F. Kennedy: J. Chem. Technol. Biotechnol., 81, 623 (2006).はあるが,どのような遺伝子が耐熱性および耐熱化に寄与するかを解析したものは少ない.このうち,薬剤耐性株の取得によって耐熱化した株において,NADH脱水素酵素遺伝子に変異が確認された例(15)15) T. Hayashi, T. Kato & K. Furukawa: Appl. Environ. Microbiol., 78, 5622 (2012).がある.われわれも,シトクロムcペルオキシダーゼ遺伝子の破壊株が耐熱性を低下することを報告した(16)16) K. Charoensuk, A. Irie, N. Lertwattanasakul, K. Sootsuwan, P. Thanonkeo & M. Yamada: J. Mol. Microbiol. Biotechnol., 20, 70 (2011).が,大腸菌(3)3) M. Murata, H. Fujimoto, K. Nishimura, K. Charoensuk, H. Nagamitsu, S. Raina, T. Kosaka, T. Oshima, N. Ogasawara & M. Yamada: PLoS ONE, 6, e20063 (2011).や酢酸菌(9)9) W. Soemphol, A. Deeraksa, M. Matsutani, T. Yakushi, H. Toyama, O. Adachi, M. Yamada & K. Matsushita: Biosci. Biotechnol. Biochem., 75, 1921 (2011).と同様に包括的な耐熱性の理解が重要であると考えた.そこで,ザイモモナス菌の耐熱性遺伝子を探索するため,耐熱性を示すZymomonas mobilis TISTR548を親株としてトランスポゾンTn10挿入による遺伝子破壊株ライブラリーを作製し,生育限界温度である39.5°Cにおいて,固体培地での生育,液体培地での生育,液体培養による生育速度比較の3段階のスクリーニングにより,高温感受性株を67株取得した.それぞれの感受性株のTn10挿入部位をTAIL-PCRとDNAシークエンスによって特定し,30個の耐熱性に関与する遺伝子を同定した(表1表1■耐熱性遺伝子の分類とその数).また,これら遺伝子の下流の遺伝子の転写をRT-PCRにより親株のものと比較し,遺伝子破壊による極性効果がないことも確認した.これらの遺伝子を,UniProtおよびKEGGデータベースの情報を基に機能分類したところ,エネルギー代謝,膜の安定化・膜タンパク質,DNA修復,tRNA修飾,タンパク質品質管理,翻訳調節,細胞分裂,転写調節,酸化ストレス応答,機能未知に分類することができた(表1表1■耐熱性遺伝子の分類とその数).なお,これら遺伝子には生育必須遺伝子は含まれていない.さらに,耐熱性とそのほかの環境ストレス耐性との関連性の有無を調べるために,高温感受性株に対する培地への20 mM Mg2+添加効果,あるいは2%エタノール存在下での高温感受性を調べたところ,グリコシルトランスフェラーゼなどの膜の安定化関連遺伝子変異株はMg2+添加により生育が回復したことから,Mg2+による膜の安定化効果が示唆された.さらに,エタノールに対しては,たとえば,スクアレンホペンサイクレースといった膜の安定化にかかわる遺伝子破壊株で感受性が高いことが明らかとなった.なお,Mg2+の培地への添加効果については,ザイモモナス菌で耐熱化効果があることが報告されている(17)17) P. Thanonkeo, P. Laopaiboon, K. Sootsuwan & M. Yamada: Biotechnology, 6, 112 (2007)..また,ほかの菌株ではあるがサルモネラ菌においてMg2+トランスポーターの量産化による耐熱化が明らかになっており,Mg2+の耐熱性への効果としては,タンパク質や細胞膜の安定化もしくは酸化ストレスの抑制によるものであるか,Mg2+が細胞内のシグナル分子として働き耐熱性を誘導するためと考えられている(18)18) K. O’Connor, S. A. Fletcher & L. N. Csonka: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 17522 (2009)..今回の結果やほかの微生物の研究を考慮すると,膜の安定化はザイモモナス菌における耐熱性に重要であると考えられる.

酵母菌の耐熱性遺伝子解析

出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeは,パンやお酒の発酵を担う微生物であり,また,モデル生物として先進的な生命機能解析の対象でもあるので数多くの情報が蓄積している.お酒の発酵は低温(10~15°C)で行われ,研究室の実験では30°Cが培養温度となり,バイオエタノール生産はできるだけ高い温度,通常30~35°Cで行われる.したがって,一般には,S. cerevisiaeでは38°Cですら高温となる.S. cerevisiaeにおいては,すべての非必須遺伝子をそれぞれ破壊した遺伝子破壊株ライブラリーがあり(19)19) A. H. Tong, M. Evangelista, A. B. Parsons, H. Xu, G. D. Bader, N. Pagé, M. Robinson, S. Raghibizadeh, C. W. Hogue, H. Bussey et al.: Science, 294, 2364 (2001).,これを用いると,どの遺伝子がS. cerevisiaeにとっての高温(33~38°C)での増殖に必要なものかがわかる.2倍体での遺伝子破壊株4,792株を38°CにてYPD固体培地で増殖させ,増殖できない238株を得,再チェックを繰り返すとともに,33°C,35°C,38°C,40°Cでの増殖を観察することで,最終的に増殖に関して125株の高温感受性株を選抜した.このうち,33~38°Cで増殖ができない株をその機能分類とともに表3表3■高温で増殖不能を示す酵母遺伝子破壊株に示した.

表3■高温で増殖不能を示す酵母遺伝子破壊株
破壊遺伝子座名遺伝子名増殖不能温度(°C)タンパク質機能分類
YFR036WCDC2633Ubiquitin–protein ligaseタンパク質分解・品質管理
YER068WMOT235Ubiquitin–protein ligase
YBR173CUMP138Proteasome activator
YML094C-AGIM5*38Cochaperone prefoldin complex
YLR315WNKP233Central kinetochore protein細胞分裂周期
YGR188CBUB138Protein kinase
YOR026WBUB338Kinetochore checkpoint WD40 repeat protein
YKR082WNUP13338Nuclear pore complex protein
YMR284WYKU7038Subunit of the telomeric Ku complexDNA修復
YKL113CRAD27385′ to 3′ Exonuclease
YJL115WASF138Nucleosome assembly factor
YOR035CSHE435Regulate myosin function形態形成
YBR200WBEM138SH3-Domain protein
YDR388WRVS16738Actin-associated protein
YBL007CSLA138Cytoskeletal protein binding protein
YLR338WVRP1*38Proline-rich actin-associated protein
YER016WBIM138Microtubule plus end-tracking protein
YDR364CCDC4033Pre-mRNA splicing factorRNA関連機能
YOR001WRRP6383′–5′ Exoribonuclease
YDR433WNPL3*38RNA-binding protein
YJL176CSWI338SWI/SNF chromatin remodeling complex
YNL236WSIN438RNA polymerase II mediator complex
YDR293CSSD138Translational repressor
YPR101WSNT30938Essential for mRNA splicing
YHR041CSRB238RNA polymerase II mediator complex
YCR077CPAT138mRNA-decapping factor
YBR065CECM238Pre-mRNA splicing factor
YIR005WIST338Component of the U2 snRNP
YBL093CROX338RNA polymerase II mediator complex
YGR180CRNR438Ribonucleotide-diphosphate reductase
YLR399CBDF138Protein involved in transcription initiation
YGL071WAFT138Transcription factor involved in iron utilization
YNL147WLSM738Lsm (like Sm) protein
YPR163CTIF338Translation initiation factor
YDL113CATG2033Cytoplasm to vacuole targeting
YDR136CVPS6138Vacuolar sorting protein
YEL027WVMA338Vacuolar membrane ATPase
YER083CGET238Protein insertion into the ER membrane
YLR417WVPS3638Component of the ESCRT-II complex
YLR242CARV138Cortical ER protein
YLR262CYPT638Rab family GTPase
YLR148WPEP338Vacuolar membrane protein
YCR044CPER138Protein processing in the ER
YBR171WSEC6638Non-essential subunit of Sec63 complex
YGL223CCOG138Conserved oligomeric Golgi complex
YMR060CSAM3735Translocase of outer mitochondrial membraneミトコンドリア機能
YNL055CPOR135Mitochondrial porin
YOL076WMDM2035Mitochondrial distribution and morphology
YNL121CTOM7038Translocase of outer mitochondrial membrane
YEL029CBUD1638Putative pyridoxal kinase代謝
YJR104CSOD138Cytosolic copper–zinc superoxide dismutase酸化ストレス
YJR056CYJR056C38Unknown機能未知
* 相補鎖に重複していた遺伝子名を示す.

まず,大腸菌の遺伝子破壊株ライブラリーによる網羅的解析結果とも一致するのは,熱ショック遺伝子はほとんど現れてこないことである.すなわち,原核微生物でも真核微生物でも一時的な熱ショック耐性とこのような高温条件での増殖には異なるメカニズムで対応しているらしい.ただし,タンパク質分解に関与するユビキチン・プロテアソームに関連する遺伝子はいくつか抽出されたので,変性タンパク質への対応自体は,耐熱性には重要な意味をもつと考えられる.

次に興味深いことは,細胞分裂周期・形態形成(細胞分裂),DNA修復,RNA関連機能(tRNA修飾と転写調節)などの遺伝子群が大腸菌の場合と同じように含まれていることがわかった(表1表1■耐熱性遺伝子の分類とその数).これらの結果から,種を越えて普遍的な耐熱性の分子メカニズムの存在を考えることができる.ただし,注意しなければならないことが,生存に必須な機能の脆弱化と高温増殖にのみ必要な機能を見分けることが難しいことである.S. cerevisiaeには必須遺伝子が1,000個程度ある.必須遺伝子が関与する機能の低下は高温での増殖や発酵に影響を与えるはずである.破壊により生存に必須な機能を低下させる遺伝子が耐熱性を賦与する遺伝子となるのかについては,懐疑的な態度が必要であろう.たとえば,表3表3■高温で増殖不能を示す酵母遺伝子破壊株で分類した細胞分裂周期,DNA修復,形態形成,転写・スプライシングなどのRNA関連機能などは複数のタンパク質の複雑な相互作用を必要とする機能群である.関連する1遺伝子の欠損だけでもそれらの機能低下が起こり,高温での増殖の低下を引き起こしたとも考えられる.

さらに複雑なことに,培養環境を変化させても破壊株の耐熱性の程度が変化することを見いだした(図4図4■酵母培養条件による耐熱性の変化).S. cerevisiaeの高温増殖テストを通常の培養(好気条件)とアネロパックで包んだ嫌気培養を行ってみるとPER1(小胞体においてGPIアンカー形成に関与する遺伝子)破壊株では嫌気条件下,38°Cでの増殖がさらに弱くなり,一方,AFT1(鉄代謝応答性転写制御因子遺伝子)やSOD1(スーパーオキシドディスムターゼ遺伝子)破壊では嫌気条件で耐熱性が回復した.しかし,SEC66(小胞体へのトランスロケーションに関与する遺伝子)破壊ではどちらの条件でも同程度の感受性であった.好気と嫌気ではミトコンドリア機能や代謝経路に変化があるはずなので,これらと耐熱性に何らかの関連が考えられる.たとえば,Sod1はROSを消去し酸化ストレス耐性を担うので,高温の好気呼吸時に発生するROSに対応するとすれば,ROSが少ないと考えられる嫌気環境ではSOD1破壊による耐熱性への影響が少なくなると説明することはできる.

図4■酵母培養条件による耐熱性の変化

YPD系培地で好気は2日,嫌気は4日培養した.

さて,結局のところ何が耐熱性を支える主要な遺伝子であろうか.特に,本解説での耐熱性微生物が示す耐熱性は,必須機能のロバスト性(頑強さ)がもたらすものなのか,それとも,特別に獲得した何らかの耐熱性機構によるものか,どちらを考えればよいのであろうか.

高温エタノール発酵ができる耐熱性酵母Kluyveromyces marxianusを研究対象にすると少しそのヒントが現れてくる(20)20) B. M. A. Abdel-Banat, H. Hoshida, A. Ano, S. Nonklang & R. Akada: Appl. Microbiol. Biotechnol., 85, 861 (2010).S. cerevisiaeは42°C程度が生育限界温度であるのに対してK. marxianusは50°C弱である.K. marxianusの多くのタンパク質は,ゲノム解析によってS. cerevisiaeのものと相同性を示すことがわかってきた(21)21) N. Lertwattanasakul, T. Kosaka, A. Hosoyama, Y. Suzuki, N. Rodrussamee, M. Matsutani, M. Murata, N. Fujimoto, Suprayogi, K. Tsuchikane et al.: Biotechnol. Biofuels, 8, 47 (2015)..また,K. marxianusの遺伝子変異をS. cerevisiaeの遺伝子で相補させることが,プロモータ変換などをしなくても,試みた栄養要求性に関する遺伝子のほとんどで可能であった(22)22) T. Yarimizu, S. Nonklang, J. Nakamura, S. Tokuda, T. Nakagawa, S. Lorreungsil, S. Sutthikhumpha, C. Pukahuta, T. Kitagawa, M. Nakamura et al.: Yeast, 30, 485 (2013)..つまり,両酵母菌は,多くの遺伝子の機能やその発現能力に本質的な差がないほどの近縁種と考えられる.増殖能力において,5~10°C程度の耐熱性の差を細胞分裂周期や形態形成などの複雑な必須機能全体のロバスト性の進化,言い換えれば相互作用を担う複数の遺伝子の同時進化で答えることは難しいのではないかと感じている.つまり,耐熱性獲得には,単純な化学的な仕組み,たとえば膜機能の安定化のようなものがあるのではないかという仮説を考えている.

生理的温度での重要な化学的変化に脂質二分子膜の構造をゲルから液晶へ変化させる相転移温度がある.相転移温度は脂質分子種で異なるが(23)23) 功刀 滋,斉藤正治:“大学への橋渡し 生化学”,化学同人,2007.,温度による膜流動性の変化がそこで機能する膜タンパク質の働きと連携して,生物の生理学的温度を規定している可能性は高い.酵母菌でも多くの膜系遺伝子の破壊が高温感受性を示し,ほかの微生物でも見つかっている(表1~3表1■耐熱性遺伝子の分類とその数表2■A. tropicalis SKU1100高温感受性を示すトランスポゾン挿入遺伝子群表3■高温で増殖不能を示す酵母遺伝子破壊株).膜系遺伝子を含め,耐熱性を賦与する遺伝子を明らかにすることが長く課せられたわれわれの課題となっている.K. marxianusの全遺伝子の整理とその発現解析,遺伝子破壊や導入,および交配から胞子形成など,モデル生物S. cerevisiaeに匹敵する分子遺伝学的解析系はほぼ完備できた(24)24) H. Hoshida, N. Murakami, A. Suzuki, R. Tamura, J. Asakawa, B. M. Abdel-Banat, S. Nonklang, M. Nakamura & R. Akada: Yeast, 31, 29 (2014)..耐熱性酵母を使うことで,耐熱性機構解明に近づけると期待している.

耐熱性機構の普遍性

大腸菌のトランスクリプトーム解析の結果(3)3) M. Murata, H. Fujimoto, K. Nishimura, K. Charoensuk, H. Nagamitsu, S. Raina, T. Kosaka, T. Oshima, N. Ogasawara & M. Yamada: PLoS ONE, 6, e20063 (2011).,その生育限界温度付近では,いくつかの耐熱性遺伝子の発現が低下することが判明した.これらの遺伝子発現の減少が限界温度を決定しているかもしれない.一方で,限界温度近辺では細胞内のROSの蓄積量が急激に増加し,その時期に遺伝子発現に大きな変化が起こり,僅か1°Cの違いでも発現変動値や変動する遺伝子が大きく異なることがわかった(村田ら,未発表).仮にROS蓄積量が直接的にあるいは間接的に全体的な発現変動を引き起こしているとすると,ROS蓄積を抑制することによって生育限界温度が高まる可能性がある(図5図5■共通する耐熱性機構).この可能性を確かめるためにSodA(スーパーオキシドディスムターゼ)あるいはKatE(カタラーゼ)遺伝子をプラスミドで大腸菌に導入したところ,ROS蓄積量が抑制され,限界温度での生存率が増加した(村田ら,未発表).

図5■共通する耐熱性機構

ROSは,主に種々のストレスによる膜の不安定化などによって呼吸鎖電子伝達系の脱水素酵素などから電子が漏れて,酸素へ移ることによって生じると考えられている(25)25) B. W. Davies, M. A. Kohanski, L. A. Simmons, J. A. Winkler, J. J. Collins & G. C. Walker: Mol. Cell, 36, 845 (2009)..したがって,ROS抑制には十分なROS除去機能をもつか,酸素の存在量を下げるか,このような電子の漏れを最小限に保つための安定な膜構造をもつことによって達成されると思われる(図5図5■共通する耐熱性機構).膜構造の安定化に関連すると思われる耐熱性遺伝子が大腸菌,酢酸菌,ザイモモナス菌,酵母菌で見いだされていることから(表1表1■耐熱性遺伝子の分類とその数),膜構造の安定化は一般的な耐熱性機構の一つと考えられる.しかし,表1表1■耐熱性遺伝子の分類とその数の分類「膜構造の安定化・膜タンパク質」の中にはトランスポーターやチャネルタンパク質も含まれている.それらは,生育限界温度で特有な機能を発揮する場合と膜の構造タンパク質として膜の安定化に寄与する場合が考えられるが,今のところ両者を区別することができていない.

一方で,ROSの蓄積はDNA, RNA,タンパク質,脂質などに障害をもたらす.このような障害が生育限界温度を決定している可能性がある.耐熱性遺伝子のなかに共通して,そのような障害を除くための,DNAやタンパク質の修復・除去系あるいはリボゾームの翻訳停止を抑制する因子などが見いだされている(表1表1■耐熱性遺伝子の分類とその数図5図5■共通する耐熱性機構).

おわりに

高温発酵系の構築には,高温で安定に発酵できる耐熱性発酵微生物が必要である.上記のように,いくつかの微生物を用いた解析から普遍的な耐熱性機構の存在がわかってきた.このことは,遺伝子組換えによって耐熱化が図れる可能性を示している.現在ではゲノム解析が容易となり,耐熱化に欠けている遺伝子や遺伝子群を同定し,ほかの生物からそれらに相当する遺伝子を導入することによって耐熱化が図れると思われる.一方で,遺伝子組換え体が規則上使えないあるいは組換え体の管理が施設的にも経済的にも難しい場合にはより耐熱性の強い微生物の探索が必要である.あるいは,Mg2+のような比較的安価な添加物によってある程度の耐熱化を達成できるかもしれない.

一方で,当然のことであるが,発酵食品や飲料品の場合には発酵産物の味や匂いも重要なファクターとなる.また,発酵原料や発酵産物によっては温度耐性だけでなく,発酵菌にとって,酸やアルカリあるいはほかの生育阻害物質に対する耐性が必要となる.したがって,高温発酵には目的に応じた耐熱性微生物の開発が不可欠となる.

蛇足になるが,耐熱性の分子機構の理解は,冒頭に紹介した食品業界などでの品質保持に悪影響を及ぼす混入菌の問題解決にも役立つかもしれない.もし,それらの悪玉菌が耐熱性発酵微生物と同様な耐熱性機構をもっていれば,その耐熱性機構を弱める処理を新たに考案できると期待される.

Acknowledgments

本研究は,JSPS-NRCT拠点大学事業(1998~2007年度)で見いだされた耐熱性発酵微生物をきっかけとして,JSPS-NRCTアジア研究教育拠点事業(2008~2012年度),JSPS研究拠点形成事業(2014年度~)を通じて発展してきたものである.特に,耐熱性機構の研究については,生研センター基礎研究推進事業(2006~2010年度)や戦略的創造研究推進事業(ALCA)(2011年度~)の支援を受けて進めてきた.また,耐熱性微生物を用いた高温発酵試験を科学技術戦略推進費(MEXT-ARDA)(2010~2012年度)として実施した.これらの事業の支援と本研究に携わった研究者や学生に対して感謝の意を表したい.

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