セミナー室

イネの窒素飢餓応答戦略

Tomoyuki Yamaya

山谷 知行

東北大学研究推進本部 ◇ 〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平二丁目1番1号

Office of Research Promotion, Tohoku University ◇ Katahira 2-1-1, Aoba-ku, Sendai-shi, Miyagi 980-8577, Japan

Published: 2015-10-20

植物は動物とは異なり,17種類の無機元素から有機物を合成し,いわゆる光独立栄養でライフサイクルを完結する.この17種類の無機元素のなかで,環境中の水や二酸化炭素から得られる炭素・酸素・水素を除けば,量的に最も必要なのが窒素であり,窒素の供給量が植物の成長や生産性を決定していると言っても過言ではない(1)1) 間藤 徹:“植物栄養学第2版”,間藤 徹,馬 建鋒,藤原 徹編,文永堂出版,2010, p. 67..窒素は,タンパク質,核酸,クロロフィルなどの生体高分子の主要成分であり,また種々のアミノ酸や核酸塩基など低分子物質の成分でもある.イネの成長や生産性は,窒素の吸収量と広い幅で正比例の関係にあり,欠乏や過剰の害が出やすいほかの元素とは大きく異なる性格をもつ(1)1) 間藤 徹:“植物栄養学第2版”,間藤 徹,馬 建鋒,藤原 徹編,文永堂出版,2010, p. 67..吸収された無機態の窒素は生体高分子を構成する重要な元素であるとともに,窒素の体内での利用は,炭素やほかの元素の利用とバランスを保つことが知られている.言い換えると,無尽蔵にある大気二酸化炭素の光合成による同化は,窒素の体内利用によって制御を受けていると言える.しかし現時点では,残念ながら代謝間の会話がどのようになされているのか,その分子機構の詳細はわかっていない(2)2) T. Yamaya & M. Kusano: J. Exp. Bot., 65, 5519 (2014).

さて,植物が利用できる無機態窒素には,酸化が最も進んでいる硝酸イオンと還元が最も進んでいるアンモニウムイオンの2種類がある.一般に植物は,土壌が酸化状態にある畑地では硝酸イオンを,また還元状態にある水田ではアンモニウムイオンを利用する.水田で成育するイネの生産性は,アンモニウムイオンに依存している.硝酸イオンの場合は,過剰に吸収しても液胞内にある程度貯蔵できるが,アンモニウムイオンはその高い反応性から害作用を示す場合もあることから,一時貯蔵はせずに根で吸収後,直ちに有機化されると考えられている.これは,通常,遊離のアンモニウムイオンが植物体からは多量に検出できない結果から,支持されている.多量に必要な窒素は,完全な飢餓状態では,種子栄養が枯渇した段階で植物は枯死する.したがって,栽培されている環境では,窒素が不足しないように施肥している.窒素が不足する場合,イネの栄養成長期では地上部の成長を抑制するとともに根の成長を促進して表面積を拡大することや,分げつの発達を抑制する応答を示すことが知られている(2)2) T. Yamaya & M. Kusano: J. Exp. Bot., 65, 5519 (2014)..一方,生殖成長期における窒素欠乏では,一穂当たりの粒数を減らす応答を示すことが知られていた(2)2) T. Yamaya & M. Kusano: J. Exp. Bot., 65, 5519 (2014)..しかし,これらの応答の分子機構は,全く不明であった.一方で,大気の窒素ガスから化学合成される窒素肥料は,膨大なエネルギー(2分子のNH4+合成に約93 Kジュール)を必要としており,化石燃料の消費を伴う.窒素の過剰施肥も環境に大きな影響を与えることから,適量の窒素栄養を効率良く利用できるイネの仕組みの解明が重要な課題である.

イネの窒素利用を考えるうえで,重要な点が2つある.第一は,根で吸収したアンモニウムイオンの初期同化過程,第二は老化器官から穂などのシンク器官への窒素転流である.通常のイネの道管液では,アンモニウムイオンはごく僅かしか検出できず,地上部への窒素輸送形態はグルタミンとアスパラギンである(3)3) K. Funayama, K. Kojima, M. Tabuchi-Kobayashi, Y. Sawa, Y. Nakayama, T. Hayakawa & T. Yamaya: Plant Cell Physiol., 54, 934 (2013)..アスパラギンはグルタミンから生合成されることから,吸収されたアンモニウムイオンのほとんどは,根においてまずグルタミンへ有機化されることを示している.他方,イネの穂を構成する窒素の約80%は,老化器官から篩管を介して転流させてくる窒素であることが判明していた(4)4) T. Mae & K. Ohira: Plant Cell Physiol., 22, 1067 (1981)..トビイロウンカを利用して篩管液の純粋採取が可能となり,篩管液の主な窒素の形態はグルタミンとアスパラギンであることが判明した(5)5) H. Hayashi & M. Chino: Plant Cell Physiol., 31, 247 (1990)..アスパラギンはグルタミンから合成されることを考慮すると,老化器官では,まずグルタミンを合成することが重要である(2)2) T. Yamaya & M. Kusano: J. Exp. Bot., 65, 5519 (2014)..老化器官では,それまで活躍していた生体高分子が分解され,まずグルタミンを合成しているものと考えられた.植物では,アンモニウムイオンの同化はグルタミン合成酵素(GS)が担っており,ATPとMg2+やMn2+の存在下でグルタミン酸を反応基質としてグルタミンを合成する反応をGSが触媒する.グルタミン酸は,呼吸系のTCAサイクルから生じた2-オキソグルタル酸とグルタミンを反応基質として,還元型のフェレドキシン(Fd)あるいはNADHの存在下で,グルタミン酸合成酵素(GOGAT)の触媒により合成される.イネのゲノム解読が2004年に完了し,GSやNADH-GOGATは小遺伝子族を形成する複数の分子種があることが判明した.GSは,大別してサイトゾルに局在するOsGS1;1OsGS1;2OsGS1;3と葉緑体に局在するOsGS2の4種類が存在する.また,GOGATには,ともに葉緑体(プラスチド)に局在する1種類のOsFd-GOGATと2種類のNADH-GOGAT遺伝子(OsNADH-GOGAT1OsNADH-GOGAT2)の存在が確認できている(6)6) M. Tabuchi, T. Abiko & T. Yamaya: J. Exp. Bot., 58, 2319 (2007)..オオムギやシロイヌナズナの遺伝子欠損変異体を用いた研究から,葉緑体に局在するGS2とFd-GOGATは,光合成と密接に関係する光呼吸代謝の過程で生じるアンモニウムイオンの同化にかかわることが,1980年代後半に証明された.これらの変異体は,光呼吸反応が起こらないガス条件では,正常に成育することも示された.このことは,光呼吸以外の代謝系では,GS1とNADH-GOGATがグルタミンやグルタミン酸の合成に重要であることも示している.しかし,3種のGS1や2種のNADH-GOGATの窒素代謝における機能の詳細は,ほとんどわかっていなかった.イネ以外の植物にも複数のGS1やGOGAT遺伝子が見いだされているが,個々のアイソザイムの機能は不明である.筆者の研究グループでは,窒素飢餓環境でイネが示す表現型とGS1やNADH-GOGATアイソザイムの機能分担機構の関連を明らかにする目的で,これらの遺伝子の空間的・時間的な発現解析や逆遺伝学的な解析を進めた.同時に,網羅的な遺伝子発現や代謝物のプロフィリングを行い,窒素代謝の重要性を示した.

イネ根におけるアンモニウムイオンの初期同化

アンモニウムイオンは,イネ根の表層に局在するアンモニウム輸送担体によって吸収され,グルタミンへ有機化される.この有機化反応を担うGS1とNADH-GOGAT分子種の同定を,mRNAの発現量やin situ hybridizationや免疫組織科学的な解析を行った結果,OsGS1;2OsNADH-GOGAT1が主要な分子種であることが判明した(2)2) T. Yamaya & M. Kusano: J. Exp. Bot., 65, 5519 (2014)..局在性の解析から,両者の遺伝子は,イネ根の表皮細胞と外皮細胞の,表層2層の細胞でアンモニウムイオンに応答して発現していることが判明した.外皮細胞と,その1層内部の厚壁細胞の間には,ほかの植物にはないカスパリー線があり,細胞壁を経由して物質が輸送されるアポプラスト輸送は不可能な構造になっている.このカスパリー線の発達は,水中で成育するイネ根へ地上部から空気を送った際に,根外へ拡散して失われないための構造が発達したと考えられている.このカスパリー線の外側の表層細胞にOsGS1;2OsNADH-GOGAT1が発現していることは,吸収したアンモニウムイオンがカスパリー線の外側で直ちに有機化されているものと考えられた.

この仮説を証明するために,内在性レトロトランスポゾンTos17が構造遺伝子に挿入されて機能を消失した遺伝子破壊変異体を用いて,さまざまな解析を進めた.OsGS1;2欠損変異体は,分げつ数(穂数)を抑制する典型的な窒素欠乏状態を示した.根や道管液のアンモニウムイオン濃度は上昇し,同化産物のグルタミン濃度は減少していた.これらの表現型は,OsGS1;2プロモーターにOsGS1;2cDNAを連結したキメラ遺伝子を変異体に導入することで相補されたことから,OsGS1;2の欠損が分げつ数の抑制にかかわることが証明された(3)3) K. Funayama, K. Kojima, M. Tabuchi-Kobayashi, Y. Sawa, Y. Nakayama, T. Hayakawa & T. Yamaya: Plant Cell Physiol., 54, 934 (2013)..さらに,分げつの発達を詳細に解析した結果,OsGS1;2変異体では腋芽の形成はできているものの,腋芽の伸長が抑制されていることが判明した(7)7) M. Ohashi, K. Ishiyama, M. Kusano, A. Fukushima, S. Kojima, A. Hanada, K. Kanno, T. Hayakawa, Y. Seto, J. Kyozuka et al.: Plant J., 81, 347 (2015)..この伸長抑制は,窒素欠乏と炭素過剰の影響で,基部にリグニン沈着ができないことと,デンプンの集積が認められることがわかり,リグニン合成初発段階においてフェニルアラニンから脱離するアンモニウムイオンの再同化が変異体ではできないことに由来することが示された(7)7) M. Ohashi, K. Ishiyama, M. Kusano, A. Fukushima, S. Kojima, A. Hanada, K. Kanno, T. Hayakawa, Y. Seto, J. Kyozuka et al.: Plant J., 81, 347 (2015)..トランスクリプトームの解析結果も,これを支持していた.最近,分げつの伸長に新規の植物ホルモンであるストリゴラクトンが発見されたが,詳細な定量結果から,ストリゴラクトンには依存しない応答であることが判明した.圃場での栽培では,穂数の減少で大幅に収量は低下したが,稔実した粒重は野生株と差は認められず,窒素欠乏状況で懸命に次世代を残す努力をする応答を変異体が示していることが判明した.OsNADH-GOGAT1欠損変異体も,同様の分げつ数の抑制効果が認められたが,その効果はOsGS1;2欠損変異体よりは穏やかであった(8)8) W. Tamura, Y. Hidaka, M. Tabuchi, S. Kojima, T. Hayakawa, T. Sato, M. Obara, M. Kojima, H. Sakakibara & T. Yamaya: Amino Acids, 39, 1003 (2010)..これらの結果は,根におけるアンモニウムイオンの初期同化反応は,表皮細胞と外皮細胞に存在しているGS1;2とNADH-GOGAT1が共役して担っていることが判明した(図1図1■イネの根におけるアンモニウムの初期同化機構).

図1■イネの根におけるアンモニウムの初期同化機構

サイトゾル型グルタミン合成酵素1;2(GS1;2)とNADHグルタミン酸合成酵素1(NADH-GOGAT1)が機能する.NADH-GOGAT1はシンク器官での窒素の再利用でも重要な機能も果たしている(出典:T. Yamaya & M. Kusano: J. Exp. Bot., 65, 5519 (2014),一部改変).Glu,グルタミン酸;Gln,グルタミン;2-OG,2-オキソグルタル酸.

イネの老化器官からシンク器官への窒素転流機構

イネ葉の老化に伴う窒素転流は,穎果を構成する窒素の大部分を担うことから,生産性に直結する極めて重要な代謝である.葉身を構成する窒素の大部分は葉緑体に投資されており,老化過程における葉緑体は窒素の貯蔵器官と考えることができる.老化に伴う葉緑体タンパク質の分解の一部は,オートファジー(自食)機構により段階的に液胞に運ばれ,液胞で行われている結果が最近示された(9)9) S. Wada, Y. Hayashida, M. Izumi, T. Kurusu, S. Hanamata, K. Kanno, S. Kojima, T. Yamaya, K. Kuchitsu, A. Makino et al.: Plant Physiol., (2015), in press..生体高分子の異化反応で生じる窒素は,老化器官内で,最終的に篩管液を介して転流される窒素形態のグルタミンやアスパラギン(5)5) H. Hayashi & M. Chino: Plant Cell Physiol., 31, 247 (1990).に変換される.イネの葉身や葉鞘で発現するGS1とNADH-GOGAT遺伝子の主な分子種は,OsGS1;1OsNADH-GOGAT2であることが判明している(6)6) M. Tabuchi, T. Abiko & T. Yamaya: J. Exp. Bot., 58, 2319 (2007)..これらの遺伝子発現は,ともに維管束組織の,篩管への物質ローディング機能をもつ篩部伴細胞や篩部柔細胞などに特異的であり,窒素転流への関与が示唆されていた.この仮説を証明するために,逆遺伝学的手法を用いた.Tos17挿入によるOsGS1;1遺伝子破壊変異体は,極端な成育遅延と成育抑制が認められ,ほぼ致死的な表現型を示した(10)10) M. Tabuchi, K. Sugiyama, K. Ishiyama, E. Inoue, T. Sato, H. Takahashi & T. Yamaya: Plant J., 42, 641 (2005)..この変異体の維持はヘテロ接合体のみで可能であり,次世代における分離を利用して,ホモ接合体を実験ごとに選抜して用いた.この変異体は,茎数の減少はあまり認められなかったものの,すべての茎に止葉のような葉が1枚着生するような表現型を示した.野生型に比較して変異体は1カ月以上遅く出穂したが,稔実はできなかった.これらの表現型は,OsGS1;1 cDNAの導入により相補されたことから,GS1;1は老化器官からの主な転流窒素形態であるグルタミンやアスパラギンの合成に,極めて重要な機能を担っていることが判明した.変異体が非常に厳しい表現型を示したことは,GS1;1の機能がいかにイネの成育や生産性に重要であるかを物語っている.OsGS1;1遺伝子破壊変異体のメタボローム解析を行ったところ,グルコースやフラクトースなどの糖類や糖リン酸の著増と,アミノ酸や有機酸の減少が認められ,C代謝とN代謝のバランスが極端に崩れていることがわかった(11)11) M. Kusano, M. Tabuchi, A. Fukushima, K. Funayama, C. Diaz, M. Kobayashi, N. Hayashi, N. Y. Tsuchiya, H. Takahashi, A. Kamata et al.: Plant J., 66, 456 (2011)..余剰となった炭素は,イネでは通常蓄積しないシキミ酸やキナ酸などの代謝物として蓄積していた.このように,GS1;1はイネの正常な成育にとって,最も重要な位置を占めていると言っても過言ではない.このGS1;1と供役するのがNADH-GOGAT2であり,OsNADH-GOGAT2遺伝子破壊変異体は一穂当たりの粒数の減少を招いた(12)12) W. Tamura, S. Kojima, A. Toyokawa, H. Watanabe, M. Tabuchi-Kobayashi, T. Hayakawa & T. Yamaya: Front. Plant Sci., 2, 57 (2011)..この表現型は,生殖成長期のイネの窒素欠乏状況に類似しており,生産性に占める窒素転流の重要性が改めて示された.窒素転流機構におけるGS1;1とNADH-GOGAT2の機能を,図2図2■イネの老化器官からの窒素転流機構に示した.なお,いずれの遺伝子破壊変異体も異なる表現型を示すことから,同じ触媒機能をもつほかの分子種は機能相補できず,イネでは,それぞれ独自の機能をもつことが証明された.長期にわたり,選抜されてきた作物としてのイネの特性かも知れない.なお,これらの研究に用いた遺伝子破壊変異体は,標的の遺伝子のみを破壊して,少なくとも関連の窒素代謝酵素遺伝子の発現に悪影響を及ぼしていないことは,すべて確認している.

図2■イネの老化器官からの窒素転流機構

GS1;1とNADH-GOGAT2が機能する(出典:T. Yamaya & M. Kusano: J. Exp. Bot., 65, 5519 (2014),一部改変).Glu,グルタミン酸;Gln,グルタミン;2-OG,2-オキソグルタル酸.

篩管液や道管液で高濃度に検出されるアスパラギンは,グルタミンからアスパラギン酸へのアミド基転移反応を触媒するアスパラギン合成酵素(AS)により合成されると考えられている(13)13) P. Lea, L. Sodek, M. A. J. Parry, P. R. Shewry & N. G. Halford: Ann. Appl. Biol., 150, 1 (2007)..イネには2種類のAS遺伝子がある.根では,AS1がアンモニウムイオンの初期同化後にアスパラギン合成を担っていることを,逆遺伝学的に証明できた(14)14) M. Ohashi, K. Ishiyama, M. Kusano, A. Fukushima, S. Kojima, A. Hanada, K. Kanno, T. Hayakawa, Y. Seto & J. Kyozuka: Plant Cell Physiol., 56, 769 (2015).OsAS2遺伝子は地上部での発現量が高いことから,老化器官におけるアスパラギン合成にはAS2がかかわっている可能性が高い(未発表).穂へ輸送されたグルタミンやアスパラギンは,穎果などシンク器官の発達に必要な代謝を行うために,大部分はまずグルタミン酸やアスパラギン酸に変換されると考えられる.この際,グルタミンの代謝には,穎果の背部大維管束組織の柔細胞や珠心突起・珠心表皮細胞に局在するNADH-GOGAT1が機能すると考えられる(15)15) T. Hayakawa, T. Nakamura, F. Hattori, T. Mae, K. Ojima & T. Yamaya: Planta, 193, 455 (1994)..一方,アスパラギンは,NADH-GOGAT1と同様に背部大維管束や珠心突起に局在しているアスパラギナーゼ2により,アスパラギン酸に変換されることが示唆されている(未発表).イネには,2種類のアスパラギナーゼ遺伝子があり,葉身ではアスパラギナーゼ1が主な分子種である結果が得られている.イネの維管束組織は,スベリン化が進んだ不透層で囲まれており,いわばストローやビニールチューブのような構造である.シンク器官へ長距離輸送されてきたグルタミンやアスパラギンは,この不透層の内側でグルタミン酸やアスパラギン酸へ変換された後に,穎果では胚乳などへ,また若い葉身では葉肉細胞へ輸送担体を介して輸送され,多くの生合成反応に利用されるものと考えられている.

穂や穎果への物質輸送のモデリングと代謝

イネには,穎果特異的に発現するOsGS1;3が存在する(6)6) M. Tabuchi, T. Abiko & T. Yamaya: J. Exp. Bot., 58, 2319 (2007).OsGS1;3遺伝子破壊変異体も獲得し,解析を進めているが,まだ明確な表現型が認められず,機能は明らかになっていない.穎果特異的なGS1;3は,登熟中の窒素代謝あるいは発芽過程における貯蔵タンパク質の分解や器官形成の場で機能していることが推察されるが,機能の証明には時間が必要である.イネ以外にも,トウモロコシやコムギなどでも穎果特異的なGS1の分子種が存在することはわかっており,重要な機能を担っているものと思われる.しかし,残念ながら現時点では答えが見いだせていない.

分子生理学的な手法とは全く異なる観点で,穎果への物質集積にかかわる数理モデルの構築も行った.気孔がある葉身などでは,根から道管を介して輸送される際の蒸散流が物質輸送に大きくかかわっている.しかし気孔がない穎果においては,篩管を介した送り手側(ソース)と受け手側(シンク)の圧力差や,シンクでの物質代謝(たとえば液体から固体への変換など)が物質輸送の駆動力になっていると考えられる.また,篩管のサイズや一次枝梗から二次枝梗に分かれる際の篩管の分岐やサイズの変化など,走査型電子顕微鏡での観察結果や過去の形態学的・生理学的な知見から多くのパラメーターを設定し,ショ糖の輸送に関するモデリングを行った(16)16) M. Seki, F. G. Feugier, X.-J. Song, M. Ashikari, H. Nakamura, K. Ishiyama, T. Yamaya, M. Ikeda, H. Kitano & A. Satake: Plant Cell Physiol., 56, 605 (2015)..このモデルをさらに最適化し,まだゲノム解読が完了していない多くのイネ科作物に適用できれば,将来,収量予測や肥培管理に有効になる可能性がある.今後は,重窒素によるパルスチェース実験も併用し,窒素輸送のモデリングにも挑戦することが期待される.

おわりに

通常,自然界で植物の成育を制御する最も重要な栄養素は,窒素である.一方で,栽培に適した選抜や品種育成がなされてきた作物では,様相は異なる.幼植物期のインド型イネの多くは,窒素飢餓状態になると地上部の成育を抑制し,根の伸長を促進して表面積拡大を図るが,栽培種の日本型イネでは,この反応が極めて鈍い(17)17) M. Obara, W. Tamura, T. Ebitani, M. Yano, T. Sato & T. Yamaya: Theor. Appl. Genet., 121, 535 (2010)..つまり,栽培種では窒素飢餓環境で育成されることはないので,この応答にかかわる遺伝子機能を無用とし,無駄を省く適応を示したとも考えられる.同じことはGS1分子種にも言え,イネは最低限必要な数のGS1遺伝子を残したとも考えられる.事実,シロイヌナズナ(18)18) K. Ishiyama, E. Inoue, A. Watanabe-Takahashi, M. Obara, T. Yamaya & H. Takahashi: J. Biol. Chem., 279, 16598 (2004).やトウモロコシ(19)19) A. Martin, J. Lee, T. Kichey, D. Gerentes, M. Zivy, C. Tatout, F. Dubois, T. Balliau, B. Valot, M. Davanture et al.: Plant Cell, 18, 3252 (2006).では,イネ以上のGS1分子種が存在しており,一部は重複する機能をもっている可能性があるが,個々のアイソザイムがもつ機能は必ずしも明確にはされていない.野生イネなどにおける窒素代謝の解析も,今後,興味深い.

本稿で述べたように,イネのOsGS1OsNADH-GOGAT分子種の遺伝子破壊変異体は,穂数や粒数を減らしてでも,次世代の稔性がある種子を懸命に残す表現型を示した.一方で,OsGS1;1変異体は,GS1;1があまりにも成長・登熟に重要であり,ライフサイクルを完了できない表現型であった.つまり,成熟葉身におけるグルタミン合成の機能は,ほかの代謝や形態形成にとって,極めて重要な位置にあることを示唆している.ほかの代謝とのバランスを保ちつつ,窒素利用効率を高める機構の解明が,今後の大きな課題であろう.

Acknowledgments

本研究の推進にあたり,筑波大学の草野都博士や,東北大学大学院農学研究科植物細胞生化学分野のスタッフや多くの大学院生に協力していただいた.心から,感謝する.

Reference

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