テクノロジーイノベーション

納豆菌の育種による納豆の差別化と品質向上

Hiroshi Takemura

竹村

株式会社ミツカン中央研究所 ◇ 〒470-8585 愛知県半田市中村町二丁目6番地

Central Research Institute, Mizkan Corporation ◇ Nakamura-cho 2-6, Handa-shi, Aichi 475-8585, Japan

Published: 2015-10-20

はじめに

私が所属するミツカン(Mizkan)グループは,食酢を中心とした調味料などの製造販売事業を行っている食品メーカーであり,1804年の創業から200年以上の歴史をもつ.この間,食酢,みりん,といった米を原料とする製品や,寿司,おにぎりなど,米飯メニューに用いる製品の製造販売を事業の中心に据えていた.一方,近年,事業の多角化を目指すなかで,米と並び日本の伝統的食文化において重要な位置を占める「大豆」を原料とした製品への取り組みも始め,その一つとして,1997年,家庭用納豆の製造販売事業に本格参入した.数ある大豆食品の中から納豆を選んだのは,食酢醸造で培った菌の育種や発酵技術が生かせる分野と考えたからである.このような経緯で納豆事業に参入したため,ミツカングループは,納豆業界においては,新規参入の立場である.そのため,工夫なく納豆を作っているだけでは,既存のメーカーのなかに埋もれてしまう恐れがあった.また,ミツカンブランドは,食酢との結びつきが強いので,それを払拭する必要もあった.そこで,われわれは,ミツカンの納豆ブランドを確立するため,既存の納豆とは異なる特徴ある差別化された納豆の開発に,納豆事業参入時から一貫して取り組み続けた.本稿では,このような取り組みのなかで生まれた商品開発,品質改善の事例を紹介する.

納豆および納豆菌について

納豆の商品開発について述べる前に,納豆およびその発酵に用いられる納豆菌について簡単に紹介する.納豆は,日本の代表的な大豆発酵食品であり,食塩を含まない無塩発酵食品であることが,ほかの大豆発酵食品である味噌や醤油と大きく異なる点である.明治時代以前の納豆は,大豆煮豆を稲わらに包んで保温することにより発酵生産されていた.稲わらには納豆菌がおり,種菌の供給源としての役割をもつと同時に,発酵に必要な通気性,保温性のよい容器としての働きも担う.現在の納豆は,納豆菌の種菌を接種した大豆煮豆を容器に充填した後,発酵室(むろ)内で,約1夜保温することにより生産される.保温中に納豆菌が,納豆の特徴であるネバネバ(γ-ポリグルタミン酸)成分や,独特の香りの原因となる各種香気成分を生産し,煮豆を納豆に変える.発酵が終了した納豆は,熟成(冷蔵)を経た後,包装,出荷される.

納豆菌は,明治時代に沢村 真博士により初めて分離され,Bacillus nattoと命名された(1)1) フーズ・パイオニア:“納豆沿革史”,全国納豆共同組合連合,1975..しかし,現在B. nattoは,枯草菌(Bacillus subtilis)と分類学的に差がないとされており,あえて「納豆菌」を定義するとすれば,γ-ポリグルタミン酸の生産能力が高く,大豆煮豆を納豆に変えるのに適した「枯草菌」と言える.大正時代に入ると,北海道大学の半澤 洵教授が,純粋培養による納豆菌の種菌の製造技術を確立し,納豆製造を行っていた宮城野納豆製造所の三浦二郎氏とともに,その普及に尽力した(1)1) フーズ・パイオニア:“納豆沿革史”,全国納豆共同組合連合,1975..2人が普及させた納豆種菌は,宮城野菌,または,三浦菌と呼ばれ,現在でも日本全国の納豆メーカーで広く使用されている.特に,われわれが納豆事業に参入した当初は,ほとんどの納豆メーカーが宮城野菌を使用していたため,安定した品質の納豆が全国で生産,販売されていた.しかし,結果として,納豆の品質が均一化し,商品の差別化を難しくする原因になっていた.そのため,納豆の差別化は,原料大豆(大粒,小粒,極小粒,ひきわり,国産,有機,黒豆など),添付のたれなどを通じて行われることが多かった.一方で,優秀な種菌を購入できたので,納豆メーカーにとって納豆菌は,種菌メーカーから購入する原料という位置づけになっていた.このことは,納豆菌が納豆の原材料表示に記載されていることからもよくわかる.醤油,ヨーグルト,食酢など,ほかの発酵食品の原材料表示に酵母,乳酸菌,酢酸菌などと記載されていないのと好対照で,どちらかというとパンの原材料にパン酵母と書かれているのに近い.このような背景があるため,納豆菌自体を改良し,特徴ある差別化された納豆を開発するという考え方が,納豆業界にあまりなかった.

ミツカンの取り組み

前述のとおり,ミツカングループは,微生物を利用した醸造事業を長く行っていたので,差別化された品質の納豆の開発を納豆菌の改良を通じて行うこととした.さらに,納豆は,健康イメージが強い食品であるので,いわゆる健康機能の強化も目標とした.

低臭納豆の開発(2)2) 竹村 浩:“納豆の科学”,建帛社,2008, p. 107.

納豆は,糸引きとともに,その臭いに特徴がある.納豆好きな人には食欲をそそる臭いであるが,かなり好き嫌いが分かれる臭いであり,納豆が敬遠される原因の一つになっていた.われわれは,納豆の消費拡大を狙い,臭いを抑えた納豆の開発を試みた.低臭納豆の開発は,古くから納豆業界の課題とされており,われわれが納豆事業に参入した1997年時点でもかなり検討がされ,ある程度商業的に成功している商品もあった.しかし,それらのほとんどは,アンモニア臭を減らす,という切り口で行われているものであった.納豆臭の原因物質に関する研究は,1960年代から行われており,ピラジン類,ジアセチル,アセトイン,短鎖分岐脂肪酸(イソ酪酸,イソ吉草酸,2-メチル酪酸)などが候補として報告されていた.一方,アンモニア臭は,発酵が過剰であった場合や,製造後の納豆の温度管理が悪く2次的に発酵が起こったときに生じる異臭と認識されていた.したがって,差別化品質の実現というよりは,後述する基本品質の保持が目的であるといえる.そのため,われわれは,アンモニアではなく,強烈な臭いをもった短鎖分岐脂肪酸削減を切り口に低臭納豆の開発を進めた.

われわれが低臭納豆の開発に着手した当時,納豆菌の短鎖分岐脂肪酸の合成経路は明らかになっていなかったが,枯草菌の代謝系を参考に,分岐アミノ酸から,分岐脂肪酸の合成系を介して副生されると推定した(図1図1■短鎖分岐脂肪酸の合成経路).納豆菌は,分類学上枯草菌であるので,ある程度カスタマイズが必要であったが,枯草菌で使用されている遺伝子組換え技術がほぼ適用できた.そこで,相同組換えによる遺伝子破壊で,分岐アミノ酸合成系酵素の欠損株を分離し,その短鎖分岐脂肪酸合成に及ぼす影響を調べた.その結果,ロイシン脱水素酵素遺伝子を破壊すれば,短鎖分岐脂肪酸が作られなくなること,短鎖分岐脂肪酸を含まない納豆が,低臭納豆といっていい品質をもつことを確認できた.遺伝子組換え菌で,育種の方向性に間違いがないことが確認できたので,実際の商品での使用を前提に,突然変異法により遺伝子組換え菌と同じ変異をもつ変異株を自社保有の納豆菌から改めて分離することとした.遺伝子組換えで得られたロイシン脱水素酵素欠損株が,合成培地での生育に短鎖分岐脂肪酸を要求するという特徴を有していたので,その要求性を利用してスクリーニングを行い,目的株を得た.得られた変異株を用いて生産した低臭納豆は,2000年に「金のつぶ におわなっとう」として商品化された.本納豆は,納豆の臭いが苦手な人だけでなく,納豆を食べた後の口臭が気になる人にも,いつでもどこでも食べられる便利な納豆として受け入れられ,発売15年を経た今も,ミツカングループの主力製品となっている.また,香りが弱くたれの香りを邪魔しないという利点があるため,たれに特徴がある商品や,納豆を用いた料理メニューの提案に利用されており,納豆の食べ方の多様化に寄与している.

図1■短鎖分岐脂肪酸の合成経路

柔らかい納豆の開発

低臭納豆は,遺伝子組換えによるモデル菌の作製,導入した変異の効果検証,突然変異法による実生産菌の育種,とかなり計画的に開発を行った.一方,たまたま得られた納豆菌が,大きな製品になるというラッキーなケースもある.非常に柔らかい納豆「金のつぶ 超柔らか納豆とろっ豆」に使用している納豆菌は,まさしくそのようなケースである.われわれは,変異による育種だけでなく,スクリーニングも実施しており,面白い特徴をもつ納豆菌は,将来の利用を考えて,冷凍保存している.そのなかに,納豆が今までにない柔らかさに仕上がる納豆菌がたまたま存在した.技術担当がマーケッターに納豆の現物を見せ,商品化を提案したところ,既存の納豆との差別化が可能と判断され,すぐに商品化を進めることになった.種菌の安定生産,納豆品質(柔らかさ)の管理には多少苦労したが,2007年に,本納豆を「金のつぶ 超柔らか納豆とろっ豆」として上市した.本商品は,今までにない柔らかな食感が消費者に受け入れられ,商品発売当初から主力商品となり,現在もその地位を維持している.

ビタミンK2(メナキノン)高生産納豆の開発(3)3) 竹村 浩:“納豆の科学”,建帛社,2008, p. 256.

われわれが行った調査によると,納豆の購入理由の1位は,「健康によいから」であった.この結果より,納豆は非常に健康イメージの強い食品であることがわかる.そこで,その健康イメージを強化した納豆の開発を行うこととした.納豆については,いろいろな健康上の効能が語られているが,比較的根拠が明確なものとして,骨を強くする効果があることが疫学調査の結果を通じて提唱されていた.また,納豆には,骨の代謝に深く関与する,カルシウム,ビタミンK2,イソフラボンが多く含まれている.そこで,われわれは,骨の強化を切り口に,その機能を高めた納豆の開発を行うこととした.また,機能を高める方法として,骨強化機能の科学的根拠がしっかりしており,納豆以外の食品にほとんど含まれず,大豆由来ではなく納豆菌が作る,ビタミンK2に焦点を当て,その高含有納豆を開発することとした.さらに,納豆のビタミンK2含量を増やすだけではなく,その増加が,骨を強化するうえで意味をもつことを動物実験,ヒト試験で検証した.

ビタミンK2は,2-メチル-1,4ナフトキノン環を基本骨格にもち,それにイソプレノイド側鎖が結合した構造をしている(図2図2■ビタミンK2の生合成経路).メナキノンにはイソプレノイド側鎖の長さの違う,メナキノン4~14がある.納豆菌が作るビタミンK2は,メナキノン-7(MK-7)である.ビタミンKは血液凝固に関与することが知られるが,骨の合成にも重要な働きをする.骨の原料であるカルシウムが骨組織に吸着されるには,骨芽細胞で合成されるオステオカルシンというタンパク質の働きが必要となる.ビタミンK2は,オステオカルシンを活性化(γ-カルボキシル化(Gla化))する反応の補酵素として働き,骨形成を促進する.そのため,メナキノン-4(MK-4)は,骨粗鬆症の治療薬として承認・発売されている.

図2■ビタミンK2の生合成経路

われわれは,ラットを用いた試験で,MK-7がMK-4と同等の骨形成促進作用を有することを明らかにした後に,通常の納豆(867 µg/100 g)および,納豆にMK-7を1.5倍量(1,295 µg/100 g),2.0倍量(1,730 µg/100 g)となるよう添加したものをラットに摂取させ,1.5~2.0倍量のMK-7を摂取することにより,骨を強くできる可能性があることを明らかにした.これらの結果を基に,MK-7高生産納豆菌で生産した納豆のMK-7含量目標を通常納豆の2.0倍に設定し,その育種を開始した.

一般に,発酵による物質生産の生産性を向上させる場合には,生産菌育種改良,培地改良,発酵条件検討の3つの観点から検討するが,今回の場合は,納豆の生産が前提となるという制限がある.培地は,大豆煮豆に限定されるので事実上変更できず,発酵条件も納豆の品質に影響を与えない範囲でしか変更できない.したがって,今回のMK-7高含有納豆の開発は,菌の育種のみで目的の生産性を達成しなければならないという難しさがあった.実際の育種は,以下のとおり行った.まず,文献情報を参考に,ビタミンK2合成中間体1,4-ジヒドロキシ-2-ナフトエ酸のアナログ化合物である,1-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸耐性変異を既存の自社納豆菌に導入し,キノン環の合成が強化された株を分離した(図2図2■ビタミンK2の生合成経路).さらに,芳香族アミノ酸がMK-7の生産を抑制することを見いだしたので,芳香族アミノ酸アナログ(p-フルオロ-D,L-フェニルアラニン,m-フルオロ-D,L-フェニルアラニン,β-2-チエニルアラニン)耐性変異を付与し,その抑制が解除された変異株を取得した(図2図2■ビタミンK2の生合成経路).その結果,所期の目標にほぼ近いMK-7生産性(1,719 µg/100 g納豆)を有し,かつ,納豆品質が親株と同等であるOUV23481株を得た.OUV23481株を用いて製造したMK-7高含有納豆の摂取により骨形成が促進されるか検証するためヒトで摂取試験を行い,OUV23481を用いて製造したMK-7を通常納豆の1.5倍含む納豆を1日1パック(50 g)食べれば骨形成マーカーであるGla化オステオカルシンが増加することを明らかにした.OUV23481を用いて製造した納豆「金のつぶ ほね元気」は,動物およびヒト試験の結果をもとに2000年に納豆として初めて特定保健用食品の許可を受けた.許可を受けた表示は,「本納豆は,納豆菌(Bacillus subtilis OUV23481株)の働きにより,ビタミンK2を豊富に含み,カルシウムが骨になるのを助ける骨タンパク質(オステオカルシン)の働きを高めるように工夫されています」である.本納豆は,納豆菌の育種と,その機能検証の組み合わせにより,単なるイメージだけでなく,科学的な根拠を伴った健康機能を有する差別化納豆として,現在も多くの消費者の支持を集めている.

基本品質の改善(4)4) S. Kada, M. Yabusaki, T. Kaga, H. Ashida & K. Yoshida: Biosci. Biotechnol. Biochem., 72, 1869 (2008).

最後に,納豆の基本品質向上への取り組みについて紹介する.上述のとおり,ミツカングループは,後発メーカーゆえに差別化納豆の商品化に取り組んできたが,大前提として基本的な品質が満たされていることが必要である.納豆は,生きた納豆菌を含む食品,すなわち,生ものなので,品質は時間とともに変化する.また,流通は品質保持のため冷蔵下で行われる.したがって,納豆基本品質維持,向上への取り組みは,生産,物流,営業など,すべての分野が連動して行う必要があり,研究開発部門も,納豆菌の開発を通じて取り組みを進めた.その一環として,食感劣化の原因となるストラバイト(MgNH4PO4·6H2O),異臭の原因となるアンモニア対策を納豆菌の育種を通じて行った.

ストラバイトが,形成,析出すると,食感が悪化する(シャリシャリする).また,白い粒々として表面に浮き出て,納豆の外観を損ねる.ストラバイトの形成は,冷蔵中も進むため,納豆の賞味期限を決定する要素の一つとなっている.大豆は,ストラバイトの構成成分となるリン酸をフィチン酸として含有している.枯草菌は,菌体外にフィチン酸分解酵素(フィターゼ)を分泌することが知られており,納豆菌もフィチン酸を分解する.そこで,納豆菌のフィターゼを欠損させることを考えた(図3図3■ストラバイト,アンモニアの合成経路).一方,異臭の原因となるアンモニアは,ストラバイトの構成成分でもあるので,アンモニア生産能の落ちた納豆菌を育種することにより,ストラバイト生成と,異臭発生を同時に抑制できると考えた.アンモニアを生成する代謝系は多くあるが,異臭の原因となるような過剰な発酵により発生するアンモニアは,アミノ酸が炭素源として代謝される過程で,尿素およびグルタミン酸の分解によって生じると推定した(図3図3■ストラバイト,アンモニアの合成経路).これらの仮説を検証するため,フィターゼ,ウレアーゼ,グルタミン酸脱水素酵素の欠損株を相同組換えによる遺伝子破壊で分離し,その影響を調べた.その結果,これらの遺伝子破壊でストラバイトの生成,過発酵時のアンモニア生成が抑制できることが確認できた.次に実生産での使用に向け突然変異法により前述の低臭納豆菌に,フィターゼ欠損変異,アルギニン非資化性変異(尿素由来のアンモニア抑制),プロリン非資化性変異(グルタミン酸由来のアンモニア抑制)を導入した.得られた変異株で製造した納豆では,冷蔵中のシャリ生成が抑制された.また,製造後納豆を常温に放置することにより起こるアンモニア発生も抑制された.本納豆菌は,現在低臭納豆の生産に使用されている.本菌の使用により,ストラバイト生成が抑制され,納豆の賞味期限を延長(8日→10日)することができた.また,アンモニアによる異臭発生の抑制にも貢献している.

図3■ストラバイト,アンモニアの合成経路

おわりに

以上,われわれが,納豆菌の育種改良を通じで行った納豆の商品開発を紹介した.普通の加工食品は,多くの材料の組み合わせで作られるため,一つひとつの素材が最終製品に極端に影響を及ぼすことが少ない.しかし,納豆は,煮豆を納豆菌で発酵するという非常に単純な構成のため,納豆菌の特徴がそのまま納豆の特徴になる.さらに,納豆菌は,枯草菌であるため,枯草菌の生化学的,遺伝学的な知見を利用できるという利点がある.そのため,納豆は,微生物の改良を通じた商品開発がやりやすい食品であるといえる.このような好条件があったことが,以上述べたような商品の差別化,基本品質向上を実現できた要因の一つだと考えている.そういう意味では,比較的特殊なケースを紹介したことになったかもしれないが,食品の技術開発に従事する方の参考になれば幸いである.

Reference

1) フーズ・パイオニア:“納豆沿革史”,全国納豆共同組合連合,1975.

2) 竹村 浩:“納豆の科学”,建帛社,2008, p. 107.

3) 竹村 浩:“納豆の科学”,建帛社,2008, p. 256.

4) S. Kada, M. Yabusaki, T. Kaga, H. Ashida & K. Yoshida: Biosci. Biotechnol. Biochem., 72, 1869 (2008).