Kagaku to Seibutsu 53(11): 802-804 (2015)
農芸化学@High School
アミガサハゴロモの研究―幼虫のロウ物質の構造と役割
Published: 2015-10-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
本研究は,日本農芸化学会2015年度(平成27年度)大会(開催地:岡山大学津島キャンパス)「ジュニア農芸化学会2015」において発表されたものである.アミガサハゴロモは,半翅目ハゴロモ科に属する昆虫で,本州,四国,九州の常緑照葉樹林に生息し,幼虫・成虫共に主にカシ類の葉や茎から吸汁して生活する.1~5齢幼虫は腹部先端からロウ物質を分泌し,このロウ物質は羽毛や花の雄しべに似た形になる(図1図1■アミガサハゴロモの幼虫).発表者は小学2年生のときにその不思議な姿を見て,ロウ物質の形が作られる仕組みや役割に興味をもった.図鑑で調べたが生態や形態に関する詳しい記述がなかったことから自分で調べようと考え,長年にわたって研究を続けてきたという.今回発表されたのはその最近の成果の一端である.
発表者はこれまでの研究においてロウ物質を実体顕微鏡と電子顕微鏡で観察し,先端部分が細かく裂けていることに気づいた.この観察結果に基づき,ロウ物質の一つの分泌孔の中にさらに小さな分泌孔が円形に並んでおり,ロウ物質はこれら複数の孔から分泌されることによって中空構造を形成するという作業仮説を立てた.
一方,光学顕微鏡での観察により,ロウ物質に光が当たった際に赤や青,緑に見える現象を発見した.ロウ物質が中空状に分泌される過程で形成される表面の微細な溝が回折格子となり,光の干渉が起こるのではないかと推測した.
今回の研究では上記の仮説を検証することを目的とした.すなわち,(1)ロウ物質は中空構造なのか,(2)ロウ物質に光が当たった際に色が見える現象はロウ物質の表面が回折格子として機能することによるのか,という点について調べることとした.さらに,それらの研究結果と,これまでの生態観察,形態観察の結果を総合して,ロウ物質の構造とその役割について考察することとした.
電子顕微鏡(その場計測電界放射型走査電子顕微鏡(FE-SEM)JSM-7001F(日本電子)など)を使用し,分泌孔とロウ物質の微細構造を観察した.
分泌孔を電子顕微鏡で観察した結果,直径約20 µmの一つの分泌孔の辺縁部に,さらに小さな14個の楕円形(長径約5 µm,短径約2.5 µm)の分泌孔が円形に連なって並んだ構造になっていることがわかった(図2図2■ロウ物質の分泌孔の構造).
ロウ物質を電子顕微鏡で観察した結果,仮説どおり中空構造になっていることが確認された(図3図3■ロウ物質の構造).ロウ物質の直径は約15 µmで膜厚は1 µmであった.ロウ物質の表面には不規則な粒状の凹凸が見られたが,回折格子として機能するような微細な溝は確認できなかった(図3図3■ロウ物質の構造).
電子顕微鏡による分泌孔とロウ物質の観察結果をもとにロウ物質の分泌モデルを新たに作成した(図4図4■ロウ物質の分泌モデル).ロウ物質1本分の分泌孔には14個の楕円形の分泌孔が円形に並んでいる.これらの分泌孔のそれぞれから棒状のロウ物質が分泌され融合することで1本のストロー状(直径約15 µm)の中空構造が生成するものと考えられた.