農芸化学@High School

アミガサハゴロモの研究幼虫のロウ物質の構造と役割

藤田

浜松日体高等学校 ◇ 〒431-3125 静岡県浜松市東区半田山三丁目30番1号

Hamamatsu Nittai High School ◇ Handayama 3-30-1, Higashi-ku, Hamamatsu-shi, Shizuoka 431-3125, Japan

Published: 2015-10-20

本研究は,日本農芸化学会2015年度(平成27年度)大会(開催地:岡山大学津島キャンパス)「ジュニア農芸化学会2015」において発表されたものである.アミガサハゴロモは,半翅目ハゴロモ科に属する昆虫で,本州,四国,九州の常緑照葉樹林に生息し,幼虫・成虫共に主にカシ類の葉や茎から吸汁して生活する.1~5齢幼虫は腹部先端からロウ物質を分泌し,このロウ物質は羽毛や花の雄しべに似た形になる(図1図1■アミガサハゴロモの幼虫).発表者は小学2年生のときにその不思議な姿を見て,ロウ物質の形が作られる仕組みや役割に興味をもった.図鑑で調べたが生態や形態に関する詳しい記述がなかったことから自分で調べようと考え,長年にわたって研究を続けてきたという.今回発表されたのはその最近の成果の一端である.

図1■アミガサハゴロモの幼虫

(A)幼虫の姿,(B)ミミズバイ雄しべに似た構造のロウ物質を分泌した幼虫,(C)羽毛に似た構造のロウ物質を分泌した幼虫.

本研究の目的・方法・結果・考察

目的

発表者はこれまでの研究においてロウ物質を実体顕微鏡と電子顕微鏡で観察し,先端部分が細かく裂けていることに気づいた.この観察結果に基づき,ロウ物質の一つの分泌孔の中にさらに小さな分泌孔が円形に並んでおり,ロウ物質はこれら複数の孔から分泌されることによって中空構造を形成するという作業仮説を立てた.

一方,光学顕微鏡での観察により,ロウ物質に光が当たった際に赤や青,緑に見える現象を発見した.ロウ物質が中空状に分泌される過程で形成される表面の微細な溝が回折格子となり,光の干渉が起こるのではないかと推測した.

今回の研究では上記の仮説を検証することを目的とした.すなわち,(1)ロウ物質は中空構造なのか,(2)ロウ物質に光が当たった際に色が見える現象はロウ物質の表面が回折格子として機能することによるのか,という点について調べることとした.さらに,それらの研究結果と,これまでの生態観察,形態観察の結果を総合して,ロウ物質の構造とその役割について考察することとした.

方法

電子顕微鏡(その場計測電界放射型走査電子顕微鏡(FE-SEM)JSM-7001F(日本電子)など)を使用し,分泌孔とロウ物質の微細構造を観察した.

結果

1. 分泌孔の構造

分泌孔を電子顕微鏡で観察した結果,直径約20 µmの一つの分泌孔の辺縁部に,さらに小さな14個の楕円形(長径約5 µm,短径約2.5 µm)の分泌孔が円形に連なって並んだ構造になっていることがわかった(図2図2■ロウ物質の分泌孔の構造).

図2■ロウ物質の分泌孔の構造

2. ロウ物質の構造

ロウ物質を電子顕微鏡で観察した結果,仮説どおり中空構造になっていることが確認された(図3図3■ロウ物質の構造).ロウ物質の直径は約15 µmで膜厚は1 µmであった.ロウ物質の表面には不規則な粒状の凹凸が見られたが,回折格子として機能するような微細な溝は確認できなかった(図3図3■ロウ物質の構造).

図3■ロウ物質の構造

考察

1. ロウ物質の生成機構

電子顕微鏡による分泌孔とロウ物質の観察結果をもとにロウ物質の分泌モデルを新たに作成した(図4図4■ロウ物質の分泌モデル).ロウ物質1本分の分泌孔には14個の楕円形の分泌孔が円形に並んでいる.これらの分泌孔のそれぞれから棒状のロウ物質が分泌され融合することで1本のストロー状(直径約15 µm)の中空構造が生成するものと考えられた.

図4■ロウ物質の分泌モデル

2. ロウ物質の色が見える仕組み

当初,ロウ物質の表面には分泌孔からロウ物質が分泌される際に微細な溝が形成されると推測していたが,実際にはそのような溝は観察されなかった.このことから,ロウ物質に光が当たった際,赤や青,緑に見える現象は,ロウ物質表面が回折格子として機能することによるものではないと考えられた.色が見える現象は光の干渉によるものではなく,光の屈折によるものである可能性が考えられる.試料が小さく屈折率の計測が不可能であったため,この点の検証は今後の課題として残されている.

3. ロウ物質の役割

これまでの生態調査から,アミガサハゴロモの幼虫は高いジャンプ力をもっており,擬態が見破られた際には高くジャンプして敵から逃走することがわかっている.幼虫が逃走する際には,(1)ジャンプ中で軌道を変えることなく逃走する,(2)ジャンプの軌道上一番高い位置でロウ物質を開いてゆっくりと着地する,(3)風が吹いているときにはロウ物質を開いて風に乗り,さらに遠くへ逃げる,という3つのパターンがあることを観察により確認している.中空構造で軽いロウ物質を空気抵抗の大きい形に開くことにより,ジャンプをしただけの軌跡とは異なる動きをとることが可能になり,これによって捕食者の目を欺いて逃げることが可能になる.このように,幼虫のロウ物質は擬態によって身を守ることに寄与しているだけでなく,高度な逃走技術にも寄与していると考えられる.

アミガサハゴロモの近縁種であるビワハゴロモには,幼虫・成虫ともに腹から太いロウ物質を分泌するものが多い.ビワハゴロモはロウ物質の苦味を防衛に利用しているものと考えられる.一方,アミガサハゴロモの幼虫では,ロウ物質が擬態と逃走に寄与していると考えられる.近縁種が同じ物質を異なる目的で利用し,それぞれの生存競争を勝ち抜いてきたと考えられ,進化生物学的にも興味深い.

本研究の意義と展望

身近な生き物の独特な形態形成機構の一端を明らかにするとともに,形態と行動の観察に基づいてそのユニークな生存戦略を解き明かしつつある研究で,生物学的にたいへん興味深い成果が得られている.特に発表者の鋭い洞察力と優れた考察力に感銘を受けた.幼い頃に抱いた興味や疑問をもち続け,深く追求している発表者の姿は,多くの研究者に自身の初心を思い出させるものであろう.研究のますますの発展とともに,発表者の今後の大いなる飛躍を期待したい.

(文責「化学と生物」編集委員)