Kagaku to Seibutsu 53(11): 805 (2015)
書評
Lauren Sompayrac(著),桑田啓貴,岡橋暢夫(訳)『免疫系のしくみ―免疫学入門―』第4版(東京化学同人,2015年)
Published: 2015-10-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
本書は,アメリカで広く使われている免疫学の教科書How the immune system worksの翻訳である.専門的な術語の使用は極力避けられており,講義形式で非常にわかりやすい.また,全体像を理解させることに主眼を置き,例外はなるべく記述しないという方針が貫かれている.一般に学者は例外を好む.教科書の定型的な記述を疑い,隙あらばそれを覆そうと考えている.だからわかりやすく言い切る形で記述しなければならない教科書を書くのが難しいわけであるが,本書はこの点を見事にクリアしている.
時に比喩が挿入されているのも非常に効果的である.たとえば,リンパ球を活性化するために必要な刺激が2種類必要であることを,金庫の扉をあけるのに2つの鍵が必要であるとうまく言い表している.また,抗原をT細胞に提示させているメカニズムを,ホットドッグをパンにはさんだ写真を使って説明しているのもアメリカならではのもので面白い.そして,最後の章では,アメリカの防衛システムと免疫系を比較しながら,知識の総まとめをしようとしている.さらに,時に挿入されている研究の背景となるエピソードもなかなか効果的である.クラゲに刺されたとき,死ぬ人と死なない人がいるが,この現象は研究する価値があるのではないかとモナコ王子が発した疑問からアナフィラキシーショックの研究が進んだエピソードなどがそうである.学問は,基本的に生身の人間が疑問に思っていることを解決しようと努力し,発展してきたものであり,このような背景の理解により,その重要性の理解が深まるものである.
また,第2章から第3,4,6章まで章ごとに挿入されているまとめの図もわかりやすい.章ごとに新たに説明した細胞の種類が加わっていき,まとめの図の細胞がだんだん増えていく.そして,最後の第6章の図には,これまで述べられた細胞がすべて含まれるということになる.この手法により,免疫学の複雑な細胞ネットワークの全貌をわかりやすく一望できる.また,わかりやすいという点では,各章にはその前の章のまとめが記載されていること,また重要な個所が青字でハイライトされていることも非常に評価できる.
さらに,翻訳本は,訳文が非常に重要である.この点に関して,本書の訳文は,非常にわかりやすい日本語になっており,スムーズに読み進めることができる.
褒めてばかりではなく,あえての意見を言わせていただくとすると,章末問題があるのは良いが,やはり解答をつけてほしいと思う.たとえば,解答については何ページ参照とか,あるいはキーワードを示すとかだけでもよい.筆者は,問題を見てもう一度読み直させる意図だとは思うが,簡単な解答があるとたいへん助かる.
本書は,免疫学の俯瞰に非常に適した本であり,免疫の初学者ばかりでなく,免疫学をある程度理解した人や,免疫学を教える立場の人が読むのにも適している.ただし,専門的な術語が少ないという点は,本書の長所であるとともに限界があることも十分理解すべきである.この本だけで事足りる読者もいれば,必要に応じて,ある程度術語を含んだ教科書を併読しなければならない読者もいると思う.本書の使い方には,第2章から第10章まで2,3日で読めると書かれている.1週間ぐらいで全体を一気に読ませ,免疫学の概観をつかませるという感じの教科書だと思う.