巻頭言

実験動物個体を用いた栄養学研究の中で思うこと

Fumihiko Horio

堀尾 文彦

名古屋大学大学院生命農学研究科 ◇ 〒464-8601 愛知県名古屋市千種区不老町

Graduate School of Bioagricultural Sciences, Nagoya University ◇ Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya-shi, Aichi 464-8601, Japan

Published: 2015-11-20

私が大学4年(38年前)の卒論研究で農芸化学科栄養化学研究室を希望したのは,「食と健康」にかかわる実験研究に触れたいという理由からである.卒業して大学院修士課程に進学し,さらに,折りしもこの時期はオイルショックと重なっていたことも影響してか博士課程に進学した.大学院生時に行った研究は,ラットにおける生体異物(xenobiotics)摂取によるアスコルビン酸(AsA,ビタミンC)の代謝変動の解析である.体内でAsAを生合成できる正常ラットは,多種類の生体異物投与により生合成経路のある一つの酵素を誘導してAsAレベルを上昇させることを明らかにした.

その後,助手として職を得たので,AsA生合成不能動物を用いてビタミンCの疾患にかかわる生理機能を探求したいと思った.ちょうどそのときに突然変異によりAsA生合成不能のODSラットを栄養学実験に初めて使用できるチャンスを得たことにより,実験動物の遺伝学的背景に注目するようになった.ラットは栄養学的データの蓄積が最も豊富な実験動物であること,さらにODSラットは近交系統という遺伝学的利点も持ち合わせていたことから,ODSラットを用いた研究成果は自分が予期した以上に論文としてアクセプトされやすいという恩恵を受けた.その後,ODSラットやマウス個体を用いて種々の食餌条件における代謝変動を解析する栄養学的研究を進めていくうちに,観察された現象のメカニズムをどのような手法で明らかにするかについて頭を悩ますことが多くなった.

そのようなときに,海外の研究室で2年弱を過ごす機会を大学から与えてもらった.その研究室では,多くのモデルマウスを自前で交配・繁殖して遺伝解析や表現型解析を分子レベルで行って白黒のはっきりした結果を得るというこれまでに経験したことのない研究スタイルを学ぶことができた.それと並行して,栄養学的影響の強い生活習慣病のモデル動物から未知の疾患遺伝子を同定している国内外の研究成果をむさぼり読んだ.その結果,自分自身も,糖尿病や脂質代謝異常の新規なモデルマウスを使って,一定の栄養条件下でそれらの疾患の遺伝因子を探求していく研究を約15年前から始めることができた.マウスを交配して新たな系統を作出し,その表現型を解析する作業には思いのほか時間がかかることを痛感しながらも,自分の研究室にしかない系統の解析を行って新知見を得ることの喜びを感じている.これらの研究とともに,初めて職を得てから4カ所の研究室を経ながらODSラットやマウスを使ってビタミンCやほかの栄養因子と生体との相互作用の検討を継続し,さらにはまだ到達していない目的の遺伝因子の単離を目指している.正直,30年前と変わらず動物個体で見いだした現象のメカニズムを分子レベルで明らかにすることは難しい.けれども,動物個体を用いた異なるタイプの研究を経験できたおかげで,見いだした現象の機構を解析するうえで以前とは違った見方で臨めるようになり,研究に対するモチベーションも楽しさも増した.現在,研究室の全員の学生が動物個体を用いて実験を行っていることを,これからも研究室の特徴として維持し,学生たちにこのような研究スタイルの利点ばかりでなく問題点についても自分なりに時間をかけて伝えていこうと思っている.