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超耐熱性βグルコシダーゼの結晶構造解析いかにして高品質結晶を調製するか

Makoto Nakabayashi

中林

岡山大学大学院自然科学研究科 ◇ 〒700-8530 岡山市北区津島中三丁目1番1号

Graduate School of Natural Science and Technology, Okayama University ◇ Tsushimanaka 3-1-1, Kita-ku, Okayama-shi, Okayama 700-8530, Japan

Kazuhiko Ishikawa

石川 一彦

独立行政法人産業技術総合研究所バイオマスリファイナリー研究センター ◇ 〒739-0046 広島県東広島市鏡山三丁目11番32号

Biomass Refinery Research Center, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST), Japan ◇ Kagamiyama 3-11-32, Higashi-Hiroshima-shi, Hiroshima 739-0046, Japan

Published: 2015-11-20

結晶とは原子や分子が周期性を有して規則正しく並んだもので,X線を照射して得られる回折像を解析することで分子や原子の電子密度図が得られる.得られる電子密度の確からしさは結晶の質に依存するため結晶構造解析には高品質の結晶が望まれる.高品質結晶を得るための第一歩は高純度なタンパク質標品を得ることであるが,それ以外にも課題が散見される.一つの方法として,強固な結晶パッキングを形成させるため,タンパク質分子の強固な構造領域のみを選び出して結晶化する方法(1,2)1) D. Pantazatos, J. S. Kim, H. E. Klock, R. C. Stevens, I. A. Wilson, S. A. Lesley & V. L. Woods, Jr.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 751 (2004).2) G. Spraggon, D. Pantazatos, H. E. Klock, I. A. Wilson, V. L. Woods, Jr. & S. A. Lesley: Protein Sci., 13, 3187 (2004).がある.また,表面エントロピー減少法(3)3) Z. S. Derewenda: Structure, 12, 529 (2004).と呼ばれる方法では,多様なコンフォメーションを取り得るアミノ酸側鎖を除去することで結晶のパッキングを向上させる.そして,もう一つの方法は人工的対称化法(4,5)4) D. R. Banatao, D. Cascio, C. S. Crowley, M. R. Fleissner, H. L. Tienson & T. O. Yeates: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 16230 (2006).5) A. Laganowsky, M. Zhao, A. B. Soriaga, M. R. Sawaya, D. Cascio & T. O. Yeates: Protein Sci., 20, 1876 (2011).である.一般に多量体構造を形成するタンパク質は容易に結晶化されることが知られており,タンパク質を人工的に多量体化させ結晶化に成功したという事例(6)6) H. Yamada, T. Tamada, M. Kosaka, K. Miyata, S. Fujiki, M. Tano, M. Moriya, M. Yamanishi, E. Honjo, H. Tada et al.: Protein Sci., 16, 1389 (2007).も存在する.

本稿では,超好熱性アーキアであるPyrococcus furiosus由来の耐熱性酵素βグルコシダーゼ(BGLPf)の結晶構造解析を取り上げる.BGLPfは高温下において安定で種々のセロオリゴ糖を完全に単糖にまで加水分解するため,セルロース系バイオマス糖化行程への応用が期待されている(7)7) M. W. Bauer, E. J. Bylina, R. V. Swanson & R. M. Kelly: J. Biol. Chem., 271, 23749 (1996)..1996年本酵素が発見されて以降,その結晶構造解析研究も長期にわたり行われてきた.本酵素は安定な多量体構造をとるため容易に結晶化され構造解析も容易であると予想されていたが,何事にも例外は存在するらしい.2000年Kaperらは本酵素の結晶調製に成功したが,その質が悪く構造解析およびモデル構築に至らなかった(8)8) T. Kaper, J. H. Lebbink, J. Pouwels, J. Kopp, G. E. Schulz, J. Oost & W. M. Vos: Biochemistry, 39, 4963 (2000)..2011年ようやく筆者らのグループ(Kadoら)が結晶に脱水処理を施すことで結晶の改良に成功,低分解能(2.35 Å)であるが本酵素のモデル構築に初めて成功した(9)9) Y. Kado, T. Inoue & K. Ishikawa: Acta Crystallogr. Sect. F: Struct. Biol. Cryst. Commun., 67, 1473 (2011)..2013年筆者らは独自の方法で本酵素の高品質結晶を調製し,高分解能の結晶構造解析に成功した(10)10) M. Nakabayashi, M. Kataoka, Y. Mishima, Y. Maeno & K. Ishikawa: Acta Crystallogr. D: Biol. Crystallogr., 70, 877 (2014)..その詳細を以下に述べる.

Kadoらが構造決定に成功したBGLPf結晶の空間群はP43212,非対称単位にサブユニットが4つ(四量体が一つ)含まれている(9)9) Y. Kado, T. Inoue & K. Ishikawa: Acta Crystallogr. Sect. F: Struct. Biol. Cryst. Commun., 67, 1473 (2011)..サブユニットをそれぞれA,B,C,Dとすると,BGLPf四量体には図1a図1■BGLPf四量体(a)およびBGLPf結晶のパッキング(b)に示されるように互いに直交する3本の非結晶学的2回対称軸が存在する.BGLPfが良い結晶にならない理由を探るため,筆者らはこの低品質の結晶パッキング構造を精査することにした.本酵素の結晶構造中には,四量体の維持ではなく,結晶を維持するための相互作用も見られる.下記に四量体分子間において考察する.サブユニットB–A間に見られる結晶維持の相互作用(図1b図1■BGLPf四量体(a)およびBGLPf結晶のパッキング(b))の接触面積は685.1 Å2これは比較的強固であり,結晶中に見られる43螺旋対称は,主にこの相互作用によりサブユニットBとAが連結されることで生じる.なお,この結晶ではサブユニットC–C間およびC–D間にも結晶成長に寄与する相互作用が見られ,c軸と直交する方向へ結晶を成長させるのであるが接触面積は小さく(300 Å2以下)相互作用は脆弱である.すなわち,c軸と直交する方向への結晶を維持する相互作用が不十分であるため結晶の質が悪いのであろうと考えた.また,そのほかの有意な接触および相互作用は見られなかった.ところで,ここに一つの疑問が生じる.結晶中でサブユニットB–A間に見られる相互作用はサブユニットD–C間には起こらないのだろうか.4つのサブユニットA,B,C,Dは本質的にすべて同じである.同じアミノ酸配列を有し,同じ構造をとる.それにもかかわらず,なぜ結晶中ではサブユニットBとAだけが広い面積で接するのだろうか.筆者らは試しにB–A間に見られたものと同様の相互作用がD–C間にも起こった場合を作図してみた(図2図2■結晶成長過程でサブユニットB–A間の相互作用がサブユニットD–C間にも起こった場合を想定する).サブユニットB–Aが連結されることにより生じる螺旋対称軸,D–Cが連結されることにより生じる螺旋対称軸,そして四量体に見られる非結晶学的な2回対称軸,ところが,これら3本が平行でないため良好な結晶パッキングはできないのである.ここでアナログ的実験を行ってみた.折り紙により四量体分子模型を造って図2図2■結晶成長過程でサブユニットB–A間の相互作用がサブユニットD–C間にも起こった場合を想定するを真似,B–AおよびC–D螺旋対称軸を造ってみた.すると,四量体分子模型を少し歪ませることでB–AおよびC–D螺旋対称軸を平行にして,良好な結晶パッキングを示す模型ができたのである(図3図3■架空の結晶模型).実際の四量体では螺旋対称軸と四量体に見られる2回対称軸とが平行ではないため図3図3■架空の結晶模型のような結晶はできない.しかし,仮に図3図3■架空の結晶模型に示す模型のように結晶が成長するのであれば,結晶を維持する相互作用は,四量体を維持する相互作用を除けばたった一つで良い.その一つというのはBGLPfの結晶のサブユニットB–A間に見られる相互作用である.結論を先に述べるが,筆者らはBGLPfの四量体構造において静電気的に強く相互作用しているアミノ酸3残基を見いだし,この相互作用を弱める目的で変異を導入し(BGLPf-M3),四量体構造を部分的にほぐすことで模型と同様の結晶を得ることに成功した(10)10) M. Nakabayashi, M. Kataoka, Y. Mishima, Y. Maeno & K. Ishikawa: Acta Crystallogr. D: Biol. Crystallogr., 70, 877 (2014)..本変異導入により,酵素の耐熱性は約10度低下したが,活性の低下は見られなかった.注目すべきは,予想どおり,BGLPf-M3の結晶が野生型BGLPf結晶よりも高品質であったことである.BGLPf-M3の分解能1.7 Å,空間群はC2,非対称単位にサブユニットが4つ(二量体が2つ)含まれていた.一見異なる結晶に思えたが,結晶のパッキングは先に紹介した模型(図3図3■架空の結晶模型)とそっくりである(図4図4■変異体BGLPf-M3の結晶構造).上述したように,模型の結晶およびBGLPf-M3の結晶は,四量体の形成に寄与する相互作用を除けば,たった一つの相互作用で維持されている.すなわち,結晶の多量体構造を犠牲にして,四量体構造を部分的に破壊することで,結晶のパッキングに寄与する接触面積を大きくすることにより結晶の高品質化および高分解能結晶構造解析に成功した.

図1■BGLPf四量体(a)およびBGLPf結晶のパッキング(b)

互いに直交する3本の2回対称を矢印と凸レンズ記号で示す(a).単位格子を長方形で,ベクトルa, cを赤い矢印で示す.非対称単位に含まれる四量体を空間充填モデルで,それ以外をリボンモデルで示す(b).

図2■結晶成長過程でサブユニットB–A間の相互作用がサブユニットD–C間にも起こった場合を想定する

図3■架空の結晶模型

BGLPf四量体の結晶成長過程で,仮にサブユニットB–A間に見られる相互作用がサブユニットD–C間にも起こり,なおかつ,2つの螺旋対称軸が平行であった場合.

図4■変異体BGLPf-M3の結晶構造

結晶中の非対称単位に含まれる4つのサブユニットP,Q,R,Sをそれぞれ赤,緑,青,黄で示す.この結晶は二通りの偽四量体PP′QQ′とRR′SS′から成る.結晶の空間群はC2であり,b軸はこの紙面に垂直である.野生型BGLPfに見られた43螺旋対称軸は形成されていない.

結晶構造解析の過程の中でも,高品質結晶の作成はボトルネックとして知られる.一般に多量体構造をとるタンパク質は結晶成長に寄与する相互作用が少なくて済むため,結晶化が容易である.しかしながらBGLPfでは強く結合した四量体構造が高品質結晶の成長の妨げとなったことが窺える.一般に多量体構造をとる安定なタンパク質は容易に結晶化されるということを否定した「逆転の発想」である.

Reference

1) D. Pantazatos, J. S. Kim, H. E. Klock, R. C. Stevens, I. A. Wilson, S. A. Lesley & V. L. Woods, Jr.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 751 (2004).

2) G. Spraggon, D. Pantazatos, H. E. Klock, I. A. Wilson, V. L. Woods, Jr. & S. A. Lesley: Protein Sci., 13, 3187 (2004).

3) Z. S. Derewenda: Structure, 12, 529 (2004).

4) D. R. Banatao, D. Cascio, C. S. Crowley, M. R. Fleissner, H. L. Tienson & T. O. Yeates: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 16230 (2006).

5) A. Laganowsky, M. Zhao, A. B. Soriaga, M. R. Sawaya, D. Cascio & T. O. Yeates: Protein Sci., 20, 1876 (2011).

6) H. Yamada, T. Tamada, M. Kosaka, K. Miyata, S. Fujiki, M. Tano, M. Moriya, M. Yamanishi, E. Honjo, H. Tada et al.: Protein Sci., 16, 1389 (2007).

7) M. W. Bauer, E. J. Bylina, R. V. Swanson & R. M. Kelly: J. Biol. Chem., 271, 23749 (1996).

8) T. Kaper, J. H. Lebbink, J. Pouwels, J. Kopp, G. E. Schulz, J. Oost & W. M. Vos: Biochemistry, 39, 4963 (2000).

9) Y. Kado, T. Inoue & K. Ishikawa: Acta Crystallogr. Sect. F: Struct. Biol. Cryst. Commun., 67, 1473 (2011).

10) M. Nakabayashi, M. Kataoka, Y. Mishima, Y. Maeno & K. Ishikawa: Acta Crystallogr. D: Biol. Crystallogr., 70, 877 (2014).