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細胞壁ペクチンのホウ酸架橋率は植物のホウ素欠乏の有用な診断指標となる作物のホウ素欠乏を迅速・的確に診断する技術

Toshiro Matsunaga

松永 俊朗

国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構中央農業総合研究センター ◇ 〒305-8666 茨城県つくば市観音台三丁目1番1号

Agricultural Research Center, National Agriculture and Food Research Organization (NARO), Japan ◇ Kannondai 3-1-1, Tsukuba-shi, Ibaraki 305-8666, Japan

Published: 2015-11-20

ホウ素(B)は,原子番号5(原子量10.8)の元素であり,炭素(原子番号6,原子量12.0)より原子番号が一つ小さい.ホウ素が植物の必須元素であることは,1923年に初めて報告されて以来,広く認められてきた.一方,動物ではホウ素の必須性を示唆する報告はあるものの認められるまでには至っていない.植物のホウ素必要量は,多量必須元素である窒素,リン,カリウムなどに比べてかなり少なく,ホウ素は鉄,マンガン,亜鉛などとともに微量必須元素の仲間である.ホウ素が欠乏した植物では,地上部や根の先端のような細胞伸長が盛んな部位の生育が阻害され,さまざまな外観症状が現れる.農業現場での作物のホウ素欠乏は世界各地で起きており,わが国では降水による溶脱が多い西南地域での発生事例が多い.実際,近年でも鹿児島県の農家圃場でマンゴーやソラマメのホウ素欠乏による障害が報告されている.農業現場では,病虫害や生理障害などさまざまな原因による作物生育障害が発生するが,外観症状などからホウ素欠乏が疑われる場合,ホウ素欠乏であるか否かを診断(1)1) R. W. Bell: Plant Soil, 193, 149 (1997).する必要がある.これまでは,まず作物体のホウ素含量を分析し,障害試料中の含量が健全試料に比べて少なければホウ素欠乏の可能性が大きいと考えた.次いで確定診断のために,ホウ素肥料の葉面散布・施肥試験やホウ素欠除条件での水耕栽培などを行う必要があるが,これには多くの時間と労力を要するという問題があった.

一方,植物のホウ素必須性が報告されて以後,長い間,植物体内における必須性の分子機構については不明であった.ほかの微量必須元素はイオン性であり,鉄,亜鉛など金属元素は,タンパク質や酵素の構成成分として酸化還元や加水分解反応などで機能する.それに対して,ホウ素は生理条件では中性のホウ酸分子として存在しており,ホウ酸はジオール基とエステル結合をつくりやすい性質をもつことから,ほかの微量元素とはかなり異なる分子機能が予想されていた.そこへ,1993年の京都大学間藤らによる細胞壁からのホウ素–多糖複合体の単離を契機として(2)2) 間藤 徹:化学と生物,35, 864 (1997).,ホウ素の主な機能は,細胞壁ペクチンのラムノガラクツロナンⅡ(RG-II)部分をホウ酸エステル結合により架橋して,細胞壁構造を安定化させることであることが,2005年頃までに明らかになった(3,4)3) M. A. O’Neill, T. Ishii, P. Albersheim & A. G. Darvill: Annu. Rev. Plant Biol., 55, 109 (2004).4) H. Funakawa & K. Miwa: Front. Plant Sci., 6, 223 (2015)..RG-IIは,ガラクツロン酸の直鎖に多種多様な構成糖からなる4種類の側鎖が結合した複雑な構造をもつペクチン性多糖であるが,ホウ酸はある側鎖の根元に位置するアピオースのジオール基とエステル結合することにより,ペクチン同士を架橋するのである.このホウ素の機能についての知見をもとにして,われわれは,細胞壁ペクチンのホウ酸架橋率を指標とする迅速で的確な作物のホウ素欠乏診断法を考案した(5)5) T. Matsunaga & T. Ishii: Anal. Sci., 22, 1125 (2006).図1図1■ホウ素(B)栄養レベル別の植物体内ホウ素の存在形態イメージと架橋率).ホウ素十分から欠乏限界の場合,ホウ素はペクチン架橋部位のすべてと結合し架橋率は1.0となり,余分なホウ素は水溶性として蓄積するのに対して,ホウ素欠乏の場合は,ホウ素は架橋部位の一部としか結合できず,その分,架橋率は1.0より小さくなる.したがって,ホウ酸架橋率の値からホウ素欠乏の有無や欠乏度合いを診断できるというものである.

図1■ホウ素(B)栄養レベル別の植物体内ホウ素の存在形態イメージと架橋率

架橋Bは,細胞壁ペクチンのRG-II部分同士を架橋しているB, 水溶性Bは,余分の水抽出されるB.「ホウ素欠乏」は,RG-IIの半分が架橋されている場合を例示.文献6より,許可を得て一部改変して転載.

このホウ酸架橋率を指標とするホウ素欠乏診断法の実用性を,黒変障害のソラマメを対象に検討した(6)6) 松永俊朗,樗木直也:土肥誌,85, 453 (2014)..近年,鹿児島県の農家圃場で発生しているソラマメ黒変障害は,莢内部の海綿状組織が黒変する生理障害で,その原因はホウ素欠乏であることが明らかにされている.そこで,現地圃場から採取した黒変障害莢の子実から調製した細胞壁をペクチン分解酵素で処理し,得られたホウ酸架橋RG-II(分子量10 k)と非架橋RG-II(分子量5 k)をサイズ排除高速液体クロマトグラフィーにより分離分析し,架橋率を求めた.その結果(図2図2■黒変障害のソラマメ莢中の子実のホウ酸架橋率),障害発生が見られない圃場の莢(すべて障害無)では,架橋率はほぼ1.0であったのに対して,障害が発生する圃場では,黒変障害の症状の程度,すなわちホウ素欠乏の度合いに応じて架橋率は0.4程度まで低下した.この結果は,ホウ酸架橋率が0.9程度の値より小さい場合はホウ素欠乏であること,およびその値が小さいほどホウ素欠乏の程度が大きいことを示している.このようにして,ホウ酸架橋率を指標とするホウ素欠乏診断法の現場適用性を実証することができた.

図2■黒変障害のソラマメ莢中の子実のホウ酸架橋率

障害発生圃のソラマメ莢を採取後,障害無,軽症,重症に分けた.障害無発生圃の莢は,すべて障害無.

これまで調べられたすべての維管束植物の細胞壁から,一定量のホウ酸架橋RG-IIが見いだされている.そのことから,より微量なホウ素がほかの機能を有している可能性は残されているものの,維管束植物でのホウ素の主な機能はペクチンのホウ酸架橋による細胞壁構造の安定化であると言って良い.したがって理論上,ホウ酸架橋率を指標とするホウ素欠乏診断法は,すべての維管束植物に適用可能であると考えられる.実際に,外観症状からホウ素欠乏が疑われたさまざまな現場作物に対して,ホウ酸架橋率を分析したところ,健全試料ではほぼ1.0であった.一方,障害試料では0.5程度まで低下している場合とほぼ1.0の場合があり,前者はホウ素欠乏であり,後者はホウ素欠乏ではないと診断した.このように,現在,さまざまな現場作物に対して,本診断法の適用性の検討を進めている.ホウ酸架橋率は,ホウ素欠乏程度に応じて低下するので,欠乏程度が比較的小さく,外観症状が現れない潜在的欠乏の診断も可能ではないかと考えている.

本診断法によりホウ素欠乏であることが判明すれば,直ちにホウ素肥料の葉面散布・施用など適切な対策をとれば良いし,ホウ素欠乏でないことが判明すれば,ほかの原因を探れば良い.筆者は20年ほど前に,ホウ素必須性の分子機構を知りたいという興味から,植物体内のホウ素の存在化学形態と動態・機能に関する研究を始めた.その中で得られた知見が,ホウ素欠乏診断法という形となって農作物生産に多少なりとも貢献できるようになればと思っている.また余談になるが,1923年にWaringtonが植物のホウ素必須性を水耕栽培で実証したときにはbroad bean(ソラマメ)が用いられた.今回,われわれが本診断法の実証に用いた作物も,期せずして黒変障害のソラマメであったが,何か因縁めいたものが感じられなくもない.

Acknowledgments

本研究の一部はJSPS科研費25450087の助成を受けたものです.

Reference

1) R. W. Bell: Plant Soil, 193, 149 (1997).

2) 間藤 徹:化学と生物,35, 864 (1997).

3) M. A. O’Neill, T. Ishii, P. Albersheim & A. G. Darvill: Annu. Rev. Plant Biol., 55, 109 (2004).

4) H. Funakawa & K. Miwa: Front. Plant Sci., 6, 223 (2015).

5) T. Matsunaga & T. Ishii: Anal. Sci., 22, 1125 (2006).

6) 松永俊朗,樗木直也:土肥誌,85, 453 (2014).