Kagaku to Seibutsu 53(12): 815-817 (2015)
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生合成に着想を得たインドールアルカロイドの新規合成法―複雑な天然物の全合成における骨格多様性の実現
Published: 2015-11-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
生物はその長い進化の過程で,さまざまな酵素反応を駆使して比較的単純な出発原料から多様な分子を生産する「分子組立ライン」を獲得してきた.特に,異なる酵素の作用によって,共通の中間物質を多様な分子骨格へと変換するしくみは,実に効率的で無駄がない.一方,有機合成化学者は,天然物の構造的な美しさや機能に魅せられ,その全合成に挑むのだが,通常は,単一の標的分子の合成に特化した戦略を練り,その全合成に向けて試行錯誤を繰り返す.その結果確立された合成法は,標的分子と骨格を共有する類縁体の合成を可能にするが,分子骨格そのものに多様性を与える全合成法,すなわち骨格多様性合成法の確立には至らない.そこで最近,北海道大学の大栗らのグループは,生合成経路として提唱されているデヒドロセコジンのDiels–Alder反応に着想を得て,骨格多様性を備えた見事なモノテルペンインドールアルカロイドの全合成法を開発した(1)1) H. Mizoguchi, H. Oikawa & H. Oguri: Nat. Chem., 6, 57 (2014)..この研究の着想と展開について解説したい.
図1図1■デヒドロセコジン(3)を共通中間体とするモノテルペンインドールアルカロイドの生合成仮説に示すように,トリプタミン(1)とイリドイドテルペンであるセコロガニン(2)から,strictosidineやpreakuammicineなど種々の中間体を経て合成されるデヒドロセコジン(3)を経由して,異なる基本骨格を有するモノテルペンインドールアルカロイドが生産される生合成経路が提唱されている(2)2) A. I. Scott: Acc. Chem. Res., 3, 151 (1970)..この仮説では,ジヒドロピリジン部位と2-ビニルインドール部位を併せ持つ共通中間体3から,異なる様式のDiels–Alder型[4+2]付加環化反応(図1図1■デヒドロセコジン(3)を共通中間体とするモノテルペンインドールアルカロイドの生合成仮説の囲み図参照)が進行することにより,それぞれAspidosperma型インドールアルカロイドであるtabersonine(4),およびIboga型インドールアルカロイドであるcatharanthine(5)が生成すると考えられている.一方,化合物3のジヒドロピリジン環上のエチル側鎖が脱水素化された化合物6からも,異なる形式の[4+2]付加環化反応によってandranginine(7)が生成すると考えられている(3)3) C. Kan-Fan, G. Massiot, A. Ahond, B. C. Das, H.-P. Husson, P. Potier, A. I. Scott & C.-C. Wei: J. Chem. Soc., Chem. Commun., 164 (1974)..
これらの分子変換を担う酵素はいまだ特定されていないが,ジヒドロピリジン部位を有する共通中間体を分岐点として,基本骨格の異なるモノテルペンインドールアルカロイドを生産するしくみを模倣することにより,骨格多様性を備えた新たな天然物合成法の創出が期待される.しかしながら,フラスコ内での再現には次に述べる問題を克服する必要があった.共通中間体であるデヒドロセコジンは不安定であり,生体内においては酵素によって安定化されていると考えられる.実際,これまでにデヒドロセコジンの単離や合成は達成されていない.さらに,酵素の助けを借りることなく,デヒドロセコジンのような複数の反応点を有する中間体から,化学・反応位置・立体化学を高度に制御して望みの反応のみを進行させることは極めて困難である.
そこで大栗らは,図2図2■ジヒドロピリジン(12)を共通中間体とするモノテルペンインドールアルカロイドの全合成に示すジヒドロピリジン置換インドール誘導体12をデヒドロセコジン(3)に対応する合成中間体として用いる手法を考案した.生合成中間体3では,ジヒドロピリジン上のエチル側鎖が酸化されて重合することが懸念される.一方,合成中間体12では,そのエチル基の代わりに電子吸引性のアシル基(COR)を導入することによりジヒドロピリジンを安定化するとともに,その反応性を制御することにより,中間体12から種々のDiels–Alder型[4+2]付加環化反応を選択的に進行させることができると考えた.また,アシル基上のR部位を不斉補助基とすることで,光学活性体の合成も可能となる.
鍵中間体12は,トリプタミン塩酸塩(1·HCl)と化合物8~10との多成分カップリングにより合成されるエニン11から,銅触媒を用いる6-endo環化反応(図2図2■ジヒドロピリジン(12)を共通中間体とするモノテルペンインドールアルカロイドの全合成の囲み図参照)によって温和な反応条件下で形成される(4)4) H. Mizoguchi, R. Watanabe, S. Minami, H. Oikawa & H. Oguri: Org. Biomol. Chem., 13, 5955 (2015)..この合成法では,種々のアルキニルカルボニル化合物10を組み合わせることにより,望みの環化反応へと導くのに最適なアシル置換基を導入することができる.不斉補助基Xcを有する前駆体11a(P=H, R=Xc)を45°Cで環化させると,生成するジヒドロピリジン12aから直接[4+2]付加環化反応が進行し,Iboga型生成物13を2段階収率48%で与えた.このとき,インドール窒素上の水素と2位ビニルエステルのカルボニル酸素の間で水素結合が形成されることにより,付加環化に有利な配座に固定されるとともに,ジエノフィルであるビニルエステルが活性化されると考えられている.環化生成物13からは,(−)-catharanthine(5)の不斉全合成が達成されている.
一方,インドール窒素がBoc基(CO2tBu)で保護された前駆体11b(P=Boc, R=OMe)を銅触媒によって環化させた後,ジヒドロピリジン上のより電子豊富な二重結合を選択的に水素化することにより,単離可能なテトラヒドロピリジン14が得られた.この化合物をマイクロ波照射条件下180°Cに加熱することにより,Boc基の除去とビニルインドールをジエンとする[4+2]付加環化反応が進行し,Aspidosperma型生成物15が61%収率で得られた.その後,4工程を経て15は(±)-vincadifformine(16)に変換されている.
さらに,Andranginine型骨格の構築を達成するため,ジヒドロピリジン上にアセチル基を導入した12c(P=H, R=CH3)が合成された.アセチル基をシリルエノールエーテル(C(OTIPS)=CH2)へと変換すると,17からシロキシジエンとインドール2位のアクリレート側鎖の間で[4+2]付加環化反応が室温で進行して望みの生成物18が得られ,最終的に(±)-andranginine(7)へと変換された.
このように大栗らは,モノテルペンインドールアルカロイドの生合成における共通の中間体として提唱されているデヒドロセコジン(3)をモチーフとして,より安定で反応性の制御が可能なアシル置換ジヒドロピリジン誘導体12を開発し,これをプラットフォームとして,Aspidosperma型,Iboga型およびAndranginine型骨格を選択的に構築する新規合成法を創出した.この骨格多様性を備えた合成法を駆使して,(−)-catharanthine(5),(±)-vincadifformine(16)および(±)-andranginine(7)の全合成に成功している.本研究ではさらに,光酸化還元触媒を活用したアシル置換ジヒドロピリジン誘導体12の環化反応にも取り組み,Ngouniensine型および関連する非天然型インドールアルカロイド骨格の構築にも成功しており,生体模倣型合成法の範疇を超えた合成展開の可能性も示されている.この報告を契機として,骨格多様性を追求した全合成法の研究がさらに発展すると期待される(5)5) J. Shimokawa: Tetrahedron Lett., 55, 6156 (2014)..