Kagaku to Seibutsu 53(12): 818-819 (2015)
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農薬散布とアスペルギルス薬剤耐性に関連はあるのか?―農薬とアスペルギルスの耐性化
Published: 2015-11-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
アスペルギルスは,自然環境中に偏在する糸状菌であるが,主に免疫抑制患者に感染して,難治性の呼吸器アスペルギルス症を引き起こす.近年,ヨーロッパの呼吸器アスペルギルス症の患者から,治療に使用されているアゾール系抗真菌剤に耐性化したAspergillus fumigatusの分離が増加している(1)1) P. E. Verweij, E. Snelders, G. Kema, E. Mellado & W. J. Melcher: Lancet Infect. Dis., 9, 789 (2009)..この理由として,臓器移植および抗がん剤治療例が増加しているが,それらの患者は免疫抑制状態に陥るため,呼吸器アスペルギルス症に罹りやすい.それに対してアゾール系抗真菌剤を長期投与例するため,耐性菌の発生増数が考えられていた.一方,1999年からオランダにおいてアゾール耐性のアスペルギルスの分離増加が認められていたが,同時期からアゾール系農薬の農地への使用量が増加しており,農薬による農地環境中に存在するアスペルギルスの耐性化が指摘されるようになった(1,2)1) P. E. Verweij, E. Snelders, G. Kema, E. Mellado & W. J. Melcher: Lancet Infect. Dis., 9, 789 (2009).2) M. Enserink: Science, 326, 1173 (2009)..アゾール系農薬および医療用アゾール系抗真菌剤はともに,その標的が真菌の細胞膜を合成するエルゴステロール合成酵素である.ヨーロッパの農業地域からのアゾール耐性アスペルギルス分離株は,そのエルゴステロール合成酵素遺伝子(CYP51A)に点変異が認められ,これは病院内で分離される抗真菌剤耐性株と共通する変異である(3,4)3) P. Bowyer & D. W. Denning: Pest Manag. Sci., 70, 173 (2014).4) L. Lelièvre, M. Groh, C. Angebault, A. C. Maherault, E. Didier & M. E. Bougnoux: Med. Mal. Infect., 43, 139 (2013)..そのため,European Centre for Disease Prevention and Control(ECDC)を中心に調査(http://www.life-worldwide.org/media-centre/article/ecdc-issues-risk-assessment-on-azole-resistance-in-aspergillus-from-environ/)を行っているが,アゾール系農薬と耐性菌による感染症との関係は,いまだはっきりしていない.特に,本邦における農薬使用と耐性菌については何も検討されていない.そこで,本研究はアゾール系農薬散布圃場環境からA. fumigatusの分離を行い,アスペルギルス性肺炎の治療に最も使用されている,アゾール系抗真菌剤イトラコナゾール(ITZ,図1図1■イトラコナゾールとテトラコナゾールの構造)に対する耐性株の調査を行った.
筆者の所属する日本大学生物資源科学部内の実習用圃場において,A. fumigatusの分離を行った.本圃場は,毎年カボチャの栽培を行っており,「うどん粉病」対策のため,アゾール系農薬のテトラコナゾールを決められた使用方法(38.7 mg/Lの濃度で100 L/100 m2の散布量)で,6月頃に1~2回の散布を15年ほど行っていた.採取法は,直径9 cmのシャーレにポテトデキストロース寒天培地を30枚作成し,それらを圃場5カ所の土壌面上に30分間放置して,空気中に飛散しているA. fumigatusを回収した.実施期間は,2013年の5月1日~7月7日で,農薬散布前,2回の農薬散布翌日および収穫までの8回行った.
その結果,2回目の農薬散布前までは分離数が増加しているが,その後は激減していた.つまりテトラコナゾールは,環境中アスペルギルスにも抑制的に働いていることが判明した(図2図2■各調査実施日におけるA. fumigatusの分離集落数).分離50株のITZに対する感受性試験を調べたところ,最少発育抑制濃度(MIC)の範囲は,0.19~1.5 mg/Lであり,耐性株の判定基準である2 mg/L(4)4) L. Lelièvre, M. Groh, C. Angebault, A. C. Maherault, E. Didier & M. E. Bougnoux: Med. Mal. Infect., 43, 139 (2013).を超える株は認められなかった.次に,検討した株で最もITZに対して低感受性を示した5株(MIC, 1.5 mg/L)のエルゴステロール合成酵素遺伝子(CYP51A)のシーケンスを行ったが,遺伝子変異は認められなかった.
以上の結果から,テトラコナゾールを適正量散布している圃場においては,アスペルギルスのアゾール耐性株が分離されないため,農薬による顕著な耐性化誘導には至っていないと考えられた.「うどん粉病」は,ブドウ,麦類,野菜,観賞用植物などに感染する,世界的に認められる農作物の真菌感染症で,その対策にはアゾール系薬剤が使用されている.テトラコナゾールは,代表的な「うどん粉病」防除の農薬で,日本を含めて世界的に使用されている.そのため,本調査には打ってつけの農薬として考えられた(図1図1■イトラコナゾールとテトラコナゾールの構造).本調査では,アゾール系抗真菌剤耐性アスペルギルスは分離されなかったが,アゾール系農薬は多種類存在し,世界中の農地で多量に使用されている.そのため,本調査は環境中のアスペルギルスの耐性化と農薬との関連について第一歩的な検討であり,今後はさらにほかの農薬やその投与量との関係についても調査を行わないと,耐性化について一概には結論が出ないと考えている.農薬については,人体への直接的な薬害および環境などへの影響など,さまざまな問題が取り沙汰されている一方で,世界人口が爆発的に増加している状況では,その食糧確保のためにはなくてはならない存在でもある.そのため,できるだけ問題にならない農薬の選択および使用法の検討が,必要であると考えている.
本論文は,筆者が報告した「Does farm fungicide use induce azole resistance in Aspergillus fumigatus?」(5)5) R. Kano, E. Kohata, A. Tateishi, S. Y. Murayama, D. Hirose, Y. Shibata, Y. Kosuge, H. Inoue, H. Kamata & A. Hasegawa: Med. Mycol., 53, 174 (2015).をもとに,邦文として加筆した.
Reference
2) M. Enserink: Science, 326, 1173 (2009).
3) P. Bowyer & D. W. Denning: Pest Manag. Sci., 70, 173 (2014).
4) L. Lelièvre, M. Groh, C. Angebault, A. C. Maherault, E. Didier & M. E. Bougnoux: Med. Mal. Infect., 43, 139 (2013).