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動物界で見つかった「新規オルガネラ」進化アブラムシは細菌から獲得した遺伝子を発現し,産物タンパク質を共生細菌へ輸送する

Atsushi Nakabachi

中鉢

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Electronics-Inspired Interdisciplinary Research Institute, Toyohashi University of Technology ◇ Tenpaku-cho Hibarigaoka 1-1, Toyohashi-shi, Aichi 441-8580, Japan

Published: 2015-11-20

真核生物にとって極めて重要な役割を担う「ミトコンドリア」や「葉緑体」といったオルガネラ(細胞内小器官)は,太古の単細胞生物に取り込まれた共生細菌の末裔である.前者は現生のリケッチア(Alphaproteobacteria)に近縁で,20億年ほど前に真核生物の共通祖先に取り込まれた好気性細菌に由来し,後者はその後,植物などの共通祖先に取り込まれたシアノバクテリアに起源をもつ(1)1) S. D. Dyall, M. T. Brown & P. J. Johnson: Science, 304, 253 (2004)..これらオルガネラの成立過程では,「①オルガネラ始祖である共生細菌自身や,そのほかのさまざまな細菌から多くの遺伝子が宿主ゲノムに移行し」,「②移行した原核型遺伝子が真核型プロモーターなどを獲得して,宿主の発現機構によるタンパク質合成が可能となり」,「③合成されたタンパク質を,その機能の場である共生細菌に運ぶ輸送系が新たに進化する」必要があった.なかでも,多数の遺伝子のかかわる「タンパク質輸送系の進化」が最も困難と考えられ,その有無が,長らく共生細菌由来の「オルガネラ」をそのほかの「細菌」から弁別する指標とされてきた(2,3)2) P. J. Keeling: Curr. Biol., 21, R623 (2011).3) E. C. Nowack & A. R. Grossman: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 5340 (2012)..今回われわれは,アブラムシ(半翅目・腹吻亜目・アブラムシ上科)と細菌の共生関係を調べることで,太古の単細胞生物内で起きたオルガネラ進化と同様の進化が,多細胞生物である動物の中でも起きていることを明らかにした.

農業害虫として悪名高いアブラムシ(図1図1■細菌と融合・一体化する農業害虫アブラムシ)は,栄養価の低い植物師管液のみを餌としながら,極めて旺盛な繁殖力を示す.これを可能にしているのが,細菌との共生関係である.アブラムシは腹部体腔内に「菌細胞(bacteriocyte)」と呼ばれる特殊な細胞を数十個もち,この細胞質中に,大腸菌などに近縁な共生細菌「ブフネラ(Candidatus Buchnera aphidicola, Gammaproteobacteria)」を多数収納している(図2図2■今回明らかとなった,アブラムシと共生細菌「ブフネラ」の融合機構).ブフネラは,師管液に乏しい必須アミノ酸などの栄養分を合成・提供することでアブラムシの生存を支えており,アブラムシはブフネラなしでは繁殖できない.一方,ブフネラは2億年にわたって親虫から仔虫へと垂直感染のみにより受け継がれ,その過程で多くの遺伝子を失っているため(ゲノムサイズ:420~650 kb)(4)4) N. A. Moran, J. P. McCutcheon & A. Nakabachi: Annu. Rev. Genet., 42, 165 (2008).,菌細胞の外では増殖できなくなっている.すなわち,宿主,ブフネラともに単独では生きられず,両者を合わせて初めて一つの生物として振る舞うことのできる融合体を形成していると言える.では,多くの遺伝子を失ったこのブフネラを維持するために,宿主菌細胞はどのような遺伝子を発現し,宿主–ブフネラ間にはどのような相互作用が存在するのか.この疑問に答えるため,宿主の転写産物に的を絞ったトランスクリプトーム解析を行ったところ,ブフネラの合成できない物質の合成・輸送にかかわる宿主遺伝子群の転写が,菌細胞において亢進していることが示され,宿主–ブフネラ間の代謝の相補性・相互依存性を分子レベルで裏づける結果となった(5)5) A. Nakabachi, S. Shigenobu, N. Sakazume, T. Shiraki, Y. Hayashizaki, P. Carninci, H. Ishikawa, T. Kudo & T. Fukatsu: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 5477 (2005)..また,この解析の過程で,ブフネラゲノム上に対応する遺伝子が存在しないにもかかわらず,細菌の遺伝子のみと高い配列類似性を示す,真核型転写産物が複数検出された(6)6) N. Nikoh & A. Nakabachi: BMC Biol., 7, 12 (2009)..これを受けて各種解析を進めたところ,アブラムシは,ブフネラを含む複数系統の細菌から12種類の遺伝子/遺伝子断片を水平転移により獲得し,このうち少なくとも7つ(LdcA1, AmiD, RlpA1–5)については,菌細胞特異的に転写が亢進していることが明らかとなった(7)7) N. Nikoh, J. P. McCutcheon, T. Kudo, S. Miyagishima, N. A. Moran & A. Nakabachi: PLoS Genet., 6, e1000827 (2010)..では,タンパク質レベルではどうか? 先頃,アブラムシゲノム上の細菌由来(ただし由来する系統の詳細は不明)遺伝子の一つ「RlpA4」に対応するタンパク質を,発現系を用いて人為的に合成し,これに対する抗体を作製して,アブラムシ共生系において免疫化学的解析を行った.これにより,以下の事柄が明らかとなった(8)8) A. Nakabachi, K. Ishida, Y. Hongoh, M. Ohkuma & S. Miyagishima: Curr. Biol., 24, R640 (2014).図2図2■今回明らかとなった,アブラムシと共生細菌「ブフネラ」の融合機構).

図1■細菌と融合・一体化する農業害虫アブラムシ

雌成虫が胎生単為生殖により幼虫を産み出している.

図2■今回明らかとなった,アブラムシと共生細菌「ブフネラ」の融合機構

先述のように,ミトコンドリアや葉緑体といったオルガネラの成立過程では,「①遺伝子転移」と「②真核型発現シグナルの獲得」に加えて,「③共生細菌へのタンパク質輸送系の進化」が起き,オルガネラを特徴づける指標とされてきた.今回,アブラムシの系で明らかとなった事例は,①~③の要件を満たし,動物界でも「オルガネラ進化」に匹敵する現象が起きていることを示すもので,世界初の発見である.

細胞内共生に基づくオルガネラの成立は,系統的に無関係な複数の生物が融合する,究極の例と言える.今回の成果は,「タンパク質輸送系の進化」が,異系統生物間の融合にとって鍵であるとの仮説を支持する一方,同進化が,ミトコンドリアや葉緑体の成立過程のみで起きた例外的な事象ではないことを示す.今後,アブラムシの系において,ブフネラを標的としたタンパク質輸送機構の解明を進めることで,将来的には,動物と細菌など,遠縁の複数生物を融合させる画期的な生命工学技術の開発につながる可能性がある.また,この共生系は,アブラムシの生存に必須である一方,周辺環境中のほかの生物には存在しないため,選択性が高く,環境負荷の低い新規害虫防除法開発の標的としても有望である.今回の発見は,アブラムシの生存を支える共生の仕組みの核心に迫るもので,近い将来,こうした安全な新規防除法の開発に結びつくものと期待される.

Reference

1) S. D. Dyall, M. T. Brown & P. J. Johnson: Science, 304, 253 (2004).

2) P. J. Keeling: Curr. Biol., 21, R623 (2011).

3) E. C. Nowack & A. R. Grossman: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 5340 (2012).

4) N. A. Moran, J. P. McCutcheon & A. Nakabachi: Annu. Rev. Genet., 42, 165 (2008).

5) A. Nakabachi, S. Shigenobu, N. Sakazume, T. Shiraki, Y. Hayashizaki, P. Carninci, H. Ishikawa, T. Kudo & T. Fukatsu: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 5477 (2005).

6) N. Nikoh & A. Nakabachi: BMC Biol., 7, 12 (2009).

7) N. Nikoh, J. P. McCutcheon, T. Kudo, S. Miyagishima, N. A. Moran & A. Nakabachi: PLoS Genet., 6, e1000827 (2010).

8) A. Nakabachi, K. Ishida, Y. Hongoh, M. Ohkuma & S. Miyagishima: Curr. Biol., 24, R640 (2014).