Kagaku to Seibutsu 53(12): 822-825 (2015)
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古典的分析化学手法の現代天然物化学研究への活用―溶液内イオン平衡を使いこなす
Published: 2015-11-20
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
最初にピロリン酸(PPi)の比色分析とその応用例としてのアデニル化酵素のアッセイ法を紹介する.モリブデン酸がほかの酸素酸を取り込んで有色のヘテロポリ酸を生成する反応は,古くからオルトリン酸(Pi)の分析法などとしてよく知られている.他方,PPiは酸性条件下の有機溶媒–水混合溶媒中において黄色の18-モリブドピロリン酸([(P2O7)Mo18O54]4−)を生成することから,PPiを比色定量できる(図1a図1■(a)PPi比色分析と(b)アデニル化酵素アッセイ).この反応を利用すれば,アミノ酸のアデニル化酵素(図1b図1■(a)PPi比色分析と(b)アデニル化酵素アッセイ)のようにATPを消費してPPiを生じる酵素活性を測定することが可能である(1~3)1) H. Katano, R. Tanaka, C. Maruyama & Y. Hamano: Anal. Biochem., 421, 308 (2012).2) H. Katano, H. Watanabe, M. Takakuwa, C. Maruyama & Y. Hamano: Anal. Sci., 29, 1095 (2013).3) H. Katano, K. Uematsu, C. Maruyama & Y. Hamano: Anal. Sci., 30, 17 (2014)..その操作法は,まず,反応液にアセトニトリルとモリブデン酸を加え[(P2O7)Mo18O54]4−を生成させた後,4級アンモニウムとの沈殿を得る.これをアセトニトリルないしはプロピレンカーボネートに再溶解しアスコルビン酸を加え還元すると,8電子還元体となり判別が容易な青色を呈する(図1b図1■(a)PPi比色分析と(b)アデニル化酵素アッセイ).一方,反応液に残存したATPは,モリブデン酸を加えた際に非酵素的に微量のPiを放出し[(PO4)Mo12O36]3−を生じるが,この生成反応とアスコルビン酸による還元反応は比較的遅いためPiによるバックグラウンドは無視できるほど小さい.また,アデニル化酵素の反応液にヒドロキシルアミンを加えることで逆反応を抑制でき(不可逆的にacyl-O-AMPよりヒドロキサム酸を生じる),高感度に酵素活性を測定できる.従来,この種の酵素活性測定は,リンの放射性同位体を利用したRI法に頼らざるをえなかったことから,本法を開発できた意味は大きいと考える.
次に,単糖の比色分析とそれを応用した糖化酵素・異性化酵素の活性測定法について紹介する.上記のPPiアッセイで利用したように,黄色を呈するポリ酸を還元することで青色のポリ酸を得ることができる.還元糖一般の比色分析法としてよく知られるSomogyi法は,アルカリ性条件下で還元糖によってCu(II)をCu(I)とした後,Cu(I)を還元剤として青色ポリ酸を生じる分析法である.われわれは,たとえば,50 mM Na2SiO3,600 mM Na2MoO4,1.5 M CH3COOH(pH 4.9),30% DMSOの組成からなる弱酸性条件下の溶液中に還元糖を加え,70°Cで反応させると黄色のポリ酸種(この場合,12-モリブドケイ酸,[(SiO4)Mo12O36]4−)が生成することを見いだした.さらに,単糖であれば比較的速くMo(VI)種を直接還元して青色ポリ酸を生成する.従来の還元糖の化学的分析法は,所定の時間,反応液を煮沸する必要があるものや,操作に熟練を要するものが多いが,本法の操作は極めて簡便であり再現性が高いことが利点である.本法のグルコースに対する感度は,デンプンのみならずマルトース,セロビオースといった二糖のそれよりも格段に高く,デンプンまたはセルロースをグルコースにまで分解する糖化酵素のハイスループットスクリーニングに適用できる(4)4) H. Katano, S. Taira, K. Uematsu, H. Kimoto & Y. Hamano: Anal. Sci., 29, 1095 (2013)..また,酸および有機溶媒の濃度など溶液条件の調整によりフルクトースの感度をグルコースの20倍程度に向上でき,グルコースを基質としたグルコースイソメラーゼの活性測定にも適用可能となる(5)5) H. Katano, M. Takakuwa, T. Itoh & T. Hibi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 79, 1057 (2015)..
つづいて,ε-ポリ-L-リジン(εPL)の検出への本手法の利用も興味深い.εPLは,25~35残基のL-リジンが直鎖上につながったポリカチオン性ホモポリアミノ酸であり放線菌によって生産される.εPLの定量法として,アニオン性色素であるメチルオレンジとの沈殿生成反応を利用するものがあるが,εPLに対し特異的かつ定量的に反応し,感度良く分析できる沈殿試薬は知られていなかった.[(SiO4)Mo12O36]4−は,酸性条件下でも多価アニオンとして存在するが,その表面電荷密度は低く疎水性である.このため,酸性条件下でεPLを定量的に沈殿させることができ,これを利用したεPL合成酵素のアッセイが可能となる(6)6) H. Katano, C. Maruyama & Y. Hamano: Int. J. Polym. Anal. Charact., 16, 542 (2012)..また,同法はポリカチオン性のβ-リジンペプチドを有する抗生物質ストレプトスリシンの合成酵素アッセイにも適用できることから(7)7) C. Maruyama, J. Toyoda, Y. Kato, M. Izumikawa, M. Takagi, K. Shin-ya, H. Katano, T. Utagawa & Y. Hamano: Nat. Chem. Biol., 8, 791 (2012).,より強力な抗菌活性が期待できる長鎖β-リジンペプチドのストレプトスリシンを合成できる変異型合成酵素のスクリーニングに利用できる.また,塩基性ポリペプチド抗生物質の分析にも有用と考えられる.
最後に,以上述べてきた溶液内イオン平衡を応用し,溶液での操作のみによる天然有機化合物の単離精製について紹介する.一般に,天然物化学の研究において,対象物の単離精製はカラム精製に頼る場合が多いが,通常,時間がかかりその収率も乏しい.一方,沈殿生成反応,再溶解,イオン交換反応などを組み合わせた,いわば溶液操作のみによる天然物の精製方法を用いることができれば,簡易で迅速な単離精製法となる.テトラフェニルボレートアニオン(TPB−)は,古くからK+やNH4+イオンの沈殿試薬として用いられてきたが,ポリカチオン性のεPLも定量的に沈殿回収できることを見いだした.これを培養液に添加すれば,εPLだけでなくNH4+イオンなどとの混合沈殿が得られるが,その沈殿物にアセトンを加えると,1価や2価のカチオンとの塩はこれに易溶であるのに対し,高分子電解質であるポリカチオン性のεPLとTPB−との塩は難溶のため遠心分離により単離できる.そして,これに塩酸を加えればTPB−はベンゼンとトリフェニルボランに分解するため,この混合物を有機溶媒に加えれば,高純度のεPLが塩酸塩として析出し,回収できる.本法は,遠心操作を主として30分程度で操作が完結するため(8)8) H. Katano, T. Yoneoka, N. Kito, C. Maruyama & Y. Hamano: Anal. Sci., 28, 1153 (2012).,マイクロプレートを用いるεPLの同定が可能である.また,本法は,4~15残基程度の短鎖長εPLの単離精製にも利用でき,このような短鎖長εPLを生産する菌株のスクリーニングにも応用利用できた(9)9) Y. Hamano, N. Kito, A. Kita, Y. Imokawa, K. Yamanaka, C. Maruyama & H. Katano: Appl. Environ. Microbiol., 80, 4993 (2014)..
さらに,本法は,ほかのポリカチオン性の天然物にも適用できる.たとえば,オリゴキトサンはビス(2-エチルヘキシル)リン酸アニオンと水に難溶の沈殿を形成するが,この沈殿をエタノールと接触させると,四量体以上の塩が溶解する.このエタノール画分に塩酸を加えれば,同オリゴキトサンを塩酸塩として得ることができる.同法はキチンを含む粗精製物からの単離に適用でき,キチンキトサン化学の研究分野に有用なオリゴキトサン試料を与えている(10)10) H. Katano, A. Fujiwara & H. Kimoto: J. Chitin Chitosan Sci., 2, 75 (2014)..
これら疎水性イオンとの沈殿生成反応を利用する手法は,従来精製が難しいとされる強極性天然有機化合物に関する研究のブレークスルーとなり,また,低コストでの精製にも寄与すると考えられる.なお,溶媒抽出のように,溶質と溶媒との相互作用に基づく分離法は天然物化学の分野でも古くから行われてきたが,最近,われわれは有機溶媒–水混合溶媒への溶解性の違いに基づき,心血管系保護作用などが報告されている大豆サポニンの粗精製物から生体利用性が良好で大豆中の含量も高いソヤサポニンBbが簡単に単離できることを示した(11)11) H. Katano, N. Okamoto, M. Takakuwa, S. Taira, T. Kambe & M. Takahashi: Anal. Sci., 31, 85 (2015)..同粗精製物はソヤサポニンBbを10 wt%程度含むが,ほかのソヤサポニン(Aa, Ab, and Ba)も含まれる.従来のカラム精製では,これを出発物質としても,ソヤサポニンBbを得るのに2週間の期間を要し,また精製収率は5%程度と容易ではなかった.一方,本法では,まず出発物質を3 : 7(v/v)アセトン–水で洗浄することで,主としてソヤサポニンBbおよびBaを含む沈殿を得た後,次に,この沈殿を1 : 1(v/v)アセトン–水と混合すると,ソヤサポニンBbがいくぶん溶解する一方,ソヤサポニンBaの多くはこの混合溶媒に溶解できない.その上澄みに大過剰の純水を加えて生じた沈殿を回収することで,90 wt%純度のソヤサポニンBbを得ることができる.本法の収率は30%であるが,全操作を30分程度で完了できる優れた手法と言える(図2図2■Soyaponin Bbの単離精製).
以上,簡単ではあるが,天然物研究のための溶液内イオン平衡に基礎を置く分離・分析法のいくつかを記した.これらの構築は分析化学者と共同で行い,個々の研究における目的にかなうよう,古典的分析法を選択し,溶液条件の最適化を試みたものである.また,その過程で,ここで取り上げた天然物の新しい応用や物性研究法も見いだされているが,これらは後日項を改めて述べたい.いずれにせよ,本稿が天然物化学における分離・分析の方法論に新たな視点を与えられれば幸いである.
Reference
1) H. Katano, R. Tanaka, C. Maruyama & Y. Hamano: Anal. Biochem., 421, 308 (2012).
2) H. Katano, H. Watanabe, M. Takakuwa, C. Maruyama & Y. Hamano: Anal. Sci., 29, 1095 (2013).
3) H. Katano, K. Uematsu, C. Maruyama & Y. Hamano: Anal. Sci., 30, 17 (2014).
4) H. Katano, S. Taira, K. Uematsu, H. Kimoto & Y. Hamano: Anal. Sci., 29, 1095 (2013).
5) H. Katano, M. Takakuwa, T. Itoh & T. Hibi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 79, 1057 (2015).
6) H. Katano, C. Maruyama & Y. Hamano: Int. J. Polym. Anal. Charact., 16, 542 (2012).
8) H. Katano, T. Yoneoka, N. Kito, C. Maruyama & Y. Hamano: Anal. Sci., 28, 1153 (2012).
10) H. Katano, A. Fujiwara & H. Kimoto: J. Chitin Chitosan Sci., 2, 75 (2014).