Kagaku to Seibutsu 53(12): 834-842 (2015)
解説
等温滴定型カロリメトリーを用いた生体分子間相互作用解析
Thermodynamic Analysis of Enzyme–Substrate Interactions by Isothermal Titration Calorimetry (ITC)
Published: 2015-11-20
生体分子間の相互作用解析法として等温滴定型カロリメトリー(Isothermal Titration Calorimetry; ITC)が古くから用いられている.近年,検出感度の向上と測定サンプルの微量化を達成した測定装置が市販されるようになったことから,今後その利用頻度はさらに高くなっていくものと思われる.ITC測定は,一度の測定で相互作用の熱力学的パラメータのフルセットを得ることができるという点において,表面プラズモン共鳴法やその他の分光学的方法による相互作用解析系とは一線を画している.本稿では筆者らが行った糖質加水分解酵素-基質間相互作用解析の例を中心に,ITC測定の原理と一般的な使用法に加えて,酵素の基質結合メカニズムに迫るより詳細な解析法について述べる.
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
生体分子間の結合には必ず熱の出入りが生ずる.ITC測定(Isothermal Titration Calorimetry)はその発熱もしくは吸熱量を定量することにより,相互作用の結合定数(Ka),反応の結合比(n),およびエンタルピー変化(ΔH)を直接求めることができる方法である.さらに得られた値を熱力学基本式である式(1)と(2)に代入することにより,それぞれギブス自由エネルギー変化(ΔG)とエントロピー変化(ΔS)を得ることができる.以下に基本的な測定原理と方法を記述する.
測定装置は図1A図1■等温滴定型カロリメトリーの概略図と測定原理に示すように一対のセルがあり,一つは参照セルとして機能し,純水もしくは試料溶液の調製に用いた緩衝液で満たす.もう一方は試料セルであり,測定時は試料溶液(ここではタンパク質溶液)で満たす.相互作用を測定するには,リガンド溶液を満たしたシリンジから一定量を一定時間ごとに試料セルに注入し,撹拌する.2つのセルは断熱ジャケットに覆われ任意の一定温度に保たれているが,セル内の物質が相互作用すると結合量に比例した熱の発生もしくは吸収が起こり,試料セルの溶液温度が変化する.ここで生じた参照セルとの温度差(ΔT)がセンサーによって検知されると,温度差をゼロにするよう試料セルに熱量が供給(熱補償)され,供給された熱量は電力の変化として検出される.実際の測定では発熱反応は見かけ上負のピークとして(図1B図1■等温滴定型カロリメトリーの概略図と測定原理),吸熱反応は正のピークとして時間軸に対してプロットされる.滴定が進行すると結合部位が徐々にリガンドで飽和されてくるため,それに伴って熱シグナルも減少していく.滴定実験の終了時点付近では,リガンドの希釈熱のみが観察されるようになる.図1B図1■等温滴定型カロリメトリーの概略図と測定原理で得られた結果から,各滴定におけるリガンド1モル当たりの発熱量(もしくは吸熱量)をセル内のリガンド/タンパク質モル比に対してプロットし直すことにより,相互作用の結合等温線が得られる(図1C図1■等温滴定型カロリメトリーの概略図と測定原理).リガンドの希釈熱をブランク実験によって測定し,その結果を結合実験の測定結果から差し引いて真の反応熱を決定する.得られたデータは結合平衡のモデル(1)1) T. Wiseman, S. Williston, J. F. Brandts & L. N. Lin: Anal. Biochem., 179, 131 (1989).に従って(装置に付属する専用ソフトウェアを用いて)解析することにより,反応の結合比(n),結合定数(Ka)およびその他の熱力学的パラメータを決定することができる.ITC測定は反応に伴う熱の出入りを指標にしていることから,測定に用いるタンパク質やリガンドの標識や固定化を必要としないので,天然に近い環境下で結合の親和性を測定することが可能である.また,詳しくは後述するが,温度を変えて測定することで,結合反応における熱容量変化(ΔCp)やファントホッフエンタルピー変化(ΔHvH)を決定することができる.
ITC測定時,Wisemanらによって紹介された式(3)で表されるc値に注意しなければならない(1)1) T. Wiseman, S. Williston, J. F. Brandts & L. N. Lin: Anal. Biochem., 179, 131 (1989)..
nはストイキオメトリー(化学量論比),Kaは結合定数,[M]tはタンパク質濃度を示す.結合定数とタンパク質濃度の積で表されるこの値は,結合反応がどの程度起こるかを示す目安となる.彼らはc値が1<c<1,000範囲内にあるときのみ,ITC測定によって結合定数Kaが正確に求められることを示した(現在一般的には10<c<1,000と考えられている).それゆえ,非常に強い結合反応の場合にはタンパク質濃度を減らし,逆に弱い結合の場合には濃いタンパク質溶液を実験に用いることにより,c値がこの領域の値をとるように調整する必要がある.必然的にITC測定よって測定可能な結合定数の範囲が104~108 M−1程度に収束する.iTC200(MicroCal社,現在はMalvern社)のオペレーションソフトウェアには実験に用いるタンパク質とリガンド溶液の濃度に加え,予想される結合定数および結合モデルを入力することにより,どのような結合曲線が得られるかをシミュレートする機能がついているので測定前に試してみると良い.しかしながら実際のところ生体分子間の相互作用には,103 M−1程度の比較的弱い親和性を示す反応が少なくない.この場合,適切なc値を得るために高濃度のタンパク質溶液(付随して高濃度のリガンド溶液)が必要となるが,それだけのサンプル量の調達が可能かどうかや,溶解度の問題が生じることもある.このような低親和性の結合反応のITC測定に対してTurnbullらは解決策を検討し,①十分なデータポイントからなる結合等温線が解析に用いられること(タンパク質:リガンド=1 : 40くらいまで).②結合のストイキオメトリーが既知であること.③測定に用いたタンパク質とリガンドの濃度が正確にわかっていること.④シグナル/ノイズ比が適正であること,以上の4つの条件が満たされれば,c値が0.01<c<10でも得られる熱力学的パラメータの値は十分な精度をもつことを示した(2)2) W. B. Turnbull & A. H. Daranas: J. Am. Chem. Soc., 125, 14859 (2003)..現在ではこの方法を用いて,低親和性の結合反応もITCで測定されるようになっている.
自発的な反応ではΔGは負の値となり,結合が強いほどΔGはより大きな負の値をとる.ITC測定ではΔHとΔSも決定することができるので,結合の駆動力を特定することができる.ΔGの負の値に対してΔHの寄与が大きい場合の結合には,水素結合の形成やファンデルワールス相互作用が関与しており,特異性の高い相互作用が結合の駆動力(エンタルピー駆動型)になっていることが予測される.一方ΔSの寄与が大きい場合には,比較的特異性が低い疎水性相互作用が結合の駆動力(エントロピー駆動型)になっていることが予測される.創薬の分野ではより強くより特異的に標的分子に結合するドラッグを開発するために,ΔGの内訳であるΔHとΔSの値を指標としたドラッグデザインが行われている.
図2図2■BcChi-A-E61Aとキチンオリゴ糖(GlcNAc)n(n=3–6)結合のITCサーモグラムおよび結合等温線と表1表1■BcChi-A-E61Aと(GlcNAc)n(n=3–6)結合の熱力学的パラメータにわれわれが行ったファミリーGH19キチナーゼであるナガハハリガネゴケ(Bryum coronatum)キチナーゼBcChi-Aとキチンオリゴ糖の相互作用解析の結果を示す(3,4)3) T. Taira, Y. Mahoe, N. Kawamoto, S. Onaga, H. Iwasaki, T. Ohnuma & T. Fukamizo: Glycobiology, 21, 644 (2011).4) T. Ohnuma, M. Sørlie, T. Fukuda, N. Kawamoto, T. Taira & T. Fukamizo: FEBS J., 278, 3991 (2011)..ファミリーGH19キチナーゼは糖質関連酵素のデータベースであるCAZy(Carbohydrate Active enZYmes)(http://www.cazy.org/)において糖質加水分解酵素19(Glycoside Hydrolase; GH19)に分類される酵素であり,ランダムにキチン鎖のβ-1,4結合を加水分解するエンド型酵素である.結合実験は酵素による基質分解の効果を取り除くため,触媒基であるGlu61をAlaに置換したBcChi-A-E61A変異体を用いて行った.図2図2■BcChi-A-E61Aとキチンオリゴ糖(GlcNAc)n(n=3–6)結合のITCサーモグラムおよび結合等温線と表1表1■BcChi-A-E61Aと(GlcNAc)n(n=3–6)結合の熱力学的パラメータに示すように,BcChi-A-E61Aとキチンオリゴ糖(GlcNAc)n(n=3–6)との結合は発熱反応であり,結合にとって不利なエントロピー変化(−TΔSは正の値)とともに,有利なエンタルピー変化(ΔHは負の値)が優勢にはたらくエンタルピー駆動型の反応であることがわかった.また3から6へとキチンオリゴ糖の重合度が増すにつれて結合定数は増加し,ΔG値も負に大きくなることから,BcChi-Aの基質結合クレフトには単糖単位を認識するサブサイトが少なくとも6個以上あることが推定された.後になってわれわれは,BcChi-A-E61Aと(GlcNAc)4複合体の立体構造をX線結晶構造解析により決定することに成功した(5)5) T. Ohnuma, N. Umemoto, T. Nagata, S. Shinya, T. Numata, T. Taira & T. Fukamizo: Biochim. Biophys. Acta, 1844, 793 (2014).(図3図3■BcChiA-E61Aと(GlcNAc)4の複合体構造(PDB 3WH1)).複合体構造を詳しく見てみると,触媒基であるGlu61は基質結合クレフトの中心部に位置し,(GlcNAc)4はGlu61を挟んでプラス側とマイナス側にそれぞれGlcNAc単位を2個ずつ結合していることがわかった.また,+2と−2サイトの外側には糖が結合できる部位はなく,BcChi-Aの糖結合サブサイトは−2,−1,+1,+2からなる4サイトで構成されていることが明らかになった.それではITC測定の結果から予測されたサブサイト数6と,実際に結晶構造解析によって決定されたサブサイト数4の違いはなぜ生じたのであろうか? この疑問に対して,われわれは以下のように理解している.図3図3■BcChiA-E61Aと(GlcNAc)4の複合体構造(PDB 3WH1)に示すようにBcChi-Aのようにエンド型の酵素には,比較的オープンな基質結合クレフトが酵素の分子表面を横切っている.ここに基質である(GlcNAc)4が結合する際,糖残基が4つのサブサイトすべてにピッタリ填まる結合様式に加え,糖が還元末端もしくは非還元末端側のどちらかにずれ,1ないし2残基分サブサイトを空けた状態で結合する結合様式(ずれた結合)も一定の頻度で起こる.しかし測定に用いるオリゴ糖の重合度が酵素のサブサイト数(ここでは4)よりも大きくなると鎖長に“余裕が”できるため,ずれた結合を起こしても空きサブサイトは延長した糖残基が結合することによって占有されてしまう(すべてのサブサイトが結合状態になる).ITC測定によって得られる熱力学的パラメータは,すべての結合様式でのパラメータが平均化されている.それゆえ実際のサブサイト数よりも高い重合度のオリゴ糖を測定に用いた場合,サブサイト数と同一の重合度をもつオリゴ糖よりも高い親和性が観察されることがあり,その結果サブサイト数も見かけ上多く推定される.このような結合様式が実際に起こっていることは,酵素–基質複合体の立体構造のみを見ていただけでは見過ごしてしまう可能性が高く,均一な溶液状態での熱力学的な相互作用解析を行うことの重要性を示している.
(GlcNAc)n | Ka (×105 M−1) | ∆G (kcal/mol) | ∆H (kcal/mol) | −T∆S (kcal/mol) |
---|---|---|---|---|
(GlcNAc)6 | 13 | −8.5 | −9.5 | 1.0 |
(GlcNAc)5 | 5.5 | −7.9 | −8.1 | 0.2 |
(GlcNAc)4 | 0.63 | −6.6 | −7.6 | 1.0 |
(GlcNAc)3 | 0.04 | −5.0 | −8.3 | 3.3 |
結合のエントロピー変化ΔSは次式(4)に従って3つのパラメータ,水和エントロピー変化(ΔSsolv),混合エントロピー変化(ΔSmix),コンフォメーションエントロピー変化(ΔSconf)に分離することができる(6)6) B. M. Baker & K. P. Murphy: J. Mol. Biol., 268, 557 (1997)..
この際必要な熱容量変化ΔCpはΔHの温度依存性から決定する.すなわちΔHを各温度で測定し,ΔHと温度との関係をプロットすると直線関係が得られることから,その傾きよりΔCpの値を得ることができる.ΔCpの値から(5)式によりΔSsolvが求められ,水のモル濃度(55.5 M)よりΔSmixを得る(6)6) B. M. Baker & K. P. Murphy: J. Mol. Biol., 268, 557 (1997)..(4)式にこれらの値を代入することによって最終的にΔSconfを求めることができる.このなかでΔSsolvとΔCpおよびΔSconfは,その相互作用について貴重な情報を与える.酵素–基質複合体のような生体分子間の相互作用は,X線による複合体の結晶構造解析やNMR解析によって視覚化が可能であり,原子間の配向や距離情報から相互作用に寄与する水素結合や疎水性相互作用などを特定することができる.しかしそのような手法が適用できないケースでは,ΔSsolv,ΔCp,ΔSconfの情報の重要度が増してくる.ΔSsolvとΔCpは結合前後における酵素および基質の水和状態の指標となり,結合に疎水性相互作用の寄与が大きい場合にはΔCp値は負の大きな値となる.この場合,結合により結合面から水和水が“解き放たれる”ことによってΔSsolvが増大する(水1分子当たり~7 cal/K mol)(7)7) J. D. Dunitz: Science, 264, 670 (1994)..大きなΔSsolvを与える場合は,酵素にはオープンで溶媒露出の大きい比較的広いクレフト型の基質結合部位が存在することが推測される.一方小さなΔSsolvの場合は,局所的なポケット型の基質結合部位を推測することができる.なお,Zolotnitskyらは糖質加水分解酵素であるキシラナーゼと基質であるキシロオリゴ糖との相互作用解析から,ΔCpに関する有益な情報を得た.彼らは酵素–基質複合体の立体構造とITC測定により得られた熱力学的パラメータを詳細に調べ,酵素の芳香族アミノ酸の側鎖と糖リングの間に疎水的なスタッキングが形成された場合,−100~−150 cal/K molのΔCp値を生じることを示した(8)8) G. Zolotnitsky, U. Cogan, N. Adir, V. Solomon, G. Shoham & Y. Shoham: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 11275 (2004)..このことはΔCpの値からいくつの芳香族アミノ酸残基が基質結合に関与しているのかを間接的に推定できることを示しており,阻害剤や糖転移反応におけるドナー基質やアクセプター基質の分子デザインに有益な情報を与えるものと考えられる.さらに酵素–リガンド結合における水和水の動態は,立体構造情報からも推定することが可能である.リガンドフリーとリガンド結合状態の酵素の立体構造が決定されているならば,両構造における非極性の溶媒露出表面エリア(apolar solvent accessible surface areas; ASAapolar)の差(ΔASAapolar)をコンピューターによって算出することができるので(GetArea 1.1, Galveston, TX, USA)(9)9) R. Fraczkiewicz & W. Braun: J. Comput. Chem., 19, 319 (1998).,ITC測定によって得られたデータと合わせて考察するとよい.ΔSconfが大きな値を与える場合には,基質結合前後での酵素および基質の構造変化が起こったことが推測される.
反応の熱力学を理解するうえで,ITC測定によって直接結合のエンタルピー変化(ΔHcal)を決定する以外に,表面プラズモン共鳴やほかの分光学的な手法などの相互作用解析によって結合定数を得た後,ファントホッフの式(6)を利用して間接的に結合のエンタルピー(ΔHvH)を決定する方法がよくとられている.この方法は平衡定数の温度依存性に基づいているものの,ΔHとΔSが測定温度内において一定(結合に伴う熱容量変化ΔCpがゼロ)であることを前提としていること(しかし多くの反応では温度依存的),結合反応においてエンタルピー–エントロピー補償が起こることによって平衡定数に温度依存性が生じにくいことから,その解釈には注意が必要である.実際に,ITCにより熱の出入りから決定されたエンタルピー変化(カロリメトリックエンタルピー変化)ΔHcalとファントホッフエンタルピー変化ΔHvHの値に差が生じることがいくつかの反応で示されている(10,11)10) H. Naghibi, A. Tamura & J. M. Sturtevant: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92, 5597 (1995).11) I. Haq, J. E. Ladbury, B. Z. Chowdhry, T. C. Jenkins & J. B. Chaires: J. Mol. Biol., 271, 244 (1997)..
酵素–基質間相互作用を詳しく調べることの意義について,考えてみたい.図4図4■ファミリーGH18キチナーゼの立体構造はファミリー18(GH18)に分類されるキチナーゼの立体構造を示している.GH18キチナーゼはさまざまな生物種に見いだされており,キチンを構成糖としてもたない植物もこの酵素を多数発現している.GH18キチナーゼは由来する生物種によって付加ドメインにバリーションがあるものの,酵素の中心骨格は共通のTIMバレルと呼ばれる(β/α)8バレル構造をとっている.タバコとシロイヌナズナのGH18キチナーゼ(NtChiVとAtChiC)に基質であるキチンオリゴ糖を反応させた場合,キチンオリゴ糖は加水分解され低分子のオリゴ糖を生成する(12,13)12) T. Ohnuma, T. Numata, T. Osawa, M. Mizuhara, K. M. Vårum & T. Fukamizo: Plant Mol. Biol., 75, 291 (2011).13) T. Ohnuma, T. Numata, T. Osawa, M. Mizuhara, O. Lampela, A. H. Juffer, K. Skriver & T. Fukamizo: Planta, 234, 123 (2011)..一方,ソテツ由来のGH18キチナーゼCrChiAに同様の基質を作用させると,加水分解産物である低分子のオリゴ糖に加え,反応に用いた初期基質よりも長鎖のオリゴ糖が生成される(14~16)14) T. Taira, H. Hayashi, Y. Tajiri, S. Onaga, G. Uechi, H. Iwasaki, T. Ohnuma & T. Fukamizo: Glycobiology, 19, 1452 (2009).15) T. Taira, M. Fujiwara, N. Dennhart, H. Hayashi, S. Onaga, T. Ohnuma, T. Letzel, S. Sakuda & T. Fukamizo: Biochim. Biophys. Acta, 1804, 668 (2010).16) N. Umemoto, Y. Kanda, T. Ohnuma, T. Osawa, T. Numata, S. Sakuda, T. Taira & T. Fukamizo: Plant J. (in press).(図5図5■MALDI-TOF-MASSによるCrChiAの糖転移活性の検出).この生成物はCrChiAが糖転移反応を効率よく触媒するために生じたものであるが,AtChiCやNtChiVを用いた場合にはこのような現象は見られない.一方,土壌細菌であるSerratia marcescensの生産するGH18キチナーゼSmChiAとSmChiBは,基質である結晶性キチンをそれぞれ還元末端側と非還元末端側から分解するプロセッシブ酵素である(17,18)17) G. Vaaje-Kolstad, S. J. Horn, M. Sørlie & V. G. Eijsink: FEBS J., 280, 3028 (2013).18) K. Igarashi, T. Uchihashi, T. Uchiyama, H. Sugimoto, M. Wada, K. Suzuki, S. Sakuda, T. Ando, T. Watanabe & M. Samejima: Nat. Commun., 5, 3975 (2014).(図6図6■セラチアキチナーゼAおよびキチナーゼBによる結晶性β-キチンのプロッセッシブ分解の模式図).また,キチンオリゴ糖と反応させた場合にはSmChiAのみが糖転移活性を示す(19)19) N. N. Jr. Aronson, B. A. Halloran, M. F. Alexeyev, X. E. Zhou, Y. Wang, E. J. Meehan & L. Chen: Biosci. Biotechnol. Biochem., 70, 243 (2006)..筆者らは互いに立体構造の似たGH18酵素でありながら,糖転移活性の強弱やプロセッシビティの有無,プロセッシブ分解する際の方向性(非還元末端→還元末端側とその逆向き)に違いをもたらす酵素側の要因に興味をもち,各GH18キチナーゼとGH18キチナーゼの競争阻害剤であるアロサミジンとの結合性をITCを用いて調べた(16,20,21)16) N. Umemoto, Y. Kanda, T. Ohnuma, T. Osawa, T. Numata, S. Sakuda, T. Taira & T. Fukamizo: Plant J. (in press).20) F. H. Cederkvist, S. F. Saua, V. Karlsen, S. Sakuda, V. G. Eijsink & M. Sørlie: Biochemistry, 46, 12347 (2007).21) J. Baban, S. Fjeld, S. Sakuda, V. G. Eijsink & M. Sørlie: J. Phys. Chem. B, 114, 6144 (2010)..アロサミジンはGH18キチナーゼのマイナス側サブサイト−3,−2,−1に結合することがX線による結晶構造解析から明らかにされている(16,22,23)16) N. Umemoto, Y. Kanda, T. Ohnuma, T. Osawa, T. Numata, S. Sakuda, T. Taira & T. Fukamizo: Plant J. (in press).22) D. M. van Aalten, D. Komander, B. Synstad, S. Gåseidnes, M. G. Peter & V. G. Eijsink: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98, 8979 (2001).23) Y. Papanikolau, G. Tavlas, C. E. Vorgias & K. Petratos: Acta Crystallogr. D Biol. Crystallogr., 59, 400 (2003)..ITC測定の結果を図7図7■ファミリーGH18キチナーゼとアロサミジン結合の熱力学的パラメータと表2表2■ファミリーGH18キチナーゼとアロサミジン結合における熱力学的パラメータと酵素の特性に示す.結果から3種の植物GH18キチナーゼと2種の細菌GH18キチナーゼは,それぞれ同程度の親和性でアロサミジンと結合することがわかった(ΔG=−9.6~−9.4 kcal/mol).しかし詳しく調べてみると,負のΔGに寄与する各熱力学パラメータに違いがあることがわかった.SmChiBを除くすべての酵素の結合におけるエンタルピー変化ΔHは負の値(ΔH=−6.5~−4.5 kcal/mol),エントロピー変化ΔSは正の値をとり(−TΔS=−5.1~−2.9 kcal/mol),エントロピー変化とエンタルピー変化の両方が結合の駆動力であることがわかった.一方SmChiBのΔHとΔSはともに正の値をとり,結合においてエンタルピー変化はやや不利に(ΔH=3.8 kcal/mol),エントロピー変化は大きく有利にはたらくことがわかった(−TΔS=−13.2 kcal/mol).エントロピー項を詳しく見てみると,水和のエントロピー変化はすべての酵素において正の値をとり(−TΔSsolv=−9.8~−4.5 kcal/mol),NtChiVとAtChiCのコンフォメーションエントロピー変化は負の値を(−TΔSconf=2.3~3.7 kcal/mol),CrChiAとSmChiAの同値は小さな正の値(−TΔSconf=−1.2~−0.9 kcal/mol)であった.一方SmChiBのΔSconfは大きな正の値をとり(−TΔSconf=−11.2),コンフォメーションエントロピー変化が基質結合に大きく寄与していることが明らかになった.加水分解酵素が示す糖転移活性の強弱やプロセッシビィティの有無とその方向性を制御するメカニズムは,酵素の立体構造上の特徴によるところが大きいが,各反応の起こる仕組みを理解するうえで基質との結合反応における熱力学的パラメータも重要な要素と考えられる.特にSmChiBのようにコンフォメーションエントロピー変化が主な駆動力となる酵素–基質結合はあまり例がなく,興味深い.プロセッシブ型の分解活性を行うキチナーゼは,キチン鎖間の水素結合により強固に固まった結晶構造からキチン一本鎖を引き剝がし,分解しながらキチン鎖上をスライドする.この原動力についてはまだ明らかにされていないが,SmChiBの特徴的な熱力学的パラメータはその“謎”を解く一つのヒントかもしれない.また,プロセッシブ分解において逆方向(還元末端→非還元末端)へと進行するSmChiAの同値との比較も興味がもたれる.
AtChiC: シロイヌナズナキチナーゼ(PDB 3AQU),NtChiV: タバコキチナーゼ(PDB 3ALF),CrChiA: ソテツキチナーゼとアロサミジン(スティック)の複合体(PDB 4R5E),SmChiA: セラチアキチナーゼA(PDB 1EDQ),SmChiB: セラチアキチナーゼB(PDB 1E15).
A: 標準キチンオリゴ糖,B: 基質(GlcNAc)6,C: CrChiAと(GlcNAc)6の反応産物.反応後,基質である(GlcNAc)6よりも長鎖の(GlcNAc)7~(GlcNAc)9が生成されていることがわかる.
Protein | ∆G (kcal/mol) | ∆H (kcal/mol) | −T∆S (kcal/mol) | −T∆Ssolv (kcal/mol) | −T∆Sconf (kcal/mol) | 糖転移活性 | プロセッシビティ |
---|---|---|---|---|---|---|---|
NtChiV | −9.6 | −4.5 | −5.1 | −9.8 | 2.3 | — | — |
AtChiC | −9.4 | −6.5 | −2.9 | −9.1 | 3.7 | — | — |
CrChiA | −9.5 | −6.3 | −3.3 | −4.8 | −0.9 | ++ | — |
SmChiA | −9.4 | −6.2 | −3.2 | −4.5 | −1.2 | + | ++ |
SmChiB | −9.4 | 3.8 | −13.2 | −4.5 | −11.2 | — | + |
ITC測定は単純に反応に伴う熱の出入りを計測しているに過ぎないことから,酵素–基質間相互作用だけでなく,酵素–阻害剤(24)24) M. Ogata, N. Umemoto, T. Ohnuma, T. Numata, A. Suzuki, T. Usui & T. Fukamizo: J. Biol. Chem., 288, 6072 (2013).,タンパク質–医薬分子(25,26)25) H. Ohtaka, A. Velázquez-Campoy, D. Xie & E. Freire: Protein Sci., 11, 1908 (2002).26) W. H. J. Ward & G. A. Holdgate: Prog. Med. Chem., 38, 309 (2001).,タンパク質–核酸(27)27) S. Bale, J. P. Julien, Z. A. Bornholdt, C. R. Kimberlin, P. Halfmann, M. A. Zandonatti, J. Kunert, G. J. Kroon, Y. Kawaoka, I. J. MacRae et al.: PLoS Pathog., 8, e1002916 (2012).間などさまざまな生体成分を測定対象とすることができることも一つの特徴として挙げられる.この場合,モル濃度がはっきりした成分同士でなく,多糖のような質量濃度しかわからない相手に対しても熱力学的パラメータを決定する方法が開発されている(28)28) D. W. Abbott & A. B. Boraston: Methods Enzymol., 50, 211 (2012)..また,異なった緩衝液を用いて滴定実験を行いΔHを得ることで,反応に伴うプロトンの出入りの様子を調べることも可能となっている(20)20) F. H. Cederkvist, S. F. Saua, V. Karlsen, S. Sakuda, V. G. Eijsink & M. Sørlie: Biochemistry, 46, 12347 (2007)..さらに,酵素反応には必ず熱の出入りが伴うことから,反応熱をITCで計測し,酵素反応の進行をリアルタイムで観察したり,速度論的解析を行う目的でもITCが使用されている(29,30)29) N. Karim & S. Kidokoro: Netsu Sokutei, 33, 27 (2006)30) I. M. Krokeide, G. H. V. Eijsink & M. Sørlie: Thermochim. Acta, 454, 144 (2007)..この場合,分光学的特性を示さないような天然基質を反応に用いても容易に反応の進行過程をモニターすることができることから,適用できる反応系は多岐にわたる.
すべての生命現象は,それにかかわる生体分子間の相互作用の結果として現れる表現型である.生物には低分子から高分子にわたる実に多くの生体分子が存在しているが,分子間に起こる結合,反応,解離とその連鎖が生の原動力を生み出している.近年,テクノロジーの飛躍的な進歩に伴い研究対象となる生物の全遺伝情報を短期間のうちに取得することや,遺伝学的スクリーニングによって特定の遺伝子の機能を解析することは比較的容易になされるようになった.また,いまだ制限はあるものの,NMRやX線結晶構造解析を用いたアプローチによって,実際に現場で機能するタンパク質の仕組みも構造的,視覚的に捉えられるようになった.一方で生物をシステムとして理解するうえで,生体分子間相互作用について(その組み合わせは膨大な数に上るが),熱力学パラメータから得られるような情報を一つひとつ理解していくことも必須と考えられる.生命科学の研究では一分子観察も可能な実験装置が登場し始めているのに対して,ITC測定に必要なタンパク質やリガンド量はまだ少なくないかもしれないが,サンプル量のさらなる微量化と,複雑な相互作用系でも測定できるような新たな測定法および解析法の発展に期待したい.
Acknowledgments
本文中で取り上げたBcChi-AおよびCrChi-Aは琉球大学農学部亜熱帯生物資源科学科の平良東紀先生にご提供いただきました.キチナーゼの立体構造決定は産業技術総合研究所の沼田倫征先生との共同研究により決定しました.アロサミジンは東京大学大学院農学研究科の作田庄平先生にご提供いただきました.この場を借りて御礼申し上げます.
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