Kagaku to Seibutsu 53(12): 843-849 (2015)
解説
毒のないジャガイモはつくることができるのか?―グリコアルカロイド生合成遺伝子の同定とこれから
Is It Possible to Breed Toxin-Free Potato?: Identification and Application of Glycoalkaloid Biosynthetic Genes
Published: 2015-11-20
グリコアルカロイドは,管理を誤ることでジャガイモに増加・蓄積し,ヒトや家畜に中毒を起こす潜在的な危険物質である.従来の育種ではグリコアルカロイドをなくすことができないとされてきた.近年,この生合成にかかわる遺伝子が同定されつつある.われわれと競合グループの成果,今後の見通しについて解説する.
© 2015 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2015 公益社団法人日本農芸化学会
ジャガイモは,トウモロコシ,米,小麦に次いで世界で4番目に多く生産されている食用作物である.ジャガイモ(塊茎)から出た芽(萌芽)や緑色になった塊茎(特に表皮の近傍)は,有毒物質のグリコアルカロイドと呼ばれるソラニンとチャコニンを多量に含む.緑色の塊茎は光照射によってもたらされ,グリコアルカロイドは少量であれば,「えぐい」や「焼けつくような」と表現されるような不快な味を示す.多量に蓄積されたものを摂取した場合は食中毒の症状を示し,年に数件程度は小学校などの菜園で収穫したジャガイモを誤管理したための中毒事件が報告されている(1~3)1) 厚生労働省:自然毒のリスクプロファイル:高等植物:ジャガイモ,http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/poison/higher_det_08.html2) 日本中毒情報センター:保健師・薬剤師・看護師向け中毒情報,ジャガイモ,http://www.j-poison-ic.or.jp/ippan/M70115_0100_2.pdf3) 農林水産省:食品中のソラニンやチャコニンに関する詳細情報,http://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/solanine/syousai/.ジャガイモの芽を取ることや,緑色になった皮を厚く剥いて(緑色になった領域より深いところまでグリコアルカロイドは蓄積しているので)調理するのは蓄積したグリコアルカロイドを除去するためである.
筆者がこの研究を開始したきっかけは,所属していた麒麟麦酒(株)がM&Aで取得し保有していたフランスのジャガイモ育種会社Germicopa社のR&Dマネージャーであるボネル氏から勧められたことにある.彼から「ジャガイモ育種において,いままでの技術の延長線上でできない最大の課題はグリコアルカロイドである」と教わった.グリコアルカロイドのないジャガイモができれば,食の安全に直接結びつくとともに品質向上が期待できる.ジャガイモを安全に食べることができているのは収穫後の貯蔵・輸送・販売や調理・加工の過程で厳密にコストをかけて管理されているためである.これらのコストが削減できる可能性がある.作物では,耐病性付与などの品種改良で野生種の形質導入のための交雑育種が行われているが,ジャガイモの場合は野生種と交配するとグリコアルカロイド含量が高くなる場合が多く,育種の障害になっていた.この点でも改善が期待できる.グリコアルカロイドは身近な毒性物質であるが,われわれの研究以前には生合成経路に関する報告は極めて少なく,経路特異的な遺伝子についても糖転移酵素の報告のみであった(4~6)4) K. F. McCue, P. V. Allen, L. V. Shepherd, A. Blake, M. M. Maccree, D. R. Rockhold, R. G. Novy, D. Stewart, H. V. Davies & W. R. Belknap: Phytochemistry, 68, 327 (2007).5) K. F. McCue, P. V. Allen, L. V. Shepherd, A. Blake, J. Whitworth, M. M. Maccree, D. R. Rockhold, D. Stewart, H. V. Davies & W. R. Belknap: Phytochemistry, 67, 1590 (2006).6) K. F. McCue, L. V. T. Shepherd, P. V. Allen, M. M. Maccree, D. R. Rockhold, D. L. Corsini, H. V. Davies & W. R. Belknap: Plant Sci., 168, 267 (2005)..ジャガイモはソラニンとチャコニンという2つの物質を同時に蓄積するため,一方の物質の生合成に関与する糖転移酵素の発現を抑制することでは,他方の物質が増加してしまうことが報告されていた.グリコアルカロイド全体の量を制御するためには,糖が付加される前,つまりアグリコンまでの生合成経路を解明する必要があることが示唆された.
ソラニン(αソラニン)とチャコニン(αチャコニン)はアグリコンであるソラニジンに3糖であるソラトリオース,またはチャコトリオースが付加されたものである(図1図1■初発物質であるコレステロールとジャガイモとトマトのグリコアルカロイドの構造).ジャガイモとゲノムが8%しか違わないトマトには,トマチジンに4糖であるリコテトラオースが付加したトマチン(αトマチン)が蓄積している.青い未熟果に多く含まれるトマチンは,ジャガイモのグリコアルカロイドほど多くの毒性報告はない.これらはステロイドアルカロイドとも総称される.
われわれはジャガイモ野生種を含む400種以上の系統が蓄積するグリコアルカロイドを分析したことがある.一部の系統では構造が異なるグリコアルカロイドが観察できたが,大部分の系統では最終産物のソラニンとチャコニンだけをもっており,想像される中間産物の蓄積は観察できなかった.ステロイドアルカロイドは,トレーサー実験からコレステロールを初発物質とすることが予想され(7)7) E. Heftmann, E. R. Lieber & R. D. Bennett: Phytochemistry, 6, 225 (1967).,16位,22位,26位(図1図1■初発物質であるコレステロールとジャガイモとトマトのグリコアルカロイドの構造)に酸化の過程と窒素原子を導入する過程が予想されていた(8)8) K. Kaneko, S. Terada, N. Yoshida & H. Mitsuhashi: Phytochemistry, 16, 791 (1977)..
われわれはステロイドの酸化過程にシトクロムP450ファミリーの酵素が関与していると仮定し,公開されていたジャガイモの発現データベース(9)9) DFCI: Gene Index, http://compbio.dfci.harvard.edu/tgi/から,シトクロムP450型酸化酵素をコードすると推定できる遺伝子を抽出した.ESTの発現部位に関する記述で,グリコアルカロイド含量が特に多い萌芽と花器官に発現が多い配列を候補遺伝子とした.これらの遺伝子(断片)の情報を用いて,ジーンサイレンスを引き起こすRNA干渉によるノックダウン用のベクターを作製した.遺伝子をノックダウンすることで,グリコアルカロイドが顕著に減少することを指標にグリコアルカロイド生合成遺伝子を同定することとした.われわれが以前に行ったペチュニアの花色素遺伝子のノックダウンの実験や,本実験の過程でブラシノステロイド生合成遺伝子をノックダウンしてしまった経験から,ノックダウンの表現型が観察できるのは,得られた形質転換体数の1~2割の個体であることがわかっていた.そのため,およそ30個体の形質転換体を取得し,グリコアルカロイドの低下と標的遺伝子のmRNAの減少を解析した.その結果,3つのシトクロムP450酸化酵素(PGA1, PGA2, PGA3: Potato Glycoalkaloid Biosysthesis)が生合成経路に関与することを明らかにして特許出願を行った(10,11)10) 梅基直行,佐々木勝徳:PCT/JP2010/064744 (2010).11) 梅基直行,佐々木勝徳:特願2010-194590 (2010).(図2図2■既報告の遺伝子と同定した遺伝子,推定されるグリコアルカロイド生合成経路).
窒素が導入される過程については,同じナス科トウガラシのアルカロイドであるカプサイシンの窒素導入遺伝子pAmtが同定されたこと(12)12) M. del Rosario Abraham-Juarez, M. del Carmen Rocha-Granados, M. G. Lopez, R. F. Rivera-Bustamante & N. Ochoa-Alejo: Planta, 227, 681 (2008).と,トレーサーを使った研究から窒素導入はアミノトランスフェラーゼによること(13)13) K. Ohyama, A. Okawa, Y. Moriuchi & Y. Fujimoto: Phytochemistry, 89, 26 (2013).が予想されたことから,pAmtに相同性をもつPGA4を見いだした(図2図2■既報告の遺伝子と同定した遺伝子,推定されるグリコアルカロイド生合成経路).ノックダウン形質転換体を作成してPGA4が生合成に関与することを明らかにした(14)14) 梅基直行:PCT/JP2012/079955 (2012)..PGA3やPGA4をノックダウンした植物には,少なくとも3つの部位が酸化されたあとに生成するフロスタン型のサポニン(加水分解するとスピロスタン型トリテルペンであるヤモゲニン)が蓄積することがわかった(15,16)15) 梅基直行,大山 清:PCT/JP2012/080443 (2012).16) M. Itkin, U. Heinig, O. Tzfadia, A. J. Bhide, B. Shinde, P. D. Cardenas, S. E. Bocobza, T. Unger, S. Malitsky, R. Finkers et al.: Science, 341, 175 (2013)..このことから上記3つのシトクロムP450ではグリコアルカロイド生合成の酸化過程すべてを説明することができず,新たに2オキソグルタル酸依存性ジオキシゲナーゼである16DOXを候補遺伝子として選抜した.同様にノックダウン形質転換体を作製しグリコアルカロイド生合成遺伝子であることを確認した(17)17) 梅基直行:特願2013-127901 (2013).(図2図2■既報告の遺伝子と同定した遺伝子,推定されるグリコアルカロイド生合成経路).
植物ステロールに進む経路とグリコアルカロイドに進む経路との違いは,24位にメチル基を付加するメチルトランスフェラーゼ(SMT1)の活性によって制御されると考えられていた.しかし,SMT1を過剰に発現したジャガイモ形質転換体の解析では,グリコアルカロイドを制御できるような結果は得られず,生合成経路の分岐は不明なままであった(18)18) L. Arnqvist, P. C. Dutta, L. Jonsson & F. Sitbon: Plant Physiol., 131, 1792 (2003)..
この分岐点にわれわれはステロール側鎖還元酵素(Sterol Sidechain Reductase)であるSSR1とSSR2の2つの酵素をジャガイモとトマトから見いだし,SSR1とSSR2それぞれが,植物ステロールに進む経路とグリコアルカロイドに進む経路を分担していることを明らかにした(19)19) S. Sawai, K. Ohyama, S. Yasumoto, H. Seki, T. Sakuma, T. Yamamoto, Y. Takebayashi, M. Kojima, H. Sakakibara, T. Aoki et al.: Plant Cell, 26, 3763 (2014)..実は,先述のシトクロムP450の機能評価実験のために作製した酵母が本酵素遺伝子の発見につながっている.酵母を使った遺伝子同定として,基質であるβアミリンを酵母細胞内で合成させ,シトクロムP450であるグリチルリチン生合成遺伝子を発現し生産物を検出する方法が報告されている(20)20) H. Seki, K. Ohyama, S. Sawai, M. Mizutani, T. Ohnishi, H. Sudo, T. Akashi, T. Aoki, K. Saito & T. Muranaka: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 14204 (2008)..酵母でコレステロールをつくる方法が,ヒトの24位還元酵素であるDHCR24(21)21) H. R. Waterham, J. Koster, G. J. Romeijn, R. C. Hennekam, P. Vreken, H. C. Andersson, D. R. FitzPatrick, R. I. Kelley & R. J. Wanders: Am. J. Hum. Genet., 69, 685 (2001).を利用した特許文献に報告されていた(22)22) ドウニポンポン,ブルノーデュマ,ロベルトスパリーノ:特願2007-512255 (2005)..つまり,DHCR24に相当する遺伝子がジャガイモに存在すれば,ジャガイモでもコレステロール合成酵素を同定することができる.ジャガイモとトマトの発現データベースとゲノムを検索したところ,DHCR24,シロイヌナズナとエンドウの植物ステロール合成遺伝子であるDWF1(23)23) U. Klahre, T. Noguchi, S. Fujioka, S. Takatsuto, T. Yokota, T. Nomura, S. Yoshida & N. H. Chua: Plant Cell, 10, 1677 (1998).とLKB(24)24) L. Schultz, L. H. Kerckhoffs, U. Klahre, T. Yokota & J. B. Reid: Plant Mol. Biol., 47, 491 (2001).とも相同性のある遺伝子が2つ(SSR1とSSR2)あることがわかった.相同性の結果からは,どちらがコレステロール合成酵素遺伝子であるのかを判断することはできなかった.別のステロール合成酵素遺伝子でジャガイモから同定されたCYP51は植物ステロールに進む物質とコレステロールに進む物質の両方を触媒することが報告されていた(25)25) M. O'Brien, S. C. Chantha, A. Rahier & D. P. Matton: Plant Physiol., 139, 734 (2005)..SSR1とSSR2は発現部位に違いはなく発現量もほぼ同じであり,2つの遺伝子産物が両方の経路の活性をもつ可能性もあると考えられた.そこで,24メチレンコレステロールとデスモステロールを作製する2つの酵母を作成し,それぞれにSSR1とSSR2を個別に導入した(図3図3■酵母を用いたSSR酵素活性の検出).対照としてはヒトのDHCR24と特許文献(22)22) ドウニポンポン,ブルノーデュマ,ロベルトスパリーノ:特願2007-512255 (2005).に引用されていたエンドウのLKB(26)26) S. Shimizu & H. Mori: Plant Physiol., 112, 862 (1996).を用いた.SSR1とSSR2は別々に主にステロイドのΔ24 (27)27) 梅基直行,大塚雅子:PCT/JP2013/058418 (2013).還元酵素活性とΔ24 (25)25) M. O'Brien, S. C. Chantha, A. Rahier & D. P. Matton: Plant Physiol., 139, 734 (2005).還元酵素活性をもつことがわかった.このSSR2遺伝子をジャガイモとトマトでノックダウン形質転換体を作成したところ,顕著にグリコアルカロイドの含量が低下する形質転換体を得ることができた.このことからSSR2はグリコアルカロイド生合成に必須のコレステロール合成酵素であることが確認できた(図2図2■既報告の遺伝子と同定した遺伝子,推定されるグリコアルカロイド生合成経路).これらノックダウン形質転換体は,対照と異なる表現型は観察されず,グリコアルカロイド生合成経路を抑制しても,蓄積する産物は植物ステロールに流れることが確認できた.この遺伝子抑制は新規な代謝産物の蓄積が起きにくいと期待できる結果である.
遺伝子を同定した後,従来育種に利用するため変異体を取得する必要がある.自殖性植物のイネ,トマトやダイズでは,突然変異体の集団をTilling法などによって変異体を選抜・取得することが広く行われつつある.通常のジャガイモは4倍体であること,ジャガイモは塊茎で栄養繁殖するため流通されている品種は,アリルに多種類の遺伝子が存在していることから,Tilling法によって変異体取得が行われた例は少ない(28)28) R. Elias, B. J. Till, C. Mba & B. Al-Safadi: BMC Res. Notes, 2, 141 (2009)..しかしジャガイモでも種子を用いた変異処理は容易であり,プライマーのデザインを工夫しアレルを特異的に検出することで,変異体をスクリーニングすることも可能であることを示した(27)27) 梅基直行,大塚雅子:PCT/JP2013/058418 (2013)..ただし,変異体自体は当代で検定する必要があることと,得られた変異が後代に伝わる保証はないなど,系としては改善する必要がある.また,たとえ変異が得られたとしても,4倍体にまで変異を集積しなければならないことを考えると育種を達成するためには時間が必要である.
近年,遺伝子をターゲットにして変異を導入するゲノム編集が脚光を浴びている.この技術はジャガイモのグリコアルカロイド遺伝子を破壊するような,多倍数体である実用植物の遺伝子破壊に最も適する技術である.われわれは特異性の高いゲノム編集技術であるTALEN(Tal effector nuclease)を用いてSSR2遺伝子を破壊(ノックアウト)することを試みた.SSR2遺伝子を認識してSSR1遺伝子を認識しないTALENのデザインを行って発現カセットを作製し,これを導入した形質転換体を取得した.遺伝子発現の誘導など詳細な検討を行う前の予備的な段階であったが,1系統だけジャガイモ4倍体にあるSSR2遺伝子のすべてのアリルを破壊した系統を獲得することができた(19)19) S. Sawai, K. Ohyama, S. Yasumoto, H. Seki, T. Sakuma, T. Yamamoto, Y. Takebayashi, M. Kojima, H. Sakakibara, T. Aoki et al.: Plant Cell, 26, 3763 (2014)..多倍数体植物でのゲノム編集の実施例としてはコムギに先を越されたが(29)29) Y. Wang, X. Cheng, Q. Shan, Y. Zhang, J. Liu, C. Gao & J. L. Qiu: Nat. Biotechnol., 32, 947 (2014).,ジャガイモでは初めての例となった.今後は,より簡便で効率も高いとされるもう一つの技法であるCRISPR/Casを用いた遺伝子破壊にも取り組み,ジャガイモでの実用化に向けた課題の検討を進めていく予定である.
すでに同定されているグリコアルカロイド糖転移酵素遺伝子と,われわれが明らかにした6つの遺伝子,推定される経路を図2図2■既報告の遺伝子と同定した遺伝子,推定されるグリコアルカロイド生合成経路にまとめた.グリコアルカロイドに生合成遺伝子が明らかになるにつれ,ある特徴に気がついた.すべてではないが,いくつかのグリコアルカロイドの遺伝子は,染色体上の2つの領域に多く存在する(図4図4■グリコアルカロイド生合成遺伝子に見られる遺伝子の並び).7番染色体にはPGA2と16DOXが隣接し,近傍に糖転移酵素遺伝子であるSGT1とSGT3がある.12番染色体にはPGA3とPGA4が隣接する.近年,植物の二次代謝産物の遺伝子がクラスターを形成していることが,いくつかの植物種で報告されている(30)30) H. W. Nutzmann & A. Osbourn: Curr. Opin. Biotechnol., 26, 91 (2014)..SSR1遺伝子とSSR2遺伝子はジャガイモやトマトでは2番染色体に大きく離れて存在しクラスターは形成せず,その近傍に相互に類似の遺伝子はない.われわれは6番染色体にありクラスターを形成していないPGA1遺伝子をすでに同定していたこともあり,ほかの植物とは違う部分的なクラスターであるとの認識であった.しかし,元々トマトの研究者で同定した遺伝子が少なかったイスラエルのアサフ・アハロニ博士のグループは,逆に,このことを主題とした論文を発表した(16)16) M. Itkin, U. Heinig, O. Tzfadia, A. J. Bhide, B. Shinde, P. D. Cardenas, S. E. Bocobza, T. Unger, S. Malitsky, R. Finkers et al.: Science, 341, 175 (2013)..彼らはトマトのグリコアルカロイドであるトマチンの1糖目の転移酵素遺伝子GAME1遺伝子を報告していた(31)31) M. Itkin, I. Rogachev, N. Alkan, T. Rosenberg, S. Malitsky, L. Masini, S. Meir, Y. Iijima, K. Aoki, R. de Vos et al.: Plant Cell, 23, 4507 (2011)..同じような手法で,2~4糖目を付加するGAME2,GAME17,GAME18と同定した.報告にあるGAME4はわれわれが同定していたPGA3のトマトのオーソログである.われわれはPGA3の酵素活性を同定や特定することができていないが,彼らも同様である.クラスターを主張するために,ほかのいくつかの遺伝子についてはウイルス誘発性遺伝子サイレンシング法でグリコアルカロイド含量の低下が見られることだけを報告した.われわれの同定したPGA2,PGA4,16DOXのトマトのオーソログが,それぞれGAME7,GAME12,GAME11に該当する.また,コレステロールをつくるために必要なステロイド7位還元酵素であるDWF5(19)19) S. Sawai, K. Ohyama, S. Yasumoto, H. Seki, T. Sakuma, T. Yamamoto, Y. Takebayashi, M. Kojima, H. Sakakibara, T. Aoki et al.: Plant Cell, 26, 3763 (2014).は,ジャガイモには2つのパラログがある.2つのDWF5は,活性を共有しているか,基質特異性が異なるかについては明らかになっていない.2つのDWF5相同性遺伝子は1番染色体と6番染色体に存在しクラスターを形成していない(32)32) Potato Genome Sequencing Consortium: Nature, 475, 189 (2011)..個々の遺伝子の正確な機能同定と染色体上での部分的な遺伝子クラスターの役割は,まだまだ多くの研究を必要とする.
前述のとおり目的としていたコレステロールをつくる酵母は作製できたが,酵母を使ってはPGA1やPGA2については活性を特定することはできなかった.しかし酵母でコレステロールを自由につくることができるという技術は,たとえば,現在羊毛などから得られているビタミンD3を酵母で発酵生産することが可能になるということであり,今後の開発が期待されている.この酵母は通常のエルゴステロール型ステロイドがすべてコレステロール型になっているが,生育速度は若干遅くなる程度であり正常に生育する.さらにステロイドだけでなく酵母の脂質をすべて哺乳類型に変更することによって,いままで酵母を使って発現できなかった哺乳類の膜タンパク質を機能的に発現できるのではないかと期待されている.新たな異種タンパク質の発現宿主としての有用性についても検討を進めている.
本研究は植物でのコレステロールの役割についても新たな手掛かりを提供した.ほとんどの植物は植物ステロールと称される24アルキルステロールを主成分としており,コレステロールの含有量は低い.しかしナス科植物は植物では特殊であり,総ステロイド化合物の数%から1割がコレステロールであることが知られている(33)33) T. Itoh, T. Tamura & T. Matsumoto: Steroids, 30, 425 (1977)..ジャガイモやトマトではコレステロールがグリコアルカロイドの原料となっていることは明らかにした.タバコもコレステロールを多量に含んでいるが,タバコはコレスロールを前駆体とするような二次代謝産物は報告されていない.最近,ほかのナス科植物のゲノム配列やトランスクリプトームが報告されている.ナス属(Solanum)から遠いトウガラシ(Capsicum),タバコ(Nicotiana),ペチュニア(Petunia)にもSSR1とともにSSR2に相当すると予想される配列が見つけることができた(図5図5■SSR2相同遺伝子の系統解析).われわれはジャガイモやトマトでコレステロールを大幅に低下した形質転換体を取得したが,上述のように目立った表現型は観察できていない.24アルキルステロールが主成分の大部分の植物でも微量のコレステロールが検出され,コレステロールを多く含む組織も知られている(34)34) E. J. Behrman & V. Gopalan: J. Chem. Educ., 82, 1791 (2005)..コレステロールがナス科植物全般やそれ以外の植物にとって意義のあるものなのかどうかは興味がもたれるところである.
配列は文献(19)に加えてタバコ(SSR1: XP_009624735.1, SSR2: XP_009624490.1),トウガラシ(39)39) Pepper Institute: The Pepper Genome Database http://peppersequence.genomics.cn/page/species/index.jsp(SSR1: Capana02g000339, SSR2: Capana02g001326),ペチュニア(40)40) G. H. Villarino, A. Bombarely, J. J. Giovannoni, M. J. Scanlon & N. S. Mattson: PLoS ONE, 9, e94651 (2014).(SSR1: comp32722_c0_seq1, SSR2: Contigs comp27732_c0_seq1)を用いてMEGA version 6(41)41) K. Tamura, G. Stecher, D. Peterson, A. Filipski & S. Kumar: Mol. Biol. Evol., 30, 2725 (2013).で行った.ブートストラップ確率(%)と置換数距離を示した.
そもそもグリコアルカロイドは何のために存在しているのか.なくしてしまうと虫や病気に弱くなるのではないか.この研究を発表すると多くの人から質問を受ける.グリコアルカロイドは少なくともジャガイモ塊茎の生産については必要ない.われわれが作製したグリコアルカロイドを作らない遺伝子組換えジャガイモは,限られた環境でしか試験をしておらず,今後,フィールドテストなど実際の栽培環境に近い状態で評価・検討を進めなければ,これらについて答えることはできない.過去の研究や総説ではグリコアルカロイドと耐虫,耐病性との関連を強く述べているものがあるが,引用されている原著には根拠の乏しいものが多い.確実に周知されているものは,ジャガイモ野生種由来のグリコアルカロイドの一種であるレプチンがコロラド羽虫の耐虫性に関与しうるという報告だけである(35)35) S. L. Sinden, L. L. Sanford, W. W. Cantelo & K. L. Deahl: Environ. Entomol., 15, 1057 (1986)..抽出物を過剰に病害虫に添加した実験は意味があるとは考えにくく,ジャガイモを侵す病害虫は,そもそもグリコアルカロイドの影響は受けないと報告されている.グリコアルカロイドは光や打撲によって誘導されるが,病害や虫害で誘導されることは少ない.では,なぜ乾重量1%を超えるようなグリコアルカロイドをジャガイモは蓄積する必要があるのだろうか.毒としても,それほど効果的な毒ではない.グリコアルカロイドは,塊茎からでた萌芽,土壌から地上にでて緑色になった塊茎表皮近傍,そして花に極めて多く局在する(36)36) N. Kozukue & S. Mizuno: J. Jpn. Soc. Hortic. Sci., 54(Suppl. 2), 496 (1985)..同じくナス科のトウガラシの実に局在するカプサイシンは鳥との共進化が報告されている(37)37) J. J. Tewksbury & G. P. Nabhan: Nature, 412, 403 (2001)..筆者はジャガイモのグリコアルカロイドは,草食動物との共進化によるものではないかと想像し先行研究を探したが見つけることはできなかった.最近,京都大学の大山修一博士らによって,ジャガイモの原産地であるペルーのアンデス山脈でジャガイモ野生種とラクダ科の草食動物のビクーニャとの関係が報告された(38)38) 大山修一,山本紀夫,近藤 史:国立民族学博物館調査報告,84, 177 (2009)..ビクーニャはジャガイモ植物体と花は食べないがトマトとよく似たジャガイモの実を食べる.消化されなかった種子は糞として排出され,糞場から野生ジャガイモが多く見つかるとのことである.多くのジャガイモ探索研究者がアンデス地方に入った20世紀前半にはビクーニャの生息数が激減していたが,近年,ビクーニャの生息数が回復し野生ジャガイモの生育域と重なるようになったことで発見・報告することができたとのことである.本現象とグリコアルカロイドが直接関与しているかについて確定的な事実はないが,今後,現地での研究に協力していきたいと考えている.この報告は,グリコアルカロイドは草食動物の摂食コントロールに用いられてきたとの仮説に期待をもたせるものである.
グリコアルカロイドのないジャガイモはできるのだろうか.ジャガイモは直接ヒトの口に入るものであり,代謝物を変化させたものについてはしっかりとした評価を行う必要があるだろう.ゲノム編集した植物の作製や社会受容についても,多くの課題がある.今後のグリコアルカロイドの研究の深耕,ジャガイモ育種が進展すること,そしてグリコアルカロイドのないジャガイモを皆様に届けることができるようになることを願っている.
Acknowledgments
本研究の多くはキリン株式会社基盤技術研究所にて行われました.キリングループ,大阪大学村中俊哉教授のグループ,SSR2遺伝子の同定は理化学研究所環境資源研究センター斉藤和季副センター長と澤井学博士,昆虫細胞などでの異種発現解析やゲノム構造は神戸大学水谷正治准教授のグループと,ゲノム編集は広島大学山本卓教授のグループと,TILLINGは農研機構北海道農業研究センター田宮誠司上席研究員のグループと,多くの方々との共同研究で行われました.帯広畜産大学保坂和良特任教授から多くの系統の提供を受けました.東京工業大学大山清博士には図の掲載を承諾いただきました.研究メンバーみなさまに深く感謝いたします.本研究の一部は,生物系特定産業技術研究支援センター・イノベーション創出基礎的研究推進事業ならびに,総合科学技術・イノベーション会議のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「次世代農林水産業創造技術」によって実施されました.感謝いたします.
Reference
1) 厚生労働省:自然毒のリスクプロファイル:高等植物:ジャガイモ,http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/poison/higher_det_08.html
2) 日本中毒情報センター:保健師・薬剤師・看護師向け中毒情報,ジャガイモ,http://www.j-poison-ic.or.jp/ippan/M70115_0100_2.pdf
3) 農林水産省:食品中のソラニンやチャコニンに関する詳細情報,http://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/solanine/syousai/
7) E. Heftmann, E. R. Lieber & R. D. Bennett: Phytochemistry, 6, 225 (1967).
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10) 梅基直行,佐々木勝徳:PCT/JP2010/064744 (2010).
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13) K. Ohyama, A. Okawa, Y. Moriuchi & Y. Fujimoto: Phytochemistry, 89, 26 (2013).
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