テクノロジーイノベーション

超好熱菌由来の新規DNAポリメラーゼの発見とその産業利用

Masao Kitabayashi

北林 雅夫

東洋紡株式会社バイオケミカル事業部 ◇ 〒530-8230 大阪府大阪市北区堂島浜二丁目2番8号

Biochemical Department, Toyobo Co., Ltd. ◇ Dojimahama 2-2-8, Kita-ku, Osaka-shi, Osaka 530-8230, Japan

Hideyuki Komatsubara

小松原 秀介

東洋紡株式会社ライフサイエンス事業部 ◇ 〒530-8230 大阪府大阪市北区堂島浜二丁目2番8号

Life Science Department, Toyobo Co., Ltd. ◇ Dojimahama 2-2-8, Kita-ku, Osaka-shi, Osaka 530-8230, Japan

Tadayuki Imanaka

今中 忠行

立命館大学生命科学部生物工学科 ◇ 〒525-8577 滋賀県草津市野路東一丁目1番1号

Department of Biotechnology, College of Life Sciences, Ritsumeikan University ◇ Noji-Higashi 1-1-1, Kusatsu-shi, Shiga 525-8577 Japan

Published: 2015-11-20

はじめに

われわれの生活になじみのある微生物のほとんどは,常温,中性付近,豊富な栄養条件の下で活発に増殖できる.しかし,これらは地球に存在する微生物のごく一部であって,通常の培養設備で増殖可能な微生物は土壌中の全微生物の約1~10%に過ぎないことがわかってきた.そして,火山付近などの高温環境,深海などの高圧環境,北極や南極域などの低温環境にも,その環境に見事に適応した極限環境微生物が多数生息していることが明らかになった.これらの極限環境微生物は,従来の微生物に見られない特性を有し,基礎・応用両面で興味深い研究対象になっている.

極限環境微生物の中でも,90°C以上で生育できるのが超好熱菌である.超好熱菌は生物の進化系統樹の源流に位置しており,現存する生物の中で原始生命体に最も近いと考えられている.その生育条件は,水素,硫化水素,硫黄,2価鉄イオンなどをエネルギー源とし,二酸化炭素を唯一の炭素源として化学独立栄養増殖を行うものが多く,火山活動の盛んな原始地球環境(高温,嫌気的,無機的)に近いと思われる.

東洋紡は1882年に繊維事業を創業し,1952年に生化学関連研究に着手して,1970年に診断薬原料酵素事業,1972年に臨床検査薬事業を開始した.そして,この原料酵素の開発で培った微生物培養,酵素精製の技術を用い,遺伝子工学研究用試薬の開発に着手して,1982年に制限酵素の販売を開始している.東洋紡の遺伝子工学研究用試薬事業は後発であり,特徴ある製品の開発に取り組むことにより,存在感を発揮する必要があった.一方,当時,大阪大学大学院工学研究科今中研究室ではさまざまな極限環境から多種多様な微生物を採取して,これら微生物を用いた基礎および応用研究を進めていた.超好熱菌Thermococcus kodakarensis KOD1株由来の新規耐熱性DNAポリメラーゼ(KOD DNAポリメラーゼ)は,今中研究室で進めていた応用研究の一つであり,産学の共同研究により製品開発されたものである.

PCR酵素としての耐熱性DNAポリメラーゼの産業利用

特定のDNA断片だけを増幅するPCR法は,遺伝子の研究分野のみならず,感染症や遺伝子検査といった診断分野など,広く産業利用されている.このPCR法の酵素として用いられるのが耐熱性DNAポリメラーゼである.

DNAの複製や修復を行うDNAポリメラーゼは生物にとって必須な酵素であり,そのアミノ酸配列をもとに5つのファミリー(A, B, C, X, Y)に分類されている.近年,アーキアでは真正細菌,真核生物ともに類似配列が見られない新規DNAポリメラーゼの配列が見いだされ,新しくファミリーD DNAポリメラーゼとの分類も提唱されている.

PCR法にはDNA合成の伸長能力が高いという点から,通常,Taq DNAポリメラーゼおよびTth DNAポリメラーゼといった高度好熱性細菌Thermus aquaticusThermus thermophilus由来のファミリーA DNAポリメラーゼが使用されてきた.これらDNAポリメラーゼの利用によりPCR法の簡便化,自動化への道が開け,幅広く応用可能な手法として発展した.しかし,これらの酵素は,合成の間違いを校正するための3′→5′エキソヌクレアーゼ(プルーフリーディング)活性を保有していないため,PCR中に誤った塩基を連結してしまった場合は,そこで反応を停止するか,あるいは,それを乗り越えてDNA合成反応が進み,最終的に誤ったDNA配列が増幅される可能性があった(図1図1■DNA合成モデル).

図1■DNA合成モデル

一方,ファミリーB DNAポリメラーゼは,その酵素分子内にポリメラーゼ領域とエキソヌクレアーゼ領域を保持しており,間違った塩基を連結してしまった場合には,これをエキソヌクレアーゼ領域で除去し,正しい塩基に校正してDNA合成を継続することができる(図1図1■DNA合成モデル).超好熱性アーキアに属するPyrococcus furiosusThermococcus litoralis由来のファミリーB DNAポリメラーゼ(Pfu DNAポリメラーゼ,Tli DNAポリメラーゼ)は,その3′→5′エキソヌクレアーゼ活性に基づく高いPCR正確性(Pfu DNAポリメラーゼの正確性はTaq DNAポリメラーゼの32倍)を保持し,遺伝子のクローニング用途などで使用されていた.

しかし,これらのファミリーB DNAポリメラーゼは,DNA合成とDNA除去の2つの進行方向の反応を行うために,ファミリーA DNAポリメラーゼと比べてDNA合成の伸長能力が低く(Pfu DNAポリメラーゼのDNA合成速度はTaq DNAポリメラーゼの約1/2),PCRの増幅性能が劣るため,PCR時間が長くなる,PCRの成功率が低下するなどの問題点があった.

KOD DNAポリメラーゼの酵素特性

鹿児島県小宝島の硫気孔から分離した超好熱性アーキアThermococcus kodakarensis KOD 1株は,65~100°Cで生育し,有機物をエネルギー源および炭素源として,硫黄を電子受容体にした嫌気的従属栄養生育が確認されている.その菌体の生理特性は,既報のP. furiosusT. litoralisと極めて類似していた.しかし,このKOD1株からクローニングした新規なファミリーB DNAポリメラーゼ(KOD DNAポリメラーゼ)は,Pfu DNAポリメラーゼ,Tli DNAポリメラーゼとアミノ酸レベルにおいて高い相同性(約80%)を有しているものの,その酵素特性は大きく異なっていた.

KOD DNAポリメラーゼのDNA合成速度は,Pfu DNAポリメラーゼの約7倍,Taq DNAポリメラーゼの約2.5倍と,これまでに類のない高いものであった(表1表1■KOD DNAポリメラーゼの酵素特性比較).当時,ファミリーB DNAポリメラーゼはDNA合成速度が低いことが定説であり,著しく異なる結果の確証を得るため幾度もトレース実験を繰り返した.また,別の角度からDNA合成の伸長能力を検討するため,各種DNAポリメラーゼのプロセッシビティー(DNAポリメラーゼが基質DNAに結合してから離れるまでに合成できるヌクレオチドの数)を比較する実験も行った.KOD DNAポリメラーゼは,プロセッシビティーにおいても著しく高い能力が見られ,高いDNA合成速度と符合していた(1)1) M. Takagi, M. Nishioka, H. Kakihara, M. Kitabayashi, H. Inoue, B. Kawakami, M. Oka & T. Imanaka: Appl. Environ. Microbiol., 63, 4504 (1997).

表1■KOD DNAポリメラーゼの酵素特性比較
DNAポリメラーゼKODTaqPfu
起源Thermococcus kodakarensis KOD1Thermus aquaticusPyrococcus furiosus
分子量90.0 kDa93.9 kDa90.1 kDa
3′→5′エキソヌクレアーゼ活性++
熱安定性(半減期)95°C, 12 h95°C, 1.6 h95°C, 6 h
DNA合成速度(塩基/秒)100–1305420
プロセッシビティー(塩基数/反応)>300n.t.<20
変異導入率(PCR)0.10%4.8%0.15%

また,KOD DNAポリメラーゼは,そのPCR産物が表現型に変異を導入する頻度は,Pfu DNAポリメラーゼのものと比べて約1.5倍,Taq DNAポリメラーゼと比べて約50倍低くなっており,PCRの正確性においても最高水準の性能が認められている(表1表1■KOD DNAポリメラーゼの酵素特性比較).

KOD DNAポリメラーゼは,その特長を明らかにするためにX線結晶構造解析が行われ,立体構造が明らかにされている(2)2) H. Hashimoto, M. Nishioka, S. Fujiwara, M. Takagi, T. Imanaka, T. Inoue & Y. Kai: J. Mol. Biol., 306, 469 (2001)..DNAポリメラーゼにはPalmとFingersと呼ばれる領域があり,基質となるdNTPの取り込みに関与している.KOD DNAポリメラーゼのFingers領域にはリジン,アルギニンなどの塩基性アミノ酸がPalm側に向かって数多く並んでおり,これが効率的なdNTPの取り込みに関与していることが示唆されている(図2図2■KOD DNAポリメラーゼの立体構造).

図2■KOD DNAポリメラーゼの立体構造

KOD DNAポリメラーゼのPCRへの応用

KOD DNAポリメラーゼはDNA合成の伸長能力が高く,かつPCRの正確性が高い,非常にユニークな酵素であった.しかし,その高いDNA伸長能力や強力な3′→5′エキソヌクレアーゼ活性のため,PCRに使用するには制御が難しく,使いづらいという欠点があった.

そこで,PCR成功率を向上するため,3′→5′エキソヌクレアーゼ活性を抑制したKOD DNAポリメラーゼ変異体を取得してPCRの成功率を向上している(3)3) T. Kuroita, H. Matsumura, N. Yokota, M. Kitabayashi, H. Hashimoto, T. Inoue, T. Imanaka & Y. Kai: J. Mol. Biol., 351, 291 (2005).

さらに,われわれは,KOD DNAポリメラーゼをPCRで使いやすい酵素とするため,以下に示すさまざまな工夫を行った.

1. KOD DNAポリメラーゼの使用法検討

われわれがKOD DNAポリメラーゼ関連製品を開発した当初は,先達酵素であるTaq DNAポリメラーゼ,Pfu DNAポリメラーゼを参考に反応系を組んでいた.当時,DNAポリメラーゼ製品は2.5 U/µL以上の酵素濃度で,50 µLのPCR反応系に2.5 UのDNAポリメラーゼを用いるのが一般的であった.これに倣い,KOD DNAポリメラーゼ製品も2.5 U/µLの酵素濃度で,50 µLのPCR反応系に2.5 Uを使用していた.しかし,KOD DNAポリメラーゼのPCRの成功率は芳しくなく,研究者の満足いく性能ではなかった.

KOD DNAポリメラーゼの高いDNA伸長能力から50 µLのPCR反応系で2.5 U使用することは過剰と考え,酵素量を減らす検討を試行した.1.0 Uの酵素量を使用したときに穏やかな反応制御が可能となりPCRの成功率を格段に向上することができた.また,KOD DNAポリメラーゼと2種類のモノクローナル抗体を結合した酵素抗体混合液(酵素濃度1.0 U/µL)を製品形態として検討した.本製品形態にて長期保存中にKOD DNAポリメラーゼの酵素性能が損なわれないことを確認することができた.

さらに,ファミリーBタイプのDNAポリメラーゼはdUTPを取り込んだ際に酵素反応を停止する特性をもつためか,基質となるdNTPsのメーカー差によりPCR成功率を著しく低下させる現象が見られた.そこで,東洋紡のPCR酵素製品群においてKOD DNAポリメラーゼのみdNTPsメーカーを選定した.当時,制限酵素Bufferと同じくdNTPsをPCR酵素により使い分ける概念がなかったため,研究者の利便性を考えて専用dNTPsの設定に反対する意見が大勢であった.各メーカーのdNTPsを用いたKOD DNAポリメラーゼのPCR性能の比較結果を示して,東洋紡ではKOD DNAポリメラーゼで反応阻害が起こらないdNTPsをPCR全製品群で標準使用することにした.

2. ホットスタートPCR技術の採用

PCRの成功率は,Primerダイマーなどの非特異的な増幅により低下する傾向が見られる.なかでもPCRの最初の昇温の際に起こる非特異的な酵素反応はPCRの成功率を著しく低下させる.われわれは,DNAポリメラーゼ領域と3′→5′エキソヌクレアーゼ領域をそれぞれ認識する2種類のモノクローナル抗体をKOD DNAポリメラーゼに結合させて,常温での酵素活性を完全に封じ込んだ.そして,高温でこれら抗体が変性してPCRサイクル時のみ正確な酵素反応を行えるように改良したところ,高い成功率で,目的とするDNA断片のみを潤沢に得ることに成功した(4)4) H. Mizuguchi, M. Nakatsuji, S. Fujiwara, M. Takagi & T. Imanaka: J. Biochem., 126, 762 (1999).図3図3■ホットスタートPCR技術の採用).

図3■ホットスタートPCR技術の採用

このホットスタートPCRで用いる2種類の抗体は,その抗体の調製方法,あるいはKOD DNAポリメラーゼとの結合方法により,PCR性能に微妙な影響を及ぼすことがある.そこで,同じパフォーマンスを発揮する製品を安定して製造するため,製品製造においては標準作業操作を遵守して,厳しいPCR性能試験を経たものだけが製品として提供されている.

3. アクセサリータンパク質の利用

生体内ではDNAポリメラーゼが連続的に効率良くDNA合成を行うため,さまざまなタンパク質と共同して働いている.当時,このようなDNAポリメラーゼに協力して働くアクセサリータンパク質をPCRに利用する動きも見られていた.

アクセサリータンパク質には,ポリメラーゼの阻害を抑制するものや伸長能力を向上させるものなどさまざまなものが存在する.ポリメラーゼの阻害を抑制するものの一例としては,dUTPaseが挙げられる.ファミリーB DNAポリメラーゼは,その酵素特性としてdTTPの代わりにdUTPを取り込んだ場合,その塩基でDNA合成反応が停止する現象が見られる.PCR反応中にはdCTPが熱分解して微量のdUTPが産生されるため,dUTPの取り込みがPCRの成功率を悪化させる原因となっていた.そこで,反応系に耐熱性dUTPaseを添加してdUTPを除去することにより,DNAポリメラーゼの反応停止を防ぎ,伸長能力が改善することが報告されている(5)5) H. H. Hogrefe, C. J. Hansen, B. R. Scott & K. B. Nielson: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99, 596 (2002).

また,伸長能力を向上させるものの例として増殖細胞核抗原(proliferating cell nuclear antigen; PCNA)が挙げられる.真核生物ではPCNAがDNAポリメラーゼをDNA鎖状にとどめておくクランプ分子として働いており,DNAポリメラーゼと結合して,ポリメラーゼのDNA鎖上のスムーズな移動を助けている.実際,われわれはKOD DNAポリメラーゼにこれらの因子を添加することで,DNA伸長速度が増大することを見いだしている(6)6) M. Kitabayashi, Y. Nishiya, M. Esaka, M. Itakura & T. Imanaka: Biosci. Biotechnol. Biochem., 66, 2194 (2002).

このようなPCRに利用されるアクセサリータンパク質はほかにも数多く報告されており,DNAポリメラーゼ単独でのPCRよりも効率の良いDNA増幅を可能としている.われわれも,DNA合成の反応効率を促進するアクセサリータンパク質である伸長エンハンサーを開発し,その添加によりPCRの成功率を向上している.

4. PCR反応Buffer組成の最適化検討

KOD DNAポリメラーゼは,その高いDNA伸長能力から,水素結合の多いGCリッチな鋳型DNA配列でも,比較的よくDNA増幅することができる.しかし,その高い伸長能力のため,誤って結合したPrimerからも遺伝子を増幅してしまう非特異的な増幅がまれに見られた.

このような非特異的な増幅を防ぐには,PCRの反応組成が最も重要になる.一般的には,核酸と相互作用する陽イオンの検討が行われ,Primerの結合状態を安定化するイオンと不安定化するイオンのバランスや組み合わせにより特異性を向上している.

そのほか,標的核酸とともにPCRに持ち込まれる阻害物質がPCRの成功率に悪影響を及ぼすことが知られている.阻害物質はDNAポリメラーゼの失活や,核酸に結合しポリメラーゼ伸長反応の阻害を引き起こす.BSA,トレハロースなどの添加物は,阻害物質から核酸やDNAポリメラーゼを保護し,PCRの阻害物質を吸着してその影響を緩和することが報告されている(7,8)7) W. Abu Al-Soud & P. Rådström: J. Clin. Microbiol., 38, 4463 (2000).8) Z. Zhang, M. B. Kermekchiev & W. M. Barnes: J. Mol. Diagn., 12, 152 (2010).

KOD DNAポリメラーゼの反応液組成もさまざまな化合物の組み合わせ検討を行い,特に陰イオンのシュウ酸イオンがPCR酵素全般で特異性向上に効果があることを見いだしている.また,われわれはグリコール類が酵素を不安定化させることなく,特異的な増幅のみを促進させることも見いだしている.KOD DNAポリメラーゼの高い安定性と伸長能力を活かす,これらPCR反応Bufferの最適化により,今までは増幅が不可能であった阻害物質を多く含むクルードなサンプルからもPCR増幅を可能とした.

われわれは先入観を払拭して,KOD DNAポリメラーゼの高性能PCR製品を創り上げるまでに10年以上の歳月を要している.

KOD DNAポリメラーゼのPCR製品事例

1995年に「KOD DNAポリメラーゼ」をPCR用酵素として開発以来,上記の技術開発を重ね,最近,「KOD DNAポリメラーゼ」をベースに,用途別に2種類のPCR用酵素を開発した.一つは,反応Buffer組成の見直しによりKOD DNAポリメラーゼの高い正確性をさらに向上して,PCRの成功率を上げた「KOD-Plus-Neo」(正確性はTaq DNAポリメラーゼの約80倍)である.もう一つが,反応Buffer組成の改良と伸長エンハンサーの添加により,KOD DNAポリメラーゼの伸長能力を最大源に活かして,マウステールや植物葉などからDNAを精製することなく,直接PCRに持ち込むことを可能にした「KOD FX Neo」(正確性はTaq DNAポリメラーゼの約20倍)である.「KOD-Plus-Neo」はヒトゲノムから24 kb,「KOD FX Neo」はヒトゲノムから40 kbの目的産物を増幅することができる(図4図4■KOD FX NeoのPCR事例).

図4■KOD FX NeoのPCR事例

さらに,2013年には,これまでのリアルタイムPCR用酵素の常識を覆し,KOD FX Neoで培ったPCR技術を用いて,難配列,ロングターゲット,クルードサンプルで高効率リアルタイムPCRを可能にした「KOD SYBR® qPCR Mix」を開発している.また,KOD DNAポリメラーゼは研究用途のみならず,遺伝子診断でも優れている(東洋紡(株)全自動遺伝子解析装置GENECUBE®の反応試薬として販売).その優れた伸長速度を活かし,素早く正確な判定が必要な診断の用途でも大いに活躍することが期待されている.

今後の展望

耐熱性DNAポリメラーゼを用いたPCR基本技術は,その発表から四半世紀以上の歳月を経た.その用途は多岐にわたり,DNAのクローニングやシーケンシングに始まり,遺伝子組換え作物などの品質管理,SNP(Single nucleotide polymorphism)の遺伝子診断など,さまざまな局面で利用されるようになった.

われわれがはじめに提供したKOD DNAポリメラーゼ製品はPCR性能が芳しくなく,多くの研究者から叱咤激励をいただいた.そのようなご助言が製品改良の糧となり,信頼される製品を届けたいとの一心が,現在のKOD DNAポリメラーゼ関連製品群の開発につながっている.

私たちは最初の約10年間のKOD DNAポリメラーゼ関連製品の開発に携わり,多くの可能性を感じながら同僚諸氏に開発を委ねた.KOD DNAポリメラーゼ関連製品は長きに渡り幾人もの優秀な開発者の手により,少なからず研究者のお役に立てる製品に成長することができた.東洋紡では,「KOD DNAポリメラーゼがPCR酵素の一つの理想形である」と信じて研究開発を継続している.

Acknowledgments

本研究を行うにあたり,北陸先端科学技術大学院大学・高木昌宏先生,関西学院大学理工学部・藤原伸介先生に,多くのご指導,ご支援を賜りました.ここに深く感謝の意を表します.また,本研究開発に携わった,東洋紡関係者の皆様に深謝申し上げます.

Reference

1) M. Takagi, M. Nishioka, H. Kakihara, M. Kitabayashi, H. Inoue, B. Kawakami, M. Oka & T. Imanaka: Appl. Environ. Microbiol., 63, 4504 (1997).

2) H. Hashimoto, M. Nishioka, S. Fujiwara, M. Takagi, T. Imanaka, T. Inoue & Y. Kai: J. Mol. Biol., 306, 469 (2001).

3) T. Kuroita, H. Matsumura, N. Yokota, M. Kitabayashi, H. Hashimoto, T. Inoue, T. Imanaka & Y. Kai: J. Mol. Biol., 351, 291 (2005).

4) H. Mizuguchi, M. Nakatsuji, S. Fujiwara, M. Takagi & T. Imanaka: J. Biochem., 126, 762 (1999).

5) H. H. Hogrefe, C. J. Hansen, B. R. Scott & K. B. Nielson: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99, 596 (2002).

6) M. Kitabayashi, Y. Nishiya, M. Esaka, M. Itakura & T. Imanaka: Biosci. Biotechnol. Biochem., 66, 2194 (2002).

7) W. Abu Al-Soud & P. Rådström: J. Clin. Microbiol., 38, 4463 (2000).

8) Z. Zhang, M. B. Kermekchiev & W. M. Barnes: J. Mol. Diagn., 12, 152 (2010).