トップランナーに聞く

ノボザイムズ ジャパン株式会社研究開発部門ジーンテクノロジー部部長兼開発戦略担当 髙木忍氏

Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry

公益社団法人日本農芸化学会

Published: 2015-11-20

ノボザイムズ ジャパン株式会社は,産業用酵素などで世界をリードするノボザイムズ社の日本法人である.開発された酵素は,洗剤から繊維,食品に至るまで日常生活に密着した産業分野で利用されている.ここで研究開発部門の部長として活躍されている髙木忍さんに,本企画初めての女性トップランナーとして,外資系会社でのご経験や女性リーダーとしての考え方,若者に望むことなどについて熱く語っていただきました.

入社のきっかけ

――まずは学生時代のご経験や入社のきっかけなどをお聞かせいただけますか.

髙木 大学は北海道大学の農芸化学科で応用菌学講座というところを出たのですが,学生時代はキノコの有機酸発酵をやっていました.キノコ,すなわち担子菌を坂口フラスコで培養して,ピルビン酸を作らせるというようなことをしていました.

最初から微生物に興味をもっていたわけではなく,微生物の世界に入ったのは結局,大学3年の後半ですね.大学に入ったときは,自分が農学に行くとは思いませんでした(笑).最初は理学部に行きたいと思っていたのですが,高校の進路指導の担任に相談したところ,農学部はどうかと提案されました.でも農学部なんて,そのときにはちょっとピンとこなくて.青い麦畑を思い浮かべましたね.自分のやりたいことと,ちょっと違うような気がしたので,学部を決めなくてもいい大学,それが東大と北大しかなかったんですが,それで北大へ行きました(笑).

農学部を避けたはずなのに,やっぱり農学部になっちゃったんですね.気がついてみれば,なぜか農芸化学へ(笑).そして,その農芸化学科に入ってから講座を選ぶときに微生物が面白そうな気がしたので,この講座に入りました.きっかけは授業がたいへん魅力的だったことと,そうですね,微生物って中学・高校で習う機会がないですよね.大学で初めてしげしげと学ぶことになるわけですけれども,そのときにこんなものが世の中にいるんだって.それでいろいろなことができる.食品や薬を作っている.これは何かとても面白そうかなと思い,応用菌学講座に入りました.入社のきっかけは,大学院修士課程のときに,東京で行われた国際学会でポスター発表をしたのですが,そこに今の会社の現地の部長が現れて質問されたのがきっかけです.当時,北海道に工場を作る計画があったので,北海道で微生物をやっている研究室を探していたと思います.それで目に留まって.これが私の入社のきっかけです.

会社・仕事内容

――大学の授業を受けて微生物の世界に引き込まれたのですね.次に会社の業務内容や入社後のご自身の経験などについてお話しいただけますか.

髙木 ノボザイムズ社は,もともとはデンマークにあるインスリンメーカーの一酵素部門だったのですが,2000年に酵素部門が独立し,ノボザイムズという会社になりました.現在,扱っているのは産業用の酵素で,洗剤用や食品用,繊維,紙パルプなど,意外と身近なところで扱われている酵素を販売しています.ほとんどすべて微生物由来の酵素で,私たち,日本の研究グループは主にタンパク質工学を利用した新しい酵素の開発や生産菌の開発などを行っています.その中で,自分自身は糸状菌を使った生産菌の開発をかなり早いうちから始めていました,もちろん会社に入ってからなのですけれども.私が会社に入って最初に手がけたプロジェクトが,リパーゼのスクリーニングでした.洗剤用のリパーゼの開発に携わったわけですけれども,新しい酵素を新しい菌から探してくる.良さそうな酵素が見つかった後,生産性をどうやって確保するかが問題になるわけですが,ちょうどその頃に,遺伝子組換え技術が台頭してきたんです.私たちが携わった洗剤用のリパーゼが,実は遺伝子組換え糸状菌,麹菌を使った最初の製品になりました.1987年ですね.それまではずっと微生物の育種で生産性を上げてきたのですが……何十年といった年月で突然変異処理を行って,ようやく製品化可能なレベルの製造コストにしてきたんですね.自然界から分離されたばかりの微生物は生産性が低く,従来法の育種ではとてもとても追いつかないので,組換え技術を使わないと逆に製品化は不可能だったんです.こういう状態は今でも続いています.

――ちなみに生産菌の開発にはどれくらいかかるんですか?

髙木 酵素が決まってから生産菌を作るのには最短で3カ月から4カ月.酵素のスクリーニングは年単位ですね.最初の洗剤用リパーゼのときには,私たちは足かけ3年ぐらいかけています.今では,酵素はシークエンス情報からその遺伝子をクローニングして,発現させてサンプルを作ってということができますので,時間はかなり短縮されています.それでも,サンプルを評価して応用試験などをしますので,新しい酵素の開発には今でもやっぱり1年,2年以上はかかりますね.自然界にある酵素は大概そのままでは目的の応用条件では使えないので,そこからタンパク質工学による改変,ファインチューニングが始まります.ですので,一つの製品ができ上がるのにやはり2年から4年はかかります.食品用酵素の場合はその安全性の確認にさらに1年くらいかかります.製品化に至らないケースはたくさんあります.かつて日本の企業と酵素の開発を行った時期がありましたが,期待できる売上げの規模が本社で議論されて,提示された最低額に満たなくて商品化できなかったことがありましたね.日本市場だけではなくて海外でも売れないと,製品にはならないということですね.グローバルな会社ですから.

――食品用では低糖ビールや透明ジュースなど意外なところに酵素を使っているのですね.

髙木 新しい製品の開発はお客さまといろいろミーティングをして,お客さまのニーズをまず取る.そのうえで,一緒に開発させていただくという方式で進めています.そうは言っても,最初にどのようなものが提供できるかというのを示さないと,お客さまのほうでも思いつかないですよね.ですから,なるべくたくさん酵素のサンプルを取りそろえるようにしています.

――デンマークの本社との関係や,ノボザイムズジャパンとしての役割分担はどうなっているのですか?

髙木 私は研究開発部にいるのですが,ノボザイムズでは現在世界に11カ所の研究所があります.ほとんどの研究所では,産業用酵素の開発を行っていて,あとは新しいビジネス分野として医薬用タンパク質や,微生物製剤を開発しています.仕事の開発の進め方としてはいろいろな役割や得意分野が各国の研究所サイトにわかれています.一つの製品を開発するのに,ほかのサイトと協力しながら進めるといった感じです.日本はずっと産業用酵素の開発が専門です.新しい酵素の開発で,タンパク質工学などで改変するのが得意,あとは生産菌の開発ですね.酵素の開発に関してはデンマーク本社でプロジェクトを決めるのですが,それを各国の研究所が分業します.新しい酵素を作る,もしくは探してくる部門と,生産菌を作る部門,あとはその応用試験をする部門というところにわかれているので,そこが協力しながらですね.少し前はEメールや電話でやりとりしていたのですが,最近はインターネットを使ったテレビ会議が主流です.やはり顔が見えない状態で話をしても,なかなか細かい意図が伝わらなかったりしますよね.会議の頻度は,プロジェクトによりますが,月1回程度が多いでしょうか.

――海外のグループと英語でコミュニケーションされるわけですよね.髙木さん自身は英語の勉強などはされましたか?

髙木 英語は本当に苦労しました(笑).公用語が英語ですし,本社から人が来たらみんな英語でしゃべりますから必須です.入社のときにもうすでにある程度話せて入ってこられる方もいましたけれども,それを入社の必要事項にしていません.私はほとんどまるで話せない状態で入ってきましたので,たいへんでした.会社で英語教育はもちろんします.しかしそれだけでは全然足りません.私はやはりアメリカに行って,向こうで暮らしてようやく慣れてきたかなという感じですね.今の人たちは,社内の英語教育と普段のミーティングですね.ミーティングをしながら慣れていくうちに,みんなそれぞれしゃべれるようになってくるので,それはすごいと思います.慣れですね.英語は習うより慣れろ(笑).本当にそのとおりだと思います.

――アメリカにいらっしゃったんですか?

髙木 カリフォルニア州のデービスにできたノボザイムズの研究所に派遣されました.立ち上げを手伝う感じですね.そのときは糸状菌の遺伝子の研究をやるグループとして立ち上げられたわけですけれども,この分野は新しい人たちばかりですよね.逆に私が出かけて行って,糸状菌の形質転換を教える立場でした.私はあの組織の立ち上げメンバー(笑)の1人として見られています.当時はどうしていたのでしょう.最低限のコミュニケーションはたぶんできていたとは思いますが.よく言われることですけど,英語は毎日継続して聞いていると,ある日突然聞こえるって言いますよね.私の場合も全く同じ,まさにそれを自分で経験したので.皆さんには英語の学習テープなどを継続して聞くように勧めています.

女性リーダー

――外資系というとやはり女性比率が高いというイメージがありますが,どうでしょうか?

髙木 はい.多いと思います.研究開発部門は6 : 4で女性が多いですね.これでも男性は増えたほうで,立ち上げはじめのころは,男性はたいへん少なかったんですよ.研究開発部の30名のうち,18名がいわゆる研究員で,12名がアシスタント.研究員のほうはちょっと男性を増やしましたので,18名中男性は7名.アシスタントは男性が2名だけなので,ほぼ女性ですね.

ノボザイムズ全体で見ると管理職にはやはり男性のほうが多いです.一番トップのマネージメントグループは6名いますが全員男性です.その下の副社長レベルになりますと女性が何人か出てきますが,やはり男性のほうが圧倒的に多いいですね.スウェーデンなんかはかなり女性が強いようですが.うちの会社はまだまだトップに女性が少ないと外部から指摘を受けています.

――女性が働きやすい環境を作っていらっしゃるのですか?

私たちが意図的に作ったわけではないですけれども,デンマークの会社ですから,やはり普通の日本の企業に比べると女性にとっては働きやすいと思います.産休はもちろん,それとは別に育児休暇をかなり早い時期から導入していたので,女性が結婚して子どもを産んでも,それを理由に辞めたという例はほとんどないですね.

――何か先ほどこちらにご案内いただいたときに,かなり会社の皆さん,カジュアルな服装で……

髙木 はい(笑).いつもこんな感じです.特に研究開発部はそうですね.ですから,会社の雰囲気は日本の企業と違うのではないかなと思います.先ほどの男女比ですが,男性・女性で給料に差がないというのも,女性に対して働きやすい環境を作っていると思います.

――会社で女性の管理職となっておられて,何か心がけたり気をつけたりしておられることとかありますか?

髙木 心がけていること…….私のポジションはなかなか難しいというか,板挟みのポジションなんですね.本社は文化が違いますから日本の常識は通じませんので(笑).働いている人たちは日本人なので,やはり日本人は日本人らしく育てたいと思ってはいます.ですから,ちょっと本社のやり方にはそぐわないところもありますけれども,可能なところは日本人なりの方法で育てようとしてはいます.うまくいかなときもありますけど(笑).

欧米人は絶対急がないですね.もう時間の使い方が全然違います.日本人はやはり物を作る際に,いつまでにやろうと思うとそのとおりに計画をしますよね.逆算をしながら.いついつまでに欲しいんだったら,いつまでにこれをして,とやるのが私たちの通常のやり方ですけども.彼らは一応そういう計画はあってもあまり気にしないようですね.やってみて,うまくいかなかったら,それは仕方がないと.だから,遅れるのも仕方がない.いまだに慣れないですが(笑).入社30年になりますけれども.

あとは,もう下の人に任せるようにしていますね.彼らの中でプロジェクトリーダーがいますので,お任せです.

――いい研究チーム,いわゆるチームワークとして良い成果を出すためのチームを作るのに管理職の立場の方としてはどういったところを気にされていますか?

髙木 それは非常に奥深いものだと思います(笑).一言ではたぶん説明しきれないと思いますね.グループにもよるし.私たちのところには部署が3つありますけれども,やり方がみんな違いますね.でも,言ってみれば,リーダーがそれぞれリーダーシップを取ってやっているわけですけれども,そのリーダーシップの取り方がコミュニケーション重視,下の意見をうまく引き出してやるタイプと,リーダーの発想で引っ張ってうまく回すタイプもいます.でも,完璧なチームってなかなか難しいと思います.

女性と男性

――どういう人に会社に入社してもらいたい,また男性・女性のどちらがというのはありますか?

髙木 元気な(笑),元気な方がいいですね.最近の若い方たちって,何でしょう,自分で型にはまっているのか,自分から進んでやろうという姿勢があまり見えないところがあるのですけれども,やはり会社では率先して,どんどん自分で提案してやっていってくれる人がいいですね.私としては,男性は少し増えたので,次は女性がいいかなと思っています.

ただ,男性が増えたことで,雰囲気が多少変わったかもしれないですね.かつては,女性の比率のほうが高かったんですけれども,本当に学生時代の延長みたいな感じで,ずいぶん自由に何でも自分たちでやって.それはそれなりに楽しかったのですが,何かプロジェクトを進めよう,新しいものを開発しようというときには多少弱さがあったかもしれないですよね.楽しく和気あいあいやっていたところで,必要なものが出てこない可能性もある,そういうプロジェクトも実際ありましたから.実際に物を開発する力は,今のほうが強いと思います.

――男性が増えたことによって,そのようになったのでしょうか?

髙木 たまたまだったのかもしれないですけども.女性でも優秀な人はいます.その男女って(笑),本当に何でしょうね.違いがあるのかないのか,どっちも言えるのかなっていう気はしますよね.私たちにしてみれば,男女差異はなく,同じようにできる人はいるし,発想なんかも変わらないと思うんですけど.その一方で,やはり男女の考え方,一般的にですね,が何となく違う.得意分野が違うのも確かかもしれない気はします.

だからこそ,男性をちょっと多く採った時期があるんですけれども,やっぱり最終的なものにたどり着こうという意欲が男性のほうが強いのかもしれないとその当時は思いましたね(笑).今はわかりません.必ずしもそうではないかなと思います.ですから,言ってしまえば両方.たぶんいい悪い,もしも違いがあるのであれば逆にその違いを取り入れて,うまく進めていくのが一番で,確実な力強い組織ができるとは思います.という意味で,女性を採るのは大賛成(笑).女性研究員を増やすのも大賛成です.

一方で,女性のほうから,男性に任せておけばいいかなという意識は時々感じますね,やはり.人によって違うとは思うのですけど.もしかしたら,これまでの社会が男性社会で,男性のほうが世の中を回しているように見える,それでうまくいくのであれば任せておけばいいかな,というような考えをするのが女性かなと.そこで,あえて意見を言おうという努力をしてこなかったかもしれないというのもありますね.女性としての反省ですかね.そこの意識は変わってくるといいなと思いますね.

――入社する人はPh.D.が多いですか?

髙木 職種によりますね.アメリカでは学位をもっていたらサイエンティスト(研究員),なければリサーチアソシエイト(補助員)となります.ですから,サイエンティストを目指す人はみんな学位をもっています.でも日本の研究所はPh.D.は少ないです.日本ではドクターの方たちというのは自分たちの確固たる専門分野がありますよね.今までやってきた専門.それがそのままうちでの仕事に合う人というのはかなりまれです.結局入社後に勉強して対応してもらっています.

――Ph.D.をもっていないことが障害になることはないのですか?

髙木 日本の研究所ではありません.

学生へのメッセージ

――高木さんのモットーは?

髙木 「まずやってみる」ですかね(笑).まずやってみる.いろいろ考えるよりも,やってみたほうがいいかなって思いますし,やってみないとわからないことって結構ありますよね.なので,まず挑戦してみるのがいいのではないかしらとは思っています.頭で考えてこれはうまくいくはずがないというのを,実際やってみて,うまくいったということは過去にありましたからね.

――学生に勉強や研究についてメッセージをお願いします.

髙木 勉強すること(笑).英語は早めにやっておいたほうが,頭が軟らかいうちに学んでおいたほうがいいみたいです.あとは大学にいる間に研究を楽しんでほしいです.会社に入ってから,自分のやりたいことってなかなかできないじゃないですか.だから,自由のあるうちに,自分のやりたい研究を,自分の発想で自分で考えてやってほしいなと.あとは,経験は多ければ多いほうがいいと思うので,機会を活かして積極的に研究してほしいですね.

企業にきて,「自分はこれがやりたいんです」,と言われたところで,それは難しいです.自分たちの思いどおりにはならないこともあるっていうことはちゃんと理解をして,世に出てきてほしい気はします.また,考える力や発想力もつけてほしいですね.あと,海外は是非経験してほしいですね.日本の文化を外から見る,いい機会ですよね.文化が違うって行ってみて初めて気づくものですよね.行かなかったら,たぶん一生わからないです.物の考え方,時間の流れ方がこんなにも違うものかと.国際学会でもいいと思いますね.

研究を進める研究職という道へ進みたいのであれば,どうやってその研究を進めるか,要するに,その下調べ,情報集めの方法,リサーチなりをまず始めてから研究って進めますよね.そのやり方,そのための知識は身につけてほしいですし,大学でもそのベーシックとなるところはビシビシ教えていただけるといいですね.また,コミュニケーションも大事です.

農芸化学会への要望

髙木 私は,農芸化学は非常に生活に密着した分野であると思っていて,だからこそ自分たちの生活をよりよくできる可能性を秘めた分野であると思っています.そういった観点から研究も進めてほしいですし,そういうものづくりの現場というのを学会誌や学会で紹介してくれたらいいかもしれないと思います.そう.まだまだできることがたくさんあるはずですね.また,産学連携というのがありましたよね.企業側としては,もちろん基礎研究部門をしっかりお持ちのところはいいですけれども,うちみたいに基礎研究ができないようなところは,大学でやってくれるとうれしいという気持ちはあるんですね.ですから,その企業側のニーズに合うような研究というのをもっとやってくれるといいなとは常々思っています.いつも先生方のほうでは,やはり大学は学生を育てるところで,卒業させなきゃいけないので,とにかく発表できるテーマじゃないと困るとか,学生が仕上げられるような研究じゃないと困るとかね.というので,なかなかうまく回らなかったところがありますが,そこが何とならないかなと思っています.

――本日は有意義なお話を聞かせていただき,誠にありがとうございました.

聞き手:石神 健(東京大学応用生命工学),西村麻里江(農業生物資源研究所),松藤 寛(日本大学生物資源科学部)