Kagaku to Seibutsu 54(1): 2 (2016)
お祝いメッセージ
大村智先生のノーベル賞ご受賞を祝して―イベルメクチンとMDR1
Published: 2015-12-20
© 2016 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2016 公益社団法人日本農芸化学会
大村先生,ノーベル生理学・医学賞ご受賞おめでとうございます.大村先生の素晴らしい業績の数々はもちろんのこと,「微生物から多くのことを学びました」と,記者会見でコメントされた飾らぬお人柄が,日本農芸化学会の最高の誇りです.記念特集号の刊行にあたり,今回のノーベル賞の対象となったイベルメクチンと私の接点を書かせていただきます.
私は,大村先生の大先輩の秦 藤樹博士が北里研究所で発見された抗がん剤マイトマイシンCの作用機構を研究して学位を取得した後,がん細胞が複数の抗がん剤に対して耐性を獲得してしまう「がんの多剤耐性」を研究するため,米国の国立がん研究所に留学しました.そこで1986年に,多剤耐性がん細胞で高発現しているMDR1という遺伝子を発見しました(1,2)1) C.-J.Chen, J. E. Chin, K. Ueda, D. P. Clark, I. Pastan, M. M. Gottesman & I. B. Roninson: Cell, 47, 381 (1986).2) K. Ueda, C. Cardarelli, M. M. Gottesman & I. Pastan: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 84, 3004 (1987)..
MDR1タンパク質(P-糖タンパク質とも呼ばれる)は,さまざまな構造の脂溶性化合物を細胞から排出するという興味ある活性をもつ膜タンパク質です.オランダの研究者は,その生理的役割を解明するため,1994年に世界で初めてその遺伝子を欠損させたマウスを樹立しました(3)3) A. H. Schinkel, J. J. M. Smit, O. van Tellingen, J. H. Beijnen, E. Wagenaar, L. van Deemter, C. A. A. M. Mol, M. A. van der Valk, E. C. Robanus-Maandag, H. P. J. te Riele et al.: Cell, 77, 491 (1994)..そのとき,ダニを除去するためマウスにイベルメクチンを噴霧したところ,苦労して樹立したMDR1欠損マウスが死んでしまいました.
この事件によって,動物の脳をさまざまな有害物から保護している「血液脳関門」が,血管の隙間から漏れないという構造的なものだけでなく,有害物が血液から脳内に侵入しないようにMDR1が働いていることが明らかになりました.線虫には中枢神経を保護するための「血液脳関門」が存在しないために,イベルメクチンを用いて効果的に殺すことができるのです.
アフリカで多くの人々を寄生虫から救っているイベルメクチンの存在と,それが大村先生の発見であることをそのとき私は知り,日本の微生物研究のすばらしさを実感しました.これからもお体を大切にしていただき,ますます科学の発展と人々の幸福に貢献していただけますようお祈りしております.