お祝いメッセージ

大村先生,ご受賞おめでとうございます

Teruhiko Beppu

別府 輝彦

東京大学名誉教授 ◇ 〒113-8654 東京都文京区本郷七丁目3番1号

Professor Emeritus, The University of Tokyo ◇ Hongo 7-3-1, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8654, Japan

Published: 2015-12-20

まずもって,微生物由来の生理活性物質にかかわってきた古い仲間の一人として,今回の先生のノーベル生理学・医学賞ご受賞に,心からのお祝いを申し上げます.

10月5日の夕方,漫然と見ていたテレビの画面にテロップで流れたご受賞のニュースは,私には二重の意味で大きな驚きでした.もちろん一つは嬉しい驚きですが,もう一つはこのニュースのテレビ解説が初めのうちは支離滅裂だったことで,私たち仲間の間ではよく知れわたっているご業績が,広い世間にはまだこんなにしか知られていないことを知って驚いたのです.今回のご受賞を祝う動きは世界の仲間の間に拡がっていますが,それは新しい医薬の供給源としての微生物に対する関心が,しばらく前から潮が引くように消えてしまっていることへの危機感の裏返しでもあります.今回の吉報が,こうした現状を改善するきっかけになることを望んでいます.

「山川草木悉皆成仏」という心性をどこかに植え付けられている日本人にとって,自然の中の微生物から薬を探すスクリーニングという仕事は向いているのかもしれません.しかし今回のご受賞の対象となった,エバーメクチンの発見からイベルメクチンの実用化に至るご業績は,単に「向いている,いない」というだけの話ではないことは明らかです.米国メルク社と対等の立場での緊密な産学共同研究体勢の確立,世界の医薬開発動向を見据えた動物薬という目標設定,ゴルフ場も含む広範な環境から分類学的にも多様な微生物を分離する組織的努力,活性検定・評価作業との有機的な連携,有効成分の分離・構造決定から誘導体合成等々,総合的であると同時に極めて先見的な取り組みは,大村という個性と駆動力があってこそ機能したのであり,その成果はまさに先生によっているのです.イベルメクチンがWHOを介してアフリカのオンコセルカ症患者に光明をもたらし,その根絶が視野に入りつつあるという人道的貢献にも,深い尊敬を捧げたいと思います.

先生のお仕事はそれに止まらず,北里研究所を率いてこれまでに膨大な数の微生物由来の新規化合物を発見し,それらの作用機構や生合成経路を明らかにしてこられました.たとえば脂肪酸合成の特異的阻害剤としてのセルレニンや,ユビキチンを介するタンパク質分解にかかわるプロテアソームを標的とするラクタシスチンなどの発見は,生化学,細胞生物学分野の基礎研究に極めて重要な武器を提供しました.一方でマクロライド抗生物質の一つエリスロマイシンに,腸管蠕動促進ホルモンであるモチリンのアゴニストとしての作用が発見されると,その抗菌活性をなくしアゴニスト活性を大幅に増強した誘導体を作り出して,新しい治療薬の開発へとつなげました.これらほんの数例からもわかる,基礎から応用にわたる幅広い成果と柔軟な研究姿勢は,ご受賞の土台であると同時にさらにその先への展望を示すものです.

今回のノーベル生理学・医学賞は,微生物や植物から見いだされる新しい生理活性物質の探索研究に,久しぶりに光を当ててくれました.この分野では,これまでわが国が大きな業績を上げてきていることは世界が広く認めるところであり,第二,第三の受賞の報を聞くのも近きにありと信じます.そこで考えるのは,むしろその先の問題です.微生物から新規活性物質を探索するという戦略はリスクが大きく,それを実行することは企業のみならず,長期の視野が重要なはずの大学ですら,困難になっているように見受けられます.代わって浮かび上がっているのは,急速に積み上がる病因タンパク質の構造情報や化合物バンクなどを元に,目的の機能をもった医薬を人間の知恵を頼りに設計しようとする戦略です.しかし,そうした既知の情報から出発する「設計」が,生物圏で最大の種の多様性を保有する微生物から未知のモノまたは現象を見つけ出し,さらに新しい原理や概念さえ導き出すこともある「探索」に完全に取って代わることはできないでしょう.先生のご受賞に励まされて,また先生が示された継続する意志の力を見習って,次の世代の人たちの中から新しい探索研究の動きが数多く生まれてくることを願ってやみません.