2015年ノーベル生理学・医学賞受賞記念特集

微生物探索研究:土(Humus)から人(Humans)への贈りもの大村智先生2015年ノーベル生理学・医学賞受賞特集に際して

小林 達彦

Michihiko Kobayashi

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Published: 2015-12-20

大村先生,ノーベル生理学・医学賞ご受賞,おめでとうございます.

筆者自身,これまで放線菌も研究対象とし,大村先生と共著の論文も出させて頂いたこともあり,また,ここ数年は以前にも増して微生物や酵素の探索研究を行っていることから,大村先生と共同研究者の微生物由来代謝産物探索研究が評価されたことは,本当に嬉しく思います.

ノーベル化学賞あるいは平和賞の受賞もあり得たのではという報道もありましたが,この度,受賞されたノーベル生理学・医学賞の英語名が“Nobel Prize in Physiology or Medicine”であるとは今日まで知りませんでした.てっきり“Nobel Prize in Physiology and Medicine”とばかり思っていました.Medicine分野であるのはもちろんのことですが,大村先生のメインの探索対象の生理活性物質はPhysiologically active substance(compound)で,また,発見された低分子有機化合物はPhysiologicalな解析ツールにも実際,使われているので,大村先生のご受賞はまさに日本語のノーベル生理学・医学賞が意味する“Nobel Prize in Physiology and Medicine”であると思います.

抗生物質の発見としては,ペニシリンとストレプトマイシンの研究で各々ノーベル賞を受賞されたフレミングとワックスマン博士が有名ですが,大村先生のご受賞は3番目になります.筆者は大学に入学して間もない頃,ワックスマン博士の自叙伝「微生物とともに」を読んで,放線菌という微生物の存在,そして,土1gには1億以上とも言われる微生物が生息し,それらの中には種々の生理活性物質を生産しているものがいることを初めて知りました.

この度の大村先生のご受賞で,微生物そして土に改めて目が向けられたのはたいへんありがたく,受賞決定後の報道で,先生は「土からの菌の分離は農業の延長」とも言われました.土と触れあい,ハンティングして得た微生物をさらに培養(カルチャー)して生理活性物質を探索するアプローチは,まさに“狩猟の縄文”と“農耕の弥生”の二つの藝(文化)だと思います.

元々,有用な微生物および生理活性物質の探索はわが国のお家芸の分野でもありますが,大村先生(と共同研究者)はほかのグループとは異なるターゲットに研究を絞り,しかもさまざまな工夫を凝らしたアッセイ法を用いて精力的に探索研究を推進され,単離同定された化合物はすべて,「Splendid gifts from microorganisms」(通称,イエローブック)に掲載されています.これだけ多数の,そしてユニークな生理活性作用を示す天然物を,しかも希望すれば分与を受け共同研究もできるのです.この本とともに以前,いただいた「A gift from the Earth」というタイトルのDVDは,エバーメクチン,イベルメクチンの開発について英国BBCが制作したもので,アフリカの子供たちに光を与えた映像に涙します.これらの本とDVDは微生物そして地球からの贈り物がタイトルですが,イベルメクチンを始めイエローブックに掲載されている化合物はまさに大村先生のグループからわれわれへの贈り物だと思います.

ノーベル財団によるインタビューで,大村先生の「I humbly accept it.」の生の声を同財団のwebsiteで聞くことができますが*1Satoshi Ōmura - Interview ‹http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/2015/omura-interview.html›.,謙虚なお人柄は,ご受賞後の会見での「自分の仕事は微生物の力を借りているだけ」,「微生物がやっている仕事を勉強させて頂いている」,「微生物に感謝」のお言葉からも感じられた方が多いと思います.元々,HumblyやHumility(謙遜)は“Humus”から派生した言葉で,“Human”と同じ語源をもつと考えられています.ラテン語の“Homo”(人)に由来する“Human”が“Humus”(腐植土・土)と関係があるのは,まさに土と人間を結びつけられた大村先生のご研究を象徴していると思います.

日本農芸化学会名誉会員の大村先生に,11月に少しお話を伺いました.

北里柴三郎先生とは直接の面識はないものの,北里先生を尊敬しておられる大村先生は,「北里先生に食べさせていただいている,往々にして忘れがちになるが北里先生のおかげで今がある」と言われ,ロンジン(Longines)の金色の懐中時計を見せて下さいました(写真1写真1■11月に伺った際,たまたま持っておられ運良く見せてくださったロンジンの懐中時計).北里先生がもっておられた懐中時計は日本に来たロンジンの中で二番目のもので,大村先生も同じタイプのものを同社パリ店で購入されたとのこと.ちょっとした真似でしょうか? そのような一面を大村先生がもっておられるのは意外で,先生に「これから先生の真似をする若い人が出てくるかも知れませんね?」と冗談ぽく申し上げたところ,「それよりも,気持ちを真似てほしい.精神を学んでほしい.歴史を大事にする.恩を受けた人を大事にする.いい仕事をした人は尊敬する.そういうことを積み重ねていって,仕事が良くなる.」とおっしゃられました.上述を含め,報道でお見かけする大村先生のお言葉は印象的で,現在,5冊目のエッセイ集の出版を考えておられるようです.

写真1■11月に伺った際,たまたま持っておられ運良く見せてくださったロンジンの懐中時計

大村先生は毎年,正月明けの仕事始めの日に,微生物の培養槽に御神酒をあげられるそうです.写真2写真2■2015年,微生物培養のジャーファーメンターに御神酒をあげられる大村先生には,若い研究者が見守る中,大村先生が(普段は培養液を入れる)培養槽の“口”に御神酒を注がれる様子が写っています.昨今では,このような光景は発酵関係の会社でも少ないのではないでしょうか.ましてやアカデミアでは国内外とも北里大以外にはないのではないかと思います.上述致しましたが,微生物への感謝を実践されるお姿に頭が下がりました.